319話:???
とても、懐かしい夢を見た気がする。
「…………ふ、ありえないな」
自嘲は眠らなくなって久しいことを誰よりも俺がわかっているからだ。
だとすれば、今夢見るように思い描いたのは過去の情景。
そう、明日を楽しみにしていた、そんな遠い過去のことだ。
グランドレイスという種族は肉体がない。
けれどものに触れるし服も着られる。
ただ記憶容量を制限する脳がないせいか、忘却することがない。
とは言え、多すぎる情報が積み重なれば、昔のことは思い出しにくくなる。
(何より、忘れないことと手に入れた情報を有効活用できるかは別問題であるしな)
そうして思い出したのはまだ、この世界に来たばかりの頃。
右も左もわからず、どころか人間でもなくなって慌てていた。
今思えば思考力が酷く低下するほど、取り乱していた気がする。
共和国へ行った辺りで少しずつ現実的に考えることをし始めていたが、逆に保身に走ろうとあたふたしていた。
その後もやはり逃避が勝っていたと、今にして思う。
そして、戦うことが楽しめたのも、そうして何処か麻痺していたおかげだったのだろう。
「最近ではそれも…………」
NPCに日の目を見せたい。
そう思って行動したのも今は昔。
すでにNPCたちは大地神という神の使徒として多大な名声を得ており、俺が今さら同行する必要などない。
まだ猫に見立てた大陸の南を制覇した頃は楽しめたように思う。
ライカンスロープというこの世界特有の種族は、やはり特有の魔法を使い、それは人間たちには扱えない技術であったため、人間という種族は大変弱かったと初めて知る事実もあった。
今の人間たちは俺が生活圏を二分して争うことをさせたため、平均レベルが五十くらいになっている。
それでも俺からすれば弱いが、強くなるための基礎的な経験を当たり前に積むことができる環境を用意できたのは一つ成果だろう。
「あぁ、思い出して来た。そう、神聖連邦と共闘することもあったな」
神聖連邦近くの東の山脈から、この世界の巨人たちが襲来した時のことだ。
神聖連邦に与する巨人たちとは敵対しているらしく、人間を捕まえては踊り食いよろしく食い荒らした。
俺の庇護下にある帝国も被害を受けたため、神使を起動して迎撃し、神聖連邦とは一時休戦の上で共闘の体制を築いたのだ。
共通の敵に相対することで負担は減ったが、東の巨人の数が多くエリアボスたちも出動することとなる。
そして、不意を突かれてティダがやられた。
「そう、不愉快だから思い出さないようにしていたんだったな」
思い出してから後悔する。
こういうところは昔から変わらない。
ティダはリポップした。
しかしこちらに転移してからの記憶がなくなり、最初の力で解決する上に報告も穴だらけな状態に戻ってしまったのだ。
今となってはそれも改善している。
けれどティダ自身、最初は俺が手ずから教えたと聞いて悔しがり、忘れてしまった自分を嫌ってしまった。
(慎重で冷徹な女将軍よりも、子供のようにはしゃぐ姿のほうが俺は好みだったんだな)
本人が気にするから言わなくなったが、思い返してみればティダの変化を惜しいと感じている。
それで言えばイブもツンデレではなくなった、デレデレだ。
その上で、以前のティダとは仲が良かったはずなのに、今は距離を置いている。
「あぁ、結局悩みは尽きないな」
一人呟いても、自然光のない辺りに声は響かない。
ただ室内というには周囲に壁はなく、広い空間にも思える。
ここは異界の門。
ローマ神殿の遺跡に近い見た目で、形は大きすぎて扉などない門だ。
それを中心に真っ暗な空間に足場の石畳が浮いている。
階段も浮いており、下った先にはこの空間へ入り込むための扉が見えた。
(やはり空間がおかしいところなのだろうな。長く過ごしすぎて人間性の薄れた俺でも、昔の感覚を思い返せる)
ここから出れば、俺は大地神だ。
そうあるように振る舞い、そうであれと己に課した。
結果、グランドレイスという人間とは別存在である影響もあり、人間性は薄れている。
感情の起伏が減り、生者を気にかけるという思いをともすれば忘れた。
NPCを時には道具のように思うこともあれば、ゲーム気分で未だに人間を存続させていることに無為を感じる。
(だが、ここに来ると無為な行いに意味を思い出せる)
この転移門は隠されており、捜索は容易ではなかった。
ルービク攻略時に見つけた冒険の書、あれを元に探していたが、それを知った巨人の一人、年老いた巨人が自らの命を犠牲に結界のようなものを張ったのだ。
もとから隠されていたのに、さらに隠され、しかも無理に侵入するとその巨人の遺体が、死者でもなく生者でもない不明存在として襲いかかってくる。
「…………また嫌なことを思い出したな」
これも思い出さないようにしていたことを忘れていた。
この時にはチェルヴァがやられたのだ。
リポップでは記憶が失われるとわかっていたから、この時は即座に蘇生した。
だが、チェルヴァは全回復せず自力で歩けなくなってしまったのだ。
この世界特有の魔法があるように、この世界特有のデバフだった。
最も損傷の酷かった足に呪いがつき、見た目は普通なのに歩くという足の機能が封じられてしまったのだ。
今もなお封印の解き方はわからない。
何度か生きている巨人を捕まえて尋問したが、呪ったのが年老いた巨人で、若い者しか残っていない巨人たちでは存在すら知らなかった。
だからどんな呪いをかけたかもわからず、解き方もわからない。
そのせいでチェルヴァは宝石城に閉じこもるようになった。
女神としてのプライドがあるため、俺にも呪われた姿を見られたくはないとまで言って。
(宝石城の女王的なエリアボスとしては正しい。だが、そうじゃないんだ)
スタファと喧嘩をしてもいいから、生き生きとしていてほしい。
何よりスタファも仕事ばかりで、チェルヴァと口げんかをしていた時のように感情を出さなくなっている。
ヴェノスとグランディオンは大地神の大陸の外にいることがほとんどになり、最近話してもいないことを思い出した。
「暇だと言う声も聞くな」
変わった様子がないのはアルブムルナとネフくらいか。
ただ暇というのはアルブムルナで、ネフもやることがないのかこの世界の博物誌というのを作り始めており、出かけては帰るの繰り返しだ。
そういうことができるのはひとえに、大地神の大陸に挑む者が、いないのだ。
「ファナや王妃は率先して来ていたが、あの世代が亡くなってからはな」
その後に続く者は少数だった。
プレイヤーが死んだことでパワーレベリングもできず、育成に時間をかけることになった神聖連邦も、今では三十年に一度侵攻するかどうか。
当時の人間たちはすでに死に絶え、俺は西の覇者として不動だ。
そのせいで俺の住処にわざわざ乗り込んでくる強者というものがいない。
「あの頃は礼儀正しい者がいてそれなりに楽しめた。だが、世の慣習を無視する無頼漢でなければ、今さら支配者の俺に剣は向けない」
悩ましいことだ。
一度は強者を募って大地神の大陸に招いたこともあった。
しかし蘇生した途端誰も二度目は挑まず、どころか神のお力を目の当たりにしたと戦意喪失して拝みだす。
「またプレイヤーが現われることがあればいいんだが」
昔を思い出したせいか、今まで考えてもいなかったことが口に出た。
プレイヤーはエネミーやNPCを倒す存在だ。
俺は大地神の大陸で待っていてくれた者たちへの報いはもちろん、その存在を守りたいためにここまで来た。
こんなこと口に出るのは、それこそ忘れていた人間性が蘇っただけ、今だけの戯言だ。
そう思った次の瞬間、足元の石畳が白く発光し始めた。
次いで、異界の門事態も光を放つ。
「なんだこれは!?」
今まで何度となくここに来たがこんなことはなかった。
異界の門についても調べたが、扉もないのに開閉などどうするかわからずにいたというのに。
特別なものであることはこの空間でわかるが、何ができるわけでもないままずいぶん時が流れていた。
それが今初めて、異界の門として動き始めたことを、俺は確信する。
同時に列柱が並ぶローマ神殿のような素通しだった向こう側が歪む。
全ての色、光を飲み込んだかのような闇が丸く口を開く。
(なんだ? 何か闇の向こうに見えるような?)
そう思った途端、闇から卵が排出されるような動きがあった。
次にはその卵のような流線型は消失して、はじけたように戸惑いの声が溢れる。
「え、何これ? どうなってんだ?」
「アップデート? ログインしただけなのに」
「来たことないけど、ここも『グラン・ガーランド』の何処か?」
「バグった訳じゃないよね? って、あれ? ログアウトできなくなってる!」
人間たちは口々に騒ぎ、知り合いを捜したり、ログを確認し始める。
マップ化で把握すれば、プレイヤー表記の数は七十一名。
そしてエネミー表記が三百六十六。
騒がしい人間たちと違って、エネミーらしい人外は警戒して動かないが、すぐ側に存在していた。
俺は咄嗟にエネミーたちを神の結界スキルで囲む。
その動きで、音もなく佇んでいた俺に人間たちも気づいた。
「え、何あれ。見たことないエネミー」
「ボスっぽいけど、イベント戦? けど告知なんて何処にも」
間違いない、プレイヤーだ。
まさかの展開だが、俺の思いつきで漏らした言葉がカギとなって起きた現象だろう。
思いつきで失敗した過去もあるが、今はそう、言うべきことがある。
「…………歓迎しよう、異界の者たち。ここはお前たちが遊んでいた世界ではない。その身、その命、全てを賭して挑むべき世界だ」
随分長く神をしてきて、こういうゲームっぽい言葉はすんなり出るようになった。
「え、異界って何? 『グラン・ガーランド』じゃないの?」
「いや、俺知ってるぞ、あのエネミー。『グラン・ガーランド』の過去作、『封印大陸』の四大神だ。一体だけ封印されたまま終わって、公式が部数限定で出したファンブックにだけ設定画載ってたんだよ」
黒髪でファンタジーど真ん中な勇者っぽい恰好のプレイヤーが訳知り顔で語り出す。
「『グラン・ガーランド』はその『封印大陸』で使いきれなかった設定を元に再構成された後続ゲームで、実は曰く付きなんだ」
訳知りプレイヤーは全員の注目を浴びて調子に乗ったらしく、喋り続けた。
「『封印大陸』を作ったシナリオライターが、サービス終了日に、事故死してんの」
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