45話:ファナの扱い
俺は意気揚々と縞瑪瑙の採掘場をあとにする。
金に余裕があるのは心の余裕にもつながるいいことだ。
「そう言えばここから東にも町があったな」
「あ、実験に使ったっていう人間見に行きます?」
俺の何げない呟きにティダが反応した。
(確かゲームではスタンダードな建物の町並みの所があったなってだけなんだが、実験? なんのことだ? …………いや、人間と言えばそうだ、いたな)
アイテムの効果実験と称して助けたファナのことだ。
蘇生させて回復の効果も見て、用なしだったが結局ここに連れ帰っている。
この世界に来て初日に会ったから、もう二週間くらい放置して。
ヴァン・クールのほうが重要人物だったし、その後大変だったし、色々で忘れてたのだ。
(ファナのことはあの時ドラゴンホースと一緒に乱入して来た羊獣人に丸投げしたな。ということはここから東の町にいるのか)
まだ難しい話してる湖の城には戻りたくない。
俺が引き込んだようなものだし、言い訳にもなるので俺は子供っぽいエリアボス四人を引き連れて、ファナを見に行くことにした。
「じゃ、俺が案内しますよ。エルフの所は海賊近寄るなって言われてたけど、他の町なら俺のシマです」
槍のように見える杖を片手にアルブムルナが胸を張る。
「海賊が勝手に何言ってんの。どうせ奪った物売りさばくばっかりで、シマっていうほど目も配ってないんじゃないの?」
エネミーとしての出現エリアが近いせいか、ティダが訳知り顔で茶々を入れた。
(そう言えば、プレイヤーが町作ったら空飛ぶ海賊が襲ってくるってイベントするつもりだったな。する機会なかったけど)
アルブムルナの発言はそうした設定を踏まえてのことだろう。
実際はゲームで日の目を見なかったためにやっていないはずだ。
そのアルブムルナが羊獣人の住む街まで案内を買って出た。
海賊として奪ったものを売りに、大陸の上を航行すると言う設定があるので案内役として地理は把握しているのだろう。
他にも、特に羊獣人は海賊ムーントードの手下でもいるので本人としては馴染みの場所なのかもしれない。
港町や羊獣人の町には交易を兼ねて出入りしているという設定も書いた記憶がある。
海賊として襲うという行動もプレイヤーに対してのイベント行動なので、たぶん関係が悪化していることはないだろう。
「では任せよう、アルブムルナ」
「はい!」
「ふふん、ちゃんとエスコートしなさいよ」
「お前は呼んでない」
上から言うイブに言い返すアルブムルナは、喧嘩しながら転移で向かうため俺に恭しく手を差し出した。
宇宙柄の手で触れれば、すぐに田舎町へと辿り着く。
町を挟んで南北に放牧地と農作地が広がる牧歌的な光景。
町は高原の端の斜面に作られていて、つづら折りの道にそって町並みが上下に広がっていた。
(建物の形はゲームのデフォルト家屋だな。特別にデザインしたエルフのアカテイア見た後だとパッとしないな)
そんな感想と共に、目についたのは一つの看板。
それはゲームでも見慣れたアイテムショップのマークであり、俺は郷愁に似た興味を覚えて足を向けた。
「行ってみるか」
手には縞瑪瑙のキューブがある。
これは売ることが目的のアイテムだ。
行っても不自然ではないだろう。
ゲームでは商人ジョブを成長させるために、こうした物品の売り買いをすることで資産を上げるという項目があった。
俺は資産とかよくわからないけれど、この大陸を操作できるコンソールにも街ごとに資産という項目があったはずだ。
発展させれば街にいい装備が並んだり、施設が解放されたりというのは目で見て来てる。
良い変化が起こるのなら、この縞瑪瑙を売りに出してもいいかもしれない。
「こ、こちらが本店の精一杯でして」
「ふむ…………」
羊獣人の店主が汗顔で声を震わせる。
俺はコンソールを見て唸った。
何故かそれだけで店主は悲鳴染みた声を漏らす。
(この街の資産が失われただけか。俺に金が回って来てもしょうがないんだな。まぁ、何も運営してないし資産を生み出すようなことにはならないか)
ただこれはいけない。
街から街に資産が移動しても、栄える街と衰える街が生まれるだけだの足し引きだ。
考えなしに動かすよりも初期状態で一番安定している数値の現状維持がいいだろう。
もしくはちゃんと資産運用のできる商人ジョブに任せるかだ。
「良い、金は退け。次だ。こちらは値をつけるならいくらで交換する」
「こ、交換、ですか? …………あぁ、これは。あの尾なしの娘が持っていた」
「うん?」
「いえ、少々お待ちを」
尾なし?
なんか妙に悪意のある含みを感じたぞ?
俺が出したのはこの世界の硬貨だ。
スタファが公国で上手く情報を引き出し、手元にあるのが銀貨三種と銅貨二種だということはわかっている。
(日本だと貨幣は一斉に変えてたけど。この世界は古い通貨もそのまま並行して流通してるんだよな)
その上で全て合わせても一ガルドの価値もないとスタファは言っていた。
ガルドは『封印大陸』の通貨単位であり、見た目は金貨なので相当な差があるようだ。
「この辺りとしか交換できません。もちろん大神であれば、店の物はなんでもお持ちください」
媚びるように店主は言った。
ただ出てきたのは馬鹿にしているとしか思えないラインナップだ。
「片方の靴下、穴の開いた靴、ほつれたハンカチ、折れた針?」
見たままの品で、それ以上でもそれ以下でもない。
ゲームでも破損した物品の屑アイテムという物はあったが、それはそれで錬金術師や神官ジョブが手を加えて新たなアイテムを作るための素材アイテムだった。
その中にこんなごみはなかったので、明らかにこれは屑だ。
こんなの常識的に言って、ない。
さすがにこの不正は看過できなかった。
「どうやら碌な商売をする店ではないらしい。他に商人ジョブ持ちはいないか? お前は店をやるな」
「はい!? お、お待ちを! いったいどうして!? 何がお気に触ったのでしょう!?」
俺に飛びつくように店主が慌て出す。
下半身羊は伊達ではないらしい。
けれど飛びあがった店主は、アルブムルナの槍のような杖で床に叩き伏せられた。
「おいおい、わからないからこそお前じゃ駄目なんだよ。商売ってのはな、等価交換なんだ。なのに縞瑪瑙には多すぎる金額を出し、売り物にもならないような貨幣を断りもせずに品を出す。そんなんで商人名乗るんじゃねぇよ」
いや、なんか常識的にないなって思っただけで…………。
けどアルブムルナの言い分も間違ってないからいいか。
(そう言えばアルブムルナには商人ジョブがあったな。戦闘職じゃないし、強奪品を売り買いする海賊って設定に合わせて誰かがつけたのか?)
そして商人ジョブを持たないグランディオンとティダは揃って首を傾げる。
「えっと、全部差し出せば正解だったのかな?」
「そうだよね。大神相手に売り買いなんてふざけてる」
「あなたたち、アルブムルナの言葉聞いてた? それに父たる神は売りに来て受け取らず、交換を言いつけて商人たる資格なしとおっしゃったのよ」
イブが何か言い出したので、俺は内心身構えた。
「あ、等価交換じゃないし、する気もないなこいつって思ったからか」
「い、今のやり取りだけで適性を見抜くなんてすごいです!」
なんかティダとグランディオンが俺を輝く瞳で見上げて来る。
イブも誇らしげにない胸張るし、これどうすればいいんだ?
「あ、あれ? 何があったんですか?」
「この匂い、あの時の人間」
グランディオンの言葉に店の入り口を見れば、ファナが忙しく瞬きを繰り返していた。
「こ、これは至高の神よ!」
すぐに跪くし、なんか神の前についてるし。
こいつは変わりがないどころか悪化してるようだ。
「あぁ、お前に会いに来たのだ、ファナ」
「か、神が尾なしなんかに!?」
「うん? どういうことだ、店主? ファナは私が預けた人間だが。その尾なしという言葉、何やら含みがあるな?」
「ひぃ!」
店主が喉を引きつらせて目を泳がせる。
その姿に、アルブムルナが石突で殴って無言のまま答えを催促した。
「うぅ、ひぐぅ…………その、巨人の女司祭さまの不興を買った馬鹿が、押しつけられた奴隷と言って連れて来まして…………」
「何故そんなことになっている? ファナ、これの言うことは本当か?」
「いえ、直接言われたことは。というか、あまり会話してないので、そんな風に思われていると今知りました」
困惑した様子のファナをよく見ると、どうも薄汚れてる。
服を着てる分には初見よりましだが、羊獣人の扱いの悪さが見て取れた。
「ずいぶん汚れているが何をしていた?」
「はい! 神にお仕えするには私の力が足りないので、稽古をつけていただいていました」
「それ、稽古にかこつけたただのリンチじゃないの? 見ただけでわかるけど、この子弱すぎ」
ティダが呆れると、ファナは弱い自覚あるのか俯いてしまう。
リンチって、なんでこんなことになってんだ?
俺、実験のためとはいえこのファナを助けたよな?
面倒だから回したけど、人間を食べない分羊獣人は比較的安全な種族だと思ったのに。
(あれ? そう言えば憐れぶって所持金半分ぶん盗るエネミーだったなこいつら。比較的おとなしいのもこの大陸で弱いせいで、レイスと張るくらいの…………)
ヴァン・クールでさえそのレイス相手に慎重な対応をしていた。
となるとこのファナはそれ以下で、羊獣人に舐められていたのかもしれない。
「はぁ…………」
俺が溜め息を吐くと、ゴンと鈍い音が聞こえた。
見ればイブとグランディオンが店の外にいる。
さらに出て見れば、どうやらファナといたらしい羊獣人を二人して攻撃して地面にめり込ませていた。
「何をしている? おい、生きてるだろうな?」
「え、父たる神の意向を見誤り、煩わせるならいらない、べ、別に、父たる神の手を煩わせないために私が動いたとか、そういうわけじゃないんだから!」
「あ、うむ。それでグランディオンは?」
「あの、あの、なんだか、逃げようとしてるように見えて、つい」
ついかぁ。
犬が動く物に跳びかかっちゃうようなものか? 狼男にもそういう習性あるのかな?
なんかもう考えるのが億劫になって来たな。
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