303話:地下の蹂躙
モグラと呼ばれるエネミーがいる。
地属性のドラゴンで、地面の下から現れて攻撃することからそう呼ばれた。
この世界ではプレイヤーが漏らしただろうその愛称が定着している。
それでも初級ダンジョンではラスボスのため、この世界の人間からは災害に等しいと言われてるとか。
そして初級ボスによくある、後から行けるダンジョンで雑魚化する現象。
モグラもその憂き目に遭っていた。
このルービクの地下にあるのは、中ボスが雑魚よろしくぽこぽこ出て来るエリア。
こここそラスボスだったモグラが中ボスレベルとして、雑魚化するダンジョンでもある。
「あ、あいつ! クリムゾンヴァンパイアと戦ってたの邪魔してきた奴!」
「ここで会ったが百年目! あの時のように見逃してやらねぇからな!」
俺たちも進むうちにモグラを発見したが、以前はレジスタンスの人間たちを庇うために戦えなかったティダとアルブムルナが勇んで飛び出す。
もちろん初級ボスなので、ティダの槌による連撃と、アルブムルナの雨のような魔法で即撃沈。
一撃で倒すには強いエネミーが集まっているんだが、最終ダンジョンとも言える神の大陸に属するエリアボスたちの敵ではない。
「やはり一人ずつ順番にしたほうが平等かもしれないな」
「また出遅れましたー」
「あなたたち! 少しは譲りなさいよ!」
ヴェノスとグランディオンが嘆く。
イブが羽を忙しなく動かしながら注意する姿に、チェルヴァは距離を取って後方で軽やかに笑った。
「ほほほ、神の露払いは任せて差し上げるわ」
「真面目にやってちょうだい。蟻の巣のような場所で地図を作るのも面倒なのだから」
「神が記憶されている構造と違うのは、どうもあの土を掘るエネミーのせいですね」
地図作りするスタファに、戦う気もなければ能力もないネフが続く。
そうこのエリア、俺が記憶しているよりも広くなっていた。
しかもダンジョンの背景と同じところと、ただの土を掘っただけのエリアがある。
俺の知らない場所がある理由は、ネフが言うとおり地面を掘って進むエネミーがいたからのようだ。
もしかしたら探せば何処か地表に続いているところもあるのかもしれない。
(思えば帝国でモグラに出会ったが、ここは帝国と小王国の国境近くだな。穴掘って迷い出た可能性もあるわけだ)
俺たちはともかく踏破するために先を急いだ。
と言っても楽しみつつ、それでもレア確定のアンの力は頼らずに。
予想外の状況なのでリスクよりも確実に倒すことを選んだ形だ。
見てわかる拡張した先は覗いて敵がいたら倒し、確認のみで先へ進む。
本来の通路にはエネミーは出ないはずが、穴でエネミーの出る部屋と繋がってしまっているため何処でも現れる状態になっていた。
つまり、背後からさえエネミーが襲う可能性があるので、ひとところに留まっていては危険だ。
「アン、ベステア。お前たちも無理して素材を拾う必要はないぞ」
「でもなんだか勿体ないんです。探索者としてはこんな貴重な素材を捨てるのは…………」
「倒すこと優先で素材の保全は無視してるにしても、やっぱりあるとねぇ」
アンは倒されたモグラから無事な鱗を見つけて剥ぎ取り、ベステアは小型ののこぎりで爪を切り取っている。
「っていうか、顔見れないし」
「下向いてるほうが安心ですもんね」
よくわからないことを言い合うが、作業に勤しむ姿は逞しいものだ。
このエリアに入って最初はフェアリーガーデンの時のように叫んでいたのに、エリアボスたちが率先して戦うので危険がないとわかり俺の後ろに隠れることをやめている。
まぁ、エリアボスのお蔭で俺もやることがなくてちょっと不満だ。
(けど俺が本気出せないように、たぶんこいつらも鬱憤溜まってたのかもしれないし。だとしたらここは一度黙ってダンジョン攻略した俺よりもエリアボスたちに回すほうがいいよな)
ここは俺が大人になろう。
そう思ってスタファやネフと一緒に地図作製をする。
もちろんマップ化で大まかな情報は教えていたんだが、異変が起きた。
「うん? ボスの動きが変わった?」
「如何されましたか、神よ?」
俺が足を止めると、スタファがすぐさま地図を描くペンから杖に持ち替えて聞く。
俺は他の者たちも呼んで進むのを止めさせた。
もう一度マップ化で確認すると、うろうろと周回していた中ボスたちが一カ所に向けて進みだしている。
(元の動きは戦闘区画で止まってるか、横穴含むルートをずっと回ってるだけだったのに)
その動きはゲームのプログラムに似て、一定範囲に入ると敵を認識して攻撃のため一直線に動き出す。
そうでなければ縄張りを巡るように決まったルートを動く。
それはエリアが勝手に拡張しても変わらなかった。
(他にも人型の中ボスがいないって変化もあるが)
ここには初級ダンジョンのボスや序盤イベントのボスがおり、その中には人型もいる。
魔物を使役する魔法使いや、中身のない鎧騎士、サキュバスなどだ。
「ここから三つ先のエリアにエネミーたちが意志を持って集まっているようだ」
「え、トーマスさんって預言ができるんですか!?」
「いや、そう言えば神さま自身なんだからわかっても、当たり前?」
アンとベステアがおかしなことを言い出した。
確かに預言は神のお告げのことだが、俺はそんなんじゃない。
「ただ見えるだけのことを語っているに過ぎないぞ」
「それが神さまなんじゃないんですか?」
「これもやっぱりトーマスにしかわからない当たり前の感覚で、周りにはわからないってやつでしょ」
「そう言われればそうだが…………そういうものか?」
アンとベステアは俺に対して普通に喋るが、顔を上げないのは首が疲れるからか?
「ふむ、ともかくこのダンジョンの権限者が、こちらの動きを監視した末、妨害に動いたと見るべきだろう」
「ずいぶん悠長ですわね」
チェルヴァが嘲笑混じりに言う。
「それだけ、私たちを軽んじた結果でしょう」
「そうですね、こうして手が打てるのに遅きに失するとは」
スタファとネフも敵の動きが悪手だと思っているらしい。
「あぁ、そうか。しょっぱなやってるほうがまだ虚をつけたのにな」
「うーん、ここらでそろそろ疲れて来たんじゃないかとか思ってたりは?」
活用すべきタイミングを語るアルブムルナに、ティダが今やる利点を考える。
「本当にこちらを監視しているなら、楽観的過ぎるわよ」
「けど部屋そんなに広くないし、いっぱいいると困るよ」
やはり遅いというイブに、グランディオンは倒すことを前提で言う。
「いかがいたしましょう、神よ」
ヴェノスが俺に水を向けて来た。
マップ化の中では、すでに結構な数が集まり、向こうも室内に入り切らず周囲の横穴に潜んでいるものもいる。
「後ろも押さえて圧殺するつもりかもしれない。時間を与えるだけ面倒だな」
敵ではないが、数は力だ。
怪我を負うこともあるかもしれない。
それに俺たちは平気でも、アンとベステアは相変わらずこちらの人間の特性なのか防御が弱すぎる。
(いや、逆か。本来は防御に見合った攻撃力しかなかった。ところがゲームの物品が広まってる。だから攻撃力が突出している奴がいると言うほうがいいのか)
防御にも使ってるんだろうが、結局俺には意味がないから実感がない分、目に見える防御の弱さが気になるんだろう。
「逃げられないとはいえ、時間を与える必要もないだろう。私がまず魔法を放って敵の第一陣を殲滅。続く第二が部屋に現れたら様子を見つつ距離を取って魔法で弾幕を作れ。廊下から動かず、背後は確実に一体ずつ倒せばいい」
廊下は狭くないが敵が数に物を言わせるほどの広さはない。
同時にその廊下にある横穴は二つで、扉前にあるわけでもないため焦る必要はないはずだ。
必要ならもう一度扉の中を殲滅してもいい。
強力な魔法にはクールタイムがあるが、属性は八つあるので八回は撃てる。
それで殲滅できなければ走りすぎて敵を置いていくことも考えよう。
(さすがに敵側もリポップの時間があるだろうしな。数と言っても限度がある)
皮算用しながら、敵がひしめく扉の前に立った。
「では、手はず通りに」
俺は声をかけて扉を開く。
同時に魔法を放つつもりだった。
だが待ち構えていた敵から先制を受けてしまう。
しかも今までいなかった人型のエネミーで、この裏面に出て来る最も強いレア。
牛御前という女版ミノタウロスのエネミーだ。
固有スキルで胸にある玉から極光が放たれていた。
正面にいた俺は、使用制限はあるが強力なスキル攻撃を受ける。
だがそれは、大地神固有の反撃能力を招くだけだった。
「これは手間が省けたか?」
牛御前はカウンターによる雷に貫かれすでに倒れている。
しかも貫通効果で後ろも一緒に吹き飛んだ。
だがエネミーたちも攻撃の打ち合わせをしていたようで、牛御前の後には生きているエネミーたちが俺に遠距離攻撃で弾幕を張る。
その度にカウンターが発動して雷と炎が宙を走るが、一度放った魔法は取り消せない。
地下の一室はとんでもない蹂躙の場と化してしまった。
「とは言え、せっかく用意しておいたのだ。一発くらい魔法を返しておこう」
俺は勿体ない精神から、魔法を一つ室内に放り込んだ。
「第八魔法焼滅破槍」
使ったのは炎の魔法で、長大な槍を作るもの。
これの利点は投げられる長距離攻撃と、着弾後の爆発による範囲攻撃を両立している点だ。
俺のカウンターが届かなかったエネミーたちのただなかに炎の槍が飛ぶ。
広くもないので部屋の半分が波のように広がる爆炎に包まれた。
「…………トーマスって、世界滅ぼせるんじゃ?」
背後でベステアがそんなことを呟く。
「滅ぼす? そんなことをしてなんになる?」
「そう言ってくれるトーマスさんで良かったですぅ」
肩越しに見れば、アンは涙さえ浮かべてガクガクと震えるように、何度も頷いていた。
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