34話:ガレー船決死行
大地神の大陸の地下にはいくつか出口がある。
中でも大きなのはやはり海岸線に出る場所だ。
黒いガレー船は木材の軋む不穏な音を立てながら、地下世界から地上へと浮かび上がった。
『ふ、船が飛んでいるだと!? ありえない! いったいどれほどの魔力を浮力に変換しているというんだ!? そんな非効率な魔力消費の仕方があってたまるか!』
『血塗れ団』の仮面の男がそんなことを叫んでるのが水盆から聞こえる。
俺は変わらず一方的な監視ツールである水盆を覗き込んで観察を続けていた。
「目算だが、十三名ほどが脱落したようだね。動きから見て三人一組での行動を最小単位にしているようだ」
「船に囚われたのは五十五名ですか。場所の限られた戦場でどれほどの機転を利かせられるかが生存の鍵ですね」
ヴェノスとネフが実況と解説のようなやり取りをすると悲鳴が上がる。
『ま、また化け物だ…………!』
水盆の中では『血塗れ団』が大口を開けて笑うムーントードに恐れをなしていた。
今度は種族名さえわからないらしい。
海賊設定に忠実に粗野な言動で『血塗れ団』をはやし立てるムーントードたち。
その中にアルブムルナはいない。
ムーントード配下の羊獣人に紛れて三下のふりをして隠れているのだ。
『魔法を切り裂く槍だと!? 鈍重そうに見えて恐ろしい槍術の腕があるぞ!』
『ひ、ひぃ!? こいつ腕が伸び…………! いぎゃぁぁああ!?』
槍に意識を奪われた人間が一人、ムーントードの伸縮自在の腕に捕まる。
すると蛙のような大きな口で笑うムーントードは、人間の腕や足の関節を面白がるようにして外し甲板に放り投げた。
激痛と手足を動かせない『血塗れ団』の一人は、泣きわめきながら逃げようと甲板を這いずる。
その姿にムーントードは下卑た笑い声を上げた。
(正直ドン引きだけど、あの設定がこうなるわけかという納得感もあるな)
ムーントードは拷問好きのサディストという設定だ。
従う羊獣人は自分以外の犠牲者をムーントードに差し出すために働く。
「わたくし人間には詳しくないのだけれど、やはり脆いのではなくて、このゴミども? ムーントードの膂力と技量で繰り出される魔槍の恐ろしささえ知らないまま押されているわ」
「私が戦ったことのある人間は、ゲロ弱い奴もいたけれどこんなに簡単に壊れるほどじゃなかったはずよ。魔法だって熟練度こそあるけどレベル低すぎだし。この邪教徒質が悪いんじゃない?」
たおやかにディスるチェルヴァに、イブは思いの外弱い人間に苛立ち始めたようだ。
その間も人間たちは仮面の男の指示の下、魔法でムーントードの接近を止める。
使っている魔法の最高は、光魔法のLv.6。光の槍を前方に擲つ魔法で射程は短いが高威力。
ただしムーントードは槍系統の攻撃にカウンターを放つ種族スキルがあった。
『魔法を撃ち返すなど聞いたことがない! なんだあの魔槍は!?』
どうやらアーツと種族スキルの違いも分かっていないようだ。
極端に言えば、魔槍を持ってなくてもムーントードなら素手でカウンターできるんだが。
「一番考えられるのは、ゲー…………ごほん、元の世界とは人間の強さに決定的な隔たりがあるということだろうな」
「まぁ、あちらでもごみでしたのに、さらに? それはなんと呼べばよいのでしょうね」
チェルヴァが滑るように寄って来て俺の腕らしき箇所に身を寄せる。
グランドレイスの姿だからなんか威圧的だし危なくないのかと思うけど、チェルヴァは気にせず肌を擦りつけるように身動きしてた。
「父たる神に近すぎる! 不敬よ! 別に羨ましくなんかないけどべたべたしすぎ!」
「ふふん、小娘には刺激が強すぎたようね」
イブが指差して文句を言うと、チェルヴァは鼻で笑う。
(チェルヴァはスタファとも喧嘩するしちょっと攻撃的すぎないか? そんな設定したかな?)
ともかくここは年長者のほうを窘めておこう。
「チェルヴァ、サンプルケース一つで全体を知った気になるのは早計だ。少なくともこの『血塗れ団』よりも英雄どののほうがましだった。元より隠れて人を殺すような集団だ。正面からの戦闘には不向きの可能性もある」
「ふふん、父たる神の知恵の深さは、信仰を失くした小神程度では及ばないのよ」
イブが勝ち誇っていうけど、なんで?
まぁ、ともかくだ。
「奥の手を隠しているプレイヤーも当たり前にいた。使いどころの見極めは当人次第であり、こいつらも保持している可能性がある。油断するなよ、アルブムルナ」
俺の指示にアルブムルナは羊獣人に紛れて小さく応じる。
『その奥の手出させるためにいたぶってるんですけど、やり方変えたほうがいいでしょうか?』
ただの趣味ではなかったらしい。
確かに一人をいたぶる間にムーントードの攻撃の手は休むし魔槍も防御以外に使っていない。
奥の手が発動までに時間のかかるものなら既にやってるか?
高火力のアイテムとか、条件で発動できるジョブスキルとか?
「こいつらのジョブの目星がつく者はいるか?」
「魔法職では?」
「光魔法ばかりなので神官系もあり得るかと」
「魔法系錬金術師の可能性もありますね」
「武器を持っていないから精霊師ってこともあるんじゃない?」
メインかサブのジョブが魔法系なのは確かだろうが、絞り切れないな。
『うーん、羊ども出します? 攻撃に転じないと使えないスキルってありますし。今の攻撃さえ届かないままじゃ使えないとか』
アルブムルナも現状の発展のなさにそう提案する。
確かに圧倒しすぎても手の内が探れない。
「それでいい。期待しているぞ、アルブムルナ」
元気に返事しようとしたアルブムルナが口を押える。
そして魔法で遠隔操作した船の上の太鼓を鳴らした。
それで命令変更を伝えたらしく、ムーントードが退いて座ったり寝転んだりして観戦姿勢になる。
代わりに前に出た羊獣人は、人間たちよりも小柄な者も目につく。あからさまな戦力低下だ。
『その傲慢のつけをいずれ取らせてやる! 今はこの隙を逃すな!』
仮面の男が命令すると、『血塗れ団』が意気を上げるように声を出す。
距離を詰めての攻撃しかできない羊獣人も手には槍を持っているが、ムーントードの固有武器である魔槍とは別物だ。
戦いは一気にアルブムルナ側と拮抗する。
ただし羊獣人は槍系統のわかりやすいジョブのムーントードと違い、一芸のできるジョブがついていた。
『うわ!? この薄汚い亜人が! 魔力結晶を返せ!』
『回復役が混じっているぞ! 潰せ!』
『ぎゃー!? いつの間にこんな所に罠が!?』
盗賊、治癒師に縄を使って人間を宙づりにしたのは、忍者か野伏か。
ともかくジョブの幅が広がり、固まっていた『血塗れ団』を少しずつ散らし始めた。
『ぐぅ…………! 何故知能の足りない獣人如きがこんな高位魔法を扱う!?』
仮面の男はLv.4の魔法を羊獣人に撃たれて驚いている。
だが、Lv.4程度で高位?
火系の魔法で炎を身にまとい、高速前進で敵を薙ぎ払う魔法だ。
効果時間は短く敵の密集地に突っ込むと、今の羊獣人みたいに敵に囲まれて一方的に攻撃を受けることになる程度の魔法でしかない。
というか、今の魔法では一撃で倒れた者はいないのか。
「もしかしたら魔法防御に特化しているのか?」
「そうですね。ティダの一撃で即死を考えると極端に振っているのでしょう」
ネフが同意すると、ヴェノスが何かに気づく。
「チェルヴァ、そろそろ森へ向かうべきでは? すでにガレー船は森を捉えているようだ」
「あら、もう? せっかくうるさいのがいないのに。わたくし森に行く必要あるかしら」
「あーら? 私の城がずいぶん獣臭がすると思えば。まだいたの?」
そこにスタファが戻った。
途端に俺にしがみつくチェルヴァを睨んでこっちに突進するような勢いで寄って来る。
(これ、俺が止めないといけない?)
立場上この二人の上は俺だけど。
うん、こういうのは発言権ある人がびしっとまとめないといけないか。
「チェルヴァは森へ向かえ。スタファは報告をせよ。イブのように大人しくするように」
「「は、はい…………」」
「ぷぷ」
注意はしたんだが、水盆に肘を突いたままイブが笑い、二人のボルテージはまた上がってしまう。
チェルヴァは結局すれ違いざまにスタファとメンチを切るように睨み合ってから出て行った。
「では謹んでご報告申し上げます。転移より漏れた賊は九名。捕らえて他にいないかを聞き出した上で、死者の谷に放り込みました」
「ちょうど良かった。地下からそちらに行けそうな者が残っていなかったのだ」
「ティダでございますから」
スタファもティダのやりすぎを懸念していたようだ。
『やれやれ、結局奥の手はなし? もうついたぜ』
『くそ!? さっきの亜人とは強さが段違いだと!?』
突っ込んでやられた羊獣人と同じように、いつの間にか仮面の男の前にアルブムルナがいた。
近接戦闘を苦手とする設定だけれど、エリアボスとしてそれなりの能力値を持っている。
即座にやられるような無様は晒さず、どころか槍に似せた杖で杖術を使い仮面の男と肉弾戦に持ち込んでいた。
そこからムーントードの身体能力で大きく跳んで人間たちの中から抜け出す。
『二度と会うことはないだろうけどせいぜい足掻けよ。ジィブト・トゥルボー!』
アルブムルナがLv.7の風魔法を放つ。
風の球が大型の敵をも吸い寄せ、集まったところで解放する魔法だ。
解放後は竜巻と化して吸い寄せられた者たちにダメージを与えながら巻き上げる。
そんな魔法を、空飛ぶ船の上でアルブムルナは放った。
『ぎゃー!』
幾つもの鬼気迫る悲鳴とも雄叫びともつかない声が響く。
ムーントードが大笑いする中、『血塗れ団』は醜い悲鳴を上げながら宙を舞い、森へと落下していった。
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