51話:神のいる城
湖上の城の一室にノックが響いた。
「神よ、次なる報告者が参りました」
「うむ、通せ」
スタファが秘書のように俺へと取次ぎをする。
俺は三メートルもある体に見合った大きな机に座って神らしく応じた。
今いるのは広間じゃない。
書斎が欲しいと言ったら、スタファを始め城にいるNPCたちが用意してくれた部屋だ。
吹き抜けの二階部分に書架の並ぶ回廊があり、基本的な大きさは巨人でも楽に出入りできる造り。
一階にある主な物は書斎机と机までの道を刻むような赤いじゅうたんだった。
(これで左右の部屋がさらに来客の控えと俺の休憩室っていうんだからすごいよな)
世の社長でもここまで豪華じゃないだろう。
この世界に社長がいるかは知らないけど。
しかも書類整理や指示待ちで見た目は美しい他のNPCたちも侍ってる。
人外の本性があったり、性格に難ありの魔女だったりすることに目をつぶれば、世の男性垂涎の状況だ。
なんて逃避してる間に、NPC屈指の美女チェルヴァがやって来た。
ぶっちゃけ文面で見ても報告内容の理解が難しい。
数字で各国の推定石高とか報告されても高いのか低いのか。
というか、なんで一石とかの単位なんだよ。
「我が君、お忙しいところわたくしのた、め、に、お時間いただき嬉しゅうございます」
「配下を思う大神のお心を曲解するなんて、小神たる慎みがないのではない?」
「神格も持たない下賤がわたくしと大神の対話に口を挟むなんてなってないのではなくて」
「驕った者の見苦しい言動を諌めるのも、神のおわす城を任された者の責務ですから」
甘えるようなチェルヴァに、嫌みを隠そうともしないスタファ。
一言二言交わしただけで、どっちも腕組んでメンチ切り始める。
さらには肩同士で小突き合い始めるという昨今の不良でもなかなかしないだろうあからさまなやり取りが繰り広げられた。
力はスタファが勝っているが、大角に当たると痛いらしくチェルヴァのほうが攻撃力自体は上かもしれない。
(って、また逃避してた。いや、美女二人だし胸強調するポーズでやり合ってるし喜んでもいいところなんだろうけど)
なんというか、違う。
ハーレムとか願望あったはずなのに、なんか、イブが娘感あるし、そのせいでエリアボスは基本子供のような感覚になる。
設定を作ってゲームという世界に生み出したと言えば確かに俺は親になるんだろうが。
(いや、それだとあのネフまで…………むす、こ…………)
それはなんかないはずの胃が痛い。
他のエリアボスも良く考えたら過度な期待が重い存在でやっぱりないはずの胃が締め付けられる気がした。
「悩ましいな」
「何をしているのかな?」
俺が思わず呟いたところにヴェノスが現われた。
どうやら中から応答がないせいで異変に気づいて入って来たらしい。
そして見たのは喧嘩をするスタファとチェルヴァ。
そんな二人を見て悩む俺。
「大神を煩わせるのが仕事だと言うなら、今すぐにでも神の名の下に粛清を」
「やめろ、ヴェノス」
すぐ腰の剣を掴むのやめろ。
負けるのはお前だ。
集団戦で優位に立つヴェノスが一人で、能力値の高い二人に勝てるわけがない。
いや、力を抑えている現状ならヴェノスが勝てる。
けれどチェルヴァにはダークエルフが、スタファには本性という切り札があった。
けど止めてくれたヴェノスは悪くないんだ。
「我が騎士の忠勤はわかっている。だが、この程度些事だ」
「はは」
ヴェノスは落ち着い声で応じて柄から手を放したものの、絨毯の上で尻尾がびったんびったん音を立てていた。
それを見てチェルヴァが身もだえるように俺のほうへ寄ってくる。
「我が君! 詰めていても気がめいるはず! どうか我が宝石城ゲンマへおいでください! そうでなくとも復活されてからいらっしゃったのは一回のみなんて! あそここそ神がおわすに相応しい城ですのに!」
「まぁ、小神であるにもかかわらず大神に強請るなんて。けれど、えぇ、わかりましてよ。私は今やこの城ニベアラピスで一つ屋根の下、うふふ、うふふふふふ」
別に他意があってここ選んだわけじゃない。
わけじゃないが…………正直落ち着かないんだよな、宝石城。
全部宝石でできてるなんて、傷つけるのも怖いけどそこはグランドレイスだから平気だった。
ただずっとピカピカ、キラキラ。
(この体、どうも寝食の必要がない。そのせいで精神的なとこが敏感なのか、余計にちらついてしょうがないんだよ)
なんで宝石で城建てるなんて設定にしたんだと昔の自分に言いたい。
もちろん答えは、人間住むとか考えてないからだけど。
まさか自分が神になって行くとは思ってなかったし。
あとグラフィックとして見た限りではなしじゃなかったんだよな。
「まー! 不純ね、下々は!」
「喜びを曲解しないでいただけますぅ?」
「ちなみに私は巡回中以外はこの城におりますので、いつでもお呼びください、神よ」
なんかヴェノスが差し挟んで来た。
「お前もここに部屋があるのか?」
あれ?
そう言えばヴェノスの騎士団って巡回してるって設定は書いたけど、何処を拠点にしてるってあったっけ?
出現場所は南のキャンプ地と、宝石の城とその城下周辺だ。
もしかしていつも高原渡ってここまで来てたのか?
「はい、スタファに頼んで巡廻の際の休憩所と仮眠室を用意してもらいました」
「ヴェノスならこの城で走ったり騒いだりしないもの。お安い御用だわ」
スタファがチェルヴァを見つつそんなことを言い出す。
そう言えば最初にここ集合場所にした時、エリアボスが大騒ぎして広間にやって来たな。
あれ、根に持ってたのか。
いや、ただチェルヴァと仲が悪いから掘り返しただけか?
「…………お前たちは別々にしたほうがいいのか? それで心静かな淑女であれるならそうするが?」
「お二人ともやりすぎですよ。大神の関心を引きたい気持ちはわかりますが、それで遠ざけられては本末転倒でしょう」
ヴェノスが叱るように言うと、スタファはすぐさま跪いた。
けれどチェルヴァは俺ににじり寄る。
「わたくしただ大神のお側にありたいと願ってのこと。わたくしも小なりとは言え神であるのだから大神に誰より近くと思い!」
「ま、まぁ、心意気は買おう」
「はい! 娘がいるなら夫と妻がいるのが道理でございますから」
「ん?」
「小神なりとも神であるわたくしならば、神格を持つイブの母とも名乗れ」
「ちょぉおおっと待ったー!」
つらつら喋り出したチェルヴァを俺は止める。
「なんの、話を、している?」
「ご心配なさらずとも、妻として母として娘を教育する所存にございます」
「待て待て待て」
「イブがあれでいいのならばわたくしも妻として遇していただいても!」
「よし、一度黙れ。離れろ。身をくねらすな」
俺がはっきり命じたことで、ようやくチェルヴァの攻勢が止まった。
そして気づく。
机の向こうからすごい殺気が立ち昇ってる…………。
捜すといつの間にかヴェノスはチェルヴァの近くに移動してた。
殺気の元と思しき、跪いたスタファに近いのは俺だけだ。
「…………スタファ、立って良い」
音もなく立ち上がった白い美女。
能面のような顔で目だけがギョロっとチェルヴァを睨んだ。
「あら、怖い」
「のぼせ上がった死にぞこないがぁ…………。神というだけで大神に這い寄る害虫めがぁ…………」
「スタファ、お前も落ち着け、動くな。チェルヴァもまだ黙っていろ」
地を這うような声って初めて聞いたわ!
聞きたくはなかったよ!
そして部屋には沈黙が広がった。
ヴェノスは、また剣に手をかけてるし。
これって戦力的に本気の力出したらスタファの剛力に敵わないからだよな。
だから共通の敵としてスタファを見そうなチェルヴァの側にいるんだよな。
(冷静なのはいいんだが、冷静に同士討ちに勝つ方法を考えないでくれ…………)
この場を収束させる知恵を借りたいのに、ヴェノスに聞いて大丈夫かこれ。
あ、喧嘩してる二人がエリアボスの中で知性高いんだった。
(やだ、逃げたい。アラフォーで女日照りだった俺にこんな美人二人の喧嘩止めろってのが無理なんだよ)
けど見捨てるのはNPCに申し訳ないし。
せっかくなんだから、心楽しくこの世界の観光行きたいなぁ。
…………いや、逃避は駄目だ。
このままだとまた喧嘩になる。
きっとこの二人は仕事してないと喧嘩するんだ。
(王国にチャイナ送り込む時は真剣だったし、喧嘩もこんな剣呑な感じじゃなかった)
俺は解決の手段を探して机の上を見る。
チェルヴァが来るまで見ていた書類は、各国の石高に関するもの。
その中で共和国だけがブランクだ。
「私のいる城を気にするよりも、共和国について方策はないのか?」
聞いた途端、チェルヴァが跪く。
「申し訳ございません、我が君。エルフに耳を隠させておくりましたけれど、人間が通れる程度の道では無頼漢が現われ、殺してしまい。避けて入り込んでも余所者と話も聞けず」
「ふむ、ではスタファ」
声をかけるとスタファも慌ててまた跪く。
「恐れながら、申し開きの言葉もございません。すでに協議して六度、間諜を送り込みましたがそのどれもが失敗に終わり」
そんなに送ってたのか。
というか本当に仕事の話を振っただけで収まってしまった。
ただすごく俺に失敗を怒られてる感じになってる。
これはこれで空気が重くて嫌だな。
一事が万事大袈裟にとらえられると、俺も何を言っていいのかわからなくなる。
「…………ヴェノス」
「は、力及ばず」
お前もかよ!
そうじゃないんだよ。
なんかもう全員がお説教モードになってる。
なのにする側にされた俺だけがついて行けてないし、叱るつもりなんて毛頭なかったのになぁ…………。
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