311話:レベルマの実力
会話をしていたと思ったら、攻撃は突然始まった。
(それもこっちが攻撃を予見できてなかったら決まったんだろうがな)
マップ化で周囲に兵が集まっていることはわかっていた。
それをチャット代わりのコマンド入力画面を使ってエリアボスにも伝達してある。
俺より頭のいいNPCたちはすぐに襲撃を予測。
会話がこちらの気を引くブラフであることも見抜いていた。
そうとわかっていれば、突然六属性の魔法を嗾けられても慌てることもない。
闇と地属性がないのは、今までの神との戦いで司る属性には耐性があるとわかっているからだということも想像できた。
(そう言えば風神だと完全耐性で風の魔法や属性付与武器はダメージなしだったな)
そう思い出したのは、俺の目の前にある黒い背中を眺める状況だけの余裕がるからこそ。
神聖連邦側はチャットでも使ったのか、打ち合わせの上で俺にだけ魔法を浴びせた。
だからネフが攻撃無効とヘイトを稼ぐスキル使用の上で全てを受けることもできている。
「やはりこうなりますか。蒙昧な」
ネフが無傷で立ちはだかり憐れむように言えば、人間たちは狼狽えた。
俺だけを狙ったのはリポップを警戒したためだろう。
そして属性攻撃を連打したのは俺の弱点を特定するためか。
武器を抜いて切りかかろうとしたのは、斬撃や打撃というアーツの系統の中からもクリティカルが出やすい攻撃手段を模索すると。
だが攻撃しなかったのは、無駄な攻撃はせず安全確保という判断か。
「行儀のいいことだ」
呟くと剣呑な目がつきつけられた。
嫌みととられたらしい。
「何、かつての世界でプレイヤーが考案したやり方を懐かしんだにすぎん」
そう、なんだか懐かしいと思ったんだ。
「は、古臭いってか。新しいことできずにすみませんねー!」
何故か赤メッシュのプレイヤーが切れぎみだ。
「こいつ、取り巻きはがさないと攻撃届かないぞ!」
その上で指示を出すのは、老齢であることが伊達ではないということかもしれない。
応じるのは帝国にいたプレイヤー、株価、じゃなくてストック・プライスだ。
「どりゃあ! 吹っ飛べ!」
ダメージなしのスキルは、ダメージの数値をゼロにするだけで攻撃の当たり判定は生きている。
つまり攻撃が当たれば付随効果も発揮される仕様だ。
そのためネフは吹き飛ばしの効果で俺の直線上から退く。
ただすぐさまその隙間にチェルヴァが現われた。
攻撃モーションを感知すると、守護者であるダークエルフが即座に顕現しチェルヴァを守る。
ストック・プライスの後ろにぴったりくっついていた七徳の謙譲とか呼ばれてた青年は、突然湧いたダークエルフに驚きながらも果敢に攻撃を加えた。
「く、おぉ!?」
元から攻撃力極振りなダークエルフは、素手で剣と打ち合う。
そして謙譲は片手で剣ごと払われ転がされた。
ストック・プライスはアーツで吹き飛ばした後の体勢から立ち直り、ダークエルフへ追撃を加える。
そちらも剣だが、今度はダークエルフも両腕を使っての攻防に発展した。
それだけレベル差が顕著だということだろう。
「戦う意義があるとは思えないな」
俺は正直ついていけてない。
元がただのシナリオライターだから、戦いなんて慣れてない。
ダンジョンはゲーム感覚でクリアできるが、こうして決まりがあるとも思えない戦いは緊張して動けなくなる。
ここは魔法を放って援護するか?
いや、攻撃したらエリアボス巻き込むな。
だったら適当に補助魔法かけても、間違えて敵を強化することになりそうだ。
それは恰好がつかなすぎる。
結局俺ができるのは、神のふりして偉そうに棒立ちしてることだけのようだ。
「手の内を確かめること、そして消耗させて次に生かす、といった愚考を重ねたのでしょう。神の慈悲に甘えるだけの卑しい考えです」
俺の側で、スタファが不快そうに言う。
人型だと回復職と弓の後衛だからいるのはいいんだが、なんか妙に近くないか?
「それに神の財を甘く見て。全て無意味とも知らずに、ふふ」
一転笑うスタファは楽しそうだしいいか。
確かに俺は無限に回復アイテムがあり、削れるわけがない。
そして手の内も現状レベルマ三人では出すまでもないだろう。
「ふむ、隠れている者たちの動きが変わったな」
「攻めようとしていたプレイヤーたちも引きました。範囲攻撃でもするのでしょう」
スタファが杖を構えると、それを見たアルブムルナも杖を掲げる。
チェルヴァもダークエルフの援護をやめて杖を出し、飛んでいたイブも攻撃範囲の広い剣に持ち替えた。
「ティダは右を、私は左、グランディオンは中央から動かずにいるように」
ヴェノスが指示して動いた瞬間、スタファが予期したとおり範囲攻撃が始まる。
火の玉が雨のように広場に降り注ぎ、次には風が激しく逆巻いてその中にかまいたちが放り込まれる。
(火は数を揃えて矢を打つように降らせた。風は高レベルを使える奴が動きを鈍らせた後に、本命のやっぱり単体攻撃か)
どれも俺には届かない。
火の玉はアルブムルナが炎の範囲魔法で着弾前に飲み込み無効化。
また居場所がばれたため、スタファとチェルヴァの二人がかりで魔法使いたちはデバフを盛られる。
弱まった風に潜んだ刃はヴェノスやティダが広範囲のアーツで正面から打ち消した。
(次は水か。上手く押し流せたら分断できたんだろうが)
広場内を全て洗い流すような水流が起こるが、そこにイブが上から魔法剣を突き立てた。
魔法を弾き返す効果が作用したのか、水は左右に割れると方向を変えて流れて行く。
(うん、やることがないな。まだグランディオンも奇襲に備えて動いていないし)
そう思ってなんとなく上を見る。
「くそ! 気づかれた!」
赤メッシュが悔しげに吐き捨てる。
俺の頭上には、ゲームで見慣れた魔法陣が展開していた。
第十魔法の神の一部を召喚する魔法で、色からして…………。
「雷か」
強力だが演出という発動までのラグが長めで連射できない仕様だ。
それでも魔法職のレベルマが第十魔法はそれなりの効果を及ぼす。
俺はレイドボス並みの体力値なので平気だが、エリアボスは属性に対する耐性の違いで体力を大幅に削られるかもしれない。
そう思って対処しようとした途端、グランディオンが走った。
行動速度はエリアボスの中でも一番で、今は狼男の本性に戻ったことで能力値も上がっている。
その足は即座に赤メッシュの目前まで迫った。
「フルートリス! うぁ!?」
間に割り込んで庇ったのは栗色の髪のプレイヤー。
持っている武器は魔法剣だから、魔法使いとしても剣士としても半端な力しかない。
グランディオンの攻撃を逸らしたものの、続く連撃には対応しきれず剣が損壊し、本人も爪に引っ掛けられて負傷し血を流す。
「アンナ!? この犬!」
魔法使いの赤メッシュは、咄嗟に第十魔法を目の前のグランディオンに向ける。
だがその時にはすでにネフが追いついていた。
グランディオンを狙った攻撃はネフに逸らされ、高い防御力と体力値によって、強力な攻撃も効果は半減させられてしまう。
「第十魔法だぞ! こいつ硬すぎるだろ!?」
「こいつもレイドボスかも知れないぞ!」
ストック・プライスがネフを吹き飛ばそうと、走り寄りながら見当違いなことを言う。
ただし、その吹き飛ばしアーツはすでに見ていたため、近づいていたヴェノスがアーツで返した。
「固まってるとまずい! アンナ、動けるか!?」
「回復、した!」
アンナというプレイヤーは、自前の魔法で傷を回復し、今度は杖を取り出して応戦を始める。
「ふむ、やはり一対一だといい勝負か」
相手はレベルマの上、五十年の間に熟練度も上げてるだろう。
それだけの実力のある相手ということだ。
エリアボスも、一対一では時間はかかるが削り切られる可能性がある。
もう一人くらいフォローに入れないかと思ったが、イブとアルブムルナは雑魚の魔法をさばいている。
チェルヴァは謙譲、ティダは体格のいい七徳。
スタファは枢機卿とやらを弓で追い立てていて手が空いていない。
「ふむ、なるほどな。いい動きだ。狙いどおり分断が成功している」
俺は声に出して褒めた上で、マップ化に映る背後からの急襲を寸でのところで止めた。
振り返りざまに掴んだ手首が軋みを上げる。
七徳の男の手に握られているのは、ダークドワーフの魔剣だった。
「あぁ、私に印をつけて動きを知ろうということか」
傷つけた者にマーカーを施すアイテムだ。
魔剣はダークドワーフがドロップするので、ダークドワーフが出て来る依頼を受けまくれば低確率ながら手に入れられる。
まさか大地神の大陸というダークドワーフの住処が解放されていない状態で、持っているプレイヤーがこの世界の過去にいたとは。
「あ、ぐ…………! まだ!」
七徳の男は痛みに声を詰まらせながらも左手を振る。
そちらに注目すると、何も持たずブラフであることがわかった。
本命は靴の先の刃で、それは俺も見たことのない武器だ。
咄嗟に握っていた相手の腕をへし折って、体ごと大きく軸をずらす。
そこに大上段か斧を振り下ろそうとするティダが跳び上がった。
「待て、殺すな。まだだ」
言った途端、ティダは斧を回して柄で七徳の男を殴り飛ばし俺の側から排除する。
ついでティダは、憂さを晴らすように俺には届かなかったダークドワーフの魔剣を斧で叩き割ったのだった。
隔日更新
次回:見えている敵




