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300話:敗者の手記

 迷宮の裏面は、思いの外仕様が変わって面倒になっていた。

 広い場所に出てようやくと思いきや、勝ち残り戦の先に、はぐれたイブが紛れ込む始末だ。


「何してるの、イブ!」

「勝手に先行くなよ!」


 声の方向を見れば、高い位置にティダとアルブムルナの姿があった。

 エリアを見下ろせる上階は透明な壁で塞がれてはいるが、こちらを見ることのできる位置。

 どうやらここは入れるらしいが、もしかしたら、前のエリアもどこかに全体を見られるところがあったのかもしれない。


(俺の見落としだし、やっぱりNPCのほうが地の頭いいんだろうな。すぐにあんな場所見つけられるなんて。…………うん、これはまずいな?)


 エリアボスたちが見てる中で失敗なんてできない。

 だいたい初見で頑張ってるあいつらの中で、既知の俺がどうにもできないなんてことになればこの先の攻略も危ないことになる。


「ここは勝ち残りと聞いたのだが、イブ?」

「神と同じ場にいますね、あなた」

「え!? それって、今から神と戦うことになるんですか!?」

「なんで!?」


 ヴェノスとネフが状況を教えると、グランディオンのほうが耳を立てて驚く。

 もちろんイブも予想外らしく声を高くした。


 俺がした説明をエリアボスたちが上から告げると、状況を理解してイブも戦く。


「だからここ、何処へ飛んでも抜け出せないの!? 私が勝ち抜いてないから?」


 どうやら前のエリアと同じく飛んで抜けようとしていたらしい。

 けれど移動したはずが同じ場所に出ることを繰り返したそうだ。

 そうして俺がやって来た。


 珍しく俺を普通に呼んだと思ったら、迷って抜け出せず知り合いを見つけた安堵で素直だったということのようだ。


(助けてやりたいが、すでに扉は閉まってるな。勝ちぬかないと開かないし、どうしたものか)


 考える暇もくれずに開始の合図がエリアに鳴り響いた。

 これは考え込んで立ち尽くすほうが危ない。


「イブ! とにかく攻撃を受けるな! 逃げることを優先しろ!」

「は、はい!」


 俺の忠告に、イブは低い壁に塞がれた進路を開くべく攻撃を開始。

 すでに敵は動き出しており、逃げなければ爆弾の餌食にされる。


 アンテナともちょんまげともつかない頭の形をしたエネミーはゴーレム。

 俺は今二撃でやられる程度の強さだが、それは相手も同じだ。

 元祖のゲームよろしく倒すとアイテムを落とすんだが、今は気にしていられない。


「私の側には寄るな! 巻き添えになる!」

「は、はい!」


 ともかく邪魔なゴーレムから始末しなければ解決策を探ることさえできない。


 俺は走り回って攻撃を避けることに集中する。

 身長が高いから壁の向こうの敵の動きは丸見えだ。

 こっちのエリアは逆に現実になったからこその有利が働いていた。


「まずは一体」


 俺は壁の向こうを走る小柄なゴーレムの進行方向に魔法を放った。

 続けざまに地雷の如く触れてから発動する魔法も放り込む。


 二撃で倒されるゲームの特性で、一度は攻撃を受けても操作不能で動けないが、その時にはどんな攻撃も受け付けない無敵状態だ。

 だが動けないところに魔法を設置されると、操作の復活と共に接触判定が有効になり爆発が起き、逃げ場のない罠と化す。


「あぁん、さすが我が君! 最少の手で敵を排除なさるだなんて!」


 チェルヴァの黄色い声に軽く手を上げて応えるが、ここからが難題だ。


(どう見てもあれは色違いのレアゴーレム! 通称金ぴか!)


 さっさと倒したほうが白地に青のノーマル型エネミーだが、残っているのは全体金メッキのような姿のゴーレムで、こいつがレアだ。

 アンに扉を開けさせたせいなんだが、今は面倒な敵でしかない。


 こいつ爆裂鋼の塊という爆発物を大量に落とす。

 これが地味に飛び道具系の武器の生成に必要な素材で、効率重視なプレイヤーはここで金ぴか探しをするほどだ。


(くっそ! こんな状況じゃなきゃ喜んだのに!)


 レアエネミーであるこいつは特殊能力を持っている。

 他は二撃なのにこいつは三撃必要で、当たり判定も小さい。

 さらには死ぬとき自身が爆弾になって、周囲を巻き添えにする。

 場合によっては四者ともに死亡でドローゲームにされることもあった。


 俺はイブが確実に離れた時を見計らって、あえて金ぴかの正面に立つ。

 同時に速度重視で雷の魔法を放った。

 危うく避けられかけたが操作不能に陥らせ、いつもならそこにさらに魔法と必中の飛び道具でも交える。


「だが、今回はその必要もないことを失念していた。もう少し落ち着かなければな」


 放ったのはレベル一の炎の魔法。

 本来ならこんなレベルで倒せるわけないんだが、俺は今神だ。

 プレイヤーでは一撃のところを、今の俺が放てば本来一つの火球しか飛ばない魔法も、周囲に五つの火球を付随させて飛ぶので当たり判定は十分すぎる。


 火球は次々に着弾し、二撃、三撃と入ったところで金ぴかが爆発。

 俺はすでに十分距離を取った後で巻き込まれることもなかった。

 本来なら壁に隠れれば防げるんだが、エネミーが稀に持っている壁貫通の爆発力、アンの幸運によって絶対持ってると思って距離を取った。

 すると案の定、壁が吹き飛ぶ際のエフェクトの違いで、貫通爆発であることが証明される。


「ふぅ…………さて、これで少しは落ち着いて考えられる。イブ、近づいていいぞ」

「な、なんで父たる神だけが戦うなんて! 私だって!」

「あぁ、すまない。万が一にもお前を傷つけないようにと思ったんだが」

「そ、そんなこと! 考えなくてもいいっていうか、それって私が負けると思ってるってことになるわけで! 最初のエリアボスとはいえ、私だって神であってそう簡単に…………!」


 さて考えようと思ったが、またイブを怒らせてしまったようだ。

 そう思っていると上からスタファが声を降らせた。


「我らの神をわずらわせるなんてことをした反省もないのかしら。イブ、今あなたにできることは一つだけよ」


 お、解決策か?

 そうだよな、俺より頭いいはずだし。


「今すぐ自害なさい」

「はぁ!? なんでよ!」


 イブは怒りのまま言い返す。

 俺もあまりな言葉に耳を疑うが、チェルヴァも平然と続けた。


「勝者一人が決まるまで終われない。ならば、大神であるお方に譲るのが道理でしてよ」

「待て、早まる…………早計に、すぎる」


 確かに一人にならないとクリアと判定されない。

 そして仲間二人が残った現状、片方が譲って終わらせるのも手ではある。

 だが、これはゲームじゃないし、こうしてすぐ側でショックを受けてるイブに死を迫るなんて俺にはできない。


 俺が見るとイブはビクっと跳び上がる。

 羽がある分跳ぶ距離も高く、低い壁を簡単に越えていた。


「そう言えば、イブ。抜けられないと言っていたな? だがさっきはゲームが始まった。どうやって勝たずにエリアを移動していたんだ?」

「え、それは、こう…………」


 イブはいつになく消沈した様子ながらエリアの端まで飛ぶと、そのまま壁の向こうへ飛行していく。

 瞬間、ゲーム終了の合図が鳴り響いた。


(あー、場外でアウトか。爆弾で吹っ飛ばされると一撃でも一発アウトになるやつだ)


 見れば閉まっていた扉も開いているので、問題なくクリアなんだろう。

 手招くと、イブは状況の変化に困惑しながら戻って来た。


「お前はちゃんと自ら私に勝ちを譲った。そう怯えるな」

「え? そう…………お、怯えてなんて!?」


 怒らせたことに驚いて、俺は思わず近くにあるイブの頭を撫でる。

 子供に触れる機会などなかったため、なんだか新鮮だ。


 さらさらで、なんとも手になじむ丸さがある。

 ほぼ頭蓋骨のはずだが、髪と皮膚のせいかなんとも柔らかい手触りがした。


「あ…………あぅ、うぅ…………」

「あ! いいな!」


 何かイブが声を漏らしたが、それをかき消すようにグランディオンの声が重なる。

 見れば開いた扉からこちらに駆け寄っていて来た。


「神よ! 僕も神のお役に立てたら撫でてもらえますか?」

「うん? 撫でるくらいいつでも…………」

「私も!」

「わたくしも!」


 スタファとチェルヴァがお互いを引き掴みつつ、空いた手を高々と掲げてにじり寄って声を上げる。


「…………子供限定だ」

「こ…………!? 子供じゃありませんけど!?」


 あぁ、またイブが怒ってしまった。

 ただそこに子供にしか見えない姿のティダがやって来て指摘する。


「子供でしょ。パンツ見られた程度で勝手に先に行って迷子になって迎えに来てもらうなんて」

「迷子じゃないわ! そ、それに私だってただ彷徨ってたわけじゃ! これを拾って!」

「どうでもいいけどな、神が手ずから倒されたエネミーのドロップ拾うの手伝えよ。あの人間たちのほうがまだ役立つぞ」


 言い返して何やらノートのような物を掲げるイブを横目に、アルブムルナが忠告。

 言われて思い出したが、すでにアンとベステアが率先してアイテムを拾っている。

 そういえば地上のほうでも拾う係をさせていたんだった。

 ちゃんとこっちでもやるとは、田舎町の探索者だったにしては勤勉だ。


 もうほとんどを拾い終わっていてイブが出る幕はない。


「落ち込むなと言ってもなんだが、その、何を拾ったのだ、イブ?」

「…………これ、です」


 見た感じぼろいし、イブも言ってみたはいいものの大事なものとは思ってないようだ。

 だが、俺はそれがもともとはどんな形であったかを知っていて驚く。


「これは…………冒険の書?」


 それはプレイヤーの実績記録を参照するためのアイコンによく似ていた。

 他にも自らのアバターの設定を書きこめるおふざけ要素が存在する、冒険の書という機能がある。


 俺はノートの最初に書かれた実績情報を見て、やはりプレイヤーの持ち物だと確信した。

 そして続く手書きの文字の羅列に、目を奪われる。

 それは、敗者が記した日本語の手記だった。


隔日更新

次回:白き巨人

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