表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/326

53話:イテル

他視点

 大地神の住まう地にある、ヴァイスの森

 そこには私たち魔女の住む泉のほとりがあった。


 神の元より戻ったことで、仲間が私に驚きの声をかける。

 皆、黒髪か灰髪に碧眼の妙齢の女ばかり。

 中には魔法少女という称号を持つ幼く派手な髪色の子もいるけれど、これは少数だ。


「どうしたの、イテル? 今日は城に詰めるって話だったでしょう?」

「うふ、うふふふふ…………」


 ここまで足早に戻った私は、不思議と息切れもなく笑いが漏れた。

 高揚した気持ちのまま、疲れも感じないくらいだわ。


 それどころか喜びの声が漏れるのを止められない。

 そんな私に仲間が大きく一歩引いた。

 その分開けた周囲に私は喜びのまま大きく腕を広げる。


「これぞ栄誉! これぞ栄達の道! 神が私の名を呼ばれたの!」

「「「おおぉぉおお!?」」」


 退いた仲間が一気に近づいて羨望の声を上げた。


 神の信徒としてこの地に生きることを許された人間は私たち魔女だけ。

 そして神に選ばれた人間としての矜持がある。

 とは言っても神は至高の存在にして長らく封印され、そのお姿さえ垣間見ることのできないお方だった。

 自ら封印を破り、エリアボスの方々を統率するお姿は神の名にふさわしい威容とお力だ。

 そんなお方の口から私の名が紡がれた時の感動を、どう表現すれば仲間たちに伝わるのかさえわからない。


「そ、それでどうして戻って来たの?」

「神よりの使命を授かったのよ!」

「「「ええぇぇええ!?」」」


 甲高い声が響き渡る。

 それは名を呼ばれたと告げた時よりも賞賛と嫉妬に塗れた声だった。


 そう、私たちは神のために存在する。

 神の奇跡を知りえる特権を得たからこそ、神に仕え、誰よりもまた神に近づくことを願うのが魔女だ。


 そしてここは魔女の館と呼ばれる集会場。

 騒ぎを聞いて他の魔女たちも次々にやって来る。

 そして私が与えられた栄光を知るとやはり声を高くした。


「何? イテルどうしたの?」

「大地神さまからお声かけいただいたんだって! しかも名前覚えられてたらしいの!」

「え! いいな!」


 止まない羨望の声、集まる賞賛の目。

 むずむずするけれど、それと同時に夢じゃないのだと実感できる。


 私は司祭スタファさまに選ばれた幸運と、己の才能の高さを誇って胸を張った。


「それで一体どんな使命を? 大神ご本人からの指名なの?」

「えぇ、それは…………」

「鎮まれ!」


 集会場の上階から厳しい声が降る。

 現われたのは年長の魔女。

 すっかり髪は白くなっているけれど立ち姿はまだまだ若々しい。


 そんな先達が道を譲ったのは私たち魔女の始まりの人。

 大地神に帰依し、人間を超越したお方、大魔女さまだった。


「イテル、報告せよ」


 しわがれた声だけれど力がある。


 同時に小柄な老婆という見た目がただの仮初だと教えてくれるようだ。

 その気になれば年齢も姿も自由自在の大魔女。

 私たち魔女の目指すべき境地であり、私の知る中で唯一神に近づけた人間。


 この森に来る愚かな侵入者を、時にはエリアボスである狼男に代わって裁くこともある存在。

 それだけの権限を大地神に与えられたもっとも祝福された女性。


「は…………申し上げます。白きサイクロプスの司祭さま、麗しの大角の女神、紫苑のリザードマン騎士団長などいらっしゃる中、私の名を呼び、直々に神より伴をせよと仰せつかりました」

「「「なんですって!?」」」


 年長の魔女からさえ聞こえる驚きに、誇らしさを覚える。

 けれどその声を抑えつけるように大魔女が杖を打ち鳴らした。


 身の丈よりも大きな杖は、捻じれた飴色の大杖。

 その中心には血のように濡れた輝きを放つ宝珠が納められていた。

 それは大魔法を容易たらしめる至宝だ。


「驕るな。それさえ神の掌の上であるのだから。…………主導権を握った訳でもないのにまだまだ初心なんだから」


 重々しい言葉の後に、妖艶な嘲笑が続いた。

 見ればいつの間にか小柄な老婆が豊満な胸を下から支える耽美な美女へと姿を変えている。

 そんな一瞬の変化さえ見逃したことに、私は浮かれすぎていたことを痛感させられた。

 浮かれていたのを見透かされていたことにも羞恥はある。

 けれど、大魔女さまに驕るなと叱られて思い出したことが後悔を強めた。


(私はこの森で生まれ、ここしか知らない。そんな私がどうして無邪気に神のお力になれるなんて思い上がったのだろう。それに神は言われた『人間であるイテル』『人間如きに後れを取るとでも』と)


 つまり消去法なのだ。

 そしてさして重要ではない役目であり、浮かれてそんなことも忘れていた自身の驕りを悔いた。


「神よりの命を詳しく語れ」

「…………はい」


 またいつの間にか老女に戻っていた大魔女さまが私の発言を促す。


 今度は落ち着いて大魔女さまに経緯を語れた。

 私の話を聞いて小柄な老婆が一つ頷く。


「人間は神にとって蟻に等しい。本来なら踏み潰し、その営みをなきものにしても神は何一つ気に留めない。必要がない」


 大魔女が重々しく語る姿に、誰もが驚いた。


 こんな方でも自らを蟻と称するほど、神は偉大なのだ。


「エリアボス方であっても猫に等しい。愛玩であっても神自身の何にも関与しない。できるはずもない。だが蟻よりましだ。主人を楽しませることができる」

「大魔女さま! 私は猫になれるでしょうか!?」

「できないことを一足飛びにできるはずもなし。愚かなことを聞くな」

「も、申し訳ありません」


 大魔女さまではなく年長の魔女から軽率な発言を嗜められてしまった。


 蟻と猫はたとえだ。

 けれどそれこそ次元が違うのだと言うたとえなのだ。


「神の掌を計るは遠く星を読み解いてはるか未来を眺めるに等しい。準備に戻ったのだろうが、やれることなどたかが知れている。それでも最善を尽くせ、最高を目指せ。それこそ神の望み。届かぬと言えど手を抜くなどありえん。魔女を名乗るのならば神の目に映るよう腐心せよ。そうでなければ神の導きという幸運さえ引き寄せられん」


 至言を残して大魔女さまは退く。


 他の魔女たちも浮かれた雰囲気がなくなり、神妙な顔で私をみた。


「私は、できる限りの準備をするわ、今すぐ」

「頑張って! これ、私の持ってる中で一番の呪いよ!」

「私も、敵をあばた面にさせる薬をあげるわ」

「だったら呪い返しの護符、これ、大切なものだけど、神に尽くすあなたが持っていたほうがいいでしょう」


 皆に手を貸してもらって、私は神の意に沿うため最高の準備を始めた。

 確かに最善を尽くすには持てるものを尽す必要がある。

 けれど持っていなくても今ならまだ求めることができる物もあった。


「イテル、何処へ?」

「アラクネの毒と糸を貰いに。最善を尽くすならあって困る物でもないでしょう?」


 私は仲間の応援を受けて、魔女の館を出て森を歩く。

 この森で人間である私たちは襲われない。

 神がそうお決めになったから。


 そしてアラクネの住む場所へなんの問題もなく辿り着けた。


「珍しい。魔女がどうしたというのだい?」


 陰気そうな顔の女が、樹上から姿を現した。

 下半身は毒々しい紫をした蜘蛛の姿をしている。


「神のために力を貸してほしいの」


 私は事情を説明し、毒と糸を融通してくれるよう頼んだ。

 するとアラクネは別のことに反応する。


「外へ? この大陸から外へ出られるのかい?」

「あら、知らない? 赤ずきんの方も一度お出でになったそうよ。すでに神のお力で封印は解かれているの」

「ほんとうに?」


 アラクネは外に興味がある?

 ここに引き篭もってるのは好きでしているのだと思っていた。

 来た相手を襲うだけで、そうでなければ樹上の巣から姿を現しもしないのだ。


 蜘蛛らしい待ちの姿勢だと思っていたけれど、本人としては外に興味があったのだろうか。


「私がお供することは、可能だろうかね?」

「それは無理よ。エリアボスの方も断られてたわ。そして私は人間だという理由で選ばれたの」

「それもそうか…………」

「神の伴は無理でしょうけれど、帝国という人間の国にレジスタンスという組織を作るそうよ。それに人手が必要だけれど、エリアボスはここを離れないよう神に命じられているの。だから今からでも赤ずきんの方に言えば、外での仕事をもらえるかもしれないわ」


 グランディオンという狼男は、か弱く装う森の王者だ。

 神はこの森のエリアボスの痴態を喜ぶ。

 情けないほどか弱く振る舞うほど人間が騙されるから、欲に走るから、無残に死ぬから。


 神を楽しませるなら、誰よりもここにいなければいけないのはエリアボスだ。


「ねぇ、聞いてもいい? 神のお好みは何かしら? どう働けば私は神に認めてもらえると思う?」

「そんなもの知っても届かないのが神というもの。最善を目指して己の全てを差し出すしかない」


 驚いたことに、アラクネは大魔女と同じことを言った。


 陰気で消極的だと見下していたところもあった相手。

 けれど聡明だからこそ無駄なことはしないだけかもしれない。


「私、赤ずきんの方の管轄だし、出発前にご挨拶へ向かうつもりよ。あなたが望むのなら、外での活動について推薦してもいいわ」

「なんと!? 感謝する!」

「そんなに? 外ってそんなにいいもの? ここにはすべてが揃ってるのに」


 疑問を覚える私に、アラクネはやはり陰気な表情で苦笑した。


「未知を知る楽しみというものもある。己の限界を試すという考えもある。現状を変えることで新たな知見を得るということもある。何に重きを置くかは己と他人、それぞれではないかい?」

「なるほど。確かにそうね。けれど、そんなことも気づけない私が外で上手くやれるかしら?」


 一番の心配は神の不興を買うことだ。


「ただ神のみを見よ。それ以上にお前が気にすべきものはない」


 断言するアラクネの言うとおりだ。

 陰気な雰囲気は変わらないけれど、やはり知者だったらしい。


 これなら推薦しても問題ないだろう。


「これが毒と糸だ。気をつけろ。神の試みは伴にも及ぶことだろう」

「えぇ、心に留めておくわ。ありがとう」


 私は忠告をくれるアラクネに見送られ、羊獣人の町にいるという方を訪ねに森を出たのだった。


毎日更新

次回:邪教徒の仮面

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ