320話:新たなゲーム
もう数えることも忘れた歳月が流れて、自分の死を告げられた。
どうやら落雷でVRMMO専用ヘッドギアがショート、感電死しているのを一月後に発見という顛末らしい。
今さら元の自分に未練はないが、数奇なものだ。
『グラン・ガーランド』とやらのプレイヤーが曰く付きというのもわかる。
同時に、俺が作った『封印大陸』を過去作というそのゲームはなんなのか。
(あれだけぼろくそ言ってたくせに人が死んだ後に取り上げるとか、なんなんだ。…………あぁ、いや、そう言えば庇うことをしてた奴も、いたんだよな)
人間らしさが薄まった今なら、感情の色眼鏡を外して誰が文句を言って、誰が評価してたかわかる。
神使を実装してイベントの方向性を整えた後輩、思えばあいつは俺の設定は面白くできると語っていた。
当時は俺の料理の仕方がまずいって嫌みかと勘ぐるだけ。
素直に受け入れていなかったが、思えばあいつは俺が考えた設定を踏まえてイベントを立案してた。
もしかしたら本当に、いいと思っていたのかもしれない。
「え、この状況がまさか幽霊の仕業なんて言いださないよな?」
「けどおかしいよ、これ。ヘッドギアが触れないっていうか、ないみたいな…………」
戸惑うプレイヤーたちを見てたいが、そうもいかない。
「時間切れのようだ」
俺はマップ化ですでにこの場への侵入者を把握していた。
振り返ると、白い巨人が猛然と階段を駆け上がっている。
人間には大きすぎる異界の門やそこへ通じる階段が、巨人であればちょうど良い。
もしかしたらここはかつての巨人が作りだした空間だろうか?
そして白い巨人は目が合うなり難癖をつけて来た。
「通い詰めているとは知っていたが、よもや開閉ままならぬ異界の門を操る術を編み出すとは!」
「違うとは言い切れないが、まだ検証が必要な段階だ」
俺が答えている間に、白い巨人は残りの階段を大跳躍で飛び越え、俺に魔法を纏った左腕を突き込む。
狙いの甘い攻撃を難なく避けて、次の動作を迎撃するため構えると、白い巨人は俺の横を走り抜けてプレイヤーへと向かった。
どうやら俺への攻撃はブラフだったらしい。
本当に、こういうことにひっかかるのは平和ボケした日本人の感覚のせいだな。
「命惜しくば私と共に来い! 世界を弄ぶ邪神に惑わされるな、異界の英雄たちよ!」
「酷い言いようだ。だが、それも一興だろう」
白い巨人は右腕をプレイヤーたちに向ける。
俺を攻撃した左腕は、巨木を丸々使った義椀だった。
チェルヴァの呪いを解くために、拷問して左腕と右足を潰したあと、戦力低下は面白くないので回復させようとしたが断られてそのままだ。
足も義足だが、そちらも魔法を宿らせることで大跳躍ができるようになっている。
白い巨人は右腕でプレイヤーたちを抱え込むようにかっさらうと、零れ落ちる者たちも出たが気にせず方向転換をした。
「何これ、強制イベント!? ちょ、痛い! …………い、痛い?」
「陣営わけなら説明しろよ! ったく、どうなってんだ!?」
飛び出す文句がゲーム気分だが、中には異変に気づいた者もいるようだ。
「人間性を失いたくなければ来い! 落ちた者はなんでもいい! 私に掴まれ!」
白い巨人が取り落としたのは十二人。
だが俺が目をつけた者はそこにいない。
「面白い話が聞けそうだ。その者は置いて行ってもらおう」
俺はマップ化のマーカーを一人のプレイヤーにつけておいた。
ただの目印だと思っていたが、使い続ける中で別の機能が判明している。
大勢を相手にするレイドボスだからこそのスキルで、マーカーをつけた相手を狙い撃てるのだ。
俺は魔法で黒髪の語りたがりプレイヤーに、風の魔法を当てる。
ダメージが発生するほどの強風に巻かれ、数人のプレイヤーも落ちるが、俺は目当てのプレイヤーだけを即座に拾った。
「あの者は何故大地神に目をつけられた!?」
「なんか、ゲームに詳しいみたいで!」
「放せ! くそ、なんで俺が、邪神の陣営とか願い下げなんだよ!」
手の中で暴れるので、デバフを適当にかける。
何度か弾き返されたが麻痺が通って抵抗が止まった。
「やれやれ乱暴なものだな」
言ってる間に巨人は人間たちを掴んで足場から飛び降りる。
俺の魔法で振り落とされた者たちはなんとか巨人にしがみついているようだ。
最初に振り落とされた十二人の内、二人が近くにいるエネミーを見て走り出した。
そして巨人に飛びかかるようについて行くんだが、身体能力高いプレイヤーと言っても、同じ日本から来たならアクロバットの経験なんてない。
結果、一人は巨人の頭に掴まれたが、もう一人は飛び方が悪く巨人を通り越えて落下。
(周辺の暗闇は底がなく、何処を触っても沼のように飲み込まれるんだよな。俺みたいに浮いてるレイスじゃないと抜け出せない)
案の定、落ちたプレイヤーは悲痛な悲鳴を上げて、トプンと消える。
あまりの情景に騒がしかったプレイヤーが静かになり、下に着地した巨人が忠告をする。
「大地神は人間同士を猜疑で殺し合わせる。耳を傾けるな」
「最後のプレイヤー三人が殺し合いに発展したのは、私のせいではないと何度言ったらわかるのかな? こちらとしてもあんなくだらない終わり方は残念で仕方がない」
「そうなるよう惑わせておいて! 自らに従う人間たちさえ戦いに追い込み、喜んで命を差し出すよう洗脳をした外道が!」
「自らも信奉者を共に戦えと呼びかけておいて、それはあまりにも見苦しい非難だ。もはや人間に与する巨人はお前だけだから温情で生かしているというのに」
困ったものだ。
歳を経るごとに話を聞かない。
そう言えば昔もそんな相手が…………あぁ、そうだ。
この世界に来たばかりで出会った銀級探索者トリーダックだ、あいつに似て来てるな?
(ファナとヴァン・クールが相討ちした後、あいつが神聖連邦の好戦派を率いて戦ってくれたから楽しめた。昔のことは水に流してもいいが、変なところ似ないでほしいな)
そんなことを思っている間に巨人は異界の門の範囲から脱出する。
ここはどういうわけか転移ができないので、外で俺を待っていたスライムハウンドたちが蹴散らされた。
「わ、私たち、あなたの陣営でいいので。抵抗しません」
「大地神ってあれだろ? 『グラン・ガーランド』のラスボスの」
「ヴィラン側でもいきなりゲームオーバーよりはまし、だよな?」
一人が言うと、その後ろで面白そうな話が聞こえるんだが、その辺りの情報は俺が握る一人で十分だろう。
知りすぎても面白くないし、NPCたちの仕事が減る。
「別に私はプレイヤーとして活動するならばお前たちの行動を縛ることはない。この者は連れて帰るが、好きにするといい」
「え!? そんな、こんな拠点もないような場所で」
「拠点が欲しいなら巨人について行けばよかったぞ」
「もっと早く言ってくれよ! なんだよそれ!?」
うるさいため、俺は無視して外へ行こうとして、思い出した。
「お前たちはどうする? こうしているならばダンジョンではなくフィールド発生のエネミーだろう? 適した地形があるならば移動させてやるが」
俺が声をかけたのはエネミーだ。
見た目は獣や虫、ゴーレムのようなものもおり見たことがない。
ただどれも意思が存在しているらしく、互いに様子を窺う。
その中から一人、虫人間というべきか、往年の野菜星人漫画に出て来る虫っぽい人造人間のようなエネミーが出て来た。
「失礼、大地神と思しきお方。我々は大地神と表裏である大闇神に仕える者たち。我らが神もこちらにおられるでしょうか?」
どうやら俺のところのNPC的な者のようで、もしかしたらエリアボスかもしれない。
違うゲームになっているなら、エリアボスがフィールドに出る仕様がないとも言えないだろう。
「私以外の側面が何をしているかは知るところではない。何よりここは時空が閉鎖されている。世界で異変があってもここでは感じ取れないのだ。来ているかどうかは外へ出なければわからないな」
この転移門に現れるのは単体か群れ程度のエネミーだという。
ダンジョンのような場所が転移してくると内包される団体も一緒にそちらに現れるそうだ。
「これ以上騒がしいのはごめん被る。エネミーに襲われたくなければそこの階段を下りて外へ行け」
「チュートリアルなし? おかしいってこれ。絶対変だよ」
文句を言う者もいるが、残る十人は階段を下りて外へむかったので、俺もエネミーたちを捕らえた結界を解く。
すると襲いかかってくるエネミーが弱冠。
どうやら俺が手に持つプレイヤーを狙うらしい。
「騒がしいのはごめんだと言ったはずだ」
そいつらを結界で囲み直して止めると、どんなに攻撃しても光の中からは出られない。
「せっかく来たからにはこのまま消すのも…………チュートリアルか。スライムハウンド、まだ残っているか?」
「はは、我らが神よ。無様を晒し、申しわけございません」
「良い、こいつらを神聖連邦近くに放て。チュートリアル代わりになるだろう」
俺は命じて外へ出る。
すると襲って来なかったエネミーたちがぞろぞろとついて来た。
三百以上いるので相当な数だが、こいつらはここに置いて行くと、絶対ゲームバランスが悪い。
だから適当に生活圏を聞いて散らそうと思ったんだが。
まだプレイヤーたちは異界の門がある秘匿の神殿前で騒いでいた。
マップが効かない、ヘルプセンターに繋がらない、メンバーとチャットできないと。
「今この場で感じ取れる異変はないようだな。だが、お前たちが現われたと同時にダンジョンごと移動してきている者たちもいるはずだ。争い合うことを止めはしない。強者であると自負するならば、私の、大地神の大陸に挑んでもいい。だが、敵対するならばこちらも反撃はする」
「おぉ、さすがは大闇神と表裏であるお方。切磋琢磨を奨励なさるのですね」
にっこにこのこの虫人間、やっぱりエリアボスか?
乗りがかつてのうちのNPCに似てる…………。
そう思っていると、妖精のような姿をした女が出て来た。
「我々は大闇神の八側面がそれぞれ世界を持ち、どれが最も優れたるかを競うため据えられた者たち。お望みとあらば、大地神さまにも我が腕、我が技、振る舞いとうございます」
「うむ、期待している。私を満足させられた者には相応の褒美を取らせよう」
神らしく言いつつ考える。
陣営わけと言っていたプレイヤーがいたことと、妖精のようなエネミーの言葉から、どうも『グラン・ガーランド』というゲームは勢力争いをするゲームらしい。
『封印大陸』でもそうしたギミックはあったが、イベント限定のものだった。
そこを完全にゲームの根本において、プレイヤー同士の争いを楽しませるようだ。
俺はエネミーたちが望むように転移させ始める。
三百はさすがに作業としてきついが、それでも神らしさを保つために淡々とやった。
ただそうしている間に、断続的にかけていたプレイヤーへの状態異常をかけ忘れる。
「た、助けてくれ! なぁ、同じ境遇の仲間だろ!? 俺を助けてくれ!」
俺の手から逃れようとまた暴れ出し、何処にもいかないで様子を見ていた十人のプレイヤーに必死の懇願をした。
だが、他のプレイヤーたちは誰も動かない。
未知への恐怖と保身がここから去ることさえ躊躇わせているほどだ。
「ふむ、恐れるならば知れ。現状を変えたければ抗え、行動しろ。精々私を楽しませることだ」
俺はラスボスらしく言って、手の中のプレイヤーをまた黙らせると、自らも転移で十人を置いて行く。
そうして転移した先は、湖上の城にある円卓の会議室。
すでに俺が呼んでいたエリアボスたちが勢ぞろいしている。
「朗報だ。新たなゲームが始まった」
もしかしたら以前のようにエリアボスたちも協力して賑やかになるかもしれない。
俺は久しぶりに人間らしい気持ちをもって、そう宣言したのだった。
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