55話:トリーダック
他視点
国境地帯の山脈にいたのは、おかしな二人組だった。
俺は王国の生まれじゃないが隣の王国、周辺では小王国なんて言われるところの出だ。
この国に来たのも初めてじゃない。
だから決してあの二人組がこの周辺のスタンダードではないとわかる。
「怪しいの塊が服着てる…………」
仲間の呆れた呟きはまさにそのとおりだ。
望遠鏡をマジックアイテム化した道具で、俺たちはその不審者二名を長遠距離から捕捉した。
「どうすんです、トリーダックさん。この後は依頼は終了で帰国ですよね」
「表から探索者として入ってるからには、後で問題起こされた時詰められそうだ。だからってここで面倒ごと拾うのも裏の依頼に響きかねないしな」
仲間の意見は間違ってない。
今回王国に来たのは英雄ヴァン・クールが何故中央に戻ったかを探るためだ。
依頼人は故郷に伝手のある貴族から。
どうやら新しい宗主の帝国のほうから探るよう命じられてのことらしい。
「ただでさえ帝国に顎で使われるなんて面白くもないんだ。厄介ごと拾う必要もないんだし、さっさと戻りましょ」
やる気のない者もいる。
確かに今回の依頼はやりがいもなく面倒だった。
監視対象のヴァン・クールを王都で探る算段を立てていたら突然南への視察だと言って王都を出やがった。
かと思えば今度はまた中央に戻る始末。
結局なんの成果もないから、狩りに来た探索者を装って砦に情報を求めるなんてひねりのないことをしたのだ。
(帝国に使われて望むとおりも働くのも面白くないが、くたびれ損もまっぴらだ)
そうして手に入れた情報は、どうやら厄介ごとを報告しにヴァン・クールが王都にとんぼ返りしたということ。
そして俺たちは誰の目があるかもわからないため、砦で使った言い訳を真実にするため、山に入ってちょっと狩りをしていた。
問題のあった国境からは離れつつ、元から周辺は共和国のせいで人が近づかなくなってるので、監視の目もないと見て撤収しようとしているさなかだ。
「…………あの仮面、見覚えがある」
俺は頬に走る傷跡を無意識に撫でていた。
するとすぐ隣から乾いた笑い声が聞こえる。
「トリーダックもそう思うか。まさかこんな所でな…………」
俺と一番付き合いの長いメーソンが、すぐさま応じた。
やはり、見間違いではない。
「仮面って、あの覆面のほうですよね。二人がそんな顔するなんて、何があるんです?」
「ありゃ、『血塗れ団』首領がつけてた仮面にそっくりだ」
「えぇ!?」
仲間が悪名高い犯罪者の名に声を上げた。
俺は探索者として生き延びた分、同じパーティを組む仲間とも出会いと別れを繰り返している。
死に別れでなくとも、命を張る仕事を続けるには年齢的な問題もあれば、家族や気力の問題もあった。
今いるパーティメンバーは、メーソン以外だとここ二、三年の付き合いだ。
それ以前のこと、俺がいつこの目立つ傷を作っちまったかなんて知りもしない。
「そ、そんな奴がなんでこんな所を歩いてんだ!?」
「それこそ英雄だろうよ」
南への急行から中央へのとんぼ返りに理由もこれで説明がつく。
砦ではどうやら人死にが出たらしいとしかわからず、警備兵も出入りの者たちもひどく口が重かった。
『血塗れ団』の犯行があったなら、凄惨な現場が残されていたはずだ。
誰の口も重くなるだろうし、雰囲気から他殺らしいことは察していた。
「どうやらこの国の英雄は一番の大物取り逃がしたみたいだな、トリーダック」
「あぁ、こりゃおこぼれにあずかるに限るな、メーソン」
俺たちの会話に仲間たちもそれぞれ準備を始める。
あの大犯罪者には被害者親族からの懸賞金がかけられている。
そうでなくても報復を願い金に糸目をつけない貴族や富豪もいた。
帝国からのしょっぱい間諜紛いの仕事よりずっと旨味がある。
何より、研鑽した技や力で悪人をすっきり倒せる機会なんて、そうそう巡り合わない。
そうして俺たちは矢で牽制してから距離を詰めた。
完全に死角からの奇襲だったのに、察知されたのはさすが『血塗れ団』か。
何か感知系統のマジックアイテムでも持ってるんだろう。
「さて、これは…………盗賊の類か?」
仮面の男が、怪しい風体には不釣り合いな美人の連れに聞いた。
どちらも着慣れていないような質素な服だが、手入れの行き届いた玉の肌をした美人のほうがよほど似合っていない。
「こちとら正規の探索者だ。そっちのほうがこんな道もない山中歩く不審者だぞ」
「探索者?」
仮面の男が珍しそうにこちらに顔を向ける。
まぁ、ブラフだろう。
『血塗れ団』は賞金首だ。
一獲千金を夢見る探索者からすれば、金額も知名度も悪行も高い狙いどころだ。
かくいう俺も『血塗れ団』を追ってこいつの仮面を見たことがあった。
こっちから一方的な邂逅だったのだから、相手が見覚えてないことに文句はない。
だが、気の違った犯罪者が普通を装っていることに反吐が出る。
「まぁ、何者だと言ったのは答えなくてもいい。だが、ここで何してるかは聞いといてやる」
「何やら好戦的だな」
俺はまだ耐えた。
無害を装う悪辣な犯罪者の被害者ぶる演技は正直怒りが湧く。
白を切ろうというその性根の腐り具合を思えばしょうがない、しょうがないんだが、仲間が囲む前に耐え切れず吠えた。
「余裕ぶってるな! 『血塗れ団』の首領が! 逃げられると思うなよ!?」
途端に仮面の男がびくつく。
本当にばれてないと思ってたのか?
「何を言っているのかわからないな」
「馬鹿野郎! その仮面忘れると思うな!」
「む…………」
俺も思わず怒鳴ってしまった。
印象に残る仮面の割りに、こうして相対すれば平凡に感じる人物だ。
もしかしたら姿を騙すマジックアイテムであり、今まで逃げ果せたのも仮面のお蔭なのかもしれない。
だいたいこうして正面からみれば目立つ長身だ。
なのに今まで各地で犯罪を犯して逃げ続けたのは相当な手管とみていいだろう。
「やはり王国の英雄にやられたか。他の仲間がいないのは部下を囮にでもして逃げて来たか?」
メーソンの言葉に美人が仮面の男を窺うように見上げる。
「何か誤解があるようだ。この仮面は最近手に入れた。私は『血塗れ団』とはなんの関係もない」
「見え透いた嘘を」
無害そうに両腕を広げるが、美人のほうが隠しきれない殺意を纏っていた。
あんなのかたぎが出せるもんじゃない。
それこそ数々の死を目の当たりにした残忍無道な雰囲気が隠しきれていない。
それで言えば、やはり普通を装う仮面の男は心底悪辣なのだとわかる。
「嘘と言われてもな。私がどうして『血塗れ団』の首領と証明する? この仮面だけで言い切れるわけでもないだろう」
「それは捕まえてから吐かせればいい」
「何も吐くことはないんだが」
言い訳を語る声は本当に困惑していると錯覚しそうなほど真に迫っていた。
だが喋るごとに俺は確信する。
こんな状況で悠長に喋れる豪胆さはただものではないと。
「生死問わずのお尋ね者、『血塗れ団』教導師ブラッドリィ。証明は殺した後で十分だ」
「探索者とは名ばかりの殺人鬼じゃないか」
あまりの侮辱に俺も切れた。
「ふざけるな! そんな愛人と落ちぶれて逃げるしかない気狂いが!」
「愛人!? 私程度がこのお方の愛人などと! なんたる侮辱!」
それまで抑えようとしてた美人が殺気を隠さず怒声と共に放った。
予想以上の激高に仲間が怯む。
だが、俺は笑ってしまった。
そんな崇拝するような言動、確定的過ぎる。
俺は剣を構え直して名乗りを上げた。
「探索者パーティ『栄光の架橋』! リーダーにして銀級探索者トリーダックだ! てめぇの糞みたいな悪行もここで終わらせてやる!」
「分を弁えない数々の暴言! 臓物散らして詫びろ! 下郎めが!」
美人だからこその迫力で言い放つ罵声がとんだ邪悪だ!
これが本性か!?
だが気迫がすごいと言ってもこっちは七人。
内二人が別のパーティで近接戦闘可能な探索者だ。
焦ることはない。
今回は合同任務で他の探索者パーティもおり、全員で狩りに出ていた。
合同のパーティは狩人を主とした探索者だから、うちのメンバー一人と一緒に離れて援護を担う。
こっちの狙いははなから足止めだ。
「逃がすな! 囲め!」
俺の指示で動く仲間はやる気が違う。
いま世界は帝国の侵攻と共和国の建国で情勢が不安定だ。
上手く世渡りして戦火を逃れた故国もまだ不安がある。
そんなところにこの悪名高い奴らが東に向かってたことを考えると、王国から故国に逃げ込むつもりだと推測できた。
「綺麗なのは顔だけか! ここから逃げられると思うな!」
「下等な人間に褒められたところで虫唾が走る!」
仲間が弓で牽制する間に、『血塗れ団』の悪行に義憤を滾らせた若い仲間が突撃した。
素早く返すナイフの連撃を恐ろしく正確な腕の捌きで全ていなす美人。
さらには、仲間の腕を取ってナイフを持つ本人を切りつけようとさえする。
「近づきすぎるな! 弓の援護で距離を保て! 数はこっちが上だ、助け合え!」
俺たちが一旦退いたことで、美人も仮面の男の下に退く。
「ち、どうやら本当に愛人じゃないらしいな。とんだ護衛がついてたもんだ」
「いや、別段戦わせるつもりで連れて来たんじゃないんだが」
「え、す、すみません。差し出がましいことをいたしました!」
仮面の男の言葉に、美人は今までの猛々しさが鳴りを潜めて小さくなる。
嫌な感じだ…………。
能力のある女を下にして平然としてるのも気に食わないが、だがそれ以上に、あれだけの手練れの美人が完全に支配下に置かれている。
これは思ったよりも簡単な仕事にはならなさそうだった。
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