294話:暗殺者の行く先
帝国にも暗殺者が現われた。
やはりゲームアイテムを使った相手で、現地人には心当たりがあるようだ。
「その『闇の彷徨』とやらは有名なのか?」
俺がティダとアルブムルナに連絡したことで、狙われるだろう皇帝のところにはすぐさま看破のアイテムが設置された。
お蔭でダークドワーフ一体で撃退ができたそうだが、敵が所持していたのはアガートラムという、これまたゲームであった装備だ。
(次は必中で防御無視効果の打撃武器か)
格闘系ジョブの装備で、これもクエストクリアで手に入る。
仲の悪い鍛冶師二人を仲直りさせ、鍛冶場を整え、素材も完備してと。
手間はかかるがやはり必中と防御無視は美味しい性能だ。
盗賊の七つ道具を使い捨てのように複数所持しているのも気になる。
何処かのダンジョンでエネミーがドロップしたアイテムだった気もするが。
こちらでは毒消し程度の捨てアイテムでも高価だ。
相手は予算の潤沢な巨大組織かもしれない。
「狙われれば決して逃れられないと人間たちは申しております」
スタファはすでに、人間たちから得た『闇の彷徨』という暗殺集団について調べた。
ゲーム内で威力そこそこのクリア報酬も、この世界では恐るべき必殺武器だからだ。
それを使っているとなれば、確かにこの世界の人間にとっては脅威だろう。
「ご存じのとおり、神が一人すでに鎧袖一触なさっていますが」
「うん?」
「どうなさいました?」
「い、や…………ふむ、どうも、装備が違ったような記憶が…………」
正直覚えてないので、そう濁す。
俺が『闇の彷徨』と会ってる?
だが、あれだけわかりやすいゲームアイテムなら、使っていた相手に見覚えがあるはずだ。
少なくとも、盗賊の七つ道具装備してた奴に覚えはない。
「言われて見れば、報告には精霊を連れている以外に武器や装備は特段の物はなかったと」
あ、あいつか!
共和国でなんか最後のほう出て来て、トリーダックたちに攻撃してた探索者。
言われてみれば連れていたアイテムの精霊は、そこそこ性能。
他の者が見て、暗殺集団とわかる盗賊の七つ道具を使ってなかった理由は、関係を露呈させないためと思えば頷ける。
「装備にレベル制限がないことを考えると、関連はありそうだな」
「なるほど、そのような特性が。やはり神は深い知識をお持ちですね」
感心してみせるスタファだが、もしや装備に関する知識はそう深くないのか?
そう言えばゲームのNPCとはいえゲーム時には起動せずにいた者たちだ。
つまりゲームの知識は偏っている。
実際に装備した相手とは試験運用以外には出会っていないのだから、クエスト報酬やイベント限定なんて装備は知らないのだろう。
もしかしたらエリアボスが俺を奉り上げるのって、自分が知らないこと知ってるから?
頭いい設定にしたから、逆説的に自分が知らないことを知ってるなら相手が上だと?
「それと、ダークドワーフの魔剣により不届き者は小王国方面に向かったことが確定しました」
俺がスタファの勘違いについて考察している間に、そう報告を続けた。
魔剣は切った者を追うという設定であるため、まるで磁石の針のように剣先が揺れる。
もちろんゲームではここまでの性能ではない。
だが、フレーバーテキストに死ぬまで追うみたいなことを書いたせいで距離を超越して方向を示すようになっているらしい。
比較して俺のマップ化のマーカーは振り切られた。
まずマップ化の範囲にいないとマーカーは機能しないからだ。
そしてマップ化の範囲は俺を中心に見える範囲という限りがある。
途中に建物があっても透過する性能があり、俺自身人間よりもずっと視界が広く目がいいため見える距離も段違いだ。
だが街や国を越えて移動されると、さすがに追えない。
「小王国…………小王国か」
俺は前にも手に取った紙を見る。
それはダンジョン、ルービクの報告書で、小王国と帝国との境にあった。
「行ってみるか」
元はと言えばそのためにネフに会いに行き、そこで暗殺騒ぎに遭遇している。
アンとベステアにもそのせいで同行を言いそびれた。
「ルービクですか? 神ご自身が?」
「石碑を置くことを考えているが、あそこは正直敵の強さよりも挑む者の頭のできで難易度が跳ね上がる。人間たちがクリアできるかどうかをまずアンとベステアを使って調べようかと思ってな」
言い訳して二人を巻き込むが、実際は俺がやりたいだけなのでちょっと早口になる。
「…………頭のでき。つまり、知者こそがお役立ちできるダンジョンであると?」
「うん?」
「ではぜひ私を同行させてくださいませ! 必ずお役に立ちます!」
「ちょぉっと、お待ちなさい!」
自身の胸を寄せて上げるような格好でスタファが迫ってくると、大声と共に書斎へ入って来たのはチェルヴァだった。
「聞きましてよ! 知者こそを試すダンジョン! であればこのわたくし、小なりと言えども神たるこのわたくしこそ、我が君を導くに足るものと言えましょう!」
なんでチェルヴァがいきなり?
そう思ったら書斎の扉に他にもエリアボスたちがいた。
「元共和国での囮作戦に関しての詳細が決まったのでご報告に参ったのですが」
「こっちも帝国での詳細報せに来たんだよ。被ったな」
ネフとアルブムルナがそんなことを言い合いながら書斎へ入ってくる。
「いいなぁ、僕も神とダンジョンご一緒したい。でも、僕、頭良くないし」
「頭が必要でも、やっぱりダンジョンなら戦闘面も大事でしょ。役割分担って奴だよ」
気弱なグランディオンにティダが前向きに笑った。
「神の露払いなら我が騎士団が務めるべきだと思うのだが」
「ふん、魔法と剣も使える私のほうが手は多いわよ」
ヴェノスとイブまで来てる。
何故かエリアボスが久しぶりに全員揃っていた。
「みな、まず来た用向きを聞こう。急ぎではないのか?」
「王子を囮にするためにも一度、それがしはこちらに戻る算段となりましたので」
「こっちは姿隠してがちがちに固めます。だからファナを理由に王国に移動する予定です」
「私、王国に見張りをかねて悪魔とレイス置くからってスタファに呼ばれたのよ」
ネフにアルブムルナ、そしてイブは『闇の彷徨』という暗殺者対策できたそうだ。
「私は、神聖連邦の使いが議長国から去ったことをお知らせに上がりました」
「僕はライカンスロープのレベル上げのためにどうすればいいかご相談に」
ヴェノスとグランディオンも担当で動くためという目的がある。
そしてティダとチェルヴァは顔を見合わせた。
どうやらこの二人に限っては特にないようだ。
「…………全員が離れて即時離脱が難しいダンジョンへ入る。その備えがあるならまだ」
「はい、神の守りに重きを置く方針をお聞きしてからすでに対策しております」
スタファが自信満々に微笑む。
けど俺、断り文句のつもりだったんだが?
「う、うむ、それが本当に、機能するかは」
「これを機にお試しになるのですわね。では、すぐさまそのように配置を始めましょう」
チェルヴァまで得意げに笑って即応した。
本当にどうしてこう、うちの頭がいい設定の奴らは先回りして間違うんだ?
「え、じゃあ、今から悪魔とレイス王国に回して、減った分どうやって防衛に回すの?」
「そこはあたしのほうの入り口解放しておいて、素通しさせれば? ねぇ、アルブムルナ?」
「あぁ、防衛重視の時には砂浜への入り口塞いで、船を地下に入れる予定だからな」
不安そうなイブに、ティダとアルブムルナが即座に提案する。
どうやら防衛を重視すると、順路を一つ潰してエリアボス直属の兵力を一カ所に集める方向にするようだ。
そうなるとイブのところは謎解きさえ機能させていれば、時間稼ぎだけの前座となる。
後は数で圧殺もできるだろうが、ウォームドラゴンのほうに逃げ道はある。
その先は草原で隠れることもできるので、やはり全員いなくなるのは不安があるんじゃないだろうか?
「騎士団は連れて行けませんね。狼男たちとすぐに草原の見回りルートの打ち合わせを」
「は、はい。魔女と他の森の住人たちも、えっと、森に罠を張るように言って…………」
草原はどうやらヴェノス配下のリザードマンに加え、グランディオンの狼男たちが見張るようだ。
森は魔女や他を使うようだが、一気に草原が逃げ場のない狩場になったような配置だ。
聞けばスタファは巨人を山から数人降ろして湖周辺を警邏。
ネフは羊獣人たちに宝石城まであえて侵入者を導くよう指示。
そして宝石城ではチェルヴァ以外の小神が建物の高い位置に待機して、入ってきた不届き者を一斉掃射らしい。
(そうでなくても元からレベルマ相手を想定してるし、超攻撃的守備を抜けられる奴なんて、それこそ俺みたいに単独で走破できるだけの予備知識がないと無理だろ)
いや、結局俺は解放だけが目的で、レイドボスを倒すつもりはなかった。
だからこそできた無謀なソロプレイであり、今残っているプレイヤーがやるとは思えない。
つまりエリアボスが現状ここを空けても問題はないため、俺は一つ頷く。
それだけでエリアボスたちは一斉に俺へと意識を向けた。
「よい、備えを見せよ。そして共にルービクを解き明かそうではないか」
一斉に膝を突いてエリアボスが返事をする。
その姿は相変わらず大袈裟だ。
だが今は思い出す光景がある。
ゲームでもこんな風にお決まりの台詞でお決まりの動作をして、イベントに挑むクランを見たことがある。
ソロプレイの俺は横目に見るだけだったが、楽しそうだなと思ったことがあった。
そう思えばNPCたちの忠誠の態度に対する重荷から少し、満足感へと変換できそうだ。
「では一日の猶予をもって出発だ」
その間に俺も、メノウの街で石碑を回収したり、アンとベステアに予定を言ったりか。
残る奴らに無限にあるインベントリの回復アイテムを配布しないとな。
「では行くか」
一日後、エリアボス揃い踏みの中、俺は神らしい余裕を繕って声をかける。
なんでかスタファが恭しくダークドワーフの魔剣を両手に持って、その方向を示した。
すでにルービクはスライムハウンドの転移網の範囲なので、即座に入口へ向かう。
だが、転移でダンジョン前に出た瞬間、何者かがすぐ側に飛び出した。
「あ! その剣は!?」
スタファの持つ魔剣が切っ先を向ける先、跳び出した者たちは四人。
全員が盗賊の七つ道具を纏った姿で慌てていたのだった。
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