4話:世界の終わりも知らず
『封印大陸』は大陸だと思っていたマップが実は欠けていたというゲームだ。
世界の謎を解き明かすと、北には滅んだ大陸、東には天に隔離された大陸、西には海に沈んだ大陸があることがわかる。
そして大陸南と共に封印された大地神は幽世、冥界に封じられていた。
唯一冥界と繋ぐ道を守っていたのが海上砦のイブで、ゲームではこのエリアの謎が解かれないまま大地神の大陸は封印され続けている。
さらに言えば他のNPCは設定上、ゲーム世界にさえ存在できていない。
「つまり、気づいてないのか?」
「な、何をでございましょう?」
俺の驚きにスタファが慌てて聞き返す。
チェルヴァも戸惑う様子で、イブはティダを突くけれど思い当たらないらしくアルブムルナに振ってた。
ヴェノスは大失態でも犯したような顔で考え込み、グランディオンはとても純粋なまなざしで俺を見てる。
どうやらNPCは俺が生贄扱いのプレイヤーだとは気づいていない。
(そんなことあるか?)
召喚のための生贄が神の中身になるなんて。
少なくとも俺はそんな設定をした覚えはない。
とは言えゲームは俺一人で作り上げたわけではない。
誰の設定が何処まで生きているか。
それが問題だ。
「大神さまがご不快なら、僕が四肢を引き千切って食べましょうか?」
「やめろ! これは私だ!」
考え込んでいたこともあり、思わず俺は声を上げた。
っていうかグランディオンの見た目とのギャップで発言がすごいえぐいぞ!?
「は…………それは、いったい…………?」
あ、ここにはエリアボス以外に徘徊するエネミーやエネミーのリーダー格も揃ってる。
うわぁ、街にいる設定のエネミーまでいるなんて相当ヤバい。
(いや、今はそんな逃避してる場合じゃない)
言っちゃったんだよ。
どうしよう? 誤魔化すにしても今さら否定しきれないし。
いいや、うん…………NPCもわかってないならこのまま押し切ろう!
「こ、これは私だ。本当に気づかなかったのか?」
「どういうことでございますか? 人間、でございましょう?」
スタファが緊張の面持ちで確認してくる。
スタファだけじゃなく全員が答えを求めて一気に緊張の視線を俺に向けた。
(押しつぶされそう!)
人外が基本でドラゴンとか巨人とか色々いるのに!
威圧的な奴らの視線なんて、しがないライターには重い!
「…………私は幾つもの姿を持ち、その全てが私自身である。全は一、一は全を表す神だ。その中に、何故人間の姿があると思わなかった」
お前たちの想像力が足りん!
なんて、パワハラだ。
(けどこれ以外の言い訳なんて思いつかないし、設定では確か人間にもって書いてたはずだし。採用されずゲーム内には該当のNPCとかいなかったはずだけど…………)
いや、ここは反応窺ってちゃ駄目だ。
押し切るには畳みかけないといけない!
「だいたいおかしいとは思わなかったのか? まるで知っているように歩くこの冒険者を」
「そう言えば、どうして地下をあんな真っ直ぐに歩いてたんだろう? 人間は光がないと動けないはずなのに」
地下に住むダークドワーフのティダが気づくと、アルブムルナも頷く。
「俺、全弾避けられたから船浮かせて上から様子見てたけど、そう言えば町にも寄らずに真っ直ぐここまで来てたぜ」
「あ、あの、えっと、森で、僕が声かけても、その、無視されて。おかしいなって」
グランディオンも罠を素通りしたことを上げて俺の言葉を肯定する。
よしよし、これで信憑性も…………。
「けど、こうして動けたなら、もっと早く、お姿をお見せいただけたら、嬉しかったなって。あ、ご、ごめんなさい! 失礼なこと言いました!」
慌てて真っ赤になるグランディオンは、男の娘だけど外見は完全美少女だからさまにはなる。
だがその姿にスタファやヴェノスまで頷いてるのはまずい!
あ、いや待てよ?
「やはりか」
それらしく言いつつ時間稼ぎをし、俺は現状を考え直す。
(NPCからすれば今の俺は信仰対象だ。なんか含み持たせると一生懸命こっちの反応を待つ従順さがあるじゃないか)
見た目のせいで圧が強すぎて怖いけど、今はそれも利用すべきだろう。
なんとしてもこの状況を抜け出さないと、俺は逃げ場さえない!
「イブよ」
「は、はい!? あ、いえ、な、なんですか? 私そこまで暇じゃないんですけど?」
素直に返事した後にそっぽ向くって、ツンデレ難しいな。
いいや、気にせずこのまま話そう。
「世界で何が起こっていたか、知れる立場にいたのはお前だけだ。何か言うことはないか?」
「いえ、とくに?」
おいー!?
「いや、あるはずであろう。昼間も人間たちが海上砦で騒いでいただろう。あ、海上に船を出して花火を上げている者たちもいたはずだ」
あのお祭り騒ぎ知らないなんて嘘だろ!?
「さぁ? 人間なんてごみ虫のやること、いた!」
イブが言うのをアルブムルナが槍のような杖で殴って止める。
「何するのよ!?」
「どう考えてもおかしいだろうが! 大神がこうして動かれるくらいの何か異変あったんだよ! 気づけ!」
「え、え? でも、そんな…………」
あー、そう言えば知力って魔法職に関する能力値があったな。
魔法職のアルブムルナは知力が高い。
そしてもう一人のラスボスのイブも、魔法職に並ぶ知力がある設定のはずなんだが習熟度や精神力と言った別の要因は本職のアルブムルナが上だ。
(この違いはそういうゲームのパラメーターも影響してるのか?)
だがそうなると、この二人よりも知力が高い設定がこの場には二人いる。
スタファとチェルヴァだ。
「我が君、あなたさまが動かれるほどの何があったのでございましょう? まさか、憎き太陽の者たちがまた悪心を起こしたのでしょうか?」
チェルヴァがすごく冷たい目をしてそんなことを言う。
(そう言えば設定で、大地神は太陽神と争って力を削がれたところを風神に封印されてたな。チェルヴァも神格扱いだけど、人間だけじゃなく敵対した神も嫌いなのか?)
まぁ違うんだけど…………、いや待てよ。
ゲーム終了を世界の終わりと言ってプレイヤーは祝っていた。
ではそれを決定したのは誰だ?
ゲーム世界のNPCからすればそれは神にも等しい存在なんじゃないのか?
そう考えればこれは言い訳に使えるのでは?
「太陽に限ったことではない。神々の決定により、世界を放棄することが決まった。本来すでに、世界は終わっている。それを告げられた人間たちが、この世の最後に騒ぎ祝っていたのだ」
重々しく話してみると、広間には耳が痛いほどの沈黙が落ちた。
(え、待って…………すごく滑ったみたいな雰囲気になってないか!?)
みんなもっと驚いて、「嘘ー!」とか「信じられなーい!」とか反応してくれると思ったのに!?
い、いたたまれない。
騙されて、くれないかな?
「ぬぁんであんたそんな大変なこと気づかないの、イブ!?」
ティダが小さな体で激しい音を立てて足踏みすると怒りだした。
「さすがにこれは…………、庇いようもない失態ですね」
比較的当たりの柔らかかったヴェノスまで匙を投げるような言いようだ。
そのせいで、責められたイブは泣きそうな顔になってしまっている。
(こ、これはなんか…………凄い冤罪をかけてしまった気分だ!)
そういうつもりじゃないし、なんかNPCに擦りつけたみたいで、作った側としては申し訳ないっていうか。
「その、なんだ。私は封じられていて神々の決定に関与することもなかったのだが」
「なんという不敬! 大地神であらせられる御身を招かず世界を終わらせたというのですか!?」
今度はスタファの怒声が広間を満たす。
次の瞬間、エリアボス以外のNPCたちも怒りの声を上げた。
種々雑多な人外から上がるのはもはや怖気を催す怒号と化す。
(ひぇ!? ど、どど、どうしよ? はなし、話を逸らさないと)
けどこれ俺のせいで、あ、そうだ。
この話したの、生贄の中身が神になってるってことの言い訳だったんだ。
「鎮まれ。終わるからこそ自由にやれることもある」
俺の絞り出した一言でNPCは電源を切ったようにピタッと止まる。
それも逆に怖い…………。
さらにまた俺の言葉待つ静寂が圧です。
「終わる世界ならばもはや他の神の出方を窺う必要もなしと、私自ら封印を解きに来たのだ。世界から隔離され、そのまま終わるのではあまりに面白くないだろう。時間もなく遊んでやれたのはイブだけだったが」
「え!?」
ノリで話してたため甲高い声にびっくりした。
見ると真っ赤になったイブが牙を剥くように笑い、その口元を慌てて白い手で覆い隠す。
「ど、どうした? 私は楽しかったが、どうやらお前は」
「ひゃい!」
裏返って明瞭にならないイブの返事。
それにティダたちが反応して顔を顰める。
「え、狡い。あたし報告でしか聞いてない」
「こっち素通りだったってのに」
「僕、無視、されました…………」
若いエリアボスたちを微笑ましそうに見てるヴェノスと、面白くなさそうなチェルヴァはまだいい。
ハンカチ噛んでるスタファはちょっと見ないことにしよう。
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