312話:見えている敵
「レベル差がありすぎるな」
俺は言いつつ、ダークドワーフの魔剣を踏みにじるティダから視線を移動させた。
「忍耐! すぐに回復を!」
七徳の謙譲はそう言うが、チェルヴァとダークエルフと戦闘中だ。
ただ代わりに最初に昏倒させられてた女が跳び出した。
俺が見ていることに気づくと、大きく顔を歪めて逃げるように腕の折れた忍耐を引き摺っていく。
いや、折れたっていうか腕、潰れてるな。
え? レイス系って接触するとダメージあるけどそのせい?
まさか俺の純粋腕力? こんな宇宙柄の腕が?
「これはもう、切断するしか…………」
枢機卿が、骨の飛び出た忍耐の腕を見て即断する。
それはさすがに痛いと思うんだが、仲間の女を昏倒させたこの枢機卿ならやるだろう。
俺は溜め息と共に浮かんだ言葉を零す。
「もったいないな」
言って、回復アイテムを放った。
瞬間、過剰なエフェクトで忍耐が回復する。
本人も驚いて即座に起き上がり、傷痕さえ消え失せた自分の腕を確認した。
「おい、今の完全回復だぞ」
後衛として枢機卿たちを守る位置にいたフルートリスが短く俺の使ったアイテムの効果を告げる。
「うわ、本当勿体ねぇ」
「まさか。神にとってはあんなものいくらでも手に入れられる使い捨てです」
本気で惜しむストック・プライスの斬撃を受けつつ、ネフが笑って応じる。
瞬間目の色を変えたのは栗色の髪のプレイヤー、アンナだった。
「そんなに大地神の大陸にはアイテム残ってるってこと!?」
「ふむ、やはりプレイヤーを誘うには相応のアイテムか。やる気に繋がるというのならば、あると言っておこう」
そう言えば、ライカンスロープには三回復活を使ったが、高レベルのクリムゾンヴァンパイアも案外あっけなく終わった。
レベルマプレイヤーはまだいいだろうが、他はどう見積もってもレベル八十未満。
広場に入ってこず攻撃してる奴らもレベル六十未満だろう。
これではいつまでたっても攻略は進まない。
そうなるとNPCたちの活躍の場ができないことになる。
「ただし、ルールを守る限りにおいては、な」
そこは譲れない。
またイブ誘拐のようなことは許容できないが、三回の復活は果たしてやる気に繋がるかどうか。
「こちらが舗装した道を進むならば良し。無謀にもこそ泥の如く侵入しようというならば、容赦せず排除をする。その時には必ず生きていることを後悔させましょう」
スタファが断罪するように告げるとアンナは今までよりも真剣な表情で思考を巡らせる。
「やっぱりチュートリアル? そういうイベント?」
「別に殺してもいいものの、神が勿体ないというのであれば」
戸惑うアンナに、ヴェノスは応じつつ槍を突き入れる。
あまり戦う気なさそうだが、杖で逸らしてダメージ軽減を狙う動きは悪くない。
やはりレベルマは違うな。
ただチュートリアルならルール説明は大事だし、本当復活どうしようかな?
NPCに害が及ぶのは避けたいが、相手に歯ごたえがなければNPCたちの見せ場もないわけで、悩むな。
「間引きってのはどうですか、神よ」
「やめろ、アルブムルナ。こちらが過剰戦力すぎる」
「わかってるなら来るな!」
ストック・プライスが素直に叫ぶが、魔剣を原形をとどめないまでに壊したティダは不機嫌に睨み返した。
「神の慈悲を傲慢にも踏みにじっておいて、うるさいよ!」
瞬間飛ぶ斧。
身の丈以上の戦斧ではないが、トマホークという固有アーツのある武器だ。
ネフが寸前で避けて、ストック・プライスは飛来した斧を剣で弾き返す。
その動きはやはり慣れている上で、連携や役割分担も確かだ。
なのに俺に届かない。
レベル差と人材の差が埋めようのない溝だった。
「さて、まだ出てこないか?」
俺はフリーになったグランディオンを見て、未だに蘇生を約束するかどうか迷う。
その間も、後衛のフルートリスと、昏倒した女が忍耐を連れて戻り枢機卿も固まって防御に入る。
一度距離を取ったグランディオンを、追撃することなく回復に専念する手堅さ。
そのため手の空いたグランディオンは、固まっている別の獲物に目をつけた。
広場の外に集まった、弱者の群れだ。
「…………駄目だ。気づかれているぞ! 白き方!」
枢機卿が声を上げる。
するとマップ化に映っていながら動かなかった敵がようやく姿を現した。
「ふむ、これが噂の巨人か」
ほっそりとして人間によく似た姿。
中性的な外見と、色白な肌が印象的だ。
白い巨人で言えばスタファ率いるサイクロプスだが、あっちは雪山での迷彩として機能する肌で、灰色がかった白だ。
見るからに人外のサイクロプスとは系統が違う白さがある、この世界特有の巨人。
そしてグランディオンの凶行を止めるかと思いきや、白い巨人は俺に向かって拳を振り下ろす。
(長生きだというし、レベルマのプレイヤーが死ぬような戦いを生き抜いた。となると相応のレベル。攻撃を正面から受けるのは悪手だな)
考えてたらもう目の前に拳が迫り、俺は転移で距離を取ろうとした。
だが、巨人の拳が思いの外大きく目測を誤りすれすれの場所に転移してしまう。
拳一つでガラスでも割るように広間の石畳が粉砕され、色や形で精緻な模様を描いていた石畳は粉微塵となった。
「本当にもったいないことを」
「拳一つ届かぬ我らを嘲弄するか、異界の神!」
巨人が目の前で怒って見せるが、マップ化に反応があった。
場所は真上。
見上げれば、大きくジャンプしたもう一人の巨人が、ドロップキックを見舞おうとしている。
そっちは余裕を持って後ろに引くことで避けられた。
巨人の落下による揺れで、広間を囲んでいた立派な石柱も音を立てて崩れる。
美しい広場が一気にがれきの山になってしまった。
「やれやれ、美観を損なう。破壊に対する罪悪感はないのか?」
「人の命を容易く摘んでおいてなんと身勝手な!」
ドロップキックの巨人は金色の髪を靡かせて怒る。
だがサクラダファミリアを思えば、精緻な建造物のほうが人間よりも完成には年月と労力がかけられているものだ。
この神聖連邦の中枢部もなかなかに芸術性高いのは見てわかるのだから。
「かけられた経費と時間、関わった人間の数を取っても建造物のほうが手間暇をかけられた価値ある物だろう?」
「異界の神などやはり情のかけらもない異物か!」
金髪の巨人が地団駄を踏むように俺を攻撃する。
その合間に白い巨人も魔法を放ってきた。
だが、唱える呪文は聞き取れない。
今までこっちの言葉全てわかったのに。
その上でゲームエフェクトとは違う魔法を使う姿から、どうやらこの世界特有の、巨人だけが使える魔法の類のようだった。
(いや、そう言えばドラゴンも見たことのないブレスを。あれもゲームエフェクトとは違った。未知の技術。未知の力。ここは下手に相手にしないほうがいい気がする)
そう思うが、巨人二体の攻撃を避ける内に、なんだか妙な気分になって来た。
これはゲームでソロプレイをしている時の感覚に似ている。
巨大で二体一組というボスがゲームにもいた。
片方を先に倒すと時間経過と共に残ったもう片方が強化されるという面倒な奴で、それをあえて俺は一人で挑んだことがある。
そう思ってしまうと、つい、やりたくなってしまう。
(強化スキルは全て使って、同時にクールタイム軽減も付与。スキルによってクールタイムは違うから、早いものと遅いものを把握して…………)
俺は防御も張ってあえて敵の攻撃を受けつつ最終的にダメージゼロに抑える。
それと同時に、攻撃されるだけこっちの攻撃力に加算をつけるバフもしよう。
敵に反撃と同時に次の攻撃の布石を積み、逃げるのをやめて思考を巡らせた。
(カウンターが発動しないということはやはりレベルマ相当。おっと、もう一度防御を張って、ダメージどれだけ入るかもわからないしまだ溜めをするか)
自分にはダメージが溜まらないよう調整しつつ、前に出た金髪の巨人を壁にして白い巨人の攻撃を防ぐよう動く。
その上で炎と氷の魔法を連撃で入れつつ、相手の負傷具合も確認してゲームと同じように戦闘を調整。
(ゲームだとバーで表示だったがこっちだと傷の具合だから良くわからないな)
たぶん攻撃に乗せた状態異常のデバフは乗ってる。
だが金髪の巨人は攻撃をやめない。
そして白い巨人は魔法を使うが、どうやら回復魔法は使えないらしい。
俺はスキルのクールタイムが開けるのを待ってまた自バフを乗せ、魔法で攻撃。
相手も攻撃を緩めず、傍から見れば熾烈な攻撃の連打に見えるだろう。
だが、実質俺は防御バフと一定量自動回復を使って無傷だし、たまにクリティカルのような痛打を入れて来るが、それも即時に回復可能。
だが金髪の巨人は確実に状態異常の重ねがけで弱っている。
「そろそろいいか」
温存しておいた攻撃性能を上げるバフを自らにかけ、俺は大きく前に出た。
防御バフは攻撃によってはがされているが、攻勢に出るなら被弾は覚悟の上。
俺はバフを盛大に盛った大技、第十魔法を白い巨人のほうに向けた。
しかも継続ダメージの入る炎系。
その間に金髪の巨人の攻撃は入るが、こいつにはもう攻撃力低下のデバフがある。
俺が倒れるほどのダメージはなく、同時に防御にもデバフを盛ったから、慌てず今まで地味に削っていた金髪の巨人にも第十魔法をお見舞いした。
(お、ゲームと同じ要領で決められたな)
俺は崩れ落ちる金髪の巨人を見ながらいい気分になる。
そしてだいぶダメージを与えながらも、健在の白い巨人がゲームさながら咆哮を上げているのが楽しくなってきていた。
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