48話:救国のレジスタンス
大地神の大陸、高原の南に位置する羊獣人の町。
俺は様子を見に来ただけなのに、何故かファナをレジスタンスにすることになった。
(うん、どういうことだ? 俺もわからない。なのに俺の発案ってことになってるのは何故だ…………)
俺が静かに混乱していると、ファナが純粋な疑問を呈した。
「レジスタンスってなんですか? 私、学がないので聞き及んだことのない言葉で」
そう言われると、根本的にこの世界にレジスタンスという概念はあるんだろうか?
確かこの言葉が広まったのは、元の世界でも革命が起きてからだったような。
間違っていたらまた曲解にもなりかねないので、俺はファナに通じるよう言葉を選んだ。
「反政府組織と言えばわかるか?」
元は抵抗勢力だとか、反体制運動だとかそういう意味だった気がする。
時代と共にどんどん過激化し、武装勢力化したため、俺の世界では政府以外の武装組織を指す言葉になっていたはずだ。
ゲリラ戦という民兵の無差別攻撃的なやり方とセットになって使われていた。
(ゲリラ戦闘のあった市街地のニュースとか今もあるし、近代兵器使っても背後を突かれるパルチザンなんか未だに効くらしいしな)
俺もそうされることを危険視しなくてはならないだろう。
神と言っても俺も倒されることのあるエネミーだ。
(ただ、こんな見た目子供のNPCからレジスタンスとか聞きたくなかったなぁ)
俺の現実逃避に関係なくアルブムルナたちは話を進める。
「帝国に侵攻されて時間の経ってないところにはまだ反抗勢力が残ってるはずだ。そんな大それたものなくても不満を持つ奴を焚きつけてやればいい」
「つまり勧誘だね。そうなると呼び込むための戦略も必要になるよね。困窮してるような奴なら衣食住で釣れるだろうけど、そんなの寄せ集めても蟻が象に痛手を負わせることはできないしなぁ」
「ティダ、相手を誇大に見過ぎね。象のように大きく見えても所詮はつぎはぎ。境目の存在する堤防のようなものよ。蟻でも一点を狙って食い潰せば堤は自壊する。そのためのレジスタンスよ」
本当なんの話だ…………あ、蟻の穴から堤の崩れかなんかいう故事あったな。
(あとなんか悪い顔して話し合ってない? いや、もういいか)
俺は諦めの境地で眺めることにした。
俺のような凡庸な奴が考えても無駄だ。
聞いている限り何か明確なビジョンを持っているようだし。
ノープランな俺が引っ掻きまわすほうが駄目だろう。
それに設定上アルブムルナは狡猾で、ティダは争いには適した将軍。
イブも頭悪い設定じゃないし、素直にわからないと言えるファナがいるなら俺が口を挟む必要もなくていい。
いや、いっそ今がその時か?
「ふむ、理解度を考えるならばことはアルブムルナに任せようか」
「ほんとうですか!?」
アルブムルナがわかりやすく声を弾ませて喜ぶ。
元がムーントードなのであまり血色は出ないが、それでも存在する口は隠しきれない笑みを浮かべていた。
ただの無能上司の丸投げなのになぁ。
「もちろん帝国に露見するようなことがないよう慎重に、まずは間違いのない情報収集を心掛けよ」
「心得てます」
嗜虐趣味はあるがティダよりも冷静に状況判断ができるのは今までも見ているし、大丈夫そうか?
あぁ、そうだ。
「ファナもアルブムルナに力をつけてもらうといい」
「え、力って稽古ってことですよね。けど俺、魔法使いですよ。この人間、魔法の適性があるようにも見えませんが?」
「魔法取ったらアルブムルナが使えるの杖術くらいだもんね」
ティダが嘲笑を滲ませる。
アルブムルナも思っていたことらしく否定はしないが、下がった口角は明らかに不満そうだ。
(ムーントードの種族としてのジョブは槍士。けど体の弱いアルブムルナは槍が扱えずに杖をって設定だったな)
その設定をどうやらコンプレックスにしてるらしい。
ゲームでは槍系の武器と杖系の武器は装備条件が違うし、攻撃判定も斬撃と打撃でアーツが違う。
物理的な威力は槍が勝り、杖はあくまで魔法効果を重視する。
打撃武器としては今一つのスキルが杖術だ。
(けどそれだけじゃ面白くないんだよ。ゲームにバグはつきものだが、狙って外れスキルやジョブ作るわけがない)
杖術士という上位ジョブもあるのに、魅力のない武器やジョブなんて作るだけ無駄だ。
だから杖術を生かす仕掛けがある。
「ティダ、杖術には杖術にしかない特性がある。コンボを決めた際の計上ダメージにボーナスが点くことを知らないか?」
「え、そうなんですか? あたし、杖なんて使ったことないし。アルブムルナ知ってた?」
「いや、杖って殴るもんじゃないし…………」
ま、だよな。
レア装備には殴る専用の杖も用意してあった。
とは言え、やはり杖の基本的な使い方は魔法という仕様だ。
物理ステータスの低いアルブムルナが知らなくてもしょうがない。
杖術に重きを置くということは、ボクシングのように殴り続けてダメージを蓄積させて行くようなものだ。
一撃でドカンと決められる魔法使いのほうがやはり見栄えはする。
「そうだな…………例えば斬りつける斬撃は分厚い金属鎧で弾かれるのはわかるな? だが、杖で殴られればどうだ? その衝撃は鎧を傷つけることはないが、内部の敵に及ぶだろう?」
「確かに、斬撃ではどうしてもダメージの通らない防具はあるわね」
魔法剣を使うイブが頷く。
イブは魔法職でもあるので杖も装備可能なジョブだ。
場合によっては器用貧乏になりがちな物理と魔法の両立。
けれどイブは本性があるため、ちょっとした縛り要素として扱いにくいジョブを与えてある。
「…………そうか、杖でも…………」
アルブムルナは槍に偽装した杖を見下ろして呟く。
(魔法が得意なアルブムルナは魔法でやったほうが高火力なのは変わらないけどな)
そこは自信を持たせるためにも言わないでおく。
何より物理が弱いことも今回アルブムルナを指名した理由だ。
「ファナに魔法を教えろとは言わない。戦い方を知り、自らを守れる程度でいい。何より羊獣人に負ける程度の力しかないのだ。ティダに訓練をさせると一日で死ぬかもしれない」
「あ、確かに」
「あたしだって手加減できます!」
「嘘おっしゃい」
アルブムルナが頷くと、ティダはすぐさま反論する。
けれどイブが無碍に否定した。
俺もちょっと信用してない、とまでは言わないけど。
『血塗れ団』を威嚇程度の攻撃で千切ってたのを忘れてはいないんだ。
「あぁ、それと。アルブムルナ、お前自身が帝国へ赴くことは許可しない」
「え!?」
正直、エリアボスをここから外に回して損害を考えるほうが重い。
エリアボスのアルブムルナを失うほど、レジスタンスの計画に価値を見出せないんだ。
「言ったはずだ。露見せず、慎重にと」
「俺なら見つからずに…………」
「あの、それは、無理かと」
ファナが控えめに意見を上げた。
「アルブムルナさまは、とても目立つと思います。その角や、槍もそうですけど、輝くような白い肌も髪も。誰も放っておかないでしょう」
装備は外したり隠したりできても肌の色はどうしようもない。
ファナは西洋人っぽい見た目だが、労働者なせいかそれなりに色味がついてる。
日焼けしてない人間でも、さすがに真っ白なアルブムルナほどではないだろう。
「外ならティダさまくらいならまだ平気かと思います」
「はいはーい! じゃあ、外で動けないアルブムルナに代わってあたしがレジスタンス指導やります!」
ファナの一言でティダが勢いづく。
だがそれじゃ根本的に駄目なんだ。
どう落ち着けるか、そう考えていると裾を引っ張られた。
見ると涙目のグランディオンが俺を見上げている。
放置したせいのようだ。
(いや、いっそ丸投げなんだからこっちも放り込むか?)
俺はアルブムルナの知性にかけることにした。
「アルブムルナ、できないか?」
「…………いいえ! やります!」
「そうか。ならば、この場にいるエリアボスと協調し、指揮を執ってことに当たれ。エリアボス本人が外へ行くことは禁ずる。お前たちも上手く配下を使って慎重に、くれぐれも慎重に動くことを念頭に置くように」
俺が念を押して言ったら全員が無言になる。
そしてそのあと揃って難しい顔をしてしまった。
(あ、あれ? これはまずいか?)
内心狼狽していると、突然アルブムルナが頭を抱える。
「ぐぁー、ティダとグランディオンのせいで難易度上げられたぁ…………!」
「なんでよ! あたしが協力してやろうってのに!?」
「えっと、あの、森に潜むことのできる配下なら、僕の所にもいるから…………」
「最悪、私の所のナイトデビル使って洗脳してあげるから頑張りなさい」
怒るティダに、協力に前向きなグランディオン。
イブは慰めるようにアルブムルナの肩を叩いた。
(なんか…………ごめん…………)
自分でもどうにもできないことを丸投げしている罪悪感が刺激される。
これはもう少しフォローすべきか?
エリアボスを足手纏いだと思っているなら、あと残るは一人しかいないが。
「ファナ、この世界、世俗のことについてはお前が一番詳しい。私が許す。問題があると思えば先ほどのように意見をせよ。お前たちもファナの言葉は私の許可の下発されていることを忘れるな」
「はい! 必ずや憎き帝国を血に染めてみせます!」
いや、怖いわ。
そこまで求めてないから。
けど否定してまた意見を聞かれるのも困る。
俺は内心の葛藤からひどくゆっくりした動作で頷くことしかできなかった。
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