5話:霧の高原
スタファの設定を作ったのは俺だ。
けれどイラストレーターがこの姿を作り、モデラーがゲームに落とし込んで、プログラマーが能力や仕様を付随させた。
その中で俺の設定は上書きされていると思っていいだろう。
俺の設定ではスタファは一族を従える女司祭。
その上他の知能の高い種族を統率もする貴族的立場。
魔法職だが制限付きで、弱らせることでその制限を解除。三段変形の末に本性を現し物理職へとジョブを変える仕様のエリアボスだった。
(この大陸の基本設定は騙しと死にゲーだったな)
スタファも持ってる黒い扇子は姿を変えるアイテムで、これを持ってる相手は姿を偽っているという仕様で街の中にもいる。
現世と隔離されているから死んでもデスペナなしの復活が可能で初見殺し満載。
正直制作陣の悪乗りが反映されている。
「…………何が影響して?」
こんな残念美人に?
そんな俺の呟きに当人のスタファが反応した。
「恐れながら浅学なわたくしにお教え願います、神よ。解放ゆえにこの大陸は終わりを回避したのでしょうか?」
「そう、それだ。世界の終わりは終わり。運え…………神々の決定は覆らず、その力は絶大だ」
向こうから提供されるサービスだし、回線切られればそれで終わりだ。
一個人でどうにかできることじゃない。
(なのに何故ゲームが続いてる? いや、これもうゲームの枠を超えてるよな。だからって現実か?)
体の感覚がおかしい分、もしかしたら夢かもしれないと思えてしまう。
「手順が上手くいっていれば解放の予定だったんだが、それには失敗したようにおも…………」
まずい!
神が失敗とか言ったら疑われる!
そう思ってスタファを見ると、叫び出しそうな口を覆っていた。
あまりのことに他のNPCを見れば、同じようになってる?
ただグランディオンだけがわからないらしく臆病そうに、声もないエリアボスたちを右に左に見回していた。
(うん、自分だけじゃないってすごく安心する。男の娘って良さわからなかったけどちょっと今ならわかる気がするなぁ)
なんて思ってたらティダが思いついたままに叫んだ。
「あたしたちが大地神さまをお呼びしたから失敗したってこと!?」
その言葉にグランディオンも肩を跳ね上げて泣きそうな顔になってしまった。
(いや、俺が泣きたい。え、どういうこと?)
顔もない俺の動揺なんて誰もわからないだろうけど、ぼろを出さないように俺は黙り込むしかなかった。
「ま、まさか…………大神に気づきもせず、その身を生贄にするなどという愚を犯した上に、大神の御業を邪魔するなど…………」
ヴェノスが鎧姿で膝をついて大ダメージっぽい恰好になる。
チェルヴァはいっそ引き攣った笑いを浮かべた。
「思えば召喚成功など、おこがましい。そこにいらっしゃることも気づかず器を移動させただけではないの」
「あ、そうか。生贄も大神だ。うわー、意味ねー。いや、邪魔した分より悪いわ」
アルブムルナは槍のような杖にすがって力なく項垂れた。
するとイブは俺をちらちら見て意を決したように声を上げる。
「父たる神よ! この者たちに悪意はなく、一心に御身を思う故の過ち。どうか慈悲を!」
えっとー?
「お下がりなさい、イブ。下手な気遣いは結構。神より賜るものであるなら、神罰であろうと受け入れるのが信仰の証」
何故かスタファはイブのフォローにいっそ決死の覚悟を語った。
(いやいやいやいや! 神罰とかしないから! なんでみんなそのとおりみたいな顔するの!? え、怖…………)
いや、怖がってる場合じゃない。
これ俺がどうにかしないともっとひどいことになる気がする。
目の前で集団自決とか俺のメンタルが死ぬ!
「ま、まずはこの人間の体を保全せよ。まだ使い道があるかもしれん。いや、少々検証したいことがある。そう、検証だ。現状は私の埒外である。故に早計に罰を下すことはない。身を捧げる覚悟があるのならば、まずは私のために働け」
「おぉ! 慈悲垂れる大神のなんと崇高なお姿!? 我が一族、我が配下全ては御身のために!」
スタファが感極まったように頬を上気させると、次の瞬間には躊躇なく俺に対して跪く。
そしてスタファ以外も同じように一斉に跪いて俺を賛美し始めた。
(うん、怖い! この空間怖い!)
って言うかよく考えたらこれだけボスが揃ってると神のステータスでもヤバいんじゃないか?
確実にプレイヤー単体よりも強いのに勢ぞろいしてるし、もう少し俺に優しいボスいないのか!?
「…………いるな」
「は、いかがいたしましたか? 御身の依代はチェルヴァに一任しようかと思いますが」
「えぇ、わたくしども小神と言えども肉体一つ程度保持することは容易」
あ、初めてチェルヴァが心強いな。
けどそっちじゃないんだよ。
俺が思い浮かべたのは一人足りないエリアボス。
あいつに俺を害する能力はない。
だったらいつまでもこうして囲まれてるよりあいつと話したほうがいく分ましなはず。
「そちらは任せよう。私はネフの所へ行く」
「私のように呼べばいいのでは?」
イブがいきなり襲って来た時の面影もなく、可愛らしく首を傾げた。
ネフはイブと同じ分身にして別人格で、特定条件を満たさないとエリアボスとしては活動しない。
それで言えばプレイヤーのお助けキャラ的な役回りを担っている。
ただ敵に回るととことん面倒な戦闘相手になるものの、話す分には敵対しない。
一番の目的はここからのエスケープだから訪ねるにはちょうどいい相手だ。
「この目で見たいこともある。気にするな」
「あ、だったらあたしお供します! 遊んでもらってないし、イブは留守番ね」
ティダが元気に邪気なく手を上げる。
「なんでよ!? ち、違うわよ、別に羨ましくなんてないけど私を除け者にされるのが腹立たしいだけで!」
「お前、一番遠い持ち場あるだろ。高原の境界なら俺たちは帰りのついでになるし」
アルブムルナはイブに言いながらついてくる気満々だ。
これはまずい。
際限なく増える予感がする。
「ネフのいる高原教会は手狭だ。多くの供はいらない」
「では、我ら各所の長七名でお供仕りましょう」
俺はお前たちから離れたいんだよ、ヴェノス!
なんて言えず、結局スタファたちと宝石の城を出ることになった。
「…………お前は残ってていいんだぞ、チェルヴァ。ここはお前たちの城だ」
「まぁ、我が君。ここは神の城。あなたさまの城でも良いのですよ。いえ、いっそここでわたくしと共に、うふう」
そんなことを言いつつ城を出て街を歩く。
街並みは赤い縞瑪瑙が建材にされていて、ゲームならではの壮麗さがあった。
その町に住むエルフやダークエルフは皆顔が良く、そして俺たちを見るとすぐさま平伏して迎える。
端的に言って宝の山だ。
(だけどいたたまれない! なんか時代劇でこんなの見たことあるけど!)
ここは俺の精神衛生のためにも、無駄話せずに足早に通り過ぎよう。
「ふむ、これは…………」
「あれ? なんでこんなに霧が立ち込めてるんでしょう? それになんだか匂いが」
獣耳は伊達ではないらしくグランディオンが鼻先を上げて、疑問を素直に口にした。
宝石の街を出ると高原のはずが、辺りは一面霧に覆われていて高原を見通せない。
ゲームではこんなギミックなかったはずだ。
俺は運用初期のみの関わりだが、ここは日の目を見ずに運用当時そのままで初期知識が通じると思っていたんだが。
「やはり何かおかしいな」
「御身はおさがりください。ここはこの不肖ヴェノスが先行いたします」
「まぁ、待て。まずはマップでエリアを」
言って恥ずかしくなる。
ゲームだとマップで天候に限らず周辺地理がわかる仕様だった。
そして近ければ敵性反応も表示されるが、今はゲームかどうかも怪しい状況。
なのにマップなんて、何言ってんだ。
そう思ったらスイッチを押すような感覚が湧きあがる。
同時に脳裏に見知ったマップ画面が浮かんだ。
「スキル? …………霧のためかドラゴンホースも飛んではいない。行くぞ」
この周辺にいるエネミーの名を上げ、俺は動揺を誤魔化す。
(なんだ今の感覚? マップが出たのはなんでだ? ゲーム機能が生きてるのか?)
なんにしてもマップはありがたい。
なにせこの高原はひたすらに広く方向を見失いやすい造りだ。
本来なら封印されたこの大陸全土を見渡せるビューポイントでもあるのに、今は霧が覆っていてさらに迷いやすい。
そして厳しい環境である高原に一つ建つ教会へ。
霧の中、なんとか脳内のマップを頼りに辿り着く。
そんな霧深い屋外に黒い人影が一つあった。
「これはこれは。神自らおいでいただけるとは光栄の極み。まずは復活を寿がせていただきたいところですが、神威によってできればこの霧晴らしてはいただけないでしょうか?」
真っ黒な服装で黒髪黒い肌。
顔一面を覆い隠す黄色い布には禍々しく赤で模様が描かれている不審者。
(いや、やっぱりこのNPCもゲームにはない台詞を言う。それどころか俺にお願いまでしてきたぞ)
人を食ったような性格と設定した覚えのあるネフを前に、俺は予想どおりを安心すればいいのか、現状の不安要素が増えたことを嘆けばいいのかわからなくなってしまった。
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