298話:プレイヤーの手記
「ふむ、なるほど。ここを拠点化したのはプレイヤー、かつて英雄と呼ばれた者の仲間か」
王国の金級探索者『ディオスクリ』。
構成は双子二組で、まだ十代の子供だが、それでも金級探索者となった強さを誇る四人だ。
その強さも本職の暗殺家業のために表向きはセーブしていたという。
そしてその強さの秘密はプレイヤーの手記だと吐いた。
「確かにこのダンジョンを使えば、相応のジョブとスキル、レベルが手に入るな」
迷宮の攻略方法から、ジョブに関する説明はステータスの詳細な数値までが書き残されているという。
スキルとアーツ、武器の組み合わせでいかに低レベルで最大攻撃を繰り出すかまでレクチャーされているのだとか。
(そうとうやり込んだ奴だな。しかもアサシン系ジョブを気に入って使い込んだ奴だ)
俺は『ディオスクリ』の生き残りから、このダンジョンの現状について聞きだした。
その中で出たのが、拠点化した二百年前のプレイヤーの存在がある。
そいつはこの世界に来て戦うことをしなかった。
このダンジョンにいち早く籠って拠点化し、入ってくる者を全て追い返したという。
現地人でもプレイヤーであっても同じように、ダンジョンの罠に嵌めてこの管制塔に近寄らせなかったようだ。
「か、かの、方は…………われ、我ら、行く当てのない、者に、慈悲を…………」
手足を凍らされ体中凍える暗殺者は、唇を紫にしている。
それでも語るのは、この苦痛を終わらせるためだ。
曰く、迷宮を拠点化したプレイヤーは単体。
その上で生活に不都合が出たため、現地人を部下にすることを決めた。
(拠点化すればギルドとして活用もできる設計がされているし、バッドステータス回復のための睡眠や飲食はできる環境が整えられていたはずだが、不都合?)
個室をカスタムするのもゲームの一部で、課金アイテムも定期的に刷新していたはずだ。
どうも、一人ではダンジョンの維持管理を含めた全体に手が回り切らず、現地人を調達したらしい。
そう考えると行く当てのない孤児を育てるという判断は悪いものではないだろう。
結果的に、俺もファナを強くして活用している。
関係者がいないというのは後腐れもないし、他に寄る辺がない分恩に着てくれた。
ちょっとファナは行き過ぎな気もするが。
ともかくプレイヤーは手下を得た。
そして生活の補助以外にも外を探らせ、引き篭もっていては手に入らない情報収集を担わせたという。
その中で強者を集める神聖連邦とも接触したとか。
「今なお連携しているように見えないが、敵対関係なのか?」
「ちが、違う。互恵、関係と、かの方の、手記には…………」
「なるほど。力は欲しいが敵を作りたくない神聖連邦。そして引き篭もりで保身を確保したいこのダンジョンの主か」
「そのような! あぐ!?」
「神のお言葉を否定するとはわかってねぇなぁ」
アルブムルナが魔法で土の槍を作ると、太ももに突き刺す。
悲鳴を殺す暗殺者が、拷問に対する耐性についても教育してあるならすごいと思う。
「アルブムルナ、良い。喋りにくくなるほうが面倒だ。それに、すでに死した者がこれほどの尊敬を得る手腕には興味がある」
「はい、すみません…………」
そんなしょげなくても。
そう思っていると、アンが口を挟んだ。
「トーマスさんが今以上に? すでに相当な尊敬集めてますし、私たちも助けられた側ですから、これ以上は必要ないんじゃないです?」
「うぅ、絶対逆らう気なくなるような状態なのに、今以上ってなると、考えるのも怖いからやめて」
ベステアなんかは、何故か頭を抱えていた。
俺に尊敬って、今さら否定はしないけど、実力じゃないしなぁ。
なんて考えている内に、朦朧としながら話し続ける暗殺者。
あれか、低体温とかで死にかけてる?
まぁ、喋るならいいけど。
それにたぶんこいつらが一番上じゃないし、他も捕まえて話をすり合わせることはしなくちゃいけないだろう。
「…………亡きあと、継がれた…………手記、にて…………」
俺は聞き取れないが、興味があると知ってスタファが耳を寄せ、それでも声でないとなると回復魔法を使った。
どうやらプレイヤーは結局孤児たちに情が移り、自分に敵わない程度と思っていたところから自衛できるようにと育成方針を変更。
自分亡きあとも家族を守れるようにと、低レベルでも使える武器や装備の組み立てを伝授し、それらを手記に遺したそうだ。
「その手記、神のお力になされるのでしょうか?」
ヴェノスが声をかけて来たことで、少し前まであったはずの絶叫が聞こえないことに気づく。
見れば槍に貫かれたほうは、血を流しすぎたようで死んでいる。
エネミー化したほうは獣のような姿からか、チェルヴァに従属姿勢で今は静かだ。
「あくまで弱者にしか通じない方法だ。レベル百に近づくほど使えなくなる。不要だ」
もちろんこの世界ならそれで通じるんだが、定期的に異世界から強者が現われる。
だから手記にしてレベル上げの方法も残していたんだろう。
「かの方は、異界の強者は…………いずれ、途切れると。異界には、存続に、期限が、あると…………」
そのとおりだ。
つまりその間まで生き残れるように想定して、暗殺家業なんてことをやらせていたと。
(想像どおり、こっちからして異界と呼ばれてたゲームはサービス終了だ。誰かを連れてこようにも、もう誰もいない。二百年前の奴でもわかって…………二百年?)
考えてもみればおかしい。
俺のいた世界とこっちは、時間が百年、千年の単位でずれている。
じゃあ、こっちでの数百年は、あっちでの何日だ?
俺たちは時期が違うからイレギュラー、それこそ世界が終わったからこそ起きたバグだ。
だが、今までどおり呼び込もうというこちらの世界の不明な力が今も働いていたら?
(それが、向こうで一年にも満たない間なら? サービス終了ですぐさまデータを全消去するはずもない。ましてやバックアップも今後のゲーム制作のために取るはずだ)
世界自体は、まだ残っていると言える状態かもしれない。
だとしたら、いなくなったのはプレイヤーだけで、NPCやエネミーは残っている。
また、新たにやってくる者がいるかも知れない。
「…………ふむ、興味深い話だ」
「えー? けど神はすでにそれ、ご存じだったじゃないですか」
「えぇ、世界の終わりに際して、私たちをたす、た、たすけに、自ら、いらして」
遅れて合流したティダに、イブが続けようとするが、俺が見ると、イブは言いかけた言葉をひどく噛む。
そして失敗が恥ずかしかったのか、俺を睨むと勢いよくそっぽを向いてしまった。
うん、まぁ、助けるというか自己満足だったしな。
感謝しろなんて言わないさ。
「これは共有しておくべき問題かもしれない。世界は終わりが決定した。そしてプレイヤーは世界から排除された。だが、世界そのものが消えるまでには段階がある」
「つ、つまり、まだ僕たちが生まれた世界は存在してるんですか?」
グランディオンが最後、ネフに付き添われて合流する。
どうやらネフにパズルを手伝ってもらっていたようだ。
「神々の合意の下と言いますし、確かにスネークマンが奉る大神などは、己が末裔を滅びる世界と共に放っておく性情とは思えません」
ネフが訳知り顔で言うんだが、こいつもしかして他の神性にも詳しいのか?
そんな設定あったか? …………あった、気もしなくも、ない?
こいつを配置した真っ暗な教会には、神に関する知識が納められているとか書いた気がする。
「かみ? …………神? ひぃ!?」
一度回復されたことで暗殺者がこちらの言葉に反応する。
今さら俺を神と呼ぶエリアボスたちに気づいたようだ。
「ふむ、その反応はどうやら異界の神についても何か書き置きがあったようだな?」
暗殺者は俺を見つめて一度口を閉じた。
だが、その目に怯え以外のものがよぎった気がする。
「…………神は、強大で、威容を持ち、この世にありえざる異形…………顕現すれば、異界の英雄でも、太刀打ちは…………できないと」
どうやらそこもきちんと残しているようだ。
大地神はビジュアルも出てないが、他の神は三柱とも威容と異形というデザインは共通している。
海洋軟体生物寄せ集めのような海神、ぼろ布から幾つもの虫の一部を顕現させる風神、太陽神は見たまま太陽のような火球に叫ぶような顔が浮かんでは消える姿だ。
一番直視しやすい太陽神だが、近づくと熱による継続ダメージと言う面倒な性質がある。
(全部レイドボスだし、ソロプレイなら敵わないと思うよな)
プレイヤーもレベルマが常に来てるわけじゃないだろうし、現実で太陽神の継続ダメージを想像するとだいぶ痛そうだ。
「だから」
暗殺者が弱っているはずなのに、ずいぶんとしっかりした声を出した。
「だからお前が神だなんて、あるもんか!」
叫んだ瞬間、俺たちの足元に大穴が開いた。
暗殺者は知っていたかのように俺に向けて嘲笑を吐く。
「地獄の底で分不相応な騙りを後悔しろ!」
やはり他に仲間がいて、この仕掛けを発動したようだ。
そして、暗殺者のほうは自分も巻き添えと知っていて、俺たちが逃げないように気を引く囮の役をやっていたらしい。
「やれやれ、怖がられるから人のふりをしているというのに。それにここから先は地獄ではなく、裏面だ」
「何!? 何故その言葉を知っている!?」
俺は仮面を外して身を伸ばす。
一緒に落ちていた暗殺者は目を見開いて悲鳴を上げた。
「我らの神こそかつての世界を支配するお方。知らぬはずがないでしょう」
「スタファ、雑魚にかまうな。皆、私に掴まれ。何処であろうと構わん」
「はぁい!」
俺の言葉にスタファは高い声を上げて腕に全身でしがみつく。
同時に他のエリアボスも、すぐさま俺のローブを掴んだ。
空中で動けないアンとベステアは、ヴェノスが回収してくれている。
そしてグランドレイスである俺に合わせて落下速度が弱まった。
一人暗い穴の底へ急速に落ちて行く暗殺者の少女は、恐怖に顔を歪め、何かから逃れるように勝手に錐もみして速度を上げて行く。
俺たちの視界から消えてほどなく、下から水が破裂するような濡れた衝撃音が昇って来たようだった。
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