309話:神流チュートリアル
神聖連邦は、仮想敵国と言ってもいい。
なので安全第一で転移網にも入れておらず、即時の転移は無理だった。
それでもスタファの采配で、ノーライフキャッスルに行ってる間に中枢である大聖堂外縁とやらまでスライムハウンドが移動したという。
そして何やら内部で騒ぎが起きたのに乗じて、スライムハウンドが侵入。
無事俺の転移のためのアイコンになって、俺は円を描く石造りの広間の中に降り立った。
(さて、念のため外縁でエリアボスには人外の本性に戻ってもらったが)
本性になってるのは、ヴェノス、グランディオン、アルブムルナ。
スタファは拒否し、イブは大きすぎるし最初から除外した。
ティダ、チェルヴァ、ネフには本性がないためそのままだ。
目的はもちろん、相手に活動していることがばれないように。
また人間の国を狙われると対処が面倒なんだよ。
ダンジョンの正面から挑んでくれ。
(それにネフは囮をするって自分から言ってたけど大丈夫か?)
共和国は今さら荒らされても問題ないとか、同時に暗殺騒ぎの時に反抗勢力の残りの炙り出しもできたとか言って、一番やりやすいのは自分だとほかのエリアボスたちからも賛同を受けていた。
(ゲーム中でも屈指の防御力、耐久戦前提のエネミー。確かにネフが一番だろうけど)
不安はありつつも、俺は神聖連邦の様子を窺う。
スライムハウンドが入り込めた騒ぎのほうが気になった。
何か問題があったのならそんな時に来たんは間違いだっただろうか。
…………いや、無礼は散々されたしいいか。
ただつばのない山高帽みたいな、前の世界の法王が被ってるような帽子をかぶった老女が、突然怯える仲間を昏倒させたのは驚いた。
ちょっとおばけな俺に驚いてただけだろうに、酷いものだ。
「チュートリアル? はは、またゲーム染みたことを…………」
「神々が決めた遊戯の参加者が今さら何を」
三人生き残りのプレイヤーの内、黒一点というべき男が乾いた笑いを漏らす。
答えるスタファは、神のふりで俺が聞くこともできなかった認識を口にした。
まさかここで、改めてゲームを現実として受け入れていたNPCの認識がわかるとは。
「つまり、またこの世界でゲームを始めるって? 本気かよ」
赤いメッシュ入りの女プレイヤーが、粗野な口調で聞き返す。
男女に余り口調の差がなくなった日本から来たなら、珍しくもないだろう。
身構えてはいるが、どうやらすぐさま争う気はないようだ。
節制が極めて無礼だったのか、それともさすがに本拠地に入り込まれて警戒してるのか。
どちらにしても俺はスタファに丸投げしたから黙っているだけでいい。
「ルールをもって神へ拝謁を願う。その巡礼の道程を示さなければ、お前たちはただ神罰に滅びる愚者でしかないことをまずは理解なさい」
普段より厳しくスタファが言えば、栗色の髪の女プレイヤーが少しだけ手を挙げた。
「まって、待って。ルールがある? ゲームのようなルールがあるなら、どうして神がここにいるの? 出てこないのが『封印大陸』のルールでしょう?」
「封印されているから離れられなかっただけよ。ルールで言えば、ルールを破った者に神罰を下した。そして警告を行う。なんらルールに反してはいないわ。もちろん、ルール破りの無礼者について、知らぬとは言わせない」
断罪するようにスタファが言うものの、プレイヤーは困惑ぎみだ。
そして見るのは仲間を攻撃した老女。
「…………枢機卿、心当たりは?」
「フルートリスさま、節制のことかと。しかし現場判断。こちらから神を攻撃する意志などはなかった。それほどに才に溺れる無能ではなかったことは言えます」
赤メッシュはフルートリスというらしい。
フルー、トリス? いや、フルート、栗鼠か。
森の音楽家かよ。
ストック・プライスって名前聞いた時も株価って思ったけど、本当にゲームしてた人間なんだな。
「そこは神罰下されても困るだろ。ゲームって言うなら神に挑むことこそゲームの最終目的だ。節制は確か俺の所に助け求めようとしてたはず。格上プレイヤーに助け求めることがなんの違反だ? 神罰ってのもつまりは垢バンみたいなもんだろ?」
プレイヤー名が株価な男が、ゲームになぞらえて聞いてくる。
そう言えば、節制はどうやらこいつの所にイブを連れて行こうとしてたんだったな。
そして垢バンのたとえわかりやすいじゃないか。
「やっぱり今までのエネミーみたいにゲームの設定が根幹? でもそうなると本当にこれ、チュートリアル?」
「アンナさま、チュートリアルとは?」
栗色の髪のプレイヤーに声をかけた奴、よく見たら小王国の国境で会った七徳だ。
トリーダックを助けに入り、スライムハウンドの追跡抜けたし、やっぱり神聖連邦関係者がうろついてたか。
アンナというまともなプレイヤー名の女がチュートリアルの説明をしようとすると、スタファが杖を石畳に打ち付ける。
途端に下にあった石が割れた。
「神の御前で! 未だ不明の異教徒とは言え、慎みを知りなさい」
「なんかもう、こいつらこの場で滅ぼしていい気がしてきた」
「お前も黙ってろ」
不穏なことを言うティダに、アルブムルナが釘を刺す。
ただスタファは頷いていた。
「果たしてこの脆弱で無礼で弁えも知らない者どもが、神への拝謁が適う強者かどうか」
そして不安そうに俺を振り返る。
「正直、私どもで排除し、神の英知の下、次を育てられたほうが確実かと」
「あら、大神が御自らレベルに応じたダンジョンにヒントを置かれるほど手をかけられるつもりなのに司祭がそれに反すると?」
そうして庇うようなことを言うチェルヴァだが、根底は人嫌い。
「どうせ人間なんて虫ほどに変わり映えもしない力しかないのだから。これらもルールを理解できるという点以外は変わりなくってよ」
「待て、ヒント? ダンジョンに?」
フルートリスが方向修正し、それでようやくチュートリアルとしてダンジョンを巡って石碑のヒントを集めろという話ができた。
なんかスタファの言い方が俺を神前提で話すせいで、本当にゲームのチュートリアルをこなしてる気分になる。
「人をどこまで嬲るつもりか。これが、異界の神だと?」
チュートリアルの話を聞いた体格のいい男が、なにやら悪く取るようだ。
「かつての世界では当たり前に行っていたこと。だというのにこちらの者は弁えず、整えてやった石畳の道を外れて芝生を踏み荒らすような真似をする。故に一々罰していては滅ぶしかない人間に慈悲を垂れてくださっていることもわからないとは」
「そんなもの慈悲ではない。ただの傲慢と嗜虐だ」
スタファに反論する男を、枢機卿と呼ばれた老女が、慈悲と呼んで止める。
こいつも七徳らしいとスタファも気づいて短く溜め息を吐いた。
「道筋を示してなお外れる愚か者が。愚かな節制とやらと同じような愚昧しかいないのかしら。ずいぶんと多くの者を道づれに、無謀なことをして死んだだけの者に学ぶことはないの?」
「殺した側が何を!?」
「謙譲、待て」
今度は飛び出そうとする若い男を、枢機卿が止める。
「何故そこまで自由に動ける? 異界の英雄の話では、封印されていたはず。出られるのは封印が解けたからか? 解いたのは誰だ?」
枢機卿の今さらな問いに、スタファは長々と溜め息を吐き出した。
「神が望まれて、遊ばれておいでになったの。その遊戯も終わり、いつまでも封じられる意味もないために自ら封を解いたまでのこと。そもそもプレイヤーは世界が滅ぶまで解けなかったからこそ、こうして御自ら動かれているのよ。恥じなさい」
「「「は!?」」」
プレイヤーたちが声を揃える姿から、どうやらゲーム終了は知らないとわかる。
俺はスタファに頷いて教えるように促した。
「かつての世界は、神々の協議の結果滅びをもたらされた。我らが神は封じられていたためその決定には参加せず、故に世界の滅びの間隙に自ら封印を解きこの世界へ。世界を跨いだことは神の力でもなく、理由は、この世界の人間のほうが詳しいのでは?」
転移門について明言しないスタファの言葉に、俺はじっと相手の反応を見据えた。
プレイヤーもわからない様子で周囲を見て、最後に枢機卿に視線を集める。
知っているなら一番偉い者ということか。
枢機卿は皺顔を険しくし、スタファを睨む。
「…………何処で知った?」
どうやらプレイヤーにも転移門については知らせていないらしい。
これは重畳。
札が一枚手に入った。
「漏れる要素なんていくらでもあるでしょう」
スタファも明言せず嘲笑する。
「いや、おかしいだろ。滅んで、勝手にこっちに? それいつのことだよ? 十周年は? 封印は勝手に解けるのか? そういうイベントが用意されてたってのか?」
疑問並べるフルートリスに株価も続ける。
「信じていいのか、あいつら? 罠かも。それに本当にそうなら、もうプレイヤーは…………。それこそ、チュートリアルに従わないとレベル上げもできないぞ」
戦力がジリ貧であることに気づき、プレイヤーたちは顔色を悪くした。
「九周年後の俺らの次は、十周年迎えた奴らのはずだったのに。十周年前に終了か?」
「俺たちが最後だったなんてことになったら、百年後のことも予定が狂うぞ」
お互いに言い合う言葉から、どうやら日本の時間で言えば一年に二回の間隔で、プレイヤーはこちらの世界に来ていたようだ。
周年で別れるとなると、十周年は来るかもしれないか?
なんにせよこいつらに言う必要はないだろう。
百年後、俺が生きていたなら…………生きてる気がするな。
まず老いとかなさそうだもんな、グランドレイス。
(というか、ゲーム内でどういう処理になってたんだ? 放置垢なんていくらでも。けど同時期に百人がゲームやめるとかはなかったはず)
昔聞いた概算では、年間の新規の中で確実に一割は放置垢になるらしい。
やってた奴が何かしらの理由でゲームから離れての放置もあり、一年の内プレイヤーの二割ほどがインしないことに気づきはしても、運営も個別の事情なんて知りえない。
もしかしたらそれらが転移しているのか?
実はこいつら放置垢とか…………いや、まさかな。
それだとやっぱり、イン状態の俺が来たのがイレギュラーすぎてなんの参考にもならない。
「…………まって、待ってよ。ねぇ、滅んだってそれ、まさかリアじゃないよね?」
アンナは震える声で思わぬ勘違いを口にしたのだった。
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