313話:使われなかったイベント
白い巨人は今や焼け焦げ黒くなっていた。
その上継続ダメージで赤く燃えている部分もある。
その巨人が苦悶の声を上げて膝を突くと、それだけで石造りの建物すべてが震えるようだ。
金髪の巨人は体中から鉱石が生え、そして砕けた。
地属性の第十魔法であり、大地神の部分召喚を謳う魔法だったんだが。
(ゲームでも始まりは幻想的だったんだよな。それに攻撃のエフェクトは段階を置いての多段ヒットで一発の威力はそう高くないって設定で)
ゲームエフェクトでは、対象に水晶のようなものが生える毎にヒット数が加算される。
そしてヒット数によって攻撃力は微増する仕様だ。
デバフを盛られてすでに体力も削られた金髪の巨人は、第十魔法を受けて動かない。
(まぁ、背中バリッていったし…………)
うん、現実になったらそうだよな。
ゲームだとダメージ受けて揺れるだけだけど、体から巨大な鉱石が生えた時点で肉体は引き裂け骨まで露出するよな。
そこから鉱石片をキラキラと散らすエフェクトのために爆発するんだが、現実だとどうなるか?
その答えは目の前だ。
金髪の巨人は背中の肉も骨も吹き飛んで大穴を開けて動かない。
「なんで…………あ、あんな魔法、見たことない…………!」
アンナが叫ぶ。
俺と巨人の戦いの余波を恐れてプレイヤーもエリアボスもお互いに距離を取った状態だ。
そしてプレイヤーからすれば魔法主体の神は遭遇したことがなく、その魔法も初見。
だから巨大で範囲も広く、生える鉱石で種類というか色も多いという神の魔法に戦いている。
そもそも防御力紙なこの世界で第十魔法を使う場面はほぼなく、巨人相手はいい機会だと思ったんだが、やりすぎた感がある。
「楽しめた。段階を置けば相応の力を得る可能性を確かに見ることができた。であれば、やはりここで殺すのはもったいない」
神っぽく上から言って、俺は蘇生をしようと動く。
しかし、白い巨人が血を吐きながら叫んだ。
「我らが戦士を冒涜するな!」
邪魔をして腕を振る。
その上で攻撃はむちゃくちゃだ。
飛んだがれきが立派な建物に当たって屋根が落ちて、も俺が退くまで動きを止めない。
「…………ふむ、蘇生は望まないか。勿体ないが、死の冒涜と言われては無理強いするつもりもない」
葬送の仕方なんて知らないしな。
民族的、宗教的な拘りあるなら面倒だから手は出さない。
「待て! 死んだ者を蘇生させるつもりで来てたのか? それだけのアイテムを使い捨てる価値が俺たちにあると思って来たのか?」
フルートリスがまだ戦闘態勢をとかずにそんなことを聞いて来た。
俺はマップ化で広場外にいた戦力が大きく減ってる状況を把握している。
巨人がグランディオンを止めなかったから、そのままエリアボスの餌食になった人間が多数いる状態だ。
「価値はまだない。だから示せ、そう神は仰せであることがわからないのかしら」
「矮小な人間が。自らがどれだけ卑しいかを知らずに、価値があるだなんて思い上がって」
スタファは淡々と蔑み、チェルヴァは嫌悪を隠さず侮る。
よく見れば敵方の人間はぼろぼろで、どちらが優位かなんて言うまでもない。
「手応えは?」
俺の問いに、戦闘系ジョブのティダとヴェノスが応じる。
「連携はいいですよ。プレイヤーは十分な力もあります。ただ数が少なすぎますね」
「弱い者を組み込んで連携が崩れ、我々を引き離したのに維持できず。結局はプレイヤーが多対一に追い込まれて劣勢となりました」
「ふむ、やはりまだ弱いか」
つまり一対一ならいい勝負か。
けれど三人しかいないプレイヤーはもう増える目算も薄いし、目算があってもあと五十年は待たなければならない。
エリアボスと二対一だとプレイヤーが押される現状は覆せないだろう。
(ゲームバランス的にプレイヤーが多数で挑むのがエリアボスだからな)
たぶんこっちの適応はオンラインだ。
オフラインだとソロでも可能なくらいにスケールダウン、もしくはNPCの仲間ありきの戦いとなる。
逆にオンラインだと、プレイヤーが多人数で挑むことを前提に強さも設定されていた。
交流込みのオンライなので、俺みたいに大地神の大陸を一人で走り抜けるのがそもそも想定していない造りだ。
同時に、俺みたいに初見じゃないからこそ対策できてるやり方なんて、プレイヤーには無理でもある。
「こちらもお前たちが不利に過ぎることは理解している。その上で、ルールに従うかどうかを問おうか」
「なんでこんなことを、何故、殺戮を遊戯などと言うのだ!? どうしてそんな残酷な遊びに巻き込もうとする!?」
七徳の謙譲が熱く叫ぶが、全く響かない。
この神聖連邦には警戒して近づかずにいた。
この世界レベルが低いのはわかっていたが、妙なアイテムの使い方をするからだ。
(ただ正面から不意打ちで、相手も正面から対処となると、もうレベル差のごり押しだ)
それは攻め手としては理に適っているし、変なアイテムの使い方をされて後手に回る心配もない。
だが基本想定は、俺たちがダンジョンを攻められる側に回るというもの。
こんなことをしたところで、ギミックを無駄にするだけだとわかっているからこそ、チュートリアルをしに来たのだ。
「ここで勝っても面白くないだろう?」
俺が言うと、アルブムルナが側に戻って蛙に似た顔で笑う。
「俺は無様に泣き叫ぶだけでも面白いですけど、神にとって価値はないでしょうね」
「巨人二体を相手に楽しめたというなら、もっと巨人欲しいわね」
イブも羽を動かして戻ってくるが、勘違いした内容を口にする。
「いや、人間のほうがサイズが合う。巨人は多くてもな」
俺は周りを見て、ぼろぼろの広場の惨状に溜め息を吐きたくなった。
石畳も石柱も、彫像もモザイクタイルも、全てがただのがれきになっている。
「神、造形物、見るの、好きぃ」
誰かと思ったらグランディオンだ。
犬のように呼吸が荒く、手や口が血塗れで、狼男の名に恥じない姿だ。
ちょっとあれだけど、ライカンスロープ相手にした時にも見たから気にしないでおこう。
咆哮上げなかっただけ理性的かもしれないし。
あと造形物ってあれか?
街並み見て楽しんだりしてたから。
うん、そこは好きだぞ。
なんだかNPCの俺への理解が進んでくれたようでうれしい。
その調子で神は万能だとかいう思い込みも修正してほしいものだ。
「命ならばアイテム一つだが、この景色を元のように整えるのは時間と人手がいる。そちらこそ、惜しむ気持ちはないのが不思議だ」
「こいつ価値基準がおかしい」
何故だが、ストック・プライスにおかしいと断言されるとムッとする。
同じ分類だと思ってたのに、仲間はずれにされたような気分か?
そんなプレイヤーの言葉に、枢機卿はずっと俺から目を離さず、首を横に振った。
「人間性や命の尊厳に価値を置かない故の、神の視点。人の感性で計ろうとするだけ、こちらが混乱するだろう」
人間性を尊重して巨人蘇生させなかったのに、そこは評価してくれないのか。
どうしてこう行き違いが起こるんだろうな。
神になった時もそうだったし、上手くいかないものだ。
だが、いっそ中身が人間と知られて舐められるよりいいか。
NPCたちは俺が神であることを望んでいるんだ。
「これ以上の継戦は不可能だと思うが?」
「えぇ、矮小な人間も神のお力を理解できたでしょう。まさかこれで神のルールに反することなど、自滅行為に邁進はしますまい」
ネフが大いに頷いて肯定すると、吐き捨てるような声が聞こえた。
「やっぱりお披露目気分か。チュートリアルってのはろくでもない」
ずっと俺の隙を狙っていたはずの忍耐が、枢機卿の側に戻っている。
また来たら今度は腕潰さないようにと思っていたが、向こうから退いたようだ。
(まぁ、こいつら全然強いほうだし。レアとはいえ無限にあるアイテムだから使って復活でもいいと思うが。グランディオンが始末した奴らはどうしようかな?)
そう考えていると、遅れて忍耐の言葉が思考に染みる。
「お披露目…………あぁ、失念していた」
俺はコマンド入力画面を開いて止まる。
同時に枢機卿が音を立てて倒れた。
「いや、ここで神使を出しても滅ぼすだけか。お披露目はまたの機会にしよう」
「神使、だと?」
転んだらしい枢機卿の動きに目を向けていた巨人が、震える声で繰り返した。
「知っているか? 隠しようもないから言うが、王国のダンジョン地下にいる。あれは私の大陸の封印が解かれた時に立ち上がる予定だった。だが、予定が変わっているし、お前たちの力も未だ弱い。力試しにしては過剰戦力だ。今は動かさないから安心しろ」
「動かせるのか!? ノーライフファクトリーのあれ、飾りじゃないのか!? つまり、フェスティバル?」
ストック・プライスは反射のように声を上げる。
続いてフルートリスが真剣な表情で考察を口にした。
「大地神の大陸が解放されてから、地と闇の魔法属性にアプデきた時に仕様変更かと思ってたのに。封印解いたら即イベントだったのかよ」
結局終了間際に俺が解放している。
そのせいで解放のイベント、神使というレイドボスが現われるフェスティバルもする暇なく、世界は終わった。
ノーライフファクトリーの神使は結局一度も日の目を見ることはなかったことになる。
「そんな、ボスがこんなにいて、神もいて、神使まで? 無理じゃん」
アンナが少女のように呟く。
ただ表情は悲壮な老齢女性だ。
そう言えばプレイヤーはレベル的に強くても老人で、いつぽっくり行くかわからない。
これは楽しくするためにも問題だな。
「今回は十の復活アイテムを与えよう。従うのならば一度だけ私の領地での死から復活をさせる。よくよく腕を磨き、謎を解けるくらいの知性は身につけよ」
「従うならば、このような蛮行二度とないということ、か?」
「この破壊はほとんどこちらで行ったことではない。私に破壊の趣味はないからな」
地面に這いつくばったままの枢機卿に間違いを正すと、返るのは反感の目だ。
それでも誰もが血を流す中、俺が虹色に光る宝石を地面に落とすと、人間たちからそれ以上の文句は出なかった。
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