42話:進む侵攻計画
何日経っても覚めない夢は、もう現実として受け入れるしかない。
(ゲームの世界に転生で、美女に囲まれて、優秀な部下がいて。これって幸せなはずだけど…………)
俺は湖上の城の広間にいた。
大きな窓の外には美しい湖、白い峰、深い緑の森という幻想的な世界。
なんだが…………目の前の会話がなぁ…………。
「王都に入り込み娼婦から商人の愛妾、さらには貴族をパトロンに先日王城へと侵入に成功いたしました」
真っ赤なチャイナドレスの美女が、俺に妖艶な笑みを浮かべて誇らしげに報告する。
そしてそのあと、慎ましやかに顔を隠すのは黒い扇子だ。
つまり、本性は今のアジアンビューティとは似ても似つかない、と。
そこに今度は白いドレスで黒い扇子型のマジックアイテムを持った美女が発言する。
「スライムハウンドよりも早いわね。やはり人間の多いところではそれらしい姿の者が堂々と動いたほうが成果に繋がるのかしら?」
「ブレインイーターとして、人間という種を理解し騙す彼女の手腕があればこそでしょう。適材適所というものだよ、スタファ」
「ヴィオーラス騎士団長さまにお誉めいただけるとは。愛しきこの神の祝福満ちたる地を方々が守られるからこそ、わたくしも働けるのです」
えっと、たぶんこのチャイナがスパイだ。
そしてスタファは最初に動いたのに、部下が後手に回って不服ってことか?
それをヴェノスが庇った。
で、偵察にも行けない尻尾つきのヴェノスをチャイナが持ち上げた、と。
(うん、なんでこうなった?)
世界を猫に例えて何やらNPCが曲解したのはわかった。
自衛になるし俺が考えるよりもと許可を出してる。
あんまり派手なことしなければいいかと、諜報メインで外での活動許したらこれだ。
いつの間に王国の中枢にまで乗り込んでるんだよ。
早すぎるだろ。
優秀すぎて困るってなんだ?
「うぅーん? ねぇ、結局今の国王って王さまになるべきじゃなかったってこと? さっきの報告わかりにくすぎるよ」
ダークドワーフのティダが褐色の顔で唇を尖らせる。
それにムーントードから変化している白髪白い肌のアルブムルナが呆れた。
「いや、そのままだったろ? 今の国王は先々代国王の皇太子の次子なんだよ。で、先代国王は国王の弟に当たるんだ」
「えっと、えっと、皇太子が急死したんだよね? それで今の国王は、皇太子に立ってないから正統じゃないって悪口を言われてる、っていう…………」
「わかんないよ。アルブムルナは難しい、グランディオンは誰のことだかさっぱり!」
俺は内心でティダに頷いた。
するとイブがツインテールを払ってティダを見る。
「今で考えるからわかりにくいのよ。いい、ティダ。国王がいました、その国王には皇太子がいます。この皇太子には幼い子供もいました。けれど皇太子のまま死にました。そして国王も同じ時期に体を壊します。そこで急遽次の国王になったのがすでに成人している皇太子の弟でした。ここまではいいわね?」
俺は何やらチャイナに報告されつつ、イブの説明に神経を集中した。
「そして国王になった弟は娘しかおらず、晩年になって自分の子供ではなく皇太子だった兄の子供を養子に取って次の国王にしました。これが今の国王。だから二代に渡って皇太子になっていない者が国王になってるの。それが本筋とは離れてるって批判になってるのよ」
イブ、実は頭いいのか?
普段まともに喋れないツンデレって、バッドステータスだったのか?
単に俺の頭の出来が普通すぎるのかも知れないけど。
(ただ今のはわかりやすかったな。あれだ、お家騒動ってやつだ。結局皇太子だった兄の家が正統なのに、弟の家が実質本流になってるから文句が出てるんだ)
そう納得した俺は、気づけば頷いてた。
「やはり大神もそこにお気づきになるのですね」
「うん? あ、あぁ。いや、まずは最後まで聞こう」
声を弾ませるスタファに、俺は訳が分からず答えを先延ばしにする。
俺を相手に報告してるのはチャイナだ。
なんかそっちも惚れ惚れするような顔をしてるのが怖い。
(ヤバい、なんの話だった?)
こっちも王国の内部での話だったはず。
しかも城の中のことで、えっと、俺、何も聞いてないな。
「立場としてはルージス。けれど国王に近い者はアジュールを挙げることもございます」
「きっとルージスには不満が溜まっていることでしょうね。同時に、己ならばと慢心していそうな動きのなさですわね」
チャイナの話に応えるチェルヴァは、人間嫌いな割に話について行けてるようだ。
俺は今出た二人の名前が誰かさえわからない。
「そこの二人を潰し合わせてフラウスに漁夫の利を得させるほうがもっとも我々に損害はなく、楽しむ趣向を入れられるのでは?」
ヴェノスが新たな名前をブッ込んでくる。
本当、誰だよ?
「誰かにすぐさま取り入れる状況でないのなら、ここは大神のお考えをお聞きしましょう。報せよとおっしゃっていましたし、我々に指示があるのでしょう」
そしてネフが黒い肌のイケメン顔でまた無茶ぶりをしてきた。
だから、なんの話かわかんないんだって。
(チャイナが報告してるんだし、王国の城での話でいいんだよな? 前提が違ってたら本当わけわからないぞ)
王国ってどんな国ってのを、チャイナの実際見た感想から聞き取りしてたはずだ。
そして王城に入り込んで聞いた国王の抱えてる問題を上げてた、気がする。
(それで血筋がって話で、えっと、三男を可愛がってるとか言ってたか?)
それで頷いてなんであんな顔されるのかは全くわからん。
上がった名前の三人の誰かが三男か国王か?
そう言えば国王の話題なのに一人重要そうな人物が上がってないな。
「…………王妃は、どうだ?」
俺の問いにチャイナが大慌てで頭を下げる。
「神の意にそわず大変遺憾ではありますが、わたくしは、王妃に近づくことは、できておらず…………」
「そうか、ならばスタファ。王妃周辺を探れるものを手配できるか?」
「…………挽回のチャンスをいただけたこと、大変光栄ながら…………我が配下では適任がおらず、お恥ずかしい限りです」
すごく悔しそうに二人して頭を下げた。
(いや、そつなくこなすから今回もと思っただけなんだけど、なんか俺が責めたみたいな雰囲気になってる!?)
よく考えたら、スライムハウンドは転移に際して独特の臭いを残すため室内での転移に向かない。
スカイウォームドラゴンは不可視化できるものの、元の体が大きいためやはり室内を探るのは無理。
スタファは巨人であり、人間に扮してるスタファのほうが特異例だ。
これは俺の無茶ぶりだった。
「よい。ヴェノスの言うとおり適材適所。今後この者に王城における主導的立場を取らせても問題ないな?」
「は…………。スライムハウンド、スカイウォームドラゴンを各二体ずつ、従うよう命じておきます」
「うむ、お前もいいな?」
そう言えばこのチャイナ名前なんて言うんだろう?
「身に余る光栄! 大神にお楽しみいただけるよう、粉骨砕身いたしましょう!」
チャイナは黒い扇子を両手で握り締めて頬を上気させる。
それを見てヴェノスが尻尾の先を小刻みに打ちつけて言った。
「私ではお力になれることはないようだね」
「でしたら、わたくしは王国における諜報に力を貸すのも吝かではなくてよ」
「ほう? 何をする気だ、チェルヴァ」
本当、何?
エルフもこっちではどんな扱いかわからないから送り込むのは却下だぞ。
「ふふ、わたくしにも花を持たせてくださるなんて。お命じくださればよろしいのに。劣等種などどうでもいいのですけれど、我が君のためであるならば宝石の城ゲンマの宝物庫を開きましょう」
「まぁ! あの、世の富全てを集めたと言う!? 勿体ないお言葉! ですが見せびらかすだけでも動きやすくなります!」
チェルヴァの申し出はどうやらチャイナにとって有効らしい。
適当言ったけど良かった。
あ、けど宝物庫ってレアアイテムも入ってるんだよな。
ヴェノスからレアアイテムの鎧を借りたことから、たぶんレアアイテムをドロップするってエネミーが所持してるってことだ。
(見せびらかすって言ってるけど、持ち出して紛失とかなったら勿体なさすぎる。これはちょっと次善策を施しておこう)
俺は必死に頭を働かせてそれらしい言い訳を捻り出した。
「ついでだ。人間どもの審美眼を計ってみるといい。チェルヴァ、錬金術で宝石を作り、それに人間がいくらの値をつけるか試して見よ」
「まぁ、それは愉快ですわね。我が君の仰せのままに」
「それで、大神。王国をどうしましょう?」
お前は俺の逃げ道を塞ぎたいのか、ネフ?
「…………もっと、話が単純になればいい」
思わず零すと、なんでかエリアボスとチャイナが息を飲む。
これはまずい気がする。
「継承についてだ。正統が元皇太子の家なのだとすれば、そちらに血筋を戻してしまえば争いもなくなるだろう。帝国に侵攻されて内で争う。自分の首を絞めるようなものではないか。雨降って地固まるとは言うが、地面が乾く間もなければすべて泥に沈む…………いや、話がずれたな」
「いいえ!」
チャイナがなんかめっちゃ羨望のまなざしを突きさしてくる!
いたたまれない!
「含蓄にあふれたお言葉に浴せる喜びに打ち震えております!」
「はぁん、大神のお知恵は素晴らしいこと…………」
「えぇ、私たちでは想像もできませんね」
「下等な人間は泥にだなんて、ほほ」
「血筋を戻すですか、なるほど。それは面白くなりますね」
曲解が、止まらない…………。
なんかもう俺いなくても良くないか、この侵攻計画?
侵攻計画なんて考えもしなかった俺がいなくても、ノリノリなNPCたちが勝手に進めてくれそうな気がした。
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