49話:寝室という逃げ場
ファナを中心に、帝国を蝕むレジスタンスを作るという話になった。
帝国国内に残る反抗勢力の捜索から、必要兵力とそれに見合った物資の供給や運搬方法のすり合わせ。
攻略目標を設定しての実績づくりに、組織運用に必要な部門と可動のために必須の能力を持つ人材について。
この時点で色々物騒だ。
その上、揃っているのは素直に俺に聞いてくる奴らばかり。
(…………無理です)
はい、逃げました。
「ふふ、いったいどんな出来になるのかが今から楽しみだよ。ここで全てを聞いてしまっては創意工夫に励むお前たちを邪魔してしまいそうだ。そう、これも一つ経験だ。発表できる形になるまで良く話し合いなさい」
俺は内心の逃げたさを押し隠して言い含めた。
無邪気に返事をする若人の眩しいことと言ったら。
で、逃げたんだが、まだ湖の城ではスタファたちが王国について話し合ってた。
(熱心だなー、俺のことなんて気にしなくていいぞー)
そう思ったものの、もちろん何をしてたかを話す羽目になる。
逃げたのがばれないかと内心随分やきもきした。
「まぁ、帝国でレジスタンス!? さすがは大神であらせられます! えぇ、えぇ、なんて機知に富んだ皮肉な策でしょう!」
スタファも全肯定かー。なんでだよ?
死にかけてた女の子だぞ? 相手は侵略国家で帝国名乗る規模の国だぞ?
ファナにどれだけやる気があっても、レジスタンスにして上手くいくとは思えないんだが。
「あえて王国とは別になさるとは、なるほど深謀遠慮。言われればわかるというのに、何故王国に注力せよと言われた時に思いつかなかったのか」
「あちらにはちゃんと秘密裏に動くよう言い含めたのも念の入ったことですね。けれど、確かにそのほうが動きやすいでしょう」
大いに頷くヴェノスと、なんか含みのあるネフ。
こいつらの言ってることもわからない。
深謀遠慮なんて、今の俺には程遠い言葉だ。
「我が君、わたくしの管理する宝をレジスタンスにも回すべきでしょうか?」
「僭越ながら、それはおやめになったほうが良いかと。大商人と呼ばれる者が扱う品を見ましたが、とてもこの地の宝に及ぶべくもない程度。関係を疑われかねないでしょう」
チェルヴァに頷こうとしたところでチャイナがそんなことを言う。
なんかまずいらしい?
「それに金の流れが不自然なら、それだけレジスタンスの自主独立性に疑義を抱かれます。人を集めるのに財は必要ですが、あからさまな金品は災いを招き人の目を誘います」
なるほど、以前の世界でもあった話だ。
内紛してるところには大国のバックがそれとなくついてて、重火器の出どころ調べたら大国の旧式だったとか。
(それに気づくって、このチャイナ思ったよりも頭いいな)
俺は成り行きで丸投げしたことの妙に頷く。
「私としてはどちらでもいいのだ。連携をするなとは言わない。だが、自らの役割を忘れるな」
それらしいことを言って、俺はここからもエスケープすることにした。
「お前たちの報告を楽しみにしているぞ」
「「「「「ははぁ!」」」」」
絶対者らしくぞんざいに片手を上げて広間を出る。
向かう先は俺が唯一独りになれる寝室だ。
「少々沈思黙考する。人払いをせよ。私から呼ぶまで近づくことも許さん」
「かしこまりました」
ついて来たスライムハウンドも部屋の外へ追い出し、俺は前室とかいう続き部屋から奥のベッドがある本当の寝室へと歩く。
そうして、ベッドを前にようやく一人になった開放感から大きく息を吐き出した。
「ぜはぁー! 息苦しすぎる! 神ってなんだ!? 荷が重い! その内言葉吐くこともできなくなりそうなくらい息詰まる! …………なんて、呼吸してないんだけど俺」
思いの丈を声にし、一人笑ってから虚しくなる。
レイスなのに用意されたベッドに、思いつきのままダイブしてみた。
うん、服とか軽い物を投げた程度の揺れ。
きっと今の俺はシンデレラ体重よりも軽い。
いや、ここにきてまで逃避してどうする。
一人になったからこそ考えなきゃいけないことはいくらでもあるんだ。
「本当に何を言ってるのか訳が分からん。けど、これでいいのか? 大丈夫か? エリアボスは外に行かないから安全。行くのは替えの利くエネミー。ちゃんと隠蔽できてればすぐさまここがばれるわけもない…………大丈夫な、はずだ」
これがゲームならガンガン進む。
未知の世界なんだから知らなきゃ情報なんて飛び込んでこないし、一人だったら自分が動かないと始まらない。
「けど、拠点となる土地があって、従ってくれるNPCがいて。俺、神を名乗ってるんだよ」
失敗できない。その思いが俺の行動を迷わせる。
慎重さを呼びかける。
そして自分の命と同じくらい、NPCを損なうことを恐れさせた。
「一般人ならどうにかできても、他のプレイヤーいると怖いんだよ」
こっちはエネミーばっかりで、俺一人プレイヤーだと言っても話し合いができるかわからない状況だ。
ゲームの時に、エネミーと設定されているNPCに話を聞いて戦うか決める、なんてことはしないのだから。
(だいたい俺が人間だってのをNPCに隠してるんだから、プレイヤーと鉢合ったとして言える機会があるかだしな)
同じゲームから来てるとしたら、難しい。
何せ神は敵というゲームだったのだから、俺は襲われる側のエネミーだ。
向こうがソロならまだいいけど、パーティだったらヤバい。
「あとプレイヤーだってことはたぶんこの世界では言わないほうがいい」
異界の悪魔。それはファナから聞いた言葉だ。
そんな言葉ができるほど、過去のプレイヤーがやらかしてる可能性が高いのだと思う。
「えっと、王国に入り込ませたエネミーからの報告だと、五十年より前にもいたとか言ってたな。それで、すっごく強いんだっけ? 国挙げて討伐みたいな話で…………」
駄目だ…………、後から色々言われてもう記憶が薄れてる。
「メモ、メモしたい。けど偉そうに座ってる俺がせこせこメモするのもなぁ」
広間での報告は椅子に座る俺にみんな傅いたまま口頭で伝えて来る。
これをずっと続けるとなると、チャイナの報告を聞き流してしまったみたいなポカをやらかすだろう。
「だからって広間に会議机でも置いて囲むのも見てくれが悪いし。…………いや、場所だ。場所を変えればいいんだ。書斎で書類仕事。これなら威厳保たれるんじゃないか?」
神より庶民風になるけど、この城の部屋が余ってるのは知ってる。
ぶっちゃけそこまで作り込んでないから、大きさの割にゲームで行ける部屋数は少ない。
ゲームで設定していない部分はどう現実としてつじつま合わせがされているのかが気になり、空き部屋がどうなってるのか一度見たのだ。
結果、基本的な壁紙や構造物が統一されただけのただの空き部屋だった。
「書斎を作る理由は大陸の中での情報共有のためでいいか。お役所みたいに書式統一でお知らせ回すみたいなさ」
そうと決まればまず何を書類にしてもらうかを考えないといけない。
俺が知りたいことを纏めて、そこから重要事項っぽい感じで重々しく命令すれば神の威厳はたもてる気がする。
(あー、メモがしたい。そう言えばメモ機能ってないのか?)
コンソールを開く俺は改めて並んだ項目を星柄の指で動かしていく。
これもざっと見ただけで、まだ全部は把握していない。
というのも、プレイヤーの時と仕様が違って何処に何があるのかわからないんだ。
「うん? インベントリ? もしかしてアイテムボックスか!」
プレイヤーには手持ちアイテムが表示される機能があり、それがアイテムボックスだ。
アイテムボックスは見つけられなかったが、代わりにインベントリを見つける。
意味は目録などで、違うゲームではアイテムボックスの別名のように使われていた。
「…………なんだ、これは」
開いて驚いた。
そこには幾つものレアアイテムが並んでいる。
しかも個数表示がおかしい。
全てに数字の8を横にしたマーク、エンドレスを表す記号が現われている。
「いやいやいや、だってこれ、ゼーンストーンの上位のマナジュエルまであるぞ?」
蘇生アイテムのゼーンストーンの上位マナジュエルは、蘇生と共に全回復をしてくれる。
生産職上位ジョブの賢者でさえ、レア素材を集めて成功率を上げる装備品を揃えてようやく一つ作れるほどのレアだ。
(時間と人があれば量産はできる程度のレアだけど、それが無限にあるってことか?)
俺は宇宙が煌めく指でコンソールのマナジュエルを押す。
すると、目の前にオパールに似た七色の光沢をもつ星のような結晶体が現われた。
「…………え、えぇ? 賢者が作る以外じゃ、神倒してたまに出て来る程度で、分配でもめる元になったりも、し、て…………あ」
俺、神じゃん。
(つまりこのインベントリ、俺を倒した時のドロップアイテムか!?)
あまりのラインナップに驚いたが、神を倒して手に入るならわかるし上限も必要ない。
「邪竜大角剣、宝珠偃月刀、影心翼大斧、暗耀紫幻杖、鵬墜弓、堕天金槌矛…………。どれも大地神限定のドロップアイテムだ」
思えばこれも日の目を見なかったが、一通りの装備がドロップとして設定されている。
神を倒せばどれか一つレア装備ということで、入れ代わり立ち代わりに復活する太陽神は確定当たりガチャ状態だった。
あれはあれで神という設定上悲しいことだが当時は楽しんだ。
けどそれも、楽しめる機会があったればこそ。
「無限にあるのに一回も…………、はは…………」
虚しいな。
あんなに一生懸命考えて、楽しく話し合ってデザインもそれぞれ凝っていたんだ。
俺はインベントリから一番性能の高い杖を取り出す。
「暁闇黒曜大杖」
黒とついてるわりに真っ白な杖だ。
代わりに赤や紫がかった闇が後光のようにまとわりつき、まるで暗黒の太陽。
誰も本来の性能を発揮できなかった闇魔法に特化したレア装備だった。
「そうか、俺は自慢したいんだ」
日の目をと拘っていた自分を、レアな杖を握って俺は嗤った。
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