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308話:七徳の謙譲

他視点

 なんの前触れもなく、叫び声が上がった。


「なんだと!? うわぁぁああ!?」

「枢機卿!?」


 冷静な枢機卿が取り乱した途端に倒れ、会議場は騒然となる。

 普段ない様子に、私もすぐさま駆け寄って抱き起すが、呻きを漏らすばかりだった。

 私はすぐに控えていた者たちに医師を呼ぶように指示を出す。


「謙譲、毒かもしれないよ? そっちも調べたほうがいい!」


 同席していた七徳の勤勉も、慌ただしく走る者に指示を飛ばしつつ、室内に鋭く視線を配った。

 俄かに慌ただしくなり、私はもちろん七徳の仲間たちも状況が掴めずすぐには動けない。


 この方は女性枢機卿として長く指導者としてあり、その分冷静沈着で取り乱すこともないと思っていた。

 それは私だけの思い込みではなく、枢機卿の近似の者も慌てて会議場を後にして廊下で声を大に異常を知らせるほど。


「如何されたのです、枢機卿」

「神が!?」


 まるで私たちと違うものを見ているような様子で、呼びかけてもこちらには答えない。

 どうやら少しましになったようだが、頭を抱えて一点を見つめて震える。


「おいおい、どうした? 子飼いの謙譲まで無視って」


 ストックさまが勘違いされているが、今は訂正する間も惜しい。

 今は会議中で、七徳と異界の英雄、そして私たちを統括する枢機卿が今後について話していたのだ。

 枢機卿は我々とは別に何やら忙しくはしていたが、これほど取り乱すほど追い詰められる事態があったのだろうか。


「あ、あぁ、あ? 何故、消えた?」


 私もわからないことを枢機卿はうわ言のように呟く。

 誰も枢機卿の問いの意味も答えもわからず、会議場ではひどく微妙な空気が流れた。


 アンナさまなど不審げな様子で距離を取ったまま問いかける。


「いったいどうしたの? 枢機卿がそんなだと困るわ」

「いや、あ、これは…………」


 ようやく正気を取り戻したらしい枢機卿は、私が抱えている状態にも、椅子が床に投げだされている状態にも目をやり困惑する。

 同時に向けられる視線のまずさも一瞥して理解したようだ。


 普段ならすぐに事態を説明し、沈静化を図るはずだった。

 ところが今は口ごもるばかりで、何やら言えないことがあるのだと物語る。

 それが余計に不審の目を招いていた。


「何を見たのかをお話になってはどうです?」


 慈悲は一人理解している様子で、静かに促した。

 けれど枢機卿は睨み返し、自らの足で立ち上がる。


「なんでもない」

「それは通じないってもんですよ」


 忍耐はわからないながら、こめかみを押さえて推測を口にした。


「慈悲がわざわざ言うなら、だいぶ重要なこと隠してる感じでしょう?」


 確かに慈悲は寡黙で情が深い。

 その分他人について、特に隠したいと思っていることを暴くような真似はしない。

 今あえて言うなら必要を感じたからだろう。


「言いにくいとおっしゃるなら私が。枢機卿、いえ、純潔よ」


 それは生き残っている七徳の中でも重要な役目を担う故に秘匿された人物。

 預言を行い、神聖連邦の行く末さえ左右する。

 枢機卿だけが正体を知りその預言を聞けると言われていた。

 しかし今の慈悲の言葉は、つまり、実態は枢機卿自身が純潔ということか?


「否定しないってことは本当なわけね。ずいぶん冷たいじゃない。長い付き合いなのに」


 フルートリスさまが冗談めかして確認をする。

 けれど枢機卿はまるで弱みでも掴まれたような警戒を浮かべる。

 その緊張感にアンナさまはより不審を深めたようだ。


 ただ、その反応に慈悲も首を傾げる。


「重要性から秘匿もやむなし。しかし、こうなっては報せるべきであると思います。ましてやここにいるのはこれからの戦いにおいて重要な役割を担う者ばかりです」

「…………だからこそ、言わなかったのだ。英雄たちは、私の母が先代の預言者であることは知っているな? では、死因は?」

「知らないな。急に死んだと知らされただけで。しかもあの時はプレイヤーから離反者も出て大変だったから、落ち着くのを待ってだいぶ後に知らされた。あんたの母親がそうだったって言うのも死んでから知ったしな」


 ストックさまが、私たちも知らない当時のことを語る。


「異界の英雄から出た離反者が、事前に知られることを嫌って、先代を暗殺した。そして先代の正体を明かしたのは当時の七徳だった」


 普段の冷静な声に戻った枢機卿が、重い事実を告げた。

 長く秘匿されたことに不満そうだったアンナさまも、理由を知って目を逸らす。


「その上で伝えよう。私の血を引く者に預言者は現れなかった」


 しかし枢機卿は未婚だ。

 つまり婚外子がいるのか。

 秘匿されていたとはいえ、枢機卿の力は親から子に継がれたから求められたか。

 しかし今回は、継承されなかったようだ。


「だが、力を持った者は見つかった。故に私は指導に専念する。今回集まってもらった中で伝えようとしていた話でもある。知ったからには監視をつけさせてもらう。怪しい動きがあればこの場の者は即時拘束をされると思ってくれ」

「ずいぶん乱暴ね。慈悲が言うとおり、今は私たちが中心となって動かさなければいけないんでしょ。それを拘束なんて随分ね」


 フルートリスさまは過去の事実を聞いた上で、現状の話をする。


「もちろん表向きは体裁を整えるが、以前の混乱を覚えているならば重々行動には慎みを」


 枢機卿は再考する気もない様子で忠告をした。

 確かに先代がプレイヤーと七徳に殺されたとなれば、頑なな保身も後々のためとは思えるが。

 正直、常に疑われ警戒されていたのだと思えば、やるせなさがある。


 アンナさまもフルートリスさまにならって、現状の確認を取ることにしたようだ。


「…………それで、さっきのはなんだったの? 慈悲は知ってたみたいだけど?」

「預言ではないかと」


 どうやら正体を知らされていたらしい慈悲に、枢機卿は頷く。


「大地神が現われる」


 全員が息を飲んで腰を浮かした。

 もちろん私も四方に警戒を巡らせるが、それを枢機卿は片手を上げて止める。


「だが、その預言の予兆はかき消えた。私にも、訳がわからない。だが、このままでは少々落ち着かない。まずは私に大事はないと…………おぉ!?」


 枢機卿が倒れた事態の収拾をつけようとしたのだろう。

 会議も一時中断しているため、騒ぎを治めてからと思ったのはわかる。


 だが枢機卿はまた目を見開いて声を上げた。


「来る! やはり来る! なんだというのだ!? 神はこちらの動きがわかっているとでも言うのか!? …………まずい! こんな浮足立った状態では!」


 言って、枢機卿は素早い身ごなしで会議場の扉へ走った。

 私たちもすぐさま後に続く。


「おい、まさか神って。直接乗り込んでくるとかじゃないよな?」


 同じく走り出したフルートリスさまに、ストックさまが応じる。


「なんだ、その負けイベ。いや、エネミーも好きに動くしあり得るのか?」

「嫌よ、ふざけないで。大地神なら持ち場で大人しくしておいてよ」


 アンナさまが切迫した声で否定するが、私も枢機卿の言葉を思い返して緊張を高めた。


 私は枢機卿のすぐ後ろについて走り、救世教大聖堂前にある半円形の広場まで辿り着く。

 そしてそこには、すでに恐ろしい光景が広がっていた。


「こんなに簡単に来れるんですね」

「警戒どころでもない状況を見るに、神のお取り計らいですよ」

「先回りもできないなんて、預言者とか使えないね」

「気づいてる奴も少ないし、こんなことなら俺が船出せば良かったなぁ」

「必要人員は気づいたようですから。ほら、神の降臨のために準備を」


 ライカンスロープに似た狼、黄色い布で顔を隠した黒い人型。

 身の丈よりも大きな武器を持つ少女に、羊の角を持つ白い蛙のような化け物。

 それらを窘めるように声をかけるのは紫色のドラゴニュートによく似た種族だった。


 他にも喋らない人に似た者たちがいるが、たたずまい、動き、全てが強者である雰囲気を醸しているが、突然全員が膝を突いて厳かに待ち構える。

 そこに、一条の雷が降った。

 光に目をくらまされ、視界が戻った次の瞬間、跪く異形の向こうに夜が現われている。


「…………あ、あぁ?」

「見るな! 考えるな!」

「ひぃいいいあぁあああああ!?」


 私の口から情けない声が漏れた瞬間、忍耐が叫ぶ。

 だが、勤勉は異変があり、ただの少女のように悲鳴を上げて座り込む。

 かと思えば異常に恐れた様子で、全く動いていない相手がまるで迫ってくる姿を見るように、立ち上がれもせず怯えもがいた。


「お黙り」


 枢機卿が乱暴ながら勤勉に睡眠の魔法を放って沈静化する。


 そして気づいた時には、私もまた、石畳の上に座り込んで立てなくなっていた。

 私に警告した忍耐も石畳に両手をついて震えている。

 立っているのは枢機卿、慈悲、そして英雄三人だけだった。


「神を前に無礼ね。もっとすごさを理解してほめたたえてもいいでしょう」

「何、私は何もしていないさ」

「わたくしどもが現われる前から騒ぎがありましたのに? いったいどんな手管を?」

「人間たちが勝手に騒いだだけだろう」


 宙に浮く緑のドレスの少女と、横に張り出した大角の女性に答える声。

 確かめたくはないが、もう一度視線をやっても夜を凝集したような不気味な存在に顔はない。


「では神よ、いかように? 玉音を聞かせるほどの輩とも思えませんが」

「ふむ、それでは我が司祭に一任しよう」


 鎖を巻いた女性が聞くと、口のない顔から答えが返る。

 瞬間、跪いていた女が立ち上がり、自信に満ちた笑みでこちらを見た。


 しかし相手の主導で話が進むのを遮るようにフルートリスさまが声を上げる。


「おいおい、ラスボスが中ボス引き連れて拠点荒らしに来るなんて恰好悪いぜ」

「ふん、本当にわかりやすく言わないと理解しえないのね。不明なお前たちに神は慈悲を持ってチュートリアルをしに来てさしあげたの。感謝なさい」


 司祭だという女の言葉に、英雄たちが息を飲んで黙ったのだった。


隔日更新

次回:神流チュートリアル

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