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292話:聖蛇

他視点

「ほぉ、ほぉ。本当に引きこもりが巣穴から出て来たか。聖蛇」


 我が巨体を前に、城の主が赤い髭をしごく。

 我と同じく城に招かれた小娘などは、元から小さなドワーフの身をさらに縮こまらせて震えていた。


 ここはクリムゾンヴァンパイアの発祥地、ノーライフキャッスル。

 我は自らの神殿を出て、海を渡り、山をかき分けてここまでやって来た。


「久しいな、ノーライフキング。とは言え、そなたは先の戦いで異界の英雄に討たれ、我と顔を合わせた記憶を失くしておろうがな」


 五十年ほど前の、異界と呼ばれる我らのかつての世界から幾人ものプレイヤーやエネミーが招来されて起きた戦いだ。

 その時に異界からは英雄と共にヴァンパイア系のエネミーたちが現われた。

 ノーライフキングはそれらを説得し、自らの傘下へと回収する動きを見せている。

 自らの力の増強に注力し、プレイヤーと争うことはなく、世を騒がすこともなかった。


 ところがプレイヤーはノーライフキャッスルというダンジョンを攻めたがった。

 新たな脅威が現われている中、十分な強さのプレイヤーを必要とするノーライフキャッスル攻略に、神聖連邦は反対。

 そこにノーライフキングの動きを、横から自分たちを攻撃する策略であるとプレイヤーが騒いで討伐が実現した。


「ふん、臆病に隠れて永らえるよりはましよ」

「以前であれば、生き残る意義、おのが同胞と共にこの世界に根差す意義を、理解していたのだがな」


 我々エネミーは子孫を残せなければ消える。

 それで終わりだ。

 だが、例外的に発生拠点となる場所と共に現れていると、死したのちも復活がある。

 その時にはこの世界で培った経験と記憶の一切を失うが不滅の身であると言えた。


 そんな我らへの対処は、倒した後にダンジョンを拠点化するという手段で、乗っ取ること。

 以前のプレイヤーはそこまでせず神聖連邦に帰還した。

 探らせたところ、神聖連邦はクリムゾンヴァンパイア根絶の好機だったのにと悔しがっていたそうだ。


「神聖連邦は我々エネミーを根絶することを至上命題としている。その危険性を無視してはいけない」

「馬鹿馬鹿しい。敵するなら食らえ」


 ノーライフキングは力強く言い切る。

 それを成せる力に対する絶対の自信がある、そういう男だ。

 だが、それではままならないと以前は長く生きて学んだ。

 けれど今はまだそこまでではない。


 だから距離を置いていたのに、こうして顔を合わせなければならなくなった。

 何故なら我を臆病者とさげすむせいで、使者を出しての警告など聞かない。

 こうして顔を合わせ、匹敵する存在であると見せつけなければ納得しないことを予知で知っていた。


「お二方とも、旧交を温めることもそこまでになさいませ」


 ドワーフの女教皇が余裕ぶって言葉を差し挟むが、強がっているのは見てわかる。

 何より弱すぎて我らならば簡単に殺せるというのに、それが対等のふりをして虚勢を張っている姿は、哀れを催した。


「弱者が言うものだ。それで? 大地神の信徒などにいいように弄ばれたドワーフが次には何を言う?」


 ノーライフキングは嘲笑するが、これでは駄目だ。

 仕方なく我は忠告と事実を告げる。


「次に弄ばれるのは、そなただ」


 我が予知にノーライフキングは不快そうに顔を歪め、ドワーフの女教皇は一瞬嘲笑を浮かべた。

 どちらも自らが頂点と驕るところは似ている。

 だからこそ、神と遭遇して至る結末は同じなのだが。


「自らの優位を過信して、碌な対策も講じられずに弄ばれ、恥辱に塗れて生かされるぞ」

「知った風に…………!?」

「いえ、まさかそれも予知で?」


 ノーライフキングは怒りで聞き流そうとするが、実際に遭遇し、経験した女教皇は耳を傾けた。


「予知ではない。大神は、予知では計れない」


 我が無力を嘲笑おうとしたノーライフキングが固まる。

 ドワーフの女教皇は、目を見開いて震えた。


「敵は信徒ではない。この世界に、大地神はすでに降臨している」

「馬鹿な! そのような話聞いたこともないぞ!」

「か、神が現われたのならば、相応の何か、予兆のようなものがあるのでは?」


 我も驚いたし、大いなる神の顕現には兆しがあると思っていた。

 けれど…………そんなものはなかった。

 いや、不明瞭な予知はあったが、あれでわかれというのが無理だ。


「この世界に元来の神はいない。我は未だ見たことがない。いるのは矮小な人間がその力及ばぬ故に神と畏れ敬った異種族ばかり。空位の神の座に、新たな神が座ったとして、どのような変化があるというのか」


 争う神もいないのであれば、現われれば大地神がただ神としてあるだけだろう。


「我も、大地神自らが我が眼前に現れるまで、その来訪を予知することさえ叶わなかった」

「予知、できない? それが、神?」


 ドワーフの女教皇は警戒を強めるが、ノーライフキングは変わらず不遜だった。


「ふん、お得意の力が機能せずにひよったか。それともやはり大地神などと言って、その程度ということか」

「愚か者」


 思わず我は胸中に浮かんだままを声にした。

 瞬間ノーライフキングは我に向けて火炎の牙を叩きつける。

 だが、我が鱗の表面をあぶっただけで大した威力ではない。


「以前のそなたであれば、我に魔法軽減の鱗があることを覚えていたろうに」


 回数制限があるものの、はがしきる数を今のノーライフキングは知らない。


「熟慮せよ、傾聴せよ。我は告げた。次に弄ばれるのは、そなただと」


 我が予知に、ようやくノーライフキングは顔色を変えた。


「我が城に大地神が乗り込んでくると?」

「我と同じく、予兆もなく眼前に現れる。神は見えぬが、神と相対する者の未来ならば見ることは適った」


 そしてこの者は身の程知らずにも戦闘を行うのだ。

 敗北し、神によって拠点化され、忠実な下僕となって仮初の王の如くノーライフキャッスルを運営させられる。

 その姿はあまりにも憐れで、かつての世界で玩弄された悲しき生きざまそのものだった。


 だから我はこうして自ら動いてでも警告に来ている。

 大神を目にしてその存在を認識してから、以前のように明瞭に予知が現われた。

 ノーライフキングがそうなった時、やはり以前のやり方が楽だと神は思い直す言葉を呟くのだ。

 故に我が下へも下僕とすべく現れる可能性が出て来る。


「ドワーフの女教皇も聞け。我は神だ。だが、大地神のような大神とは格が違う」


 大神が関わると我が予知は児戯も同じなのだろう。

 いくらでも神が書き換えられる不確かなものに貶められる。


「戦わずして降るか、軟弱ものめ!」

「格があるのだ。お前は王を名乗る。それが格下から牙を向けられ、敗れると思うか? 大神は神として、我の上におわす。そして、かつての世界を玩弄したその権能は、今もこの地に住まい生まれるそなたらクリムゾンヴァンパイアも抗えん」


 わかるように言ってやる必要があるのだ。

 そしてようやくこの若いノーライフキングは理解した。


「…………まさか、この世界の理に依存するこの子娘を頼れとでも?」

「まさか」


 我が答えにドワーフの女教皇は悔しげに唇を歪める。

 だが反論を口にできないのは、信徒如きに弄ばれた故だ。


 この娘は幾つもの破滅が見える。

 だが同時に幾つもの生存の道さえ持つ。

 それは欲故に選ぶ道が違い、ことによってはそれを神が取り上げ慈悲をかけるため。

 予知には我らを売って自のみ生き残ることもあり得た。

 だが使い方によっては必ず神の目を引き、こちらに有利となる存在でもある。


「神はかつての世界と変わらなかった」

「傲慢か、あるいは無慈悲か」

「両方だ。その上で、神は遊ぼうと仰せだ。命と尊厳を差し出さねばならん」

「ふざけたことを、いや、だがそれが神だ。あぁ、それこそが神だった」


 我らの対話にドワーフの女教皇は不服そうだ。

 宗教者としていいように民に救済を騙り、いつしか実情など忘れた種族ゆえだろう。


 だが我らは覚えている。

 ノーライフキングなど五十年前に生まれ直していることから、かつての世界の記憶も近いことだろう。

 クエストと言って我らの住まうダンジョンをプレイヤーに蹂躙させ、イベントと言って我らを操りプレイヤーを襲わせる。

 それが神だ。


「ドワーフが殺しつくされなかったのは遊びだからだ」

「なるほど、プレイヤーも最初は弱い。こいつらも少しは時間をかければましになることを期待したか」

「た、確かに、試されるように、手加減をされてはいましたが。こちらは撃退を果たし、王都の防衛を成しています」

「恥をかきたくなければ口を閉ざせ」


 我は同情で告げる。

 今もなおこちらと対等であろうと足掻く、その見苦しいまでの虚栄心は不要だ。

 それが神の目に留まり、諦め悪く強さを求めると目されたのかもしれないが。


 だが、すでに神の手の内で弄ばれることを知る我らからすれば、ドワーフ賢王国で起きた事件など児戯にも等しい。

 耐えれば終わるイベントなど、本番前の前置き、チュートリアルでしかない。


「これらは必要か、聖蛇?」

「神の目に留まったのは確か。ドワーフが強さを得るまでは神も猶予を与えるはずだ」

「あぁ、時計代わりにはなるのか」


 あまりにも扱いが悪く、女教皇は敵意をノーライフキングに向ける。


「私は目をかけられ、聖蛇どのは直接お見えになったようですが。なんの接触もないクリムゾンヴァンパイアは期待されていないかもしれないとは憂慮なされないのでしょうか」

「いや、我は大神より役目を与えられた。それで言えば、こうしてノーライフの名を冠するダンジョンを有するクリムゾンヴァンパイアにも同じ役目を与えられるだろう」


 我は石碑のことを教える。

 そこには謎めいた碑文と図形が記されていた。

 何を表すかはわからないが、そうしてヒントを施し強者を自らの元に招くやり方は以前もあった。

 それで言えばノーライフとつくダンジョンは、闇を司る大神と縁がある。

 生きて対話できたなら、役目は必ずもたらされるだろう。

 だがこのノーライフキングはその前に負けるので、こうして忠告をする必要があった。


「一番恐れるべきは、神がゲームというルールさえ投げ捨てた時だ。そうなればもはや打つ手はない。こうして自ら道を示してくれる今、やることは一つ。神畏れよ、しかして楽しませよ」


 神をいつまでも遊ばせ、遊び場としての世界の価値を示すしか生き残る道はないのだ。


次回:ライアル・モンテスタス・ピエント

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