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58話:七徳の謙譲

他視点

 神聖連邦の中枢は何処かと聞かれたら困るだろう。

 政治はこことは別の街で行われている。

 けれど信仰においてはこの大聖堂があり、教皇猊下の住まわれるこの街こそが中枢だった。


「来たか、謙譲」

「ご用命とあらば」


 私は救世教の特殊部隊、七徳の謙譲の名前をいただく者。

 今日はごく小さな謁見の間で、教皇猊下の呼び出しに応えていた。


「おぉ、この者がかの七徳の…………。しかし、偉丈夫ではあるものの少々頼りなげな?」


 疑問の声は一番新しくこの場に並んだ者から漏らされた。

 ここにいるのは教皇猊下と枢機卿方。

 枢機卿として新しく立った者が、私の風貌に思うところがあるようだ。


 背は高いのだが、正直風貌が優男なのを自覚している。

 女性受けが良くても敵を威嚇できなくては、最高戦力と呼ばれる七徳として頼りない。

 それは私自身思っていることだが、人々を守る剣たらんという自負があるため実力以外での侮りは承服しかねる。


「まさか力を試したいなどと言うまいな。この者の力は私が認め、信頼を置いている。何より謙譲の力が振るわれないのならばそれが良い。それこそ我々の望む安寧ではないか」

「は、不心得を申しました」


 教皇猊下が窘めると、新参の枢機卿は汗顔で引き下がる。


(確かに私たちは暴力装置だ。世界の安寧を願うからこそ必要であり、不要となるべき者。やはり教皇猊下は真に世を憂えるお方だ)


 ただ、その猊下のお顔が曇っている。

 一体何があって私を呼んだのだろう?


 今この街には私ともう二人の七徳がいる。

 その中でもっとも争いに向いた能力の私が呼ばれた意味を考えないわけがない。


「時間が惜しい。初顔合わせの挨拶は後で。まずは私から言わせてもらおう」


 そう言ったのは戦略担当の枢機卿で、私よりも各地の情報を収集する役の七徳の救恤とこまめに連絡を取っている方だ。


 表向きは次代の教皇と言われているが、枢機卿たちは誰しも裏の顔を持ち、それぞれが世界のため、人類のために働く方々だ。


「未確認だが、巨人が動いたとの報告がもたらされた」

「動いた? つまりそれは白き方ではなく?」


 巨人はかつて神と呼ばれたほどに強力無比な力を持つ異種族。

 二千年もの昔に起こった大戦で多く神と呼ばれた脅威的な異種族は数を減らした。

 人間も減ったが繁殖力のお蔭で今は多数を誇る種になったと聞く。


 古くは生き残った巨人も人間に協力していたらしい。

 けれど今では白き方と呼ばれる巨人以外は人間と交流を絶っている。


(それなのになぜ今動いた? 五十年前、異界の悪魔が現われた時も、白き方の要請に異界の門を開いた人間の責任だと協力をはねつけたと聞いているというのに)


 私も直接会ったことはないが、協力しないまでも人間の暮らしを脅かさないよう今いる場所を動かないと約定が結ばれたのは知っている。

 実際ここ百年、巨人の目撃情報などないほどだ。


「白き方にはまだお知らせしていない。それというのも、報告では公国の赤き方は倒されたとあるのだ」


 声を漏らしそうになったけれど、逆に喉が締め付けられて息さえ漏れなかった。

 あまりのことに全身が緊張する。


 私は細く息を吐いて声を出した。


「未確認とは何処まで? 山の民は?」

「山の民曰く、何処の誰とも知れぬ令嬢と騎士の二人連れが現われ、草ではない山の民が接触。草の監視に気づいた騎士が威嚇し監視を一時的に解いた。その間に山が揺れ崩れ、草が辿り着いた時には二人連れもおらず、山一つが踏みつぶされような形でそこにはおびただしい血が広がっていたと」


 状況からしてその二人連れが怪しい。

 人間が巨人を倒すのはありえなくもない。

 かつてはジャイアントキリングと呼ばれる称号があったらしいのだ。


(私もやり方さえ考えれば可能だ)


 ただ巨人の死体もないとはどういうことだ。


「草ではない山の民は気が触れているようで、記憶に欠落と誇大妄想が混じっているから何処まで信憑性があるかはわからない」

「精神に影響する魔法を使われたのですか?」


 そうした魔法はあるにはある。

 けれどその極悪さから、良識ある人間ならやらない。

 極悪な人間が行ったとしても、扱いが難しく一度切りの使用にしか対象が耐えられず、尋問をし続けて精度を増すほうがましな手法だ。


「魔法解除は行ったが効果はない。超常存在を目にしたせいだろう。ただ、話を聞く限り巨人のほうから喧嘩を売り、二人連れが応戦をして、山の民には危険だからと逃がすことをしたそうだ」


 そのせいかずいぶんと山の民は二人連れに感謝と称賛を捧げていたという。


「その二人連れの足跡は?」

「ない。そして、何処から公国へと至ったかさえわかっていない」

「それは…………」


 危険な可能性に気づいて言葉を飲んだ私に、教皇猊下が重々しく頷く。


「異界の悪魔であるか、時代の英雄であるかを確かめねばならない」

「お言葉を返すようですが、以前門が開いたのは五十年前。もう一度門が開くには早すぎるように思われます」


 私の疑問に枢機卿が応じた。


「そのとおりだ。門を閉じる鍵が失われてより今まで、長くて二百年、短くとも百二十年の時を経て門は異界へと通じたというのが記録する限りの情報だ」


 その情報を元に神聖連邦は次に現れる異界の悪魔を打倒する百年計画を立てた。

 五十年が経過した今、帝国という戦争のための国が育った状態だ。


 次の五十年は、帝国という器を安定させること。

 今ある皇室を内外からの怨みを抱かれていない、別の王統へと交代させることを目標に進める。

 それによって人々を纏め号令一過、世界の脅威と戦う用意をするのだ。


(そうして団結しなければ人間は滅びる。この地のみが人類が繁栄しえた土地。山海に囲まれたこの土地なくして、人間など鼠に等しい外敵の食糧だ)


 東にはまだ凶暴なドラゴンが生きており、その縄張りを荒らすことは死を意味する。

 北には話の通じない巨人が集団で暮らしているため人間など近づけない。

 南にはライカンスロープの本拠があり、南の大陸では人間が奴隷にされていると聞く。


 われわれ人間の世界を守るためには団結が必要不可欠だった。


「少なくとも五十年前の残党であるなら異界の悪魔であると言える」


 枢機卿が断言する。


 五十年を経てなお生存し、全盛期と言える姿を保っているのならば、人間ではなくエネミーと呼ばれる悪辣な異形ということになる。


 異界から現れるのは異形と人間であり、人間のほうは私たちと協力して異界の悪魔を倒してくれる心強い味方だ。


「記録されるよりも早い異界の門の通過者であるなら、その善性を見極め時同じくして門を通過した異界の悪魔の討伐の旗頭になってもらわなければならない」


 過去英雄としてこの世界のために戦ってくれた者たちの存在は、人類の存続に大きく寄与した。

 エネミーに対する効果的な対抗手段と知識を持ち、世界の発展にも積極的に動いてくれるという。

 二百年ほど前に現れた異界の英雄は、当時の各国に抱え込まれて反目もしたらしい。

 けれど最終的には手を取り合って世界の平和に戦ってくれたそうだ。


(五十年前に終結した異界の悪魔との戦いで生き残った英雄は、すでに高齢。残党であるなら私たちが対処しなければ)


 まずすべきことは、公国で目撃された二人連れの探索と場合によっては排除となるだろう。

 早くに異界から現れた英雄であるとわかれば、五十年前の方々に引き合わせることを考えるべきか。


「謙譲」

「は」


 使命感を持って返答をすると、枢機卿は苦笑いを浮かべた。


「巨人が現われたのは公国だけではない」

「は?」

「王国の救恤からの情報だ。もう一体、巨人が住処を離れているのを王国の英雄が確認したと。王国首都の草からもそのように報告が上がっている」


 まだあると見て黙っていると予想どおり、いや、予想以上の情報がさらにあった。


「王国の巨人は王国側も把握していない信徒を抱えている」

「巨人に信徒? それはいったい? いえ、救恤からは?」

「連絡が途絶えている」


 今度こそ絶句した。


 七徳になるには試練がある。

 試練は甘くないし求められる実力も高い。

 私も公に出れば英雄と呼ばれる力を発揮できるが、それを抑えて裏に徹することのできる者が七徳を名乗れるのだ。


 救恤は世界のために悪しき人間を間引き、より良く世界がまとまれるよう邪魔者を排除する、本当に裏に徹する鋼の信仰を持つ男だった。


(辛い役目だ。誘惑の多い行いだ。それでも必要があって戻れば、静かに罪を懺悔し世界平和を祈るような男だった)


 私はしばし黙祷するように目を閉じた。

 生きていてほしいとは思う。

 だが性格を考えれば連絡なしのままでいるはずがない。


「全てが未確認。その上で王国の巨人は帝国の侵攻に影響する。まずは白き方を通じて王国の巨人に事情を確認するべく動く」


 言いつつ枢機卿の顔は晴れない。


 白き方は自制心が強くその上で人間と協力を選んだ知恵深き巨人だ。

 けれど決して巨人としての矜持は捨てない。

 だからこそ生き残った数少ない仲間の死にこそ意識を向けることは考えられる。


(生きて人間に協力している程度の王国の同朋は後回しにしてしまうだろう)


 その上、公国のほうでは異界の悪魔かもしれない存在が目撃されている。


 白き方は異界の悪魔の駆逐を目指し、あってはならないものとして戦うことを旨としていた。

 この世界にいなかった西の亜人種族もその範囲であり、一度動いてもらうと人間と歩調を合わせるのが難しい方だ。


「謙譲、そなたに命ずるのは待機だ。草の者たちの情報を精査し目標が確定したならば寸暇を惜しんで動いてもらうことになる。備えよ」

「かしこまりました」


 正直なところを言えば、白き方が動かないのならば私が王国へ行くと言いたかった。

 だが、すでに命令は下されている。

 私は教皇猊下に迷いなく答えるしかなかった。


毎日更新

次回:がっかり元王都

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