295話:暗殺者の根城
盗賊の七つ道具は探知の回避ができるアイテムだ。
だが二度見すればわかるし、効果も解ける。
魔剣が示し、暗殺者も声を出してしまったことで、『闇の彷徨』だという少年少女は素顔を露わにしていた。
確認されたのは三人だったが、この場には四人がいる。
マップ化を使って確認し、今度こそ逃げられないよう対策しようとしたが、相手のほうが早かった。
「消え、ました…………?」
「え、今のって王国にいた暗殺者だよね?」
アンとベステアは辺りを見回すが、俺のマップ化にも反応はない。
「我らが神の信徒だったとでも?」
ヴェノスはいつの間にか剣を抜いた状態で困惑している。
まるで転移のように敵が消えたのだから、勘違いしても仕方がない。
「スタファ、お前は一度見ているはずだ」
「まさか、公国の巨人の如くダンジョンへ出入りしたと? つまり、このルービクは」
「誰にも踏破されていないと言う割に、暗殺者の根城だったようだな」
魔剣は今もダンジョンの入り口を示している。
「如何されますか、神よ?」
「聞くまでもなかろう、ネフ。行くぞ」
俺の言葉に他のNPCたちも、期待に満ちた目を俺へ向けるのをやめてダンジョンへ向かう。
アンとベステアも戸惑いながら後ろをついて来た。
すると俺たちが都市の城門の前に立つと同時に中から轟音が響く。
それは規則的だが超重量が動く機械音、歯車の駆動、蒸気の放出。
(懐かしいなぁ。そうそう、こういう演出でランダムのルートが決まるって設定だったんだよ)
つまり城壁に囲まれた都市にしか見えないルービクは今、内部構造が改変されている。
(そしてそこに、ダンジョンを拠点化した奴の意思が介在し、本当のランダムなんてことはなくなった)
暗殺集団『闇の彷徨』は、このダンジョンを拠点化している。
いつからかはわからないがメンバーが転移のような真似したのだから確定だ。
あれはダンジョン中枢へ飛ぶ、拠点化に伴い得られるメンバー特権だろう。
つまりは俺たちに一度追い払われたあの暗殺者たちは中枢へ飛んだはずで、そこで俺たちの来訪を告げる。
そうと聞いた敵はどうする?
もちろん防備を固める。
どうやって?
最も難易度の高いルート選択を故意に行ってだ。
(つまり、俺がゲームでクリアしたことのあるルートを選ぶ)
ゲームのランダムの中で最難関と言われたルート。
それは多くの共通認識であり作った側もそういう認識だった。
それならこの世界においてもランダムが増えたとしても、最難関は俺が知るルートのはずだ。
しかもここのダンジョンはレベルマ想定ではない。
つまり難関と言ってもたかが知れている。
その上で難関には相応の見返りを用意するのがゲームだ。
つまり、レアエネミーが比較的湧くように設定されている
「まさか入る前からお前たちの幸運が影響するとはな」
「幸運ですか? えっと、犯人見つけられとか?」
わかってないアンに比べてベステアは頬が引きつる。
「まさか、また強くて珍しい化け物がわんさか?」
「そこまでではないな。このダンジョンは入る前におおよそ決まる。ルートと出て来るエネミーのレベル帯。レアかどうかはエネミーのいるエリアに行かなければわからないが」
最初から迷宮と言っているので、ここは時間経過でエネミーは湧かない。
ただ一度出るとまたルートが組み直しで最初からになる。
「エネミーの数には限りがある。必ずアンとベステアを前にする」
「あ、あたしは…………」
「ベスさーん!」
俺の指示にベステアが何か言いかけたが、アンに泣きつかれてその先を言えない。
まぁ、こっちとしてもとぼけたところのあるアンの世話をしてほしいので二人は一緒だ。
「安心しろ。ここは謎解きと戦闘が基本的に分けてある。そして、挑戦者がいる場合、内部の拠点化している者たちの出入りは禁じられる」
俺たちの前で組み換えの終わったルービクが門を開く。
そこには石敷きの広間と、石像、そして次に続く門があった。
「まずは小手調べの謎解き、そして戦闘。その後に、ルービクが迷宮都市と言われるゆえん、迷宮化した都市部だ」
最難関は殺意高めで謎解きに失敗するとデストラップが発動する。
回避は可能だが、俺はもう答えを知ってしまっているので正面から謎解きをしよう。
「私が手本を見せよう。罠もあるため皆動くな。まず石像の下を確認して、床にある印と合わせる形で四体を配置。次の仕掛けが起動する」
石像の目からプロジェクターが起動し、四体が順に色を映し出す。
これは石壁に隠されたボタンの色で、今照射された順に押さなければいけない。
しかも制限時間付きのため、時間をかけるとデストラップが発動するのだ。
ボタンを押してしまうと、次は三つの扉が現われる。
この時見逃してはいけないのが、ボタンの配置。
扉の模様の中に、色と配置が同じ模様があればそれが正解だ。
「さて、アン。この扉を開け」
前もダンジョンで同じようにさせたため、アンは扉を一押しして後ろへ退く。
瞬間、ベステアがライカンスロープの血か、目を引く素早さでアンを退避させた。
俺の目の前で開いた扉の向こうに現われたのは、そっくり同じ空間。
ただし置いてある石像が黄金像に変わっていた。
(さすがだ。初手からオリハルコン素材を引いた!)
錬金術師系ジョブの者が作れる合金アイテムオリハルコンは、武器や装備を作る際の最上位素材。
その元となる神の金というドロップアイテムは黄金像のエネミーが稀に落とす。
そんな幸先の良い出発から、俺たちは迷宮へと足を踏み入れた。
「わぁ、広いです。神の大陸には劣りますけど」
「へぇ、人間が作ったにしちゃ壮大な街だ。神の城には劣るけど」
グランディオンとアルブムルナが上げて落とす。
広がるのは入り組んだ街路と、外階段の多い建物から続く空中回廊。
「今のでやり方はわかったわ。ここからはわたくしが我が君の道を開きましょう」
「あら、あの彫像のエネミー、あなたで倒せるの? 年寄りの冷や水というでしょ」
やる気を見せるチェルヴァに、イブが悪態を吐く。
ヴェノスはさっそく武器を抜こうとするティダを抑えていた。
「私たちは下手なことはせず敵がいる時を見て動こうではないか」
「うーん、そうするしかなさそうかぁ。壁壊しても意味なさそうだし」
俺は聞こえて振り返る。
「そうでもないぞ、ティダ。このダンジョンにはひびが入った壁があれば、そちらに通路が隠されていることがある。ひびが入っていない場合もあるため、壁の向こうに続く通路を探すのに壁への攻撃は役立つこともある」
ゲーム内では壁コンコンと呼ばれていた作業だ。
全体のルートは数に限りがあったものの、壁のギミックなどは一定範囲内の何処に現れるかは本当にランダムだ。
そのため、一々叩いて場所を見つける必要があった。
「だが、下手に広範囲攻撃をしてはいけない。それによって罠が複数同時に作動する」
すぐにでも行きたそうな面々に注意すべきことを考えながら話す。
「流水には気をつけろ。強制的にダンジョン外へ排除する罠だ。分断系の罠もあるので一人で行動は厳禁だ。抜け出せない行き止まりもある。その時には事前に渡してある脱出アイテムを使うように」
話しているとマップ化に飛来物が表示された。
俺がそちらを見ると、全員が気づく。
瞬間、イブがネフを飛来物に向けて押し出した。
「「えぇ!?」」
飛来物はネフに当たると爆発し、アンとベステアが驚きの声を上げる。
だがそこには無傷のネフが立っているだけで、また驚きの声が響いた。
「俸禄飛矢に見えたな。飛距離が本来以上に長いのは、ジョブスキルと武器の特殊技能か?」
「威力としてはさほど。それがしが割り込まなければ神に一直線でしたが」
「ちょっと! 私が気づいて助け、け、けようなんて思ってないんだから!」
俺と目が合った途端、イブが真っ赤になって否定する。
「うむ、イブもネフも大義であった」
俺は一度流して、俸禄飛矢というゲームでの消費系武器が飛んで来た方向を見る。
そこには都市内部で一番高い建造物があり、外観はちょっとしたお屋敷だ。
あそこが迷宮を抜けて辿り着く忍者屋敷、もとい、ボスエリアでもある。
(あそこもトラップ盛り盛りなんだよな。じゃなくて、攻撃された。そんなのゲームにはない。つまり、拠点化した奴がやりやがったな)
なるほどいい狙いだ。
最初のチュートリアルが終われば、出るのは必ずこの場所である。
そこに必ず当たる攻撃をすれば、一撃で敵戦力を瓦解さえることもできるだろう。
ただ誤算は、攻撃が弱すぎて、今ので死ぬのはアンとベステアくらいだということ。
「ふふ、歓迎してくれているようだ。それでは行こうか」
俺はエリアボスを率いて迷宮へと挑んだ。
…………それから一時間。
「見事に分断されたな」
「あんた本当! 本当、なんであれでトーマスからだけは離れないなんてできたの!?」
「わ、わかりませんー! けど、他のひととはぐれちゃいました、どうしましょう!」
一通の流れる通路でチェルヴァがはぐれ、土管に登ったティダはそのまま別エリアへ沈んでいった。
一人が順番に踏まなければ延々通路を転移させられる罠には、イブとヴェノス二人がはまり、落とし穴を避けた先の透過する壁に吸い込まれてスタファは隔離されている。
ネフは床下のバネでぶっ飛ばされるタイルに乗って別ルートへ跳び、壁を越えるという禁則を破ったアルブムルナは、ペナルティを受けて一定時間石化。
パズルを解かなければ出られない檻に囚われたグランディオンは時間かかるので置いて来た。
本当にレベルが高いエリアボスたちが軒並みはぐれたのに、なんでこの二人は無事なんだろうな?
「この先は中ボスなんだが、まさか私以外の戦力が残らないとはな」
高いポールの上に旗をなびかせる扉が開き、アンとベステアは呆気にとられる。
どうやらこの世界の者だけではなく、NPCにも謎解きやトラップ回避は難しいことのようだった。
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