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31話:愛玩の世界

 俺にはその地図に描かれている大陸は猫に見えた。

 前足をかがめて水を飲もうとしている猫に。


 目の前に広げられた地図は、東に広がる大陸から陸地が飛び出している形をしていた。

 ただ半島と呼ぶには面積が広く地形に富んでいる。

 北に延びる陸地はそのまま東にそって海岸線が消えて描かれていない。

 南に延びる陸地は猫のような地形の南部にさらに広がっている。


「ふむ、南とは内海を隔てているのか。つまり共和国という国の面する海はこれだな」


 南には猫の足に見える半島が二つ。

 西の頭から首に見える部分は、陸地がそこですぼまっているせいだろう。


(つまり俺たちのいる場所は猫の胴体の中央部だな)


 ゲームでここ、大地神の大陸は北の山脈以外海に面した地形だった。

 それが異世界転移したのも驚きだが、まさか陸の孤島状態になっていたとは。


 山脈のただなか、山々が折り重なった高い位置にあるらしい。

 これなら一見しただけでは外界からは見えないだろう。

 

(場所によっては山が一個増えてるのもわかるかもしれないけど、濃霧を纏わせておけば誤魔化しは効くか?)


 少なくとも山を下りた先、東にある王国の砦は、地形の変化に気づいていなかった。

 西には山脈が続いているし、南北には高い山。

 人間が気軽に出入りできる場所でもないようだし、守りの面は大丈夫だろう。


 そうなると次は限られた登山経路を先に押さえておくべきだ。

 俺がそう考えた時、不安そうなグランディオンの呟きが聞こえた。


「…………猫?」


 するとティダが猫の頭から耳に見える陸地の形を指でなぞる。


「ほら、目をすぼめて見たらわかるって」

「その西側が頭で、こう、背中があって…………尻尾に向かって伸びあがってる感じか」


 アルブムルナもわからなかったらしく、ティダの指摘で声を上げる。

 するとチェルヴァが尻尾部分を南の大陸のほうに描いて頷いた。


「あぁ、確かに。わたくしにはこっちが尻尾に見えるけれど」

「あら、すぐに大神のお考えがわからないなんてね」


 嘲笑って見せるスタファを気にせず、ヴェノスが俺のほうを向いて片手を胸に添える。


「感服いたしました。大神であられる故か目の付け所が違っておられる」

「となると、先ほどの恐怖で押すなというのに関係があるのでしょう?」


 ネフ、俺に聞くな。

 それ、お前らに自重してほしくて言った言葉なんだよ。


 全く伝わっていないことだけはわかる。


「どういうことです、父たる神よ?」


 お前も聞くんじゃない、イブ。

 せっかく話を変えたのに、そこに戻るのか。

 もうなんの話かうろ覚えなんだが。


 だいたいアラフォーになると嫌でも自分の衰え感じる頃なんだよ。

 物覚え悪くなったし、慢性的な凝りは取れなくなってるし。


「あ、あ! 見えました! 僕にも見えました、猫さん。頭を撫でてほしそうに見えます」

「あら、ほほ。世界がすでに愛玩動物だなんて。さすがは我が君。地図を見る以前からそうと目していらしたのね」


 チェルヴァが意味深に笑うと、スタファが悔しそうな顔をした。


「いったいさっきからなんなのです?」

「神よ、お考えをお伝えになったほうがよろしいのでは? スタファは司祭にして知者。必ずや御身の意に適う働きをするでしょう」


 紳士風のヴェノスまで敵に回った。

 これどうすればいいんだ?


(いや、待てよ。ここでスタファがわからないのは俺と一緒に外へ行ってたからだよな)


 なんで俺がわかってる扱いなのか言いたいことはあるけど、今はいい。


 つまりはまず、報告だ!


「いや、まだ情報が足りない。私がいなかった間の報告を聞こう。全てはそれからだ。お前たちもこうして新たな地図という情報があるのだ。思うところもあるだろう。順に、意見と共に報告せよ」


 どうだ!?


 俺がない心臓の走るような緊張感を内に秘めていると、ヴェノスがすぐに膝を折って答えた。


「かしこまりました。それではまず、大神に捧げられたこの土地を窺う不埒者を見つけた経路からご報告いたしましょう」


 んん!?

 なんか予想外の方向から別の問題ぶん投げられたぞ!


(え、ヴァン・クールたち帰っただろ? それとも戻って来たのか? 登山ルート押さえようと思ったら、すでに押さえられてた?)


 だがヴァン・クールが砦にも忠告して、すぐに王都に向かったのは確認済みだ。

 スライムハウンドの報告でも、砦には警備兵しかいないとあった。

 第三勢力だとすれば、俺たちがここに現れる以前からの土地の者か?


「あぁ、あの新手か。あ、そうか! つまり大神のお考えはそういうことか!」


 アルブムルナが勝手に納得する。


(いや、言えよ。教えてください)


 ティダがアルブムルナに聞こうと口を開くと、含み笑いと共に止められた。


「おやおや、早計はいけません。ここは大神の御指示に従うべきでしょう」


 おい、ネフ! 邪魔するな!


 なんて言えないし、ここはヴェノスに頼ろう。


「何処から現れた?」

「は、北から。山脈のうちに潜んでいた者が、砦の動きに気づき偵察をかけているのを確認いたしております」

「先に山脈に? しかも砦の動きってあの濃霧の中で? それはつまり、最初から砦を警戒する第三勢力がいたということ?」


 俺と同じで初耳のはずなのに、スタファが的確な推論を上げる。


 確かに最初から王国の砦をマークしてたなら、この速さでこの大地神の大陸を探るのはわかる。


「調べたところ、どうやら相手は周辺で目撃が噂される『血塗れ団』という宗教団体でした」


 ネフが気軽に言う。

 どうやって調べたのかも気になるが、なんだその邪教徒みたいな名前。


「なんか、悪魔とかに生贄捧げるために誘拐だとか死体の解体だとかして嫌われてるそうですよ」


 元気少女のようなティダがとんでもない犯罪行為を平然と口にする。

 それに拳を握って抗議したのはグランディオンだった。


「わ、悪い人たち、です!」

「生贄なんて大神に捧げるべきだよな!」

「いや、いらん」


 アルブムルナに素で返してしまった。


(そんなショック受けた顔するな、アルブムルナ。実際生贄なんて捧げられても俺困るし)


 するとチェルヴァが余裕綽々で顎を上げた。


「差し出されなければいけない生贄なんて、我が君はお望みでなくてよ。それよりも我らが神は自ら差し出す者を好むの」


 待て待て! 凄い誤解だ!


「い、今は、生贄を求めはしないし、差し出されても興味はない、というだけだ」

「あぁ、なるほど。目の前に興味を引く愛玩動物がいるならそうでございましょう」


 何かをスタファが納得してこっちも含みのある笑い方をし始めた。


「つまり煩わしいハエよね。父たる神よ! 不埒者どもの掃討をお命じください!」


 イブがやる気になって蝙蝠の羽根を広げる。

 元から侵入者避けの扱いだから、間違ってはいないんだが。


(これは触らないほうがいいんじゃないか? 人間と問題起こしても今のところリスクが計り知れない)


 リスク?

 いや、相手は犯罪者集団で隠れてるんだ。

 だったらいっそ、全員漏れなく始末すれば問題ないんじゃないか?

 生かしてこちらを探られるほうがリスクになるんじゃないか?


「相手の人数の把握は? いや、その者たちはどれだけこちらを探り当てた?」


 俺の質問にヴェノスがおおよそを答える。


「数は百人弱。地形の変化を見て一度退きました。そしてスタファの残した足跡を調査。その後近づきすぎた者を五人捕縛。処置を命じられておらず尋問は行いましたがまだ生かしてあります」

「なるほど。すでにあちらは気づいている、か」


 仲間がすでに五人消えているなら、入り込んでいなくても何かいるのはわかっているはずだ。


(だったらいいかな? グランディオンが言うとおり悪い奴だし、ここで探られても困るのは俺たちだ。だったら犯罪者が消えて困らない、どころか感謝されるかも知れないし? …………よし、やろう)


 俺は改めて揃っているエリアボスを見回す。

 すると何かを察したように随時膝をついて俺の前に控えた。


 これはそれらしいこと言わないといけないか。


「では、命じる。『血塗れ団』なる邪教の徒を一人残らず把握せよ。そして誰一人として帰すな。だが、手段は選ぶように」

「手段、ですか?」


 すでに一回やらかしたティダが不安そうに聞き返す。


「そうだ。人の反応というものを見たい。ただ殺すのではなく、本来この地に仕掛けられた罠を以て引き込み、殺せ」

「では、生き残った勇者には褒美を?」


 チェルヴァが嫌そうにする。


 けどゲームでは宝石の街に招き入れるのは勇者だからであり、神へ捧げるにふさわしい生贄だからだ。

 すでに生贄はいらないと言ったし、これどう答えたら正解だ?


 そこにネフが声を上げた。


「女神よ、褒美などいらないでしょう。その者たちはすでに大神以外を奉じる蒙昧の徒」


 何故か全員納得したし、まぁ、いいか。


「では私の砦から入れていきますか?」

「いや、イブ。そこは取っておきにしよう。適当なところでまとめて地下に転移させる。ティダ、お前の役目は間引きだ。上手く分断し、ほどよい数を罠へと振り分けるのだ」

「はい! 必ずや!」


 イブはとっておきと繰り返しているばかりで、俺の采配に文句はないらしい。


「アルブムルナは船団で監視。危険と判断した者を船に連れ去り間引け」

「ってことは数で押すんですね。わかりました!」

「チェルヴァ、お前たちの城に招く必要はない。この城まででいい。故に、人間に関わりたくないのなら」

「いいえ、我が君。ここはわたくしが受け持ちましょう」

「私の城よ!?」

「スタファ、今回は譲るべきだ」

「えぇ、あなた一人大神と漫遊したばかりではありませんか」


 ヴェノスとネフにまで言われて、スタファは黙るしかない。


 なんか改めて力関係というか、性格の見える一幕だった。


毎日更新

次回:ブラッドリィ

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