60話:また少女が襲われている
荒れてるとは言え、元王都。
馬車が通れる大通りはあり、整備されていた街の痕跡というものは確かにあった。
けれど一歩道を逸れるとごみごみとした細道が目につく。
都市計画などない無秩序な裏道は、光も差さず首都の裏に広がっていた。
俺たちが取った宿の横手にも、そんな道が存在している。
「ったく手間かけさせやがって! 逃げ場はねぇぞ!」
「女一人何ができる気でいやがる。無駄な抵抗をするな」
そして怒鳴り声と脅す声。
あからさまにまずい状況だ。
けどそんなところに近づいた俺の後ろには期待の目をしたイテル。
俺がわざわざ厄介ごとに首を突っ込む理由があると信じて疑わない目だ。
(逃げたつもりが逃げ場がない!)
そして襲っているのは六人の男。
物騒な得物も持っていて堅気の雰囲気ではない。
(いや、こっちの人間が刃物装備が常識って言われたらあれだけど。…………ありうるのか? エネミーいるような場所だし、あり得る、か?)
そんな風に迷う間も、襲われてるのは金髪の少女が壁に叩きつけられた。
何処かで暴行を受けたのかすでに怪我をしている。
だというのに、少女は口を硬く引き結んで悲鳴さえ上げない。
決して屈しないと言わんばかりのかたくなさがその身からは溢れていた。
あからさまに訳ありの取り込み中だ。
全力で関わりたくないが、イテルの手前引くこともできない。
だって神だから。
無駄なことしないし、なんでも知ってるし、全知全能なんだ。
(そんなわけないんだけどな!)
俺は胸の中で叫びつつ、少女を襲う男六人に一歩近づいた。
すでに動けば気づかれる距離。
今からイテルにここじゃなかったと言っても目をつけられるし、こんな状況見られたんじゃ向こうも放っておいてはくれない。
だったらすべて計算づくというふりでこちらから声をかけるほうが神らしいだろう。
「やれやれ、以前も別の国で暴漢に襲われた少女を見たが、まさかこれがこの国の日常ではないだろうな?」
ファナが思い出されてそう声をかけた。
そんな俺に全員の目が向く。
途端に男たちの内の一人が俺に指を突きつけて怒鳴った。
「なんだ!? 頭のおかしな仮面つけやがって!」
俺はすぐさま動こうとするイテルを止めた。
そして手袋に覆われた手でディスられた仮面を触る。
仮面はつややかな漆黒に金で細かく細かく模様が描かれたもの。
数時間という限られた時間に全霊をかけて作られた仮面は、決して急造の粗雑さなどなかった。
黒という地味の代名詞をこれでもかと派手にした仮面だ。
デザインに対して頭がおかしいとケチをつけても、その出来栄えを貶すことなどできないだろう。
だが、俺は、言いたい…………。
(やっぱりスライムハウンドにも欠点あった! あいつの美意識ちょっと変だ!)
白い無地の仮面に上から被せる形で俺は『血塗れ団』の仮面の見た目を変えた。
ちょっとスマホケースみたいな陳腐さを想像していたんだけど、出来上がった品を並べられた時、俺は自分の間違いに気づかされたのだ。
チェルヴァに作らせたものは、真っ赤な薔薇の数々をグラデーションになるよう色味を変えて仮面の形に固められたような代物。
スタファは白い仮面に羽根やら宝石やらをごてごてと盛った末に、何処の仮面舞踏会だと言う代物を出してきた。
イブは目の部分に色ガラスを入れ、その目を強調する形でつやつやしたメタリックな加工を施した仮面であったため、何処かの正義のライダーみたいな雰囲気に。
それに比べればましに思えたのが、黒地に金だけで装飾を施したスライムハウンド謹製の黒い仮面だった。
けど、やっぱり駄目だった。
なんで無地で作ったやつまで、全部デコっちゃったんだよ。
(神の威厳とか、神としての品位だとか色々言われて俺も麻痺してたとはいえ、なんでこれが一番地味だなんて思ったんだ?)
ゴテゴテ、ギラギラした仮面を見続け、最終的にこの黒いのを選んでしまった。
十分これもゴテゴテのギラギラだったのに。
スライムハウンドが言うならと思ったけど、やっぱり派手すぎて頭おかしいレベルだったらしい。
「邪魔だ! 消えろ! こっちは忙しいんだ!」
粗野な男が俺を威圧するようにさらに怒鳴る。
少女も俺の姿に引いてるけど、敵に囲まれてるのは見たままらしく逃げる隙を探るようだ。
「やれやれ。自力で打ち倒す気概があるだけファナのほうが上等か?」
思わずそんな感想が漏れた。
たぶん人間のままならそんなこと思わない。
ファナは正統防衛でも三人も殺してる。
そこまでするかと、以前の俺なら思ったはずだ。
けど今は暴力で切り開くことになんのためらいも忌避感もない。
だからこうして少女一人を囲んでいる男六人を見てもなんとも思わない。
ただかつて培った良識というものは知識として保持しているから、どちらが悪者に見えるかくらいの分別はある。
「なるほど、わかりました」
「うん?」
背後でイテルが何か言った。
「あの少女を助けます」
「はい?」
俺が困惑する間に、イテルが剣を抜いて前に出る。
予想外すぎる言葉と行動に俺は止めるという考えが吹き飛んだ。
(どうした? 同性のピンチに何か思うことがあったか?)
これは自主性?
止めるべきだろうか?
俺がここで何か言ったからその自主性潰すことになるのだろうか?
イテルのやる気に男のうち二人が剣を構えて敵意を露わにする。
すでにやる気で今から止めても無駄なのが見てわかった。
(大丈夫か? 誰かもわからないのに。けどイテルは頭いい。確実に俺よりも。だったらここは任せてもいいのか?)
俺はこっそりイテルのステータスを確認する。
基本的に性能は高い。
ただし、技術面と俊敏性が平均値ていど。
あと打たれ強いけれど攻撃の主体は魔法だから物理攻撃面でも見劣りがする。
それでもレベルは六十五なので、相手がスピードと技巧で上をいかなければ楽勝の、はずだ。
ただ嫌な予感ほどよく当たるもので、案の定イテルは先手を取られた。
「でしゃばるな!」
「黙れ、美的感覚の欠如した欠陥品」
場所が狭いから相手は二人が限界だ。
イテルは剣筋を見切っているのか、繰り出される剣を冷静にさばく。
基本、受けの姿勢だが、それでも耐えられるステータスがあるのはわかった。
どうやら見劣りのするステータスも、この男たちとはレベル差によって埋められる程度だったらしい。
というか、イテル仮面気に入ってたんだ?
美的感覚が云々ってそういうことだよな。
あれ? やっぱりこの仮面でいいのか?
「んなもん、恥ずかしげもなくつけられるか!」
「そんなのつけて外あるいてられるそいつのほうが欠陥あんだろ!」
やっぱりそうだよな?
俺おかしくないよな?
「似合うのだからつけて当たり前! そんなこともわからないから欠陥品よ」
「そんなぼろで仮面だけお高そうなんて笑えるわ!」
押されても焦らず的確に隙を突くように動く。
狙い澄ましたイテルの攻撃に、前に出ていた男が退く。
代わりに出て来た男が俺を見て本当に笑った。
(やっぱりそう見えるのかー!)
そうは思いつつも面白くない。
なので俺はそっとイテルに支援魔法をかけた。
「これは!? 感謝いたします」
「うむ」
眷属強化に気づいて、イテルは満面の笑みで攻勢にでた。
「うわ!? いきなり強く!」
「ぐあぁぁああ!?」
イテルは上がったスピードを生かして、敵の手を切り払った隙に蹴りを見舞う。
そのまま後ろの仲間を巻き込んで二人同時に倒した。
「くそ、なんだこいつら!? 合図だ! 仲間を呼べ!」
「何?」
少女を襲っていた残りの男がそんなことを叫んだ。
俺はマップ化で周囲を探る。
すると笛が響き、至る所から駆け付ける敵影。その数およそ二十。
「多すぎる。一旦退くぞ」
「かしこまりました。第三魔法螺旋爪牙」
俺に応じたイテルが魔法を使う。
すると狭い道に風が渦巻いて少女とその周囲の男たちを浮かせた。
イテルが使ったのはLv.3の風魔法。
竜巻での範囲攻撃であり、あまり威力はないが体勢を崩すと言う特殊効果を持つ。
(確率で体勢崩すはずなんだが、まさか全員浮くとは)
さらにイテルは前に飛び込んで少女を確保。
そのまま壁を蹴って俺のほうに戻って来るという身体能力の高さを見せた。
少女を奪われたことに気づいた男が、浮いた後には地面を這いながら叫んだ。
「誰だか知らんがな! 政府に盾ついてただで済むと思うな!」
「政府?」
「はは! 政府に仇なす者は国家に仇なす者! 必ず罪に問われるぞ! 行きつく先は断頭台だ!」
それはちょっと困るな。
そう思ったらイテルに抱えられた少女がようやく声を上げた。
「無礼者! 王家に仇なし、国家に泥を塗り、世界に恥を晒しておいて何を言うのです!」
顔を真っ赤にして怒ってる。
それだけで今までの大人しそうな印象が変わった。
怪我して薄汚れてはいるが、言動やさっきまでの立ち姿から品というものが感じられる。
(面倒ごとだよな。けどイテルが自主的にやったことだし。…………いや、まずここは手を貸そう。その後はイテルに聞かないといけないな)
NPCに日の目を見せるにも元の見下した感じじゃ駄目だ。
こうして人助けして関わっていく姿勢は評価したい。
だったらいい変化は伸ばさないといけないだろう。
「口を閉じろ、舌を噛むぞ」
「な、なんですの?」
「第六魔法烈風号砲」
俺はLv.6の風魔法を使った。
圧縮した風を前方に放ち、敵の真ん中で解放する。
それは周辺全部を巻き込む範囲攻撃でイテルの魔法の上位版。
そしてフレンドリーファイアもなくなった今、俺たちもその範囲に含まれた。
「飛べ」
「は!」
風によって受けたダメージで、男たちは血を吐いたようだ。
俺は事前に魔法攻撃軽減の支援をかけてあったので、どうやら動けないほどではないらしいく、そのまま風に乗って男たちの視界から逸れた。
そこから転移で確実に追撃をかわす。
そうして誰にも見られず一度、王都の外へ出ることに成功した。
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