302話:異界の門
敗者の手記は、二百年ほど前に現れたプレイヤーのものだった。
どうやら爆弾で場外に吹き飛ばされ、そのまま敗者としてゲームのエリアに戻れずにいたらしい。
次のプレイヤーが現われなければゲームは再開されないため、場外で誰にも見つけられず力尽きた者のようだ。
(やっぱり俺がこの世界に来たのはイレギュラーか)
まずプレイヤーは異界の門と呼ばれる場所に現れる。
中には攻略中だったダンジョンと共に世界の何処かに現れることもあるとか。
この時、異界の門にはフィールドエネミーも一緒に現れるそうだ。
なのでしょっぱな、異界の門では戦闘が繰り広げられる。
一定時間がすぎないと、この世界の者は異界の門に近づけないらしく、戦闘で傷を追う者、我勝ちに逃げる者、居残って戦う者など行動が別れてしまうとか。
間に合えば神聖連邦の者が助けに現れ、衣食住を保証し、かつてのプレイヤーが遺した情報もくれる。
ただし絶対条件があった。
それは異界の門から逃げたエネミーやプレイヤーの討伐と、世界の何処かに現れただろうダンジョンの対処による世界平和への貢献だ。
(これで言えば俺はダンジョン攻略中のプレイヤー。だが、エネミーになってるのがおかしい。それに時期が違う)
やはりこの敗者となったプレイヤーも、二百年から百年の間に異界の門が開くことでプレイヤーやエネミーが現れると書いている。
そう神聖連邦も記録していると。
つまり以前から五十年の時点で転移した俺たちはその記録とは違い、同時にこれだけ情報を集めて俺たちと同時期に現れた者の噂はない。
「えっと、トーマス? それ、そんなに重要? まずここ抜けない?」
ベステアは隣のアンと一緒に荷物を持った状態で俺に声をかけて来た。
「む、そうだな。私はこれを解読するが、ここのやり方はわかったか? 正しい道を選んで進めば今度は広い場所へ抜ける」
「お任せください!」
ティダがやる気の声をあげると、アルブムルナも勇んで先を進む。
「近接より魔法職のほうが有利なら俺の出番だ」
「ぼ、僕も神のお役に立ちたいのにぃ」
グランディオンもやる気はあるようだが、ただ他の大人なエリアボスは淡々としていた。
「わたくしはわざわざやることもありませんわね」
「私も近接だからね、ここは適材適所だろう」
「そも、それがしに対処の術はないようですから無理でしょう」
「となると、私が弓を使うくらいかしら」
そして静かなイブはキラキラした目で俺を見あげてきている。
「なんだ?」
「トーマスさん、その紙が大事なら拾ったこちらの方褒めてあげたらどうです?」
アンが俺の側から歩きすぎるついでのように言うと、イブが鋭く睨む。
「そうだな、失念していた。イブ、よくやった。これは興味深い内容だ」
「は、え、べ、べつに父たる神のために見つけたわけではないけれど、そ、そう言われるなら、良かった、わ」
噛み噛みで顔は赤いが、これは指摘しないほうがいいか?
うん、気になる内容に集中しよう。
俺は読みながら移動した。
こういう時は足のないグランドレイスで楽だな。
躓くことがないし、ぶつかっても痛くない。
(なるほど、ここを拠点化したプレイヤーは見つけたんじゃない。最初から中にいたのか)
双子の金級探索者の話から、見つけたのだと思っていたが順番が違うようだ。
そのプレイヤーは最初からこのダンジョンにいて、攻略し、拠点化。
だから神聖連邦にも見つからないまま、気づかれた時にはすでに拠点化して守りは万全の引きこもりになっていた。
この手記の持ち主は異界の門から神聖連邦に移り、そこで他のプレイヤー共々戦うことを課された者。
だがゲームならまだしも、元の性格的に争いを好まない者だったようで、戦うことが嫌になったと書いてある。
(前衛職だったのも合わなかったんだな。あまり頭を使うやり方をしないようだ)
レベルや使えるアーツなど戦歴がいくらか覚書として書かれてもいた。
構成はあってないようなもので、覚えられるものを脳死で覚えて行ったようだ。
ジョブも初期の剣士を適当に上げて、次に目の行った槍士、ついでに魔法もという気ままなプレイ。
正直器用貧乏の典型になってるな。
レベルのごり押しができない状況だと、アイテム頼みだったがそのアイテムも枯渇。
神聖連邦ではアイテムは供出させられ、武器や装備も予備や作戦上取り回す物以外は供出しなければならないそうだ。
そうして集められた物は、神聖連邦に所属する他のプレイヤーへ回したり、一緒に戦う現地人に回したりとやりくりされると。
(自分たちの物を取り上げられることを不満に思うプレイヤー、自分こそが花形だと勝手をするプレイヤー、異世界に怯えて戦いを放棄するプレイヤー、理詰めでなんの足しにもならない議論ばかりぶるプレイヤー…………とんでもないな)
最初は情報整理で書かれていた神聖連邦の内情は、けれど途中とちゅうに挟まれる愚痴が、かつての運営として頭が痛くなる思いを想起させた。
俺自身はしがないシナリオライターだが、仕事の付き合いで何度となく困ったちゃんの話は聞いている。
画面越しではない生の人間の勝手さにこの敗者は疲れた。
同時に自分たちを戦わせる神聖連邦に懐疑を抱く。
そして、他にも疑った者たちがおり、そちらは確証を得てこのプレイヤーに伝えた。
(異界の門を開いたのは、何千年か前のこの世界の人間? しかも、門を閉める鍵を紛失してどうしようもなくなった?)
敗者の手記にはその事実を知って憤る思いが書かれている。
プレイヤーの中には、自分たちの世界から出た者が迷惑をかけることを理由に頑張る者もいたが、実態はこの世界の人間自らが招いて収集がつかなくなっただけ。
その上でやって来たプレイヤーたちを戦わせているらしい。
そうと知ったこのプレイヤーは神聖連邦を見限った。
敵にはならないという書き置きで保身をしつつ、このルービクへ単身出奔。
(まぁ、だからって歓迎されるわけもないだろ)
俺が予想するとおり、後のページではこのルービクを拠点化したプレイヤーに対する悪口雑言が連なっていた。
誰も受け入れないのは、エネミーもプレイヤーも同じ扱いが一貫しているというのに。
その上で話せば通じると思い込んで突撃したこの敗者はあほだ。
最初からその気があるなら籠らないだろうに。
(俺だって同じようなことしたしな。逆にいきなり来て仲間に入れろって、怪しすぎるだろ。プレイスタイルもそうだが、先のことを考えない奴だな)
結果、この敗者は表面を走破したところで地下に落とされた。
レベルマはしていたので死なず、それでも怪我をして、やはり冒険の書には不平不満ばかりなので飛ばす。
手に入れた情報を渡さないとか、自分の価値を下げるだけのことまで。
何よりここから出られないまま終わっている相手だ。
もっと鍛えていたら、もっと考えていたら、もっと慎重であったら。
そう俺が思うだけ、もはや無駄だ。
(何より…………そんな後悔、俺はしたくない)
最後のほうは泣き言ばかりだった。
なんで、どうしてと自分の甘い考えこそが絶対だと思い込んだ見苦しい言葉。
そして出て来る高校という文字に、俺は溜め息を禁じえなかった。
どうやらこの敗者は未成年者だったようだ。
(あほは言いすぎだったかな。…………ともかく、収穫はあった)
俺は冒険の書を閉じて考えを整理する。
(異界の門が転移の原因。そしてそれが開いているのはこの世界の人間のせい。つまりは、この世界の人間によって、プレイヤーは誘拐されたも同然だ)
どんな理由があったか、どんな事情があったかなど必要はない。
異界からプレイヤーを呼び出した上で、戦わせている。
そんな実態を神聖連邦は赤裸々に言うか?
いや、言うわけがない。
すでに言わずに戦わせて問題が出ている。
こんな状況でさらに反感を呼ぶだけの昔の情報など言っても悪化しか招かない。
(だからこそこちらに利がある)
伏された情報、しかも神聖連邦側に不利になるものだ。
あえて隠していたことを今生き残っているプレイヤーが知らないなら?
(さて、どんな隠し玉があるかわからないから警戒していたが。これはいい情報を遺してくれた)
今さら俺はどうしてここになんて気にしない。
終わった夢の続きを見ている。
そう思うことにしている。
だからNPCたちが望むなら大地神であろう。
エリアボスたちが活躍の場が欲しいというなら、プレイヤーを招いてゲームのまねごとをしよう。
(その上で、守るための対策を取る。この情報は神聖連邦の喉元に迫れるナイフだ)
いざとなれば内部争いを招くことができるだろう。
残るプレイヤーが知っていたとしても、俺が知っている理由がわからない。
つまり、内側に俺に情報を流した者がいると錯誤し勝手に混乱するはずだ。
「連環の計、か」
なんだかその言葉を言えることが楽しくなる。
三国志で有名な兵法で、強大な相手には複数策を弄せという内容だ。
同時にあいての強大さ故に自滅するよう内部に問題を抱えさせろというもの。
「まぁ、我が君。いったいなんの計略をお考えで?」
「チェルヴァ…………私の首にぶら下がっていては動きにくいだろう。まずは降りなさい。ここから先が本番だ」
俺はレベルに物を言わせた跳躍で縋りつくチェルヴァを降ろして注意をする。
俺たちはミニゲームエリアを抜けて、棒状のモニュメントがある広場へ辿り着いていた。
「ここからは通路と強力なエネミーが待ち受ける小部屋が連なる、連続中ボス戦だ。取るルートによってはアサシンジョブの者が奇襲をすることで一撃殺も可能だが…………私はあえて正面から突破する」
「それでこそ大神でございます」
チェルヴァは上機嫌に賛同するが、理由はもっと別にある。
それは、絶対レアエネミーが確定するギフト持ちがいるからだ!
強い相手だからこそ全力ぶっぱで爽快感を得て、その後のレアドロップもうはうは!
「ふふ、ここからは少しは楽しめるだろう」
俺の言葉にチェルヴァは歓喜の声を上げ、アンとベステアが抱き合って震え上がっていた。
隔日更新
次回:地下の蹂躙