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54話:邪教徒の仮面

 大地神の大陸を出て、俺は猫のような大地の中央を東西に走る山脈を東へ行く。


「着心地はどうだ、イテル」


 俺は今魔女のイテルと二人、共和国を目指していた。


 イテルが着てるのはゲームでは魔女のデフォルトだった黒いマーメードドレスではない。

 荒い織の布で作られたデザインも何もない服で、いっそゲームの初期装備である魔女のローブより地味だ。

 もちろんゲームでは基本装備でも派手なので、装飾もない。

 ついでに言えば布地は厚くなってるのに装備としての防御力も薄くなってる。


「良いとは言えません。いえ、神に偽りを申しても意味はないでしょう。懺悔します。すこぶる悪いです」


 はっきり答えるイテルは、元の整った顔の印象もあり無闇に凛々しい。

 城で声をかけた時の戸惑いもなく、何やら覚悟を決めた武士のような雰囲気だ。


(緊張してるのか、単に動きにくいのか。まぁ、服の着心地は悪いだろうな)


 俺も着てるが、そこはグランドレイス。

 実は肌感覚がない。


 いや、感覚はあるんだ。

 けどなんでか快不快の感情が湧かないし、感触はわかるものの寒暖も気にならない。


「デザイン性も皆無で選んで着たいと思うことはありません。元の装備をつけると酷いアンバランスさであることも性能的な問題を孕むと考えます。質の違いによってちぐはぐなので、外すという選択自体は間違っていないでしょうが、やはり神にお仕えする今この時に、最高のパフォーマンスを維持できないことに忸怩たる思いがございます」


 いや、めっちゃ出るな文句。

 よほど不快な着心地らしい。


 けどそれはわざわざ作った服だ。

 イテルには悪いが脱ぐことは許さない。


「この世界の人間の気が知れません」

「何ごとにも分がある。これがこの世界の者の水準なのだ。良い物、最高であることが必ずしも最適ではない。何よりそうして軽んじた故にエリアボスたちも失敗した現状がある」

「はい! 申し訳ございません!」

「いや、そんなにかしこまらなくても…………」


 すぐさま跪いて首を垂れるイテルに若干のやりにくさを感じる。


(ただ頭がいいはずのエリアボスたちが失敗した原因は、やっぱりこれだと思うんだよな)


 ヴァン・クールに会って思ったのだ、着てる服の質が悪いと。

 こうしてイテルが着替えたのを見て余計に感じる。


 鮮やかな色、皺ひとつない質、精緻な装飾など、科学文明が発達していないこの世界では異質だった。


(元の世界でも洋服が一般的な中、和装は変ではないけど目についた。それがさらに全く違う文化圏の伝統衣装だったらって考えればな。例えばチャイナ服着てたら悪目立ちでしかないし。そういうことだろう)


 高すぎる質もそうだが、まず服装の形式が違うのが共和国での活動に必要以上の警戒の目を集めたんだ。


 そう考えた俺は、王国に潜入してるチャイナから布を手に入れ、この服を作らせた。

 なんか慈善とかなんとかで手に入れたって報告にあったが、買えばいいのになんで慈善かはわからない。


(いや、もしかしたら王国でいい顔するために利用もしたっていう報告だったのか? そうだとしたら聞き流さずに誉めるべきだったかな? いや、もしかして実は慈善活動なんかの社会貢献しなきゃ手に入らない珍しい布地とか?)


 それは考えすぎだと、俺は自分の考えをすぐに否定する。


 デザインはファナから聞き取ったんだ。

 珍しい物なら布を見た時点で指摘するだろう。


 だいたいこの服の形は、ファナが兵士として移動の際に立ち寄った大きな町で聞いた話を元にしたんだ。

 ちょっとやそっと周辺の者と違っても大丈夫なように。

 探索者という国を移動できる自由業の者を、装うために。


「イテル、今私たちは探索者だ。この山の中を探索して、過去の威光を探す者同士。そこまでの低姿勢は不自然だ」


 探索者とは未知の建造物を探索する命知らずの一獲千金狙い。

 異界の悪魔が造った建築様式さえ謎の建物や、突然地下にできた人口の洞窟、一夜で出現した謎の塔などがあると聞いた。


 そうしたものがこの世界にはある。

 そしてそこには必ず凶悪なエネミーがいるそうだ。

 それらを掻い潜ると必ず手に入るアーティファクトという宝が約束される。


 始まりは異界の悪魔が遺した建造物の調査で、命知らずを募ったことから探索者は生まれた。

 今では探索者という一職業となり、夢を追って目指す者もいるそうだ。


「は、申し訳ございません、神よ」

「それだ。定職に就くことを放り出した探索者にしては敬語が過ぎる。あと神と呼ぶな」

「は、はい、それは、はい。ではなんとお呼びすれば?」


 今俺はこっちの世界の普通らしい服装をしている。

 少し防御を考え、質が悪く見える革の防具を軽く纏っていた。


 ファナにもおかしくはないと言われ、王国で探索者という人間を盗み見たと言うスライムハウンドからもOKが出された恰好だ。


 ただ名前については聞いてない。


(ファナとかヴァンとか。西洋っぽいような、違うような)


 前に公国では、グランドレイスからもじってイースと名乗った。

 あれをもう一度使うのでもいいが、鎧を着ていた時の名前だ。

 鎧は王侯貴族でもいないのではないかと思えるほど派手だとファナに言われている。


 それがこうして質を落とした服を着ているとなると知った者は、どう思うか。

 いや、他人の目はあまり問題じゃない。

 ようはこの恰好で同じ名前を名乗ると、なんだか落ちぶれたみたいで俺が嫌だ。


(こんな異世界で日本人まるだしの本名は違うし。プレイヤーとしての名前もなぁ)


 それに俺は今、異世界の服に頭巾と口元を覆う覆面、さらに『血塗れ団』の偉そうな奴がつけてた仮面もしてる。

 見た目だけでもちょっと怪しいし、できれば目立たない名前がいい。


 そして実はつけている仮面、マジックアイテムだった。

 効果は顔の印象を平凡にするという妙な物。

 ただ、ゲーム内にあったイベントで仮面舞踏会があり、その時ピンキリ様々な仮面アイテムがあった。


(さすがにあのイベント俺が抜けてからのものだし、仮面アイテムは持ってるもの以外覚えてないんだよな。これがそうだとは断定できないけど、違うとも言い切れないし)


 そしてこんな妙な効果の仮面をつけていた理由は、犯罪者が身元隠すためと思ったけど、仮面剥いでみたらあの顔じゃなぁと思えるご面相だった。


 きっと素顔では第一印象悪すぎて邪教徒として人を集めることさえできなかっただろう。

 だから仮面でせめて印象を平凡にしていた。


(正直怪しいし、物としては邪教集団が使ってたんだから曰く付きだ。でも、便利なんだよ。何せこれをつければグランドレイスでも人間の顔として認識される)


 顔自体ないグランドレイスの俺は、これをつければ少なくとも顔があると誤認されることがわかった。

 ただしアイテム効果だから対処されたらばれる。

 だからできるだけ肌は隠す方向で今の完全防備となっていた。


「いや、今はいいだろう」

「何故でしょう?」


 イテルは真剣に聞いてくるが、単に思いつかなかっただけだ。

 けどちょっと考えてたことがある。


「農村部や少数の人間しか出入りしない町は人流が鈍い分余所者がいても警戒されるだけだ。目指すならば大都市。それまで必要以上に人の住む場所には近づかない」

「おぉ、さすがです、神よ。そこまでお考えだとは」

「とは言え、神はやめろ」

「は、はい」


 イテルは恐縮してしまう。これもいただけない。


 あからさまな主従関係の男女って怪しすぎるし、もっとフランクに仲間として接することはできないのか。


(主従でなくても上司と部下。気安くっていうのは無理か。命令したらパワハラだろうし、どうしたもんだろう)


 悩みながら山を歩き続ける。

 俺は歩くという感覚さえ微妙で、それらしい動きを心がけてるが気を抜くと滑るように移動し始めてしまう。

 利点としては足がないから歩き疲れると言うこともないことか。


「イテル、疲れてはいないか? 休憩が必要であれば言え」

「は! いえ、あなたさまの足手まといにはなりません!」

「違う」

「では、お心を砕いていただけて光栄至極」

「それも違う」


 なんで崇めるかな?


「もういい。ふりができないならできるだけ黙っていろ。必要以上に喋るとぼろが出そうだ」

「承りました」


 だからその返答がなぁ…………。


 ちらっと見るとやる気満々のイテルの顔がある。

 その時点でどうかと思うんだが、そこで俺は別のことに気づいた。


(今さらだけど美人が貧相な服着てるってだいぶ違和感だな)


 俺の知る現地人であるファナは悪くない顔をしていた。

 ただ男を名乗って騙せるくらいには中性的で、何より肉付きが悪い。


 それに比べてイテルは顔良し、スタイル良し、荒れた生活をしているようにはまったく見えない。


 探索者という荒くれものを名乗るには、人選を間違ったかもしれない。


「…………む!? 止まれ!」


 俺はマップ化の範囲外から飛んで来る攻撃に気づいてイテルを止めた。


 すると俺たちが進む方向にある木に、矢が硬い音を立てて突き刺さる。


「何者!?」


 イテルが剣の柄に手をかけて誰何した。

 その間にも俺の脳内マップには敵影が動くのを捉える。


 全部で七人。


 そして視界に入り込んできたのはそれこそ荒れた生活をしているだろう男たちだった。


「そっちこそ何者だ? 似合わねぇ格好して、怪しすぎるだろ」


 すでに剣を抜いてる男は、頬に目立つ傷があり、体格もいい。


(ひぇ、いかにも堅気じゃない奴…………)


 前にこの山脈を通った時には、スキル実験もあったためもっと奥地を歩いた。

 スタファは元の体力があるから全然平気でついて来たが、今回はイテルのために人が通れる範囲の山の中を歩いたのが遭遇のきっかけになったのだろう。


 俺は目の前の五人以外に二人が隠れていることを把握しながら、相手の出方を考えることになった。


毎日更新

次回:トリーダック

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