47話:革命の旗揚げ
熱意の籠る視線に満足した俺は、次の試練に臨んだ。
そう、ティダを発端にアルブムルナとイブが何を曲解したかを聞きださなければならない。
たぶんファナの扱いについてだ。
そして俺が羊獣人の町に放り込んだのを、何かの策だと思っている。
だが俺にそんな考えはない。
聞きだすためには三人からヒントになる発言を引き出す必要があった。
「まずは、そうだな…………き、聞きたいことはないか?」
他に思いつかず、俺は雑な振りを行うしかない。
「はい!」
元気良く手を上げたのは普段奥手なグランディオンだ。
違う、お前じゃないんだ。
「それで、この人間を入れたわけはなんですか?」
そうそう、それ、それなんだけどな…………。
(俺が聞きたいんだよ!)
けどそんなこと言えない。
NPCは俺を神だと思っている。
だからこそ仕えてくれてるしこうして素直に従ってくれていた。
それを裏切るわけにはいかない以上、俺はこの場で神という絶対者を演じながら知らないことをどうにか誤魔化さないといけない。
すぐには答えない俺に何を思ったのか、ファナまで前のめりになった。
「私も、お役に立てるなら! なんなりと!」
その目には純粋な色はなく、何処か濁った光がある。
いや、狂ったような強すぎる光が。
(怖! けどこの怖さで思い出した!)
俺はちょっと気持ちを落ち着けるために街を見る。
(あ、なんか遠巻きに羊獣人が野次馬してるな)
ここは羊獣人が住む町の郊外。
近くにはドラゴンホースを飼育する囲いがあり、草を食む牧歌的な光景が広がっていた。
(そう言えば、ここからの遠景は本来海だったんだよな。けどこうして雄大な山並みが広がってるのも悪くない)
そう思った瞬間、地面が激しく震動した。
震動は羊獣人の元まで到達し、無様に尻もちをつくと慌てて逃げて行く。
すごく小物感のある逃走だ。
そしてドラゴンホースも嘶いて、高原から吹き降ろす風の中軋み擦るような耳障りな猛獣の声が周囲にあふれた。
「ほんとう、躾がなってない。何人か地下に引きずり込んで再教育しようかな」
ティダが獲物を狙うような鋭い視線で逃げ散る羊獣人を見る。
どうやら揺らしたのもティダのようだ。
その細い足の何処にそんな力が?
「やめとけ。舟に乗せても結局臆病なのは変わらない。後ろから槍で突かないと敵にも向かわないし」
実際に羊獣人を従えているアルブムルナがそんな助言をした。
そう言えば海賊の羊獣人は半強制的にアルブムルナの黒いガレー船で労働をさせられているという設定だ。
ただその状況を知ってプレイヤーが羊獣人を助けたとしても、犯罪者だから金を盗られて終わるだけの騙し設定。
あくまでゲーム上はエネミーだったから、盗人の羊獣人を倒して取り返すこともできる。
(それでもここは高原走破や宝石城へ行くための情報収集拠点なんだよな。条件を満たさないと自主的に襲ってくることはないし)
そして高原のエリアボスであるネフの管轄ではあるものの、ネフも一定条件を満たさないと戦闘には発展しないので、ティダたちのように一塊になって襲いかかってくることもない。
それで言えば、戦う力が基本的に備わっていないネフに通じるところのある配下とも言えた。
そんなこと知らないファナが、この世界の常識に基づいてアルブムルナに頷く。
「志願兵でもそういう人いるらしいですよ。戦場に出た途端動けなくなって無駄死にしてしまうそうです」
どうやら異世界人も、このやる気マックスのファナみたいなのばかりではないらしい。
こっちの人間を見る目変わるから、ファナがマイノリティであってほしいな。
「父たる神よ、邪魔な獣はいなくなりましたよ。別に興味ないけど聞くだけ聞いてもい、いいかとは思いますから。どうぞお話になればいいでしょう」
イブが促しておいて横を向いてしまう。
俺の設定ではない分、この生きにくそうなツンデレ具合がちょっと憐れに思えて来る。
「大神にまたそういうこと言う。その内また海上砦なんて離れたところに追いやられるんじゃない?」
「本当、可愛くねぇの。神格あっても大神とは比べるべくもないんだから序列ってもんを弁えろよ」
「あの、その、神がお許しになってても、駄目じゃないかと、僕も思う」
あからさますぎるツンデレに、ティダ、アルブムルナ、グランディオンが苦言を呈す。
イブ自身も思うところがあるのか、顔を赤くして歯噛みするだけだった。
「よい、私が許す。イブよ、お前のその言動は全て愛らしいと思う者がいるためにそうなっているのだ。自信を持て」
「わ、私! 可愛いですか!?」
「う、うむ、もちろんだとも」
「神よ、あたしはどうですか? やっぱりお好みは色白です? うるさい羊追い払ったのあたしなんですけど」
ティダが何やらアピールをし始めた。
というか、もしかして羊獣人って、俺が黙ったまま目を向けたからティダに追い散らされたのか。
何とも思ってなかったんだけどな。
「なんか話それたし、ティダ下がれ。俺たちは大神のお言葉待ってたはずだろ」
アルブムルナがここで知性の高さと年上ムーブで話を戻してしまった。
どうする、どうやって…………いや、もうそのまま、そうだ、うん。
丸投げするつもりだったんだから、知る必要自体ないかもしれない。
「ふむ、ここは私が言っても面白くはないだろう。アルブムルナ、どうすればファナを使い効率よくことが進むか考えを聞かせよ」
一番知力高いお前に決めた!
俺の指名を受けて、アルブムルナは槍のような杖を握り締めて照れたように笑う。
「へへ、では!」
なんか発表会みたいなノリだな。
すぐ不穏な話始めるスタファたちと違ってちょっと安心感がある。
「神は王国でことを起こそうとなさっている。そのために帝国をも利用なさる算段でした。となると帝国が内部に抱える問題を突くのが早い。上手く使えばきっとよい雨を降らせるでしょう」
「うむ、それで?」
どういうことなの?
それって湖の城でスタファたちが言ってたあれか?
なんでそこにファナなんだ?
こいつそんな大舞台立てるような身分じゃないだろ?
「えっと、つまり、王国が帝国倒す手助けをするの? そんなことして、どうするのか全然、わからないよ」
不安げなグランディオンが俺の心を代弁するようだ。
「帝国に限らず悪を倒すんだよ。それで誰が正しく上なのかを知らしめる。そうですよね?」
「う、むぅ…………」
これ頷いていいのか?
なんかヒーローっぽいけどそれでファナはどう関わってくるんだ?
まさかこの殺意に満ち溢れたまなざしがわからないとか?
いや、まさか。
こんなどう見てもヴィランなまなざしをヒーローに見間違えるとか…………あ。
(そう言えば、こいつ目がないわ)
人選間違えたか?
どうしよう?
ここから軌道修正することはできるだろうか。
帝国倒す話については、ファナがやる気になっている。
けどそれが王国の城の勢力争いとどう関係する?
いや、ままよ!
「王国の城のほうとは切り離して考えろ。あちらはもう任せてある」
「あ、そうですよね」
「ぷぷ、間違ってやんの」
「誰が上かはいいけど手を伸ばしすぎなのよ」
「う、うるさいな」
ティダとイブが今までアルブムルナに言われてた分言い返すように笑う。
「で、でも、アルブムルナの悪を倒すっていうのはわかりやすいよ」
グランディオンがフォローをしたものの、アルブムルナにとっては屈辱だったらしく唇を噛む。
だが確かにわかりやすいし、その発想は悪くない。
(例えば誰から見ても悪い奴を倒せば、見た目が人間離れしてるNPCも好意的に見られるんじゃないか?)
それは前にも考えたし、実際『血塗れ団』は倒した。
今度はその悪が帝国ってことか?
だが一大勢力だ。
軽々しく手を出せるとは思えない。
元の世界でも大戦で肥大化する帝国を倒そうとやり合って、結局勝ったほうも疲弊してしまったなんて話があったくらいだ。
(ファナではなくヴァン・クールのような誰から見ても英雄らしい相手なら有効か? いや、その英雄と友好的で手を貸したという実績があればあるいは?)
行けるか?
「ふむ、待てよ。内部に抱える問題という話か。それを考えるなら革命が…………」
起きたら共和国みたいな面倒な地域になるのか?
南北を火薬庫に挟まれるなんてこの土地の価値が著しく下がるだけだ。
そうなると王国に手を出す意味もなくなる気がするんだが。
「革命!? そうかその手があった!」
「自滅狙うよりずっといいじゃん!」
「ふふん、父たる神なら人間を躍らせる手管くらいいくらでも出るのよ」
「えっと、王国は任せてるから、帝国の中でってことですか?」
「あの、どういうことでしょう?」
アルブムルナが手を打ち、ティダが笑う。
イブは胸を逸らして、グランディオンが考え込む。
そしてファナは俺に聞いて来た。
(どういうことでしょうって、俺が聞きたい。え、帝国で革命? いいのか? そんなにいい案か?)
俺は不安しかないし、ライターとして近代史とかも覚えてる。
その中でなんとかの春、とかいう革命運動の泥沼化も見た。
「いや、帝国なら泥沼化しても…………?」
どうでもいいのか。
いっそ情勢不安になるくらいが王国の城で動けるようになるのかもしれない。
「泥沼化を狙うなら、帝国が今の形になる前の状態わかったほうがいいですよね?」
「うん? うむ、情報は多いほうがいい」
別に狙わないけど、アルブムルナの意見は悪くないので頷いておく。
「面白そうじゃない。つまりレジスタンスを作るのね」
うん? イブ? なんて?
「よぉし! じゃあ、この人間を鍛えればいいんだ!」
「私ですか!? …………神がそう望まれるなら!」
ティダ!? ファナが何かを決意したぞ?
「僕、僕にもやれることないですか!」
結局グランディオンは俺に縋るのか!?
…………結局状況は悪化したようだ。
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