表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
310/326

304話:『闇の彷徨』頭領

他視点

「そんな馬鹿な!?」


 わしの声に周囲の部下はざわつく。


 ここは『闇の彷徨』の本拠であり、二百年の歴史ある組織の中枢だった。

 この名を聞けばどんな王族も震え上がる死の象徴だ。

 わしはその頭領にして、『闇の彷徨』の死を体現する者。

 見苦しい真似はしていられない。


「…………奴らは、進んでいる。総員戦闘態勢! 人間を狙え! 確実に殺すのだ!」


 わしは有無を言わせず命じ、戸惑う者には睨みを利かせた。

 それで全員が動く。

 そう教育して来た。

 だがそれも緩んでいる手応えがある。

 それほど『ディオスクリ』の死は痛手だった。


「レジスタンスはいったいなんの集まりだというのだ?」


 『ディオスクリ』が暗殺を失敗した時点で、ただの反乱分子などではないことはわかっていたつもりだった。

 何せ三カ国同時襲撃という凡そ常識では防げない奇襲だ。

 それを可能にするのは『ディオスクリ』が持つギフトで、双子同士で距離も時間も関係なく意思疎通ができる能力。

 共和国には一人、片割れはこちらに残り、そして双子の一組は王国と帝国に別れ、ほぼ襲撃は同時だったはず。

 なのに知っていたかのように現れたレジスタンスによって防がれたと報告があった。

 そのレジスタンスに所属する王女によって元共和国でも失敗したという。

 帝国では何処かから警戒を呼びかけられていたらしいドワーフに身を挺して防がれた。


 そして追って来たかのように現れた者たちがいるのだ。

 レジスタンスの裏には、もしや預言のギフト持ちでもいるのか?


「明らかにアーティファクトに対処したのだ。であれば、最初に疑うべきは異界の英雄からこの場所のことを聞いていたか?」


 ダンジョン内部にまで追って来た時には愚かと嘲笑った。

 だが事前知識があるとしか思えない速度で進む姿に侮れないことはわかっていたのだ。


 ただそれでもあの時は、まだ余裕があった。

 分断が成功し『ディオスクリ』もここを特定された責任をとって自ら出た。

 二百年の中でも金級探索者まで行った者は数少ない。

 『ディオスクリ』の四人は今代一の実力があると言える強者だ。

 奴らのお蔭で帝国という太客を上手く繋ぎ止められた点も重要だ。

 こちらの正体が露見すれば、依頼者から処分されるので、王国で表の顔を作って潜伏させた。

 そして『ディオスクリ』の陰に隠れて他の暗殺者が動くことができ、探索者ギルドを使って各国主要都市へ安全に移動できたというのに。


「馬鹿な争いを避けたはずが、何故…………!?」


 新たな王が立ち王国へ暗殺打診もしたが、王国で大きな顔をし始めた王女に邪魔された。

 大公のほうの王子は警戒心が強すぎて話を持っていくことすらできなかった。

 帝国が攻め込み、帝国のほうに売り込みしたがこちらも上手くいかず。


 争い落ち着くまで戦力増強に注力しようと思ったのだ。

 そこに別口からの依頼で動いたらこれだ。


「くそ、こんなところで『ディオスクリ』を失うつもりなどなかったというのに」


 有用な人材を戦乱に紛れて攫うことは上手くいった。

 ここから『ディオスクリ』のように洗脳を施す必要がある。

 ただ相手は人格が育っているためまず壊すところからだ。

 その手はずで忙しく、侵入者は地下に落として終わりだと気にしていなかったせいで後手に回った。


 このダンジョンの守りならば、異界の英雄でも撃退可能だったはずだ。

 だが分断して叩くつもりが予想外に早い合流、しかもひとたまりもなくやられるなど。

 …………もしかしたら嵌めたと思ってこちらがはめられていた可能性はないか?

 分断されたように見せかけて、強力な攻撃の一撃を見舞う機会を窺っていたとしたら?


「このわしが、欺かれた?」


 先代も謀殺して今の地位を手に入れ、生ぬるい初代の考えをより実用的に昇華したこのわしが?


 孤児や実力者を捕まえては洗脳して家族だと吹き込み、ここを守らねばならないと、他は始末してもいいのだと教え込んで来た。

 そうして努力を怠らないわしが頭領となってからはより仕事を受けて富を増やした。

 わしのお蔭で『闇の彷徨』は育ったのだ。


「そうだ、このわしが誰かに劣るわけがない」


 そうはいっても目の前には異常が確かにある。

 初代が遺したものは多く、その中でもテイムした魔物は有用だった。

 このダンジョンを受け継いだ者が使えるように設定されており、その魔物は人間では扱えもしないと思える強力な存在だ。

 ウシゴゼンという魔物など、このダンジョンで一番強い。


 それを初代はテイムして残していた。

 他にも自らの手伝いをさせるために人型の魔物をテイムして残している。

 だが、それが今、ほぼ消えた。

 この上階に残っていた者しか、ダンジョンの情報として見られる項目には残っていない。


「…………全滅? ありえない。全滅などありえるわけがない。ありえないはずだ。なのに、何故、テイムした魔物が消えた?」


 マップガメンと呼ばれる地図を広げ、わしは不可解な状況を理解しようと唸る。

 そこには敵と味方、人間と魔物の区別がはっきりと記されるはずが、どうもおかしい。


「人間が二人に魔物が八匹…………不明が一体。こんな表記見たことがない」


 たぶん人間はテイマーだ。

 光る丸で表される動きからも、人間二人が先行することはなく魔物に守らせている。

 テイマーが死ねば魔物は消えるか自由になり、その能力は減衰する。

 こいつらを殺せばまだ希望があるだろう。


「地下は異界の英雄でも無理なはずが、やはり進んでいる」


 今までもそうした者を屠って来た。

 というよりも、初代亡き後、地下は統制できず、テイムした魔物を時折派遣して間引きをしなければこちらにまで危害が及ぶほどだ。

 ウシゴゼンの力で一時的に統率下にはおけるが、それも時間制限があり間引きもままならない。

 時と共に魔物はダンジョン内に現われるため、そこに落ちた者はここでこうして生死を確認するだけで今までは終わっていたのだ。


 ほぼ止まらず進むテイマーたちの印は、気づけばこの中枢に通じる扉へ移動している。


「全員が地下から出るのを待ってしっかり狙え! 魔物を攻撃するよりもテイマーだ!」


 わしは檄を飛ばし、そのまま自分は最も堅牢な中枢の部屋へ入り扉を閉める。

 ここは戦闘とは関係なく、たとえこのルービクが攻略されても、すぐさま脱出可能になる場所だ。


 ダンジョンボスと言われる最後の守りは迷宮の怪人という魔物。

 四角を積み重ねた細身ながらに長大な人に似た形の異形だ。


「たとえ部下たちの奇襲を免れても、あれは空間を捻じ曲げる。そう簡単には抜け出せまい。今の内にここを放棄するための準備を…………」


 わしはともかく金を持ちだす準備をしつつ、どの潜伏先が最もが安全かを考える。


 そうする時間があるものと思っていた。

 だが、閉めた扉が開く。

 いたのは襲撃を命じた部下の一人。


「やれやれ、何故権限のある仲間を並べておいたんだ?」


 だが聞こえた声は知らない。

 そして部下は異常なほど震え、そのまま泡を吹いて白目をむくと倒れ込んだ。


 そしてわしはドアの向こうから言葉にならない悲鳴が上がっていることに気づく。

 テイムした残りの魔物の猛る声かと思えるほど、獣性をむき出しにした、凡そ正気の人間とは思えない声が。


「お前が頭領とやらで間違いないか?」

「ひぅ…………!?」


 部屋に入って来たのは異形。

 迷宮の怪人を見慣れたわしでさえ、本能的な部分が拒否するほどの。


 人間より大きな体などどうでもいい。

 それが人に似た形をしていることに嫌悪が湧きあがる。

 同時に美しいローブも天の形象を纏う姿も凄みに感嘆すると同時に、あってはならないという忌避感が襲い、いっそ気持ち悪く吐き気を催した。


「また恐怖の状態異常か。やれやれ、人間とは会話するのも面倒だな」

「そう思うならあのペストマスクつければ?」


 後ろから顔を覗かせる女、こいつがテイマーか!?


 わしは状態異常という言葉から、必死に薬を取り出した。

 そしてすぐさま女に向けて呪毒という強力な毒効果のあるナイフを投げつける。

 かつて暗殺者として鍛えた腕は鈍っておらず、過たず女の胸にナイフがつき立った。


「あ…………」

「ベスさん!?」


 慌てて姿を現したもう一人も殺す。

 そう思った途端、呪毒のナイフがわしに向かって飛んで来た。

 慌てて回避するが追ってくる!?

 わしは立つ隙も与えられず、そのまま足を刻まれた。


 そう、刻まれた。

 まるで意思があるかのようにナイフが勝手にわしの足を斬りつけ続ける。

 そして虹色の光が室内を満たした。

 見れば、死ぬほどの重傷を与えた女が起き上がっている。


「え、何これ? あたし、死んだよね?」

「生き返らせたが問題があったか?」


 当たり前のように異形が語る。


「うわーん! 良かったです、ベスさん! ありがとうございます!」

「ひぇー、本当に生き返らせられるんだ。伝説の類かと。けど、いいの? そんな大事なものあたしに使って」

「なければ作ればいいだけだ。何より、私が選んで連れて来た。ならば、死なせるほうが損失だ」


 とんでもないことが目の前で繰り広げられている。

 そう認識すると同時に、己の勘違いに気づいた。

 人間が主で魔物が従、そう思っていた。


 だがテイマーというジョブは隔絶した強さの相手を従えることはできない。

 つまりこいつらが言うとおり、魔物が主で人間が従という異常な関係性なのだ。


「さて、私の予定を狂わせようとした貴様は、覚悟ができているのだろうな?」


 異形が目もない顔でわしを見すえる。

 腱が切れた足で逃げようとするが、その足掻きさえも異形は許さない。


「まだ逃げようと? では、その手足は縫い付けよう」


 そう言って何処からともなく禍々しくも美しい剣や槍、鋭利な先端を持つ杖などを出した。

 まるで価値などないと言わんばかりに、それらをわしの手や足を床に縫い止める杭代わりに使い投げうつ。


 いったい何が起きている? こんなはずではなかったのに!

 わしは『闇の彷徨』の頭領にしてこの世界を蔭から操れる力を手にしたはずだったのに!

 ありえない! ありえて堪るか! あぁ、神よ! わしを見捨てたもうたか!?


隔日更新

次回:迷宮の囚人

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ