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296話:ストック・プライス

他視点

 神聖連邦にはこの世界における強者が集められた。

 その数百十五名。

 レベル帯は三十から四十。

 正直心もとないことこの上ない。


 全員がレベル百に行ければまだ可能性はあると言えるんだがな。

 ただ教えるのは俺とフルートリス、アンナの三人だけってのがみそだ。

 パワーレベリングをするには、百人以上なんて多すぎて育てきれない。


「そもそもどれだけの猶予がある?」


 俺の問いかけに、パワーレベリングを優先的に受ける七徳の謙譲が答える。


「それは、我々にはなんとも。英雄方が言うように、己の領域を守り出てこないならばまだしも。聖蛇の報せでは、自らの前に現れたというではありませんか」


 謙譲は長身だが見た目はまだ若さゆえの細さがある。

 ここから時間をかけて成熟していくはずだったんだが、パワーレベリングが必要な今、本来の地力を育てつつ成長することは無理だろう。

 だいたい本人は真面目で一本気で、この世界を救おうという責任感と目標がしっかりしてる。

 強くなれるなら、どれだけ急いででも力を手に入れる、そういう人物に見えた。


 俺もこの世界で五十年生きて、いろんな人間を見て来てる。

 パワーレベリングでレベル七十のエネミー、ジャックザリッパーと戦わされた後なのに平静を保てる精神力は、なかなかのもんだ。

 弱い者から狙うエネミーで、正直出た時はしまったと思ったが、守りに徹していっそヘイト役をするほどうまく立ち回ってくれた。


「今までのボスでうろつくなんてことした奴は、まぁ、聖蛇の例があるわけか」


 聖蛇は俺からすればダンジョンのボスで、持ち場を離れるなんてことはなかった。

 だがこの世界の聖蛇は動くし喋る。

 今となってはスネークマンで国を作るというゲームとは違うことをしていた。


「それを大地神にされると、もう打つ手がないな」

「プライスさま、それは」


 俺は軽口を自分で塞ぐ。

 ここには謙譲以外もいるのを忘れてた。


 俺はここまで、生き残りとして人を率いてきた経験もある。

 だから未来のないことで頑張れる人間がごく少数だということもわかっていた。

 七徳は踏みとどまれるが、他は違う。

 戦う意義、勝利の可能性があってこそ死力を尽くせるし、絶望しかないとなれば戦うことを辞めるだろう。


「ま、力を合わせてやるしかないんだ」


 実際、弱くとも数は必要で、レイドボス相手に強者数人で敵うわけもない。

 しかもジョブでできることが変わるんだから、手数は多いほうがいい。


「それに本番以外でこそ生きる力もある。ギフトとか、俺たちの世界にはなかった。つまり神にも未知の力だ。だったら仲間は多いほうがいいし、勝ち筋にも繋がる」


 最たる例は公国にいたギフト持ちだろう。

 バーサーカーとさえ呼ばれた男。

 自ら戦いを求め、強敵を求め、どんな艱難辛苦にも突き進み、一人生き残りまた戦いへと歩を進めるという。


「実際はただ行く先に強敵が現われ、自らは幸運にもその害を逃れるだけのギフトだが」

「話には聞いてましたが、本当に一番弱いあの人を狙わずこちらに来るとは思いませんでした」


 謙譲は疲れの窺える声で零す。

 実際いうとおり、範囲内の弱い者を襲うはずが、何故かジャックザリッパーは範囲内のバーサーカーより、強い謙譲を襲った。


「ギフトというだけあってとんでもない強運だ」


 自分のレベルの倍以上の相手と出会えば、ゲームでも交通事故と揶揄される理不尽な死が待ち受けている。

 それがあのバーサーカーにはない。

 どころかバーサーカーでイメージする荒々しさなんて無縁の、ただ他人を巻き込みたくないと、強いふりをして他人を拒み逃げ回っていた、そんなただの男だった。


 公国から動こうとしないのを説得し、ギフト関連で戦力にはなれないと本人が固辞するのもしつこく話して聞きだした。


「魔物寄せともいえるギフトとわかって、これだと思ったが。やっぱり説得して正解だ」


 パワーレベリングにはうってつけ、望んでいた人材と言える。

 過去にも同じ能力のギフトを持っていた者の記録も神聖連邦には残っていて、珍しいギフトではないようだ。

 ただ原因が誰かがわかると同じ人間に殺されてしまうともあった。


 生き残った稀有な例だと言えるだろう。


「やっぱり角獣の乙女もこっちに呼べないかな」

「あちらは完全にレジスタンスと足並みをそろえて協調しているので無理です」


 俺のぼやきに謙譲がはっきりと否定する。

 角獣の乙女と呼ばれる前から、探索者ギルドを通じて勧誘の機会を窺っていたが、拒否されたという。

 思えばその時から共和国の薬聖という者と行動を共にしていたんだ。

 元共和国で国王を名乗る少年を助けたとも言う相手は、その奇跡的な手腕と素顔を見せないという。

 もうその風評を聞けば、人外のエネミーの可能性は疑いようもない。


 向こうもパワーレベリングしているらしいし、だったら引き離せれば向こうの戦力を削ぐことにも繋がるとは思うが、手が足りない。

 今は育てるほうが優先するしかないだろう。


「謙譲、あっちの二人はどうだ? ずいぶんやる気が有り余ってるが」


 俺は育てる者の中でも積極的に戦う者へ意識を向ける。


「明確な目的意識があります。それ故に勇み足でもあると言えるでしょう」


 言ってしまえば死にやすそうな奴らだ。

 王国と小王国からやって来た。

 俺としては王国の英雄と呼ばれたヴァン・クールは孫弟子らしいので、育てられるなら育ててやりたい。


 ただ、一緒にいる探索者だという奴が自棄にも見える無茶をする。

 レベルを上げるだけで技術はその後というのに、前に出て敵に立ち向かおうとするのだ。

 それをヴァン・クールがフォローしてなんとかなっている状態。


「早晩どっちかが大怪我を負うぞ。聞き取り優先で押し込めとくことは?」


 正直あいつがいると他のレベリング中の奴らが怖気づく。

 それほど熱量が違う上に、命を投げ捨てかねない危うさがある。


 それに元共和国を占拠した王女と実際に戦った者でもあり、敵のレベリングのほどを知れる情報源でもあった。


「それが、探っていたほとんどの間を前衛職に偽装されていたそうで。実際のところはわからないと。本職は魔法系。とは言え、トリーダック自身が魔法に詳しくないためジョブまでは判別しかねるそうです」

「ジョブは、この世界の奴ら弱いから、一次職程度しか知らなかったりするもんな」


 わかったら対策もできるとはいえ、本命は大地神だ。

 レイドだし、絶対嫌なギミックがついてる。


 となると、レベルあげるのはジョブ取得にも必須で、やっぱり育てることが優先と言う同じ結果しか出ない。


「やっぱり最終的にパワーレベリングが効率的だよな。角獣の乙女が、人外と知らずに協力させられてるってのはないのか?」

「確かに人助けで名声を得ている者たちです。それ以外は問題起こさずにいるようですが。本来ならもっと情報を集められるところですが、節制の件で帝国内にいた二十一士もいなくなり、それ以下の者たちとも不通になっている状態で」


 神聖連邦は人間を守るため裏と表で動いていた。

 そうして作った情報網は、探索者ギルドというこれも俺たち異界の英雄の案を元に作られた中継地点と、教会という人々の生活に必須の施設を介在して広がっている。

 ところが国自体を乗っ取り、しかも帝国というこの神聖連邦が最も手をかけていたところを突かれた今、思うように情報網も機能しなくなっていた。

 崩壊や反乱ならまだ抑止やその後の立て直しも想定してたが、その上を行く策謀で後手に回らされている。

 帝位についたのは全く神聖連邦が手を付けていない十三番目の王子。

 しかもその王子は父帝と兄帝の所業を非難し轍は踏まないと宣言している。

 その上で抑止もできなかったとして救世教からは距離を取り、同時に教会の権限も着実に狭めているとか。


「帝都辺りは混乱なしで治めて、その周辺は反乱だなんだと騒がしいのは理由があるか?」

「勤勉が調べた限りでは、レジスタンスが動いていると」


 つまりは今の皇帝とレジスタンスの後ろにいる奴は同じで、争っているように見せてこちらの動きを牽制しているだけ。

 同時に不安定を理由に国内をいいように動かしてるんだろう。


「…………絶対プレイヤーじゃねぇな」

「そう思える根拠は?」


 俺の呟きに謙譲が反応する。

 真面目で憂いているからこそなんだろうが、だから俺も適当なことは吹きこめない。

 他に聞こえないように、俺は声を低くした。


「プレイヤーはな、あほほど平和な思考してるんだよ。中には変なのもいるけど、いきなり国だとか手に入れてそう簡単にどうこうできる素養なんてないんだ」


 正直こっちの世界の奴らは頭が良くない。

 何せ文字が読めないものが大半で、計算もできなければ、物ごとを順序立てて考えるという習慣さえない。

 だから俺たちプレイヤーは、こちらに来れば文化は違っても知識層だと疑われない。

 実際農民なんてほとんどいないし、農家だって最近じゃ機械化だなんだと言う世界だ。


 そのせいで元の世界よりずっとすごい扱いを受ける。

 俺も適当にやってるのに、元の倫理観とか道徳観念が違いすぎて立派な騎士さまだと思われたこともあった。

 神聖連邦での扱いも、驕らないだとか清貧だとか言われる。

 俺よりも真面目で人当たりのいいフルートリスやアンナはもはや聖人扱いする奴もいた。


「俺たちはやれることが多い。だからってそれは個人の技能だ。国を動かす、他人を操るなんてプレイヤーの中でも特殊技能なんだよ。たまたまそういうプレイヤーがいた可能性はあるが、そんなのが五十年潜伏する意味も分からねぇし、やっぱりプレイヤーじゃないんだろうな」


 俺たちが残り三人になったのは五十年前に戦争が終わって数年のこと。

 生き残りがそもそも少ない。

 その上で各地の残党狩りや、人間同士の争いでさらに減った。

 案外自分勝手にやってた奴のほうが保身でさっさと逃げて生き残ったりしてたけど、結局は次の敵にされて倒されている。

 それを見て俺たち三人は手を組んだ形だ。


 だからまだ隠れてたプレイヤーがいたなら、たぶん俺らだけになった時に出てきたほうが効率が良かったと思う。

 国だって今ほど安定してなかったし、付け入る隙もいくらでもあった。


「海神も手下が復活の儀式で人攫ったりしてたな。もしかしたら大地神もそうして、最近復活にこぎつけたのかもしれない」

「同じ推測がフルートリスさまより上がっております」

「なんだよ」


 真面目に考えたのに、いいや、俺は俺でこのゲーム感が楽しいけどな。

 強くなるのはもう無理だが、その分誰かを強くするのは面白い。

 それこそゲーム感覚で効率考えると達成感がある。


 このまま老いると思っていた俺は、なつかしい張り合いを思いだしていた。

 世界がどうのと言われても、結局俺は小市民。

 やれるだけの育成をして、後は出たとこ勝負。

 今も昔も難しいことはできる奴に任せて、やれることやるしかないわけだ。


隔日更新

次回:金級探索者『ディオスクリ』

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