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32話:ブラッドリィ

他視点

 私の指示で部下が辺りを探る中、私は常に魔法で周囲を索敵している。

 だが魔法に引っかかるのは、密偵としてこんな濃霧の中でも気配を殺しながら直進できる部下だけだった。


 その部下の一人が私へと近づいてくるのが魔法で感知できていたので、呼び声には報告を求めた。


「ブラッドリィさま」

「砦の様子はどうだ?」

「やはり英雄ヴァン・クールが発って後、動きは見られません」

「ヴァン・クールの部下が『血塗れ団』を探っていたと報告があったが?」

「部下も全て王都へ向かったことは確認できております。同行者の存在はございません」

「となると、我々『血塗れ団』の同志が消えたのは、巨人のせいか…………」


 『血塗れ団』などと邪教徒に扮してはいるが、こうして教導師ブラッドリィを名乗り私が率いるのは指折りの実力者たちだ。

 まさか砦の警備兵如きにやられるわけもない。

 何より死体すら見つからないのだ。


 ならばヴァン・クールめに捕らえられたかと思ったがそうでもない。


(突然中央に戻った時にはくだらん政争だと見当はついたが、まるで狙い澄ましたようにこちらに来た時には少々肝を冷やしたぞ)


 ヴァン・クールはその腕前もさることながら、アーティファクトが厄介だ。

 刀という異様な切れ味の武器は、薄い刃のもろさもアーティファクト故に破壊不可の恩寵がある。

 さらには会心の一撃を生み出す額飾りまで装備してしまっては、敵対するだけ損というものだ。


 我々には崇高な使命がある。

 邪魔されてなるものか。


「とは言え、英雄率いる同じく指折りの戦士が相手では分が悪い。確実にこの場にいないとなれば良し」

「は、砦の見張りに戻ります」

「いや、相手は巨人だ。手はいくらあっても足りない。砦の者など巨人が現われれば逃げ散るしかない雑魚だ。放っておけ」


 今はこちらに注力しなければいけない。

 何故なら今王国で巨人に動かれては困るのだ。


「巨人など唯一神を脅かす旧悪。すでに王国は不要と採択された。より良い人間の生存と繁栄のためには大同団結をせねばならぬという時に」


 『血塗れ団』などただの偽りだ。

 この名と所業に集まる悪を潰し、金を流し、弱き者の信仰を正しき神に集めるための張りぼてでしかない。


 私たちは邪教徒を装う神の信徒。

 救世教こそ多くの人々を救い、安らかな生活へと導く知らしめるための必要悪。


「帝国の侵攻に合わせて王国内で情勢不安を煽るはずが、まさか巨人とは間の悪い」


 部下がぼやくが問題はそっちではない。


「未だに巨人を神と奉じる人間が存在し、その上巨人が守る動きを見せたほうが重要だ」


 英雄の動きを監視していた中で、砦に報告された話であり、それが本当なら由々しき事態だ。


「旧態依然とした人間のせいで巨人が王国に与することになれば、帝国の侵攻計画が崩れる。早すぎる南の王国の瓦解と共和国などという愚者の群れが生まれて制御が効かなくなっている中で、これ以上の混乱は人々の害でしかない」

「やはり神聖連邦の百年計画に狂いが生じるのでしょうか?」


 私もぼやきすぎたせいか、部下が不信心にも神聖連邦を疑うようなことを言い出す。


「五十年前、異界の悪魔が現われてよりの神聖連邦の大方針だ。折り返しの今、見直しは必要となるだろう。だが、すでに帝国は北辺を支配下に収め西の獣の帝国を睨むほどになった。王国さえ押さえてしまえば中原もまた帝国領。残った国々は時機を見ていい」


 そう、東に残る公国は山の民と呼ばれる仲間が根を張っている。

 あそこの巨人は刺激しなければ大人しく、かつて人間に応え信仰の対象となったがそれも昔の話だ。


「今や世界を守るために異界の脅威に共に立ち向かう気概を持つのは自制心に勝るかの白き巨人のみ。それ以外にはもう出る幕はない。もはや生ける災害と言える」

「では、巨人殺しを、敢行なさると?」

「はは、千年前の英雄を気取る気はない」


 部下の大言壮語に笑うが、自信の表れと思えば悪いことではない。

 それだけ技を磨き冴えわたる使命感を持っているのだ。


 だが、やれることは選ぶべきだ。

 それこそ百年計画のためにも。


「我々は巨人の信奉者の内情を把握する。そして神聖連邦に報告。場合によっては預言が下るやもしれん」

「おぉ、預言、神の御言葉に従っての使命とはなんと栄誉なことでしょう」

「重要度はわかったな? では、姿を消した者たちの痕跡を探れ」


 これほど信心深い者を選んでいるのに、姿を消したのは不自然だ。

 けれど巨人が動いていたのならば、近づきすぎて潰された可能性さえある。


(元はこの濃霧の調査のために放った者たちだったが、まさか巨人が動いたことで生じた霧だったとはな)


 確かに魔法の類ではない濃霧だ。

 巨人は山に例えられるとは言え、それだけでこれほどの濃霧というのは過去の事例に記憶がない。


 私が神聖連邦の大記録庫と呼ばれる図書館で学んだ中でも見たことがないのだ。

 いや、まだ全ての記憶を探り出したわけではないのだ、決めつけは拙速か。


「少々瞑想に入る。半数を周囲の警戒に割り振れ」


 部下が指示どおり動くのを見てから目を閉じた。

 深く意識を沈めてこれまでに学んだ内容から順を追って呼び覚ましていく。


 私は頭の出来が良かった。

 ただ顔の出来が悪かった。


 人間は見た目八割。

 三十をすぎるまで私の並外れた記憶力と洞察力に気づく者はいなかった。


「神よ、知啓を与えたまえ」


 私を見出したのは神聖連邦の中枢を担う、救世教の中でも特殊部隊を率いる枢機卿。

 神よりの言葉を聞く預言者が、私の存在を示したのだとおっしゃった。


 以来私は魔法の才能さえ発揮して貢献し、今では難しくも重要な『血塗れ団』を装う役を賜っている。

 知らぬ者は私を使い捨てと見下し、顔を隠して名を偽らせるのはいつでも切り捨てられるようにだと言った。

 だが違う。

 顔は悪目立ちするためだが、名前はいつでも私が神聖連邦に戻れるようにだ。


 教皇猊下より初代教皇さまから伝わる至宝を貸し与えられた私の、もう一つの名は七徳の救恤。

 神聖連邦裏の顔、諜報機関の最高戦力の一人であり、救世教裏の顔、抹殺機関の最高戦力の一人である。


「…………やはり霧に関する異変の記録はない、か」


 この山脈は高く険しく大地を南北に別つ壁だ。

 前人未到の地であるので情報が少なく、だからこそこの地の巨人、正義に厚く、人間だけに与することを良しとはしない存在が隠棲することを選んだのだ。


「巨人の言動の記録に、防衛を理由に戦いはするとあったな。先制攻撃は厳禁か」


 思わずため息を吐くと、瞑想の終わりを待っていた部下が声をかけて来た。


「いかがいたしましたか?」

「大したことではない。この地には正義の巨人と呼ばれる者がいたとわかったのみだ」

「巨人などという迷惑者が正義を標榜するとは片腹痛いですね」

「全くだ。しかし力はある。正面からやってはいけない。我々は知恵ある神の信徒。慎重に事に当たれ」

「は…………。しかし、いっそ巨人が本当にいたのなら、あの英雄などと言われる邪魔者を排除してくれれば良かったですね」


 この部下はまるで私の心を読むようだ。

 いや、百年計画に従事する者であれば、あの者の邪魔さはわかっているか。


「あれが台頭しなければ帝国の侵攻も早まっていたやもしれんな」

「共和国なども王国の範囲まで帝国が迫っていれば立たなかったかのではないかと愚考いたします」

「いや、あれは女に狂って国を傾けた王家が愚かだった。そして革命などという一時の夢に酔った民衆が軽薄だった。ただ、その女のせいで神聖連邦の介入さえ撥ねつけられたのは痛かったな」


 よりによって南の王国にいた枢機卿候補まで篭絡し、共和国では今や救世教の信用は地に落ちている。

 それがさらに革命を起こした共和国の議会の勝手を許す結果になってしまった。


 王室の者たちを次々に投獄し、貴族や高官も逃げ出したりどさくさに暗殺したりで連絡が取れないのだ。

 さらには教会や修道院を潰して金品を収奪するという暴挙を共和国を名乗る国がやらかした。


「こちらで『血塗れ団』として活動し、北の戦線から少しでも注意を逸らそうと言う計画が。なのに英雄、さらには巨人とは間の悪い」


 部下がまたぼやく。


「孤児が粋がり、崇高な計画を知らず邪魔をし、古き者は静かに滅べばいいものを、求められもせず這い出でて…………。しかし遅いな。まだ死体も見つからないのか?」

「はい。巨人の足跡も、争った形跡さえないと」

「共和国から異種族が逃げ込んでいる可能性もある。獣の足跡といえど見逃すな」

「もちろん。唯一神を愚弄する異教徒の異種族なんて最優先の抹殺対象です」


 異種族のいくらかはかつて異界の悪魔と共に現れた邪悪な種族だ。

 神聖連邦では居住は認められず、公にはしていないが救世教は異種族の駆除を奨励している。


 それもこれも人々の安寧のため。


「神のご尊顔も拝せない愚か者が、いじましくも吠えるものね」


 それは澄み光る清流のような声であり、耳に心地よく麗しいと心から思った。


「何者だ!?」


 だがおかしい。

 私の索敵に反応はない。


 瞬間、上空からふわりと白いドレスが翻って降下する。

 現われたのは髪も肌も全てが白く美しい淑女。

 濃霧の白さに紛れて消えそうな雰囲気さえあるのに、黒い扇を広げてこちらを見る目は尊大の一言に尽きた。


「それだけ威勢よく吠えるのなら、無様に走り回って大神を楽しませることね」


 その麗しい声で発される言葉は傲慢だ。

 だがその傲慢さが似合うと思わせる。


「トラップ発動、転移」


 そう思ってしまった瞬間、何かの魔法に囚われた。

 大記録庫の中にも記されない魔法に私は目を奪われる。


「スライムハウンドを呼ぶまでもないわね。スカイウォームドラゴン、範囲外に出た者たちを捕らえてきなさい。谷にでも捨てておけばいいでしょう」


 そんな声を最後に、私の視界は闇に閉ざされた。


毎日更新

次回:死の一本道

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