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301話:白き巨人

他視点

 私が姿のよく似た種族を小人と呼ぶように、彼らは私を巨人と呼ぶ。

 私も小人が繁栄するこの地で生まれ育ったため、この地の外のことはよく知らない。

 それでも私たちと同じくらいの大きさを持つ生き物が複数存在することは知っている。

 南の海を渡った先にいるライカンスロープも、この北岸のライカンスロープよりも大柄だと聞いた覚えもあった。

 故に人間を自称する彼らは、やはり小人なのだろう。


「貧者に与するいわれなどない。人間の存亡など些事であろう」


 この地に残った数少ない同胞が、近ごろの情勢を聞いて吐き捨てた。

 黒い肌に厚い皮膚を持つ、堅牢の巨人と呼ばれる者だ。


 人間が私たちの特徴から取った呼び名を、我々も使っている。

 我々は自らに与えられた名前は、家族にしか明かさないという習わしがあるからだ。

 そのため普段使うのはとおり名で、私も白き方と呼ばれていたため、白いのと呼ばれる。


「ふぅむ、人間の強みであった預言の力が衰えたとなれば、もはや先は長くないだろう」


 悩ましげに眉間を険しくするは青い瞳の同胞で、博愛の巨人と呼ばれる。

 かつて異界の悪魔さえ説き伏せて引き入れた逸話からそうあだ名された。

 実際は単に異界での対立を引き摺り、今さら手を取れないと距離を取っていたプレイヤー同士を近づけただけの話だが。

 リア友、三角関係、恋敵と色んな単語をプレイヤーは言っていたが、大した溝ではなかったように記憶している。


「いえ、問題はもっと深刻でしょう。仲間が殺されているのですよ」


 金色の髪の同胞が怒りすら浮かべて、堅牢のを睨む。

 その髪色から金色こんじきの巨人と呼ばれていた。


 我々は七人いたが、今は五人に減っている。

 公国にいた同胞と西の山脈にいた同胞がいないからだ。

 状況からして死んでいるが、どちらも死体がない状態で犯人の目星すらつかなかった。


「白いのや、異界の者はなんと言っている?」


 私に問うのは最年長の巨人。

 かつて緑色だったという瞳はもう老いて白濁し、めしいたも同然になっている。

 そのためここ二百年で、もうの巨人と呼ばれた。


 わざわざ聞くということは知っているのだ。

 竜人多頭国から届いた報せを。


「異界を牛耳った四大神、その一柱である大地神がすでに顕現していると。聖蛇が直接会ったということだ」


 私の言葉に盲の以外が息を呑んだ。

 神の顕現は最も恐れていたこと。

 それが現実となったのだから、それぞれ怯えを隠そうと目を伏せる様子を私も見ないふりをする。


「いつだ、いや…………聖蛇? つまりあちらの予言の力はそのままか?」


 堅牢のが気づいた様子で言った。


「そうらしいが、預言できない理由もわかった。神は予言には現れないそうだ」


 竜人多頭国の追加の使者は、預言者である七徳の純潔あてに手紙も持参していた。

 書かれた文字は異界のもので日本語といい、異界から現れる者はプレイヤーもエネミーもすべてが使えた共通言語だ。

 神聖連邦の七徳は必修の文字でもある。


 そこには神という強大な存在を、視認する直前まで察知できなかったことが書かれていた。

 神と会うことで神自身が見えないことを悟り、神と将来関わるだろう者の未来を見ることで神の動きを少ないながら得られることを教えて来たのだ。


「何故、そこまで詳しく?」


 金色のが警戒ぎみであるのは、相手はエネミーだからだ。

 この世界にいなかったはずの者であり、前回の戦いでは保身に走って協力を拒んだ者でもある。

 いやに協力的な情報提供に裏を疑うのはわかる。


「もちろん向こうもそれを予知したろう。理由も書かれていた。…………神をいたずらに刺激しないためだそうだ」


 書かれていたのは神が異界と同じように、そこに生きる者を戦わせて遊ぼうとしていること。

 そのためにはこの世界の生き物は弱すぎるため、強くなる猶予を与えるだろうと。


「なんて、ふざけた理由だろう。あぁ、プレイヤーたちの言うことは真実だった」


 博愛のが嘆き声を上げる。

 私も、神とはそんな存在だとは聞いていた。

 今まで協力し、時には敵対したプレイヤーから、異界の神とはそういう者だと。


 かつて神聖連邦ができる前、救世教が立ち上がったころ、私たちに協力したプレイヤーは言った。

 神もまた、上位存在によって生み出された者であると。

 現われたならばその上位存在によって植え付けられた行動を踏襲するかもしれないと。


「さて、大地神はどう動くものか。少なくともこの五十年動かなかった」


 盲のが、老いているからこそ冷静に状況を言葉にする。

 神の未来が見えなかったなら、予知できる二人が無反応だったのもわかる。

 そしてほぼ同じ予兆を一年前にしていることも聖蛇からの手紙でわかった。

 つまり動き出したのは一年前であり、五十年何をしていたのかは不明だ。


「異界の踏襲であれば待っていたのではないかとプレイヤーたちは言っていた。そして待ちきれなくなった。それが、この一年の動きだろうと」


 私の言葉に沈黙が落ちる。

 この一年の激動は、次の戦いに備えていた人間たちの思惑をことごとく覆していた。


「たった一年でこれとは…………神と呼ばれるだけの超常の存在か」


 金色のが悔しげに言うとおり、とんでもない相手だ。

 私たちの祖先もかつては神と呼ばれたし、公国にいた信仰のはそれこそ今も神だった。


 だが死んだ。

 異界の神に殺された可能性が高く、少なくとも小人には無理なことだ。

 人間に類する大きさの異界の悪魔にも無理であり、ドラゴンのように大きな者が移動すれば嫌でもわかる。

 そう考えればやはり可能なのは、聖蛇の眼前にこつ然と現れた大地神のみ。


「わしは、戦えん」


 盲のが静かに告げた。


「ではなんのためにやって来たというのです? 時が来れば一度だけ協力をし合うという約定でしょう。その名目で我々は今日こうして集まったのでは?」


 責めるようだが、金色のが言うとおりだ。

 私たちはそう約束を交わした。

 だが堅牢のも腕を組んで大いに頷く。


「ふん、元はと言えば小人の不始末。俺たちが手を貸してやる必要など」

「戦わんとは言うておらん、戦えぬというたのだ。わしよりも若く戦意も高い二人がやられた。ならば、わしがいたところで邪魔にしかならんだろう。もしくは、わしを捨て石にする覚悟があるか?」


 言われて私たちは詰まる。

 確かに高齢でもう目も利かなくなっている方だ。

 庇うだけこちらが不利になる。


 本当に戦場に立たせるなら、勝利に寄与する使い方は敵の目を引くための的にするしかない。

 だが同朋をそんなことには使えない、そんな矜持のないことなどできはしない。


「俺はお断りだ。自分の身は自分で守る。俺のねぐらに近づくならお前たちでも追い払う」


 堅牢のが敵対的な態度を取る中、博愛のも頷いた。


「私も、今回は地上には、出ません」

「何故です!?」

「落ち着け、金色の」


 憤慨する同胞を制して、私は博愛のの言葉の続きを待つ。


「私も、足を引っ張る。何よりもう、人間を守るという意欲が…………ないのです。彼らは我々にいったい何をしてくれたと? 必要な時にだけ縋り、けれどこちらの危機には何一つ寄与しない。このような関係は、ただの依存ではありませんか」


 博愛のが言う危機とは、信仰のが倒された時のことだろう。

 仲間を思う故に、側にいた人間たちが誰一人として加勢をしなかった事実がしこりとなっている。


「できれば、あなたにも手を引いてほしい、白の」


 博愛のが、私を名指ししたのは一番人間と付き合いがあるからだ。

 それぞれかつては交流があったが、それも時と共に途絶え、煩わしさばかりが増えた。

 そんな中で人に近い者が殺され、犯人もわからなければ人間たちは自らの策謀にばかり執心している。

 今になって強敵が現われたから協力と言われても、確かにむしのいい話だ。


「博愛のの言い分もわかる。だが、結局はここで足並みを揃えなければ降りかかる脅威は払えない」


 説得するが反応は鈍い。


「もう潮時かもしれないと思うのです」

「わしは残り少ない時間でお前たちの邪魔はせぬよ」

「ふん、自らの手でどうにもできなければ諦めろ」


 後ろ向きな言葉を投げかけられても、私は否定できない。

 強気に言い放つ堅牢も、結局は生き延びること、この地を守ることを諦めている。

 それほどに、異界から来る者たちに脅かされ続けた。

 しかもそれが我々の落ち度ではないというのだから、業腹なことこの上ない。

 今の人間たちに悪感情を抱くほどではないが、私が生まれる前の人間たちには、危機が舞い込むたびに怨みが募っている。


 今までもここの全員が、神使という強敵を前に運よく生き残っただけだとわかっている。

 だからこそ、その上を行くとプレイヤーが明言した神の降臨にもう戦う気力も尽きた。


「だからこそ、最期まで誇りを維持せずしてどうするのです!」


 金色は胸を張って声を上げた。

 その姿が、もしかしたら一番痛々しいのかもしれない。


 私は人と結んで抵抗し続けることを選んだ。

 それは死んで行った者たちの踏襲でしかなく、人間に対するいくばくかの情だ。

 だが、この金色のは違う。


「死にざますら選べないなんて私は認めません! 戦士として生まれたからには戦士として戦場に斃れる。それ以外に道はないのです!」


 強気だが、これも虚勢だ。

 もう、次の脅威に備え怯え耐えるのが嫌なのだろう。


 同胞を容易く屠った相手に勝機も少ないならば、いっそ容易く死ねるだろうと。

 戦士として自死など誇りのないことはできないからこそ、勝てない戦場へ出向く。

 そんな心情を想像できたのは私だけではなかったようだ。


「わしは、長く生き過ぎたかもしれんな」


 盲のがぽつりと寂しげに呟いた。

 誰も金色の虚勢を感じていながら指摘はしない。

 それこそ戦士の矜持を慮ってのことだ。


「金色の、伴に立つと言ってくれたその誇りに感謝を」


 礼を言うが、ここに流れる空気はもはや強敵に挑む高揚とはかけ離れた乾き具合だった。


隔日更新

次回:異界の門

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