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38話:名もなきグール

他視点

 私は震えて岩陰にうずくまる人間を目で追う。

 私の向こうではこの人間の仲間だったろう者が体をグールに食いちぎられていた。


「もし、そこは危険だ。グールに満腹はない。あの死体が同じグールになれば全員が生きた人間を求めて君に迫るだろう」

「だ、誰だ!? …………は、はぁ!? お前だってグールじゃないか!」


 確かに私はグールだ。

 だが他と違って衣服を身にまとい、つやはなくなったが髪も整えているのがわからないらしい。


「私は少々他と違ってね。理性を保っているし、空腹というグールの本能も弱い。どうせ君はここから逃げられない。理性ある者として、少しでも君には死に方を選ぶ余地を与えたいと思って声をかけたのだが、どうするね?」

「逃げ、られない?」

「見ていたが、君はスカイウォームドラゴンに連れて来られただろう? つまり、彼らを操る女主人に目をつけられている。どうせ今も不可視の状態で上から見張られてる」

「そんな、あんな化け物が、まだ…………!?」


 見るからに絶望するこの生者には悪いが、スカイウォームドラゴンはグールを襲わないので危機に晒されているのは実質、彼一人だ。

 どころかこうしてグールの食事を運ぶことがあるくらいには友好的であり、代わりに冥神の配下であるナイトデビルなどには襲いかかる習性がある。


 女主人は…………直接会ったことはないはずだが、怒らせなければ潰されることもないという妙な考えが頭に浮かんだ。

 人から変質して以来、私も理性や記憶と言ったものが揺らぐことがあるが、今回もそれだろうか。


「まぁ、私といる限りスカイウォームドラゴンは襲って来ない。どうせ時間の問題だ。暇なら話をしよう」


 促すと人間は歯を食いしばってついて来た。

 私はもう死んでいるから攻撃されても平気なので気にせず背中を向けて歩く。


 辿り着いたのは地面に空いた大穴だった。

 その中央には岩を掘って作られた、巨大な柱にも似た建造物がある。


「これは、いったい…………?」

「君たちが最初に落とされたのは我々グールが住む谷の上。そしてここは谷の下から唯一地上に上がれる場所。古い、教会だったと聞く遺跡だ」

「谷? そうだ、谷を下って逃げた仲間は?」

「すでに死んでいるだろう。谷底にはウォームドラゴンがいる」

「あ、あの化け物か?」

「上にいるのとは違うよ。スカイウォームドラゴンのほうが亜種で、人は食わない。ウォームドラゴンは食う。宝石を収集して人間を誘う餌にするんだ。宝石を拾い上げた音だけで襲ってくるから、下には降りないほうがいいだろうね」


 事実を告げると、生者は気力を削がれたように膝から崩れ落ちた。


「なんなんだここは? そんな人間を殺すためだけに仕掛けられた魔物は?」

「そのとおりだ」


 私も隣に座り込んで肯定した。

 足元は深い谷の終点から、鋭い音を立てて風が吹き上げる。


「ここは神の箱庭、遊技場。人間は神に依らなければ生きられない、いや、生きられなかった場所。今では私の故郷も廃墟と化しているよ」

「…………お前は、何者なのだ?」


 それはこちらが聞きたいから話しかけたのだが。


 封印される時に、故郷を守護していた猫神は神官たちと逃げた。

 その後は冥神の使いたちに襲われてグールになる者、ナイトデビルに攫われる者など様々に命を落として行ったのだと思う。

 大地神の指示がないため人外の者たちは助けてくれなかった。

 いや、彼らも別の神からの侵攻に対応したりで忙しかったのはわかるが。


 ともかくこの大陸に暮らしていた人間は、魔女という一種類を残して壊滅した。


「ここは、神々の争いによって神と共に封印されていた地だ。それがどうやら神が復活し、封印が解かれたらしい」

「そんなの、聞いたことがない。神々の争い? いったいいつのことだ? いや、四千年前には神と呼ばれる存在が複数いたと、伝説に聞いたことがあるが、まさか」

「そうか、そんなに時が経っていたのか」


 逃げた猫神をもはや信仰する者がいないように、きっとこの地の外では大地神は忘れ去られているのだろう。


 それはなんと外の人間たちにとって不幸なことか。


「神領に踏み入った君はもはや神の許しなくここから出ることは叶わない。そしてグールに負けるようでは神の御前まで辿り着くことも無理だろう」

「神よ、我らが神よ!」

「その神が、この地を領する大地神より強いのならいいがね。太陽神と争う隙を突いても風神は殺しきれなかった。封印され、幽世にこの地ごと隔離され。だがそれでもなお復活した神以上の力があるかい?」


 生者は首を横に振った。

 それは否定とも、不知とも取れる動きだ。


「私はね、ここから東に行った地にある廃墟となった街の出身だ。そこには猫神がいて、大地神との契約で猫は安全を保障されていた。そしてその猫神の眷属を世話する人間もまた猫神に庇護される街だった」


 グールになってから記憶は劣化する。


 もう元がどんな街並みだったか、いつ廃墟になった街を確認しに行ったかも思い出せない。

 けれど廃墟にはすでに人間はおらず、逃げ損ねた猫だけが大地神との契約のためこの地のどんなエネミーにも襲われず生存していた。


 廃墟の街にある私の研究ノートを見て誰かが、いや、そんなはずはない。

 人間が来たことはないはずなのに、何故かそんな人物に神に会うよう助言した気がする。

 これはいったいなんの錯誤だ?


「私はその街で婚約者と未来を夢見る人間だった。しかし封印された地で大地神に従わない冥神のグールが街を襲い、婚約者は死んでしまった。私は、愛していた。だから、グールになった彼女を理解するために己もグールになる研究をしたのだ」


 手慰み私の記憶を語ると、生者は信じられないように私を見た。

 狂人の所業であることは否定しないさ。


「けれど彼女と共にいる未来以外いらなかった。そう思えば人間であり続ける価値は低かった。そして、研究の末に、私は自らグールへと変貌した」

「人間として神に生み出されていながら人間をやめるなど、冒涜だ」

「君の教義はそういうものか。だが、ここではそんなこと些末な問題だ」

「は?」

「ここを治める神は不定形にして、千の姿を持ち、その全てに違う名前を持つ神だ」

「それはただの化け物だ」

「いいや、神だ。人間の偏狭なものの見方では計れない大いなる存在だ。そして千の姿を持つ故に美しきも醜きも関係はない。種族など考慮する必要もない。何にもこだわらない故に、己以外の全てを見下す。これが神でなくてなんだという? 人の姿にもなれれば、君の奉じる神の姿にさえなってみせるだろう」

「あ、悪魔か…………いや、悪魔だ」

「そんな生易しいものではない。神はくだらない命に無関心であるが故に慈悲深く、己の力さえも惜しげもなく与えるのだ。興味本位であるが故に情けはなく、容赦もないのだ」


 そしてそれを表すのがこの地。

 誘い、招き、騙し、殺すこの大陸。


 しかし掻い潜ればいくらでもこの谷底の宝を拾える。

 どれほど大地神を信奉する者を殺しても怒りなどしない。

 神に拝謁できるほどの強者であるなら、いったいどれほど神の恩恵があることか。


「…………では何故死んだ婚約者の復活をお前は願わない?」

「言ったはずだ。神は封印されていた」

「だが今は復活したのだろう?」

「忙しいのだろうと推測はできる。また、私は神に拝謁できるほど神を楽しませる術を持たない」

「興味、本意などというのは、比喩ではなく?」


 嘘偽りなくそのままなので私はただ頷く。


「訳が…………わからない…………」

「神を理解しようとするのが、そも人間の傲慢ではないかな?」


 実際封印を解かれたと聞いた時に、リザードマンの騎士団から私も理解の範疇を越える話を聞いた。


 私たちの生まれた世界は、滅んだそうだ。

 正直理解はできない。

 この地の神は封じられていて世界の存亡を決める神々の話し合いには参加できなかったという理由らしい。


 ならば最後にと神は自ら依代で封印を解きに現れたが、司祭たちがどうやら神の依代と気づかず神を生贄に神の封印を解くという矛盾を行ったのだとか。

 そして結果が現在だ。


「ここは元々北の山脈以外を海に囲まれた土地だったのに、復活された神はまず神領をこんな山の中に移動させたそうだ。神はどんな気紛れを起こしたのかは私には計り知れないよ」

「これが、か、神の仕業なのか!?」

「他に考えられないからね。大地神は原初の混沌より生まれた、混沌と破壊の神の守り役。眠りを守らせるために生み出した神は三柱。生まれたのは時空、闇、大地の神々。そうして役割を別けはしたが、元より混沌から生まれている。それぞれが混沌の要素を持っていると言われている」

「時空、闇? な、何を言っているのかさっぱりだ」

「そうかね。大地神については先ほど言ったか。時空神は何処にでもいて何処にもいない姿なき神。闇の神は何者にも姿が見えぬ無貌の神。千の姿を持つ大地神の同胞らしいことだろう?」


 何も返さない生者は思考を放棄し始めたようだ。


 闇の神の娘に地母神がおり、この地母神は時空のはざまに住む種族を産んでいるなど、三柱の神々の権能は混沌として混在している。

 こんな説明をしてももう理解できそうにないな。


「大地神は地母神がその座を引いたことで、大地を司る権能を引き受け、大地より生まれた小神たちの庇護者となった。大地神の権能の一つは庇護だ。それをこの地とこの地に住まう者に適用して、時空神に通じる権能を以て大地の移設を果たした。理解できなくとも、それができるお方なのだよ」


 生者はまた首を振る。

 私ばかり喋ったが、何かこの生者は私の話を否定しきれない知識でも持っていたらしい。

 その横顔には神の偉大を知った絶望しかなかった。


「さて、最初の質問に戻ろうか」


 生者はもう力なく座ってるだけで私への警戒もない。

 絶望的な状況がわかり、理解の追いつかない神に挑む愚を悟り、知らぬ故に入り込み生贄となった己の身の上を理解したのだろう。


「私が噛めば君はグールになる。そうすれば他のグールには襲われない。これは私の理性と人間性による忠告だ。生きながらに貪り食われるのは、ひと思いに死ぬより辛い。あぁ、生きて逃げたいならば神を目指すことだ」

「…………噛んで、くれ」


 それがここに送られて来た最後の生者の答えだった。


毎日更新

次回:ブラッドリィ

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲーム以前のエピソードがあるのはコレ系の物語を引き立てる要素の一つですね。他勢力からの描写による掘り下げと並んで。 続きも楽しませてもらいます!
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