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41話:ヴァン・クール

他視点

 王都の宮殿は緊張状態だった。

 そんな中で練兵する俺は、思ったより平穏の中にいる。


「いったいいつまで王都にいればいいんですかね、ヴァンさん?」

「アーノルド、気持ちはわかるがな。将軍職を解かれたままで戦場に出るわけにもいかないだろ」


 俺が王国にとって大問題を報告してから十日が経っていた。

 南の国境の山脈で巨人が動くのを見、突然の濃霧は巨人が動いたための自然現象だと伝えている。


 緊急報告と称して帰参した俺の早すぎる帰りに文句を言う者も、巨人の存在には口を閉じた。

 内容が内容だけに視察を放り出したことへの非難などはなかったが。


(派閥争いで北の戦力を懐柔できないどころか門前払いされたのは俺のせいじゃない。それで文句をいう奴は元から策謀に向かないんだろ)


 帝国の侵攻を凌いだ矢先に、馬鹿な権力闘争で俺と俺の率いる兵を散らされ、北の者たちに怨まれていることなどついぞ気づかないようだ。


「巨人の存在を疑うくらいならヴァンさんに調べさせればいいんですよ。もちろん軍付きで」

「巨人相手なら人間の軍なんて蟻の行列と同じだろうが、最低限それは必要だな。ただ、場所が悪い」

「共和国との国境ですからね」


 アーノルドと話しているところにやって来たのは魔法伍長のボルサ。

 ある程度の体力作りはするものの、練兵には不参加だったがわざわざ来たようだ。


「巨人について何かわかったか?」

「残念ながら、言い伝え以上のものはありませんでした」


 ボルサにはあの白い腕の巨人について情報を探ってもらっている。

 王宮に留め置かれていることを利用して王室の図書閲覧も交渉中だが、そこはなかなか難しい。


 アーノルドが言うとおり、いっそ調査隊でも任命してくれればそれを理由にごり押すこともできるが。

 誰も今の状況で巨人を突く真似はしたくないということだろう。


「すぐに必要なくとも情報は欲しいが、王室の図書閲覧を理由に王子の派閥が近寄ってくるのが鬱陶しいな」

「まさかここにきて継承争いが起こるとは思いませんよ」


 俺のぼやきを聞いて、アーノルドが溜め息を吐き出した。


「後学のためにヴァンどのはどちらを推されるのか聞いても?」

「二択か?」


 ボルサは王都の知識層出身なので、俺が答えるよりもずっといい答えを持ってるはずだ。

 質問で返しても苦笑するだけで引いてくれる。


「二択って、第一王子と第三王子ですか?」


 アーノルドが真剣に考えた末にそう言った。


 陛下には十人の子供がおり、その中で王子は六人いる。

 けれど継承争いと言えるほどの勢力を持つのは二人の王子だけだ。


 平民上がりで戦場へでたアーノルドからすると、考えなければわからないような話。

 政治どころか今いる城の中のことなんて詳しくないが、それでも両者の名は上がる。


「第一王子のルージス殿下は聡明で公平だって言いますよね」

「聡い方だとは聞いてる。今も陛下の政務の一端を任されていたな」

「ただ信賞必罰の気が強いとも聞きますよ」


 アーノルドは一般的な評価を、俺も貴族出の将兵からのまた聞きを語る。

 ボルサも第一王子については人づてらしいが、厳格とも酷薄ともとれる言い回しをした。


(元より継承争いに関わる立場にないならそれもそうか)


 それでもそんな話が耳に入るのは俺が英雄と呼ばれるからだ。

 王城で一定の影響力を認められていることが、成し遂げたという嬉しさもあり、それを発揮するのはこの場ではないという煩わしさもある。


 平民出の俺に、国民が憎い相手を倒す鬱憤晴らしを仮託する。

 だからもてはやされる部分があるのは承知している。

 とは言え、国を揺るがす骨肉の争いなんて、本当に俺が関わるべき問題じゃない。


「で、第三王子のアジュール殿下はフランクで天才って聞いたことあります」

「交友が盛んで社交的らしいな。なんでもそつなくこなすとか」

「文化人であり、才能重視で身分を問わない。そして陛下に寵愛されてます」


 アーノルドはやはり一般的な評価であり、俺は一度声をかけられた経験から聞いた話を。

 平民出ということで下に見る者も多い中、嫌みのない方だったが、それ故に少々慎みがないようにも見えた。


 気になったのはボルサの声に含まれた棘だ。


「直接の面識があるのか?」

「いえ、寵愛がなければこんな争いもないと思うと、つい」


 今まで、数年前まで後継者争いの話などなかった。

 それは第一王子が継嗣として申し分なかったからであり、本人たちにもそのつもりはなかったようだ。


 けれど第三王子への陛下の寵愛が確固たるものになると周辺が動き出した。

 発端は権力者によくある派閥争いだ。


(今は王子のどちらも自ら動いていない。それで派閥のほうも察してそんなことしてる場合ではないとわかってくれればいいが)


 北の帝国による侵攻で、東の隣国も飲み込まれた。

 南には荒れる共和国があり、西は山脈を挟んで異種族の国。

 今般判明した巨人の胎動を脇に置いても、内部で争っている余裕など、ない。


「第二王子のフラウス殿下は名乗り上げないんで?」


 アーノルドの問いに俺はボルサと視線を交わす。

 どうやらボルサの耳にもそうした話は入っていないようだ。


「第二王子は領地が東だ。東の小王国が帝国の属国になったせいで、今は王都にさえいない。継承争いに名乗りを上げたくとも根拠地が危うい状態では無理だろうな」

「他の殿下方も従軍経験はあるとは言え、そのまま軍事を主としたのはフラウス殿下だけですからね。他の王子に任せるよりもと、陛下も判断されたのでしょう」


 俺が一番知ってる王子と言えば第二王子であり、一番戦場で会う回数が多かった。

 同時に、軍事に力を入れていたので、戦場での心得を自ら請いに現れたこともある。


「ヴァンさんは第二王子が名乗り上げたらつきます?」


 危うい質問に、ボルサが含みのないアーノルドを睨む。


「俺は今や将軍でさえない。足場さえおぼつかない軍属だ。国の行く末など口にもできないさ」


 すでに王子の派閥の者からは接触があった。

 それを断ったことがきっかけで南へ飛ばされている。

 そして俺が駄目だったから北に残ってる将軍に粉をかけて、どちらの派閥も失敗した。


 今第二王子などと俺が言えば厄介ごとに巻き込まれることは必定だ。


(俺は平民だ。国政などわからん)


 実際どの王子が国王になれば良い国になるかなど想像もできない。

 今の陛下の御代が終わることもあまり考えたくはない。


 俺の力量を最初に評価してくださったのは、その時の将軍であり、その将軍を任じたのが陛下だった。

 さらに将軍の声を受け入れて俺を将軍職にしてくれたのもまた、陛下だ。


(できれば陛下の御代で北の侵攻を終わらせる一撃を。いっそ継承争いなんて横に置いて一致団結できる敵でもいればな。いや、これは不謹慎すぎるか)


 復讐に邁進していた俺に、恩に報いたいという生きる目的をくださったのだ。

 陛下の御代に錦を飾ることが俺のできる唯一の報いだろう。

 何よりトレト・シルヴァのような若者をこれ以上出したくはない。


「そんな睨まなくても。俺は、ただ欲のない第二王子につくって言えば、北でなくても東の帝国勢力と戦えるかと思って」


 言い訳のようにボルサに訴えるアーノルドの言い分もわからなくはない。

 ないが、軽挙だ。


「ヴァンどのの声望を甘く見過ぎです。逆に英雄の後ろ盾を得たと第二王子が継承争いに踏み出すことになりかねませんよ」


 ボルサの忠告にアーノルドはいまいちわかっていない様子だ。


「そういうもんですか?」

「そういうものなのです。だいたい、継承争いを煽り立てる者もいる始末。誰に聞かれても悪用されます」


 それは俺も知らない話だ。

 目を向けるとボルサは辺りを窺い声を落とす。


「第四王子も十半ばの少年ながらに利発で気が優しく人望があるため、兄王子たちさえいなければと言う者もいるのです。第六王子は末子なので幼くありますが、陛下の寵は第三王子と競うほど。上が争い潰し合うほど有利になる」


 馬鹿げた話だがそれを言う者がいるということか。


(陛下は愚王ではない。けれど親としての感覚が人間的過ぎる)


 将軍として損切りは軍全体の損耗を考えて行う必要がある。

 それと同時に情を蔑ろにしては人を扱えない。

 けれど情に依っていては決断ができない。


 たぶん陛下の今のお気持ちはそんなところだろうが。


「俺は親の気持ちはわからん」


 妻帯していないし、する気がない、血塗られた道だ。


(剣を取った時から血に染まって生きることを決めていた。こんな腕で女など、ましてや無垢な赤子など抱けるか)


 そう自嘲した時、俺は鳥肌が立ちそうな視線を感じて練兵場から見える城の窓を睨んだ。


「どうしたんですか、ヴァンさん?」

「…………あれは、誰だ?」


 黒髪に白い肌と赤く色を付けた唇の女が、城の窓を横切っていた。

 幼げな顔つきだが横顔からでも匂い立つような色気が感じられる。


 その姿はまるで虫を誘う花。


「あぁ、あの珍しいドレスの? 確か何処かの貴族の愛妾ですよ。奇抜な衣装で目立つでしょう」


 ボルサの言うとおり、体に吸い付くようなドレスと、足を大胆に見せる姿は驚くほど珍妙で、扇情的過ぎる。

 けれど何処かの民族衣装のように理解できないながら、完成形であることはわかる無駄のない形をしていた。


「ひゃー、目のやり場に困りますね」


 アーノルドの上ずった声に、なんだか毒気を抜かれる。


 見た時にはすでに歩き出してたのだから、感じた視線はきっと気のせいだったのだ。

 俺は自分をそう納得させた。


毎日更新

次回:進む侵攻計画

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