307話:出向く
ルービクの権限移譲は上手くいった。
そもそもボスを倒せばダンジョンクリアとなり、拠点化の権限が得られる。
すでに権限者のプレイヤーがいる場合にのみ、さらにもう一つ以上の条件が追加可能だった。
だが条件は頭領から聞き出して拍子抜けする。
(ゲームで設定できた権限者側とのPvPは面倒だが、この世界の人間相手ならなんと言うこともない。マップ全制覇や特定アイテムの収集だと面倒だとは思っていたが、そんなことも必要なかったな)
設定されていたのは、このダンジョンのレアエネミーである牛御前の討伐で、すでに済んでいた。
普通にやれば面倒は面倒で、場合によっては出るまで粘る必要があるが、そこもアンという幸運の星に愛されたギフト持ちがいるため問題にならない。
さらにシステム面を調べてわかったことだが、設定できる条件はゲームと同じだった。
現実となったとは言え、悪辣な設定はできない仕様のままだったのが幸いした。
「だいたいのシステムの確認は終わったな」
俺はエネミーであるため権限者になれないという問題はあったが、その場でベステアに引き継がせることで問題は解決している。
本人は嫌がったが、ここにいる必要もないことを説明して引き受けてもらった。
「うぅ、なんであたし? あたし、ただの探索者だったはずなのにぃ」
「そうですねぇ。私よりも普通に探索者してましたよねぇ」
嘆くベステアに、アンがずれてるように思える相槌を打つ。
まぁ、気にしなくていいか。
「それでそちらの首尾はどうだ?」
「はい、頭領の命令によって、各地で活動する『闇の彷徨』は呼び戻す段取りを行っております。腕を試した上で処分する予定です」
ダンジョンボスを倒して合流したヴェノスが答えた。
頭領は生かしているが、すでにこっちに服従姿勢。
聞いたところ、あの双子の金級探索者が最高峰の戦力だったというし期待はしてない。
ただまたぞろ暗殺をされても面倒なので、処理しておくかという程度の問題だった。
「石碑の設置はどうだ?」
「やっぱり見せるならこの建物の前がいいんじゃないかって言ってます」
「けどあの女神が、強者が必要なんだから地下だって譲らないわ」
手持ち無沙汰なグランディオンとイブが、俺の側に寄って来て応じる。
「では、ここの前でいい。強くさせるからには、下手に死なれても意味がない」
俺の言葉を受けてチェルヴァも引き、大地神の大陸に関するヒントを記した石碑の設置はすぐに決定する。
実際の作業は部下がやるらしく、拠点化したことで大地神の大陸から部下を呼び始める。
「さて、それでは神聖連邦に挨拶をしに…………」
「恐れながら、神よ。準備にお時間いただけないでしょうか」
スライムハウンドを呼び出していたスタファが、俺に向き直って願う。
見れば、他のエリアボスたちも同じ意見のようだ。
そう言えば俺の思いつきで、ここに来るのも予定外のことだった。
これ以上仕事に穴はあけられないということだろう。
「供をする必要はないぞ? お前たちもやることがあるだろう」
「我が君、そのようなことはおっしゃらず。どうぞお連れくださいませ」
チェルヴァは困り顔でしおらしく見上げて来る。
どうやら行きたくはあるらしい。
(けどこいつら今各国に担当持ってるし。暗殺者の対処でわざとあけるっていうのもネフくらいなもののはず。たまたまいたからライカンスロープ帝国や議長国担当のグランディオンとヴェノスも連れて来たが大丈夫なのか?)
結果的に、暗殺は今後心配する必要はなくなった。
とは言え、また他の組織が仕掛けて来る可能性はある。
それをさせないために、依頼をした神聖連邦に釘を刺しに行く。
だがそれでNPCに支障があるなら本末転倒な気もした。
「いや、お前たちの都合が悪いというなら、後日に改めよう」
俺が思いつきを引いた瞬間、スタファとチェルヴァという知者が何かに感づいた様子で息を呑んだ。
「いえ! 神が今この時というのであれば従います!」
「我が君の知啓によって、今この時を逃せば日を変えねばならないと判断されるなら」
なんか勘違いしたようだ。
いや、ちょっと待てよ。
「別にも用事がある。そちらを済ませてからでもいい。日時に拘りはしない」
「どちらへ向かわれるんですか?」
グランディオンが素直に聞いてくるので、俺はまた思いつきを口にする。
「石碑を設置しにノーライフキャッスルへ。ただあまり時間はかけないつもりだ」
「となれば、やはり今からお供をするのね」
「神の采配であれば、一度で済むと思えば今でしょう」
イブとネフの言葉に、なんだかエリアボスたちが納得してしまう。
この状況、俺が一番わからないんだが、言ったからにはやるべきか?
(石碑はすでに作らせてあるから、本当に持って行って設置を交渉するだけなんだが。聖蛇相手の時のように、そんなに時間かからないだろうし、一緒でもいいか?)
俺は細々聞くのも面倒になって、そのままエリアボスたちと一緒に転移をした。
さすがにアンとベステアは、『水魚』たちの見張りのために残していく。
「…………来るぞ!」
「予知はどうなっているんだ!?」
転移した途端に聞こえた声には焦りが窺えた。
転移目標はノーライフキャッスルのボス、ノーライフキング。
目の前にいる赤い髭と髪のクリムゾンヴァンパイアがそうで、トランプのキングというコンセプトの恰好はゲームどおりだ。
だが、違う点もある。
高い天井に届くほど長大な体を持つ聖蛇が忙しなく舌を出し入れしてそこにいた。
「我よりも格の高い神だと言ったであろう!」
「予知できるようなことを言っておいて!」
なんかダンジョンボス二人で言い争いをしている。
俺は存在主張のため声を上げた。
「あまり戯れるな。その様子であれば、私の来訪理由はわかっているだろう?」
逆に聖蛇がいて良かったかもしれない。
話が通じる相手だしスムーズに済むだろう。
さすがに神聖連邦へルール説明に行くつもりで、ヒントが未実装ですなんて恰好がつかないからな。
王国、帝国、元共和国、公国などのダンジョンにはすでに十一柱置いて、ここに置ければ十二本目だ。
「それだけの、ために、神が…………?」
「うん? あぁ、これはついでだ」
「ついで…………」
ノーライフキングが喜んでるのか悔しがってるのかわからない顔になっている。
そして俺を見て、苦渋の表情を浮かべると膝を突いた。
「神よ、我ら一族の不明は、何重にもお詫びいたします。どうか、今一度我らに神の恩恵をお与えいただけないだろうか」
「なんですって!?」
甲高い声に見れば小さな女がいた。
いや、あれはドワーフの女教皇じゃないか?
「王を名乗る者として誇りはないのですか!? 太陽神の恩寵を疑うなど、げぇ!?」
女教皇が潰れた声を上げる。
気づけばティダが、女教皇に飛びかかって踵落としを食らわせていた。
そのまま地面を這う背中を、容赦なく踏みつける。
「何? まだ自分の立ち位置わかってないの? あたしたちの神のお慈悲で生きてるくせに、誇り? 恩寵? あはは! ないものに縋ってどうすんの?」
「ティダ、遊ぶな」
「失礼いたしました」
俺の呼びかけで、すぐに戻ってくる。
ただ戻った途端、アルブムルナが確保して、ヴェノスとネフの間にティダを押し込んだ。
そして目の前にはアルブムルナ、真後ろにはグランディオンという包囲を作ってまた勝手に跳び出さないようにする。
あまりのことに引かれたかと思えば、ノーライフキングは膝を突いて床を見たまま。
どうやら俺の返事待ちでじっと動かないようだ。
だが、ここで仲間にする意味などない。
ましてやゲームの要素として反逆があるんだから、そこを変える意義を感じない。
「謝罪の意思を示すのならば、いっそ私を楽しませろ。以前送り込んで来たクリムゾンヴァンパイアはあっけなさすぎた。次はルールを理解し、守ることをする、頭の回る者を寄越せ」
「は? 送り込んだ?」
「違うのか? だとしたら、なんのつもりであんな無礼者を?」
猫を襲うとか、ヒントやっても上手く使えないとかあいつらなんだったんだ?
不思議そうに顔を上げたノーライフキングは、またすぐに頭を下げた。
「…………以後、気をつけます」
「ふん、勝手に自滅した部下は拍子抜けだったけれど、父たる神の慈悲を理解する程度の知恵はあるみたいね」
イブが偉そうに胸を張ると、ノーライフキングは何故か強気に睨みつける。
だが何か気づいた様子で瞬きを繰り返した。
「なんだ、貴様は…………?」
「あぁ、私が作ったから吸血鬼ではないぞ」
言ったらイブが俺を睨むのもなんでだよ。
ノーライフキングは設定上、全ての吸血鬼の頂点で王さま気質だ。
だから吸血鬼っぽいイブを配下と間違えたんだと思って訂正しただけなのに。
「そ、そういう時には、むす、娘とか、わかりやすく、紹介してもいい気がするんですけど、別に! 私がそう望んでいるとかではないですけど!?」
「ちょっとお前も黙れ」
今度はイブが、アルブムルナに回収された。
その姿を目で追うと、囲まれているティダの口が動いている。
「雑ぁ魚、雑ぁ魚」
どうやら女教皇を煽っているようだ。
ようやく回復して立ち上がったドワーフはぶるぶると身を震わせているが、そちらも下手な動きをしないよう、聖蛇が尾を伸ばして牽制していた。
俺は聖蛇の時と同じように、リザードマンたちに運ばせて石碑を持ち込む。
そして軽く説明を聞かせて、設置の許諾を得た。
「強者は生かして私の元へ回すように心がけろ。無闇に食らうな」
「承りました」
「ふむ、思ったより早く終わったな。これならば次にも行けるか」
エリアボスを促すと、這いずる音が立つ。
見れば聖蛇が声をかけて来た。
「ど、どちらに、向かわれるのだ?」
「神聖連邦」
それだけ言って、俺は時間も惜しいため転移を発動する。
「終わったな…………」
転移していく直前、そんな声が聞こえた。
これから始まるというのに、何を言っているのか俺にはわからない。
きっと俺たちが来る前に集まった理由か何かなんだろう。
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