63話:よく怒る
俺はイテルに警告の声を向けた。
「武装した何者かが接近している、構えろ」
「御意」
「追っ手ですの!?」
王女が身を守るように自らを抱く。
そう言えば薄いワンピース一枚を着ているだけで、武器も防具もない状態だ。
着の身着のまま逃げ出したというに相応しい出で立ちだった。
俺たちが得物を握ると同時に現れる、武装した男たち六人。
先頭にいるのは見た顔であり、覚えやすい傷のある男だった。
「見つけたぞ! やはり周辺を探っていて正解だ!」
トリーダックとかいう探索者だ。
馬に乗って追い抜いて行ったから先に着いているのはいい。
けど今日着いたばかりの俺たちをまだ捜してたのか。
「お知り合い、というには剣呑ですわね」
王女は剣を抜いたイテルの後ろから、俺のほうへと避難してくる。
俺のほうが盾にするにはいいと思ったのか?
そんな王女の姿にトリーダックが顔を歪めた。
ひどい悪人面だ。
こっちを悪者として追ってるが、本人のほうが悪役感あるってどうなんだろう?
「ち、もう次の犠牲者を選んだのか」
「誤解があるようだが」
「そこのお嬢さん!」
聞けよ、この鳥頭。
なんて思っている内に、トリーダックが風評被害を広げようと声を上げた。
呼びかけられた王女はやはり悪人面のトリーダックに警戒ぎみだ。
「そいつは犯罪者だ! すぐに離れろ!」
「違うと言っているのにしつこい馬鹿め」
そしてイテルが何も学ばず正面から罵倒して相手を怒らせにかかる。
それもやめてほしい。
(人間同士なのになんでまず言語での相互理解ってことをしないんだこいつら? いきなり攻撃してきた探索者に悪い印象があるのはわかるけど、イテルも少しは状況の改善に努めてほしいんだが)
俺は吐きそうになる溜め息を飲み込む。
その間に声をかけられた当の王女は、怯えた表情は見せずにトリーダックを見据えた。
「何か誤解があるようですわね。わたくしはこの方々に助けていただきました。今もなんの危険もなく話していただけのこと。わたくしからすればそうして武器を構えるあなた方こそ犯罪者ではないかと案じているところでしてよ」
確かに、うん、俺もそう思う。
王女、冷静じゃないか。
だいたいこいつら人相が悪いんだ。
探索者って荒っぽい職業なんだろうけど、だからってすぐ怒鳴るとか睨むとか威圧的で、最近では絶滅危惧なヤのつくお仕事の人っぽい。
それにしてもちょっと小汚いし、お近づきにはなりたくない。
ゲームのプレイヤーみたいに派手にしろとは言わないけど、もうちょっと身だしなみに気を使うべきじゃないか?
「…………なるほど、そう言う手口か。恐れ入るほど狡猾で悪辣だ」
ソーメンみたない名前の奴が、盛大に舌打ちをした。
「なんだ、メーソン?」
あ、それだ。メーソン。
トリーダックが俺を睨んで剣を向けたまま聞く。
「これだけ怪しいなりしてるんだ。不思議に思ったことあるだろう? 犠牲者はどうして騒ぎもせず、人知れず連れ出されたんだとな。どんな誘拐の技かと思えば、こうして人の良さそうなふりをして騙してたんだよ。危機を救ったなんていい言い訳だ」
「まぁ、それは邪推でしてよ。本当にこの方はなんの利害関係もなくわたくしに手を差し伸べてくださったのです」
いらないと思ってた王女がここにきてちょっと頼もしい。
もっと言ってやってくれ。
「だったら何故こんな人気のないところに? 怪我をしているようだが、その理由もこいつらの自作自演の可能性があるんじゃないのか」
「それはありえないことです」
王女からすればそうだろうし、俺からしてもそうだ。
本当にこの探索者たちは邪推が過ぎる。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってやつか?
俺を犯罪者だと決めつけにかかってるせいで何を言っても悪くとるし、行動は全て悪いことがあると勘ぐることしかしない。
「この方はわたくしが名乗らずとも身元を知り助けてくださった賢人。こうして誰に見咎められることもなく逃がしてくださったのです」
「それが罠なんだろ。ち、確かにとんでもない技だな。完全に犠牲者が敵に回るのか」
トリーダックも柄悪く舌打ちした。
「北から追ってきてまで言いがかりとは。その無駄な情熱を少しくらい建設的なことに使おうとは思わないなんて、とんだダニ以下の」
「やめろ、イテル」
口悪いって。
ほら、めっちゃ睨んで来てるだろ。
「ったく、口調からしていい御身分のお嬢さんだろ。人生経験足りないにしても騙されやすすぎだ。怪我させるつもりはないから離れてろ」
トリーダック切れぎみだけど王女に声をかける。
対して王女のほうはあえて俺たちの前に出た。
「わたくしはこの国、いえ、かつてのこの国の王女としてこの方たちの身分を保証します。すぐに武器を降ろしてお国に帰りなさい」
「この国の王女?」
トリーダックが驚き、他の仲間は戸惑いのまま武器を下げる。
それにソー、じゃなかった、メーソンが鼻で笑った。
「首がついてるなら色狂いの国王にやられて狂ったって噂の奴だ。まだ生きてたんだな」
トリーダックに耳うちしたんだが、風向きのせいでこっちにも聞こえてた。
そして王女は顔を真っ赤にして、目に見えるほど肩を震わせる。
「無礼者! 流言飛語に踊らされる凡愚め! 父の無実を訴え、我が身の純潔を誓い、怒りに涙するこのわたくしを狂ったなどとよくも!」
地雷だったらしい。
けど、どうやらトリーダック側も何か気に入らなかった様子だ。
「ぼんくらはそっちだろ。国も民もどうにもできない王室が、見限られて首切られただけじゃないか。お蔭で属国やってたこっちだって急な河岸変えで迷惑被ってんだ」
「あの小国か! 不義の国に生まれた者は皆がそうまで理非を知らぬのですか!? 宗主国を救う義挙にも加わらず保身に走った裏切り者!」
「傾きかけた国を助けてなんのもらいがある? 国として国民を守るために損切りする分、この国の王族よりうちのがましだ。だいたいそっちがしっかりしてたらこうはならなかっただろう」
トリーダックに頷けるものはある。
だが、ちょっと王女のほうに同情してしまった。
(俺も損切りされた側だしな)
VRMMO『封印大陸』で俺は切られた。
その後の成功を思えば、その判断は間違っていなかったのはわかる。
けれど頭でわかっても心が納得しない。
裏切られた、見捨てられた、そんな思いがいつまでもついて回った。
そんなやり場のない思いを、見ず知らずの奴が知ったように語り貶す。
それはあまりにも理不尽で、王女の怒りを正当なものと感じた。
「あまり派手な真似はしたくなかったが、聞くに堪えないな」
俺は王女を後ろに押しやって前に出る。
トリーダックたちはまた剣を構えた。
「賢者さま…………」
王女が震える声で俺を呼ぶ。
どうやらもう賢者とか賢人とか呼ぶことで決定らしい。
「さて、探索者。逃げるなら追いはしない。向かってくるなら、代価は命と覚悟しろ」
「あぁ…………! うぅ…………」
何故か王女が感極まったような声を上げてむせび泣き始めた。
それに対してトリーダックは渋い顔で俺を睨む。
「それがお前のやり口か、反吐が出るぜ! おい、馬鹿な王女でもわかりやすく言ってやる! そいつは『血塗れ団』教導師ブラッドリィ! この意味が分かるなら逃げろ!」
「私はそのような者ではないと言っているのに。少々同じ仮面をつけている程度で思い込みが激しいな」
「あなた方は、この方がそう名乗ったのを聞いてはいない。そして察するに犯行現場も見ていないのでしょう? ならばどちらに信を置くかなど自明ですわ!」
王女はこちらにつくことを明示するように俺の服の裾を握る。
トリーダックは言い返せずに舌打ちだけを返した。
そしてすぐさま俺に切りかかって来る。
迷いはなく、下手に避ければ王女も巻き込みかねない太刀筋だ。
「やれやれ、本当に度し難いな。…………イテル、動くな」
「仰せのままに」
忠告して俺は扱えもしない剣を抜く。
「てめぇの剣なんぞ!」
確かに俺にアーツは使えないし、剣の技量なんてない。
だが、魔法職とは言え基本値が隔絶した神だ。
やり方なんていくらでもある。
俺は迷わず剣を持っていないほうの手を上げ、振り下ろされるトリーダックの腕を掴んだ。
これ見よがしに剣を見せたことで、からの手への警戒がおろそかになっていた。
思いの外狙いどおりだ。
「なんだ? 動かねぇ!? くそ!」
トリーダックは俺に蹴りを入れると同時に身を捻って拘束を解き、素早く後ろに下がる。
それをメーソンらの仲間がカバーに入ってさらに攻撃に出た。
一時的な時間稼ぎはできたにしても立て直しが早い。
「いい連携だが、もう少し相手の攻撃範囲というものを考えるべきだ」
そうして俺が取り出したのはただの棒。
そういう装備アイテムだ。
ゲーム中最弱であると同時にジョブに関係なく装備可能なネタアイテム。
そしてこれはプレイヤーの基礎値が反映されるだけの攻撃力一。
つまり神の魔法を使っても、最弱の一撃を放てる道具。
「第一魔法氷柱槍」
Lv.1の氷の魔法は、前方に氷柱を発射する。
しかしこれは神の魔法であり、氷柱は着弾と同時にはじけて追加ダメージを発生させた。
「避けろ! トリーダック!」
俺に向かっていたメーソンが氷柱を横に転がって避ける。
「舐めるな!」
メーソンの後ろに続いていたトリーダックはアーツで応戦した。
上手くさばいたかに見えたが、破裂と同時に追加ダメージが発生。
飛散する氷柱にメーソンたちも背後から攻撃を受けることになる。
「ば、かな…………た…………退却!」
「悪い判断じゃない。今度からは相手を選ぶことだ」
俺は逃げに転じたトリーダックにそう助言をしてやった。
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