305話:迷宮の囚人
『闇の彷徨』の頭領はあっけなく捕まえられた。
本当になんで、拠点で自由に動ける権限者を敵の前に置いたんだ?
(ゲームなら戦闘中に別エリアへ行くのは無理だ。だが現実なら捕まえられて利用されるという考えがあってもいいはずだと思うんだが)
ただそんな敵の失態に舐めたら、ベステアを殺された。
慌てて生き返らせ、投げられたナイフをポルタ―ガイストで飛ばして相手の足を潰すことをしているので、プラマイゼロではあるが。
今は頭領から情報を聞き出す係、指令室を調べる係、ダンジョンボスを倒す係に別れ、俺は調べる係に入っていた。
正直、やることがないし、意見求められても困る。
絶対傷つけられないネフが押さえ、ティダとアルブムルナが軽く小突いて聞き出し、その上で頭領のほうが怪我を負ってもスタファが回復するんだ。
(ダンジョンボスの迷宮の怪人はギミックが面倒なだけで力押し効くしな)
行ってるのはイブ、グランディオン、ヴェノスで、地下で戦闘を行ったティダとアルブムルナは置いていかれてる。
その鬱憤晴らしも込みで聞き取りをしている様子だ。
俺とチェルヴァ、アンとベステアは調べると称して家探し。
俺はシステム面をいじり、チェルヴァたちは書類だ。
ちなみにこっちの言葉が読めるのはチェルヴァだけ。
アンとベステアはいくつかの単語しか読めないそうで、一文字もわからない俺よりまし。
「ちょぉぁぁあああ?」
「アンー!?」
変な叫びとベステアの声に見れば、壁からアンの足が生えている。
「どうした? ふむ、これは…………隠し扉というやつか。良く見つけたな」
アンは壁際の作りつけの棚を調べていて、偶然ギミックを解いてしまったらしい。
そして倒れた状態から足をわたわたと動かすと、床を這って戻って来た。
「ひぃ、なんかこの先から死んだ人の臭いがしますぅ」
「うわ、本当だ、臭う。死体隠してるってこと?」
取りすがられたベステアも嫌な顔をする。
俺が振り返ると、こちらを見ていたネフが笑顔で頷いた。
そのまま押さえ込んでいた頭領の指を全部逆折り。
続いて手首も逆折り。
そして叫び暴れるのを気にせず肘まで逆折りって、おいおい。
割り箸でも折るような気軽さに俺が唖然としていると、黙って見ていたスタファは、何かに気づいた様子で尋問を再開した。
「もう片方の腕も潰される前に、あの隠し扉の向こうを何に使っていたかをおっしゃい」
うわ、怖…………。
だがお蔭ですぐに答えは得られた。
どうやら隠し部屋は牢になっており、そこに『闇の彷徨』の暗殺者にしようとする人間を閉じ込め拷問と洗脳を施していたそうだ。
その拷問の一種で、一緒に捕まえた一人をあえて殺してその死体を放置するという。
洗脳の前段階として心を弱らせるのだとか。
(こんな部屋あった記憶はないな。だが、拠点化すると施設を増やせる。確かトラップの一種に牢屋もあったはずだ)
ゲームとしての想定は、パーティの分断に使える程度のもの。
ダンジョンを拠点化したプレイヤーが、一部自らの判断で改変できる仕組みの一つだ。
牢屋は隠されていたり、あえてエネミーのただなかに置かれたりしてプレイヤーを困らせる。
そうした遊びの一種だったんだが、ずいぶんなことに使ってくれるものだ。
そしてそんな改変機能を使ったとすれば、やったのはここにいたプレイヤーだろう。
俺はどう設定されているかが気になって牢に降りることにした。
この機能はエネミーにも適用なので用心はしよう。
それでも牢屋というトラップは鍵を持っていれば内外から開けられる。
すでに鍵束を見つけていたので、俺はアンとベステアだけを連れて向かった。
「確かに死体もあるが、生きている者も…………うん? お前たち、『水魚』か」
マップ化で生存者を見つけ、声をかける。
垢じみてぼろぼろの囚人だが、マップ化を見る限り俺が知る人物として名前が表記されていた。
薄汚れた髪の間からこちらを睨んでいた女には、アクティ、その隣で身を竦めて震えているのは、女斥候のオルクシアとある。
そして同じ牢屋に入れられ、片腕を失くした男は呻くように声を出した。
「幻聴か…………トーマスの、声が…………聞こえ、る」
あ、しまった!
今ペストマスクしてない!
だがよく見れば片腕のない男は目を潰されており、杜撰な処置で顔の半分が膿んでいる。
ガドスとマップ化で表示されていなければ、あのうるさいほど大声を出していた陽気な男とは思えなかった。
「…………トー、マス? あぁ、はは、あぁ、本当だ。トーマスだ!」
アクティは声を上げて笑うと、大地神の姿をした俺に向かって這うようにやってくる。
そして牢屋の鉄格子を乱暴に掴んだ。
こちらを見る顔は痩せこけているが確かに、貴族出の魔法使いのアクティだった。
「お知り合いですか、トーマスさん?」
「っていうか、この姿でわかるって、相当もう、頭が…………」
素直に聞いて、俺が取り繕う隙を潰すアン。
ベステアは他の牢を確かめながら何やら言葉を濁す。
「トーマス? 本当にトーマス? だったらお願い! サルモーとオストル助けて!」
オルクシアも鉄格子に縋るようにして、ガクガク震えながら動く。
その上で鉄格子から突き出した手が差すのは向かいの牢屋だ。
だがそこを覗いたベステアは首を横に振る。
「男性と男の子がいるけど、どっちも…………。見た感じ男性のほうが数日前に。男の子のほうはもう亡くなって長いと思う」
俺も牢を確かめる。
どちらも背を向けていて顔は見えないが、大人が子供を抱きしめているような形だ。
「せっかく生き残ったというのに…………」
二度も奇跡はなかったらしい。
「オストル…………トーマスからもらった魔石、奪われるの嫌がって、ずっと反抗してて」
「それを、サルモーが庇って…………二人とも、酷い拷問、されて」
アクティとオルクシアが声を詰まらせる。
「…………まだ持っていたのか。売れと言ったのに」
「だって、トーマスに返すって約束したでしょ。それが、私たちの、『水魚』の再興の、目標だったから」
「魔石は売っても買い戻せるが、命を買うことはできないと教えてやれば良かっただろう」
俺はアクティに思わず強く返してしまった。
「本当、そのとおりだけど、それでもさぁ。トーマスと会えるって、また会うんだって、オストルの目標だったんだよぉ」
オルクシアは涙声で訴える。
「…………トーマスさん、あの、こんなこと、言うべきではないかもしれませんが」
アンが俺の袖を引いた。
言いたいことは察せられる。
生き返らせてやれと言うんだろう。
「言われても、これは無理だ。時間が経ちすぎている」
「あぁ、そういう決まりあるんだ」
さっき生き返ったベステアは、ナイフの刺さった胸をさすりつつ眉を顰める。
俺は最初にファナを生き返らせた。
その後いくらか手に入った人間の死体で検証もした。
結果、一日経つとほぼ蘇生は無理。
そして大地神の大陸ではアンデット系エネミーとして蘇る率が高い。
NPCに至っては、時間と共に目の前の死体が消えてリポップした。
(ここで俺が何かすると、たぶんエネミー化するしなぁ)
それはたぶん、ショックが大きい。
「だが、ガドスならまだ」
俺は手に入れた鍵束で牢を解放した。
まずアクティとオルクシアに回復薬を渡し、即座に死ぬことがないようにする。
ガドスは俺の手持ちを使うか、スタファに頼むか悩むな。
「それにしても五人捕まえて三人殺すなんて、ただ拷問したいだけなんですか?」
「残されたの女ばかりだし、そう言う目的じゃない? あっちにはおじいさんの死体があったし」
アンとベステアが喋っていると、アクティが知っていることを話す。
「その方は、アーティファクトの弓使いと呼ばれる凄腕の探索者よ。弟子の一人が『闇の彷徨』に所属していると知って探っていたとか」
どうやら生きている内に会話をしていたらしい。
それによると、強者として以前挙げられたアーティファクトの弓使いは、多く弟子を育てた老人だったそうだ。
その一人が『闇の彷徨』に所属しているとわかり、倒そうと探していたが、共和国で死んだと噂になった。
さらに別の弟子も『闇の彷徨』に捕まったと聞いて助けにやって来たそうだ。
ところがその弟子も『闇の彷徨』に篭絡されて、逆に捕まったという。
だが相当ただものではなかったらしく一度は脱獄を成功させた。
捕まっていた他の者を逃がし、自分だけ攪乱のためダンジョンに残りまた捕まったという。
その後に捕らえられた『水魚』を脅すため、目の前で激しい拷問の末に殺されたそうだ。
「それと、ガドスは目と手を潰してもまだ使えるとかなんとか頭のおかしいことを言ってたよ」
オルクシアがガドスを抱き上げて、俺に傷の具合を良く見えるようにしつつ言う。
どう見てもガドスは再起不能だ。
いったい何をする気だったのか。
「む、そう言えば今さらだが、私が人外であることに抵抗はないのか?」
「ははは、いっそトーマスならなんでもいいよ」
「神の使いと言われても信じられるもの、姿なんてどうでもいいわ」
オルクシアとアクティは何処かうつろな目をして笑った。
「神さま自身ですけどね」
「今はまずここから出よ。空気悪すぎ」
アンを流してベステアが訴える。
俺もガドスどうするつもりだったか気になるから、全回復はさせずに状態異常だけ回復させた。
思わぬ再会と別れ、そしてまた死体を置いていく状況に思うところはある。
(フラグ立てたらきちんと回収、しておきたかったよなぁ)
俺は上に戻って魔石を探すことに決め、牢屋を後にした。
隔日更新
次回:暗殺依頼の出処