43話:チェルヴァ
他視点
「あん、つれないお方」
足早に去る大地神の背にそう声をかけるけれど、ぞんざいに手を振られるだけ。
それに無邪気な様子でついて行くティダ、アルブムルナ、グランディオン、イブが憎らしく思える。
「縞瑪瑙の採掘場へ行かれるなら、わたくしの管轄ですのに…………」
「管轄は小神の末裔であって、人間嫌いのあなたではないのでは、女神どの?」
ネフが張りつけたような笑顔で余計なことを言う。
宣教師は神を賛美する弁が立ってこそだというのに、その口はわたくしを不快にさせるためについているのかしら?
大したダメージにならないとは言え、角で殴り倒してやろうかしらと思ってしまうわ。
「歓談中に失礼。そして失礼を重ねるようだけれど、お聞き願えるかな? 大神が好まれる展開というものに二人は心当たりがあるかどうか」
ヴェノスは敬虔な信徒であり、よく話し合えと言われた神の命令を遂行するつもりのようね。
わたくしとしては人間の国のことなんてどうでもいいのだけれど、お言葉もいただいたのだし協力は吝かではない。
それに他の者に任されて面白くない気持ちは確かにあった。
だから名指しされたからにはこのブレインイーターの彭娘を助けて、計画の成就を目指さなければいけない。
下々の相手をしなければいけないけれど、その分報告という形で我が君に近づけるものと割り切るしかないのでしょう。
「ヴェノス、わたくしと大神ではそもそも生まれが違いましてよ。それに人間ごときどうするかなんて想像もできないわ。ただ、兄の家を残して弟の家である今の王家を潰してしまえというお知恵は素晴らしいと思うのよ」
話が単純になればいい、まさにそのとおりだ。
争う二者がいるのなら、片方を潰せば簡単なこと。
後はどう美味しく料理するかだけれど。
彭娘を見れば、まだ我が君のことを思って陶然としていた。
「帝国の侵攻さえも王国内部での政党争いを泥沼化させる雨に例えるなんて…………あの方に肉体があれば、わたくし、あぁん、我慢できる気がしない…………!」
黒い扇子で見た目を誤魔化しても、卑しい考えを捨て去ることはできないようね。
本来は微かに女のような雰囲気がある肉塊にしか見えない、知恵あるものの脳髄を啜る魔法系ジョブには天敵と言えるエネミー。
欲に負けて王国を食い散らかさないといいけれど。
そんな彭娘を主軸に人間の国を攻略しなければいけないのね。
浅はかな人間に対しては皮肉が効いてていいとは思うけれど、いえ、いっそこうだから話し合えと命じられたのかもしれない。
「騎士どの、そもそも大神は我々に何を求めると思うのです?」
ネフが当たり前のようにヴェノスに意見を求めた。
大神の分身であっても同一ではない。
大神のお考えに至らないのはわたくしの影に潜む分身たるダークエルフも同じこと。
「任されたからには意にそってとは思っていますが、正直どれほど考えてもあの方の想定を下回りそうなのだよ」
「大神は千の姿と名を持つ神。その気になれば自らが傾城傾国となって思うままにすればいいのですからね。元よりそうした役割の分身が以前の世界でもいましたし。まぁ、あの者は封印を免れたのでここには来ていませんが」
確かにそんな女の分身がいた気がする。
赤い髪に赤い瞳、赤い唇に赤いヒールの女王の如き振る舞いをする妖婦。
権力者を堕落させることを旨とした分身がいれば確かにことは簡単だったでしょう。
「いなくとも元が大神なら新たに生み出せばいい。それをしないのは私たちのやり方さえも楽しみの内だと言いたいのかしら?」
大神と一緒に公国へ行くという大役を一人占めにしたスタファが入って来た。
正直公国でこの世界特有の巨人を仕留めて戻った時には出遅れたと思ったけれど、この件に関してはスタファは力不足ね。
出し抜くにはやはり彭娘をバックアップしてわたくしの存在感を押し出さなくては。
(そして大神に、まずはここではなく宝石の城へと居を移していただけるように願わないと。あそこにさえ囲い込めば、ふふ、うふふふふ)
緩みそうになる顔に力を入れる。
ダークエルフもいとおしいけれど、あの届かない高みの宝石のような美しい姿の大神もお側にあるのならばどれほど快いことか。
「先ほどの会話の中で必要なことは示唆されているのでは?」
「大神は第一王子と第三王子の争いが周囲に留まることを告げた時に頷かれたわね」
ネフにスタファが答えると、それに続いて彭娘も会話に参加する。
「それは第一王子ルージスに加担しろというとでしょうか?」
「いえ、そこまで直截な物言いではなかったでしょう。それに私を留め置いたのにも訳があるはずよ」
おっといけない、わたくしも参加しなければね。
これ以上スタファに出遅れるわけにはいかないわ。
「王城の中の話なのよ。だからすでに入り込んでいる彭娘にお任せになった。そして王妃について下問なされたではないの。わたくしは王妃に近づくついでのお遊びで、錬金術を使うよう命じられたのだと思っているわ」
「そう言えばアジュールを寵愛しているのは王妃もだったね」
ヴェノスがそう頷いたことで、わたくしには閃きがあった。
「あぁ、そういう」
思わず漏らすとスタファはわからなかったらしく睨むように目で促してくる。
知性の高い司祭だけれどわたくしが先んじたのは悪くない気分ね。
そう、気分がいい。だから答えてあげましょう。
「血筋を戻してとおっしゃったけれど、元より血筋だけなら先々代国王の皇太子の血筋。ならば戻す血筋は弟家にある皇太子の血筋のこと。つまり、皇太子であった兄の家に、王子を一人追い出せば元通りになるのではない?」
それが成就すれば、さらなる波乱を起こす盤面が形成される。
そして王妃を動かし国王を動かせば、そんな運びも可能になるだろう。
「上手く言い訳を繕わせれば追い出しは可能よ。同時にそれは追い出された王子の不満を強め、継承争いに本腰を入れる引き金になるでしょう。逆に残った王子は己の立太子を疑わずその気になる。盤面さえ整えればあとは人間たちが醜く愚かに争うだけ」
「まぁ、まぁ、なんて狡知に長けた計略でしょう! そうなれば帝国も餌に食いつくはず!」
彭娘が大神の知恵深さに頬を紅潮させて驚く。
「なるほど。人間の欲を刺激する状況を用意すると」
「く、そのやり方なら人間は面白おかしく踊ってくれるでしょうね。私の考えた策など面白みの欠片もないほど」
ネフが感心し、スタファは割り込む策を考えていたようだけれど大神を越えられるわけもなく歯噛みする。
そして考え込んでいたヴェノスが大きく頷いた。
「それなりに時間のかかる策だね。その間に大神は何をなさるおつもりかな? 他にも腹案があるのではないかと私は思うのだが?」
確かに、これは一年二年の策ではない。
そして狙うは王国一つでもなく、この大地という名の猫だ。
「王国はこちらに任せて別の国を狙う策ではないかと某は考えますが?」
確かにヴェノスが言うことももっともで、ネフの考えも自明。
大神のお考えがわかったなんて思い上がりが恥ずかしいわ。
やはり元の生まれの違いかしら?
私は大地の精がたまる洞窟で生まれた。
広く遠大、深淵の混沌から生まれた大神とは天地の差があることはわかっている。
(我が君に我が騎士と呼ばれるくらいに信任されているヴェノスは神格も持たない格下だけれど。それでもその謙虚さが大神の御心に沿うのならわたくしも身に着けるべきかしら?)
神格がなくとも分身であるネフも無碍にはできないし、居城とした城代スタファも…………。
あぁ、ライバルが多い。
「彭娘には補佐として人員の要請をしてもらいましょう。その他で動く大神の狙いを見据え、お力になれるように考え、状況を見て策を練るべきかと」
「けれど猫を愛玩するために王国の裏で狙うのはいったい何処の国かしら?」
纏めるヴェノスにスタファが聞くと、彭娘が意見を上げる。
「帝国では? 王国と芋づる式に倒す策を考えていらっしゃるのかと」
「それならすでに土を踏んだ公国やも知れませんよ」
ネフの言うことも一理ある。
同じことを言っても面白くないのでわたくしはあえて違う国を挙げた。
「ここから近い共和国ではない?」
するとスタファがわたくしの浅慮を見抜いたように笑う。
「あら、なんの旨味があって? 王を倒して未だに混乱続きの国なんて、放っておいても滅ぶわよ。支配下に置くにしても火中の栗を拾う場面ではないわ」
言うとおりだけど、言われっぱなしは神の沽券にかかわるわ。
「さすが下賤な人間に近い種族は違うわね。わたくし大神と同じく神であるから、人間を知るためにもまず何を持って争い止まれなくなっているかを知らなければと。本当、矮小な存在の考えることはわからないわ」
スタファの蝋のように白い頬が跳ねる。
おかしなもので、巨人の姿を嫌うのに小さいと言われると怒る巨人の矜持は持ち合わせているようだ。
「いけない、淑女方。我々は今、この彭娘の働きを補佐する役を仰せつかっている。邪魔立てするならば大神への叛意と捉えるがいかがか?」
忠告するヴェノスは本気を匂わせるけれど、ダークエルフがいれば問題ない。
けれどここは剣の間合いでわたくしだけでは対処できないし、魔法職で自ら弱体化しているスタファも同じ。
わたくしたちは不服ながらも目を見交わしてお互いに距離を取る。
その様子に彭娘が胸を撫で下ろした。
「では、話し合いの続きを。より良く神にこの世界を捧げるために」
わたくしも大神には心傾けているのでその言葉に否やはない。
けれどヴェノスやスタファとは違う意味で。
どちらかと言えばネフのスタンスに近いかもしれない。
(そのお力も偉大さもわかっている。けれど手放しでは違うのよ。わたくしはもっと対等でいたい。そう、隣に…………それを人間はなんと言ったかしら?)
いえ、なんでもいい。
わたくしは小神なりとは言え大地より生まれし神。
必ずや大神のお気に召す形でこの世界という猫を献じてみせよう。
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