291話:闇の彷徨
共和国で暗殺未遂が起きた。
しかも犯人はその場にいたネフの目を掻い潜り、犯行に及んだ末に逃走にも成功している。
ネフは防御極振りの性能であるため、わざわざ不意打ちを看破したり予防する能力はない。
とは言えこの世界においては間違いなく強者だ。
「相手は人間か? 心当たりは?」
「目に見えて人外であるようには思えませんでした。そして心当たりを尋ねられれば、ありすぎるほど。とは言え強者。国内勢力に該当は今のところありません」
「つまり、国外か」
俺の確認に、ネフは頷く。
神聖連邦からの刺客かもしれないが、困ったな。
マップ化の範囲にはもういないから追うことができない。
「私が探すべきかそれとも…………」
「神よ! 挽回の機会を!」
一番の負傷者だったはずの王女が声を大にする。
「敵に対応できないのはネフも同じだ。今回は運よく私が来たが、次は間に合わないかも知れないぞ?」
危険な相手ならここで絶つべきだが、無闇に動く当てもない。
何より勢い任せでは対処できないと、節制のことで学んでいた。
「罠を張って、いや、どちらにしても時間は取られるか」
「であれば、いっそこの二人を今一度囮に使っては如何でしょう?」
ネフがとんでもないことを言い出すが、王子も大きく頷いた。
「失敗した敵は、今一度狙ってくる可能性があります。お任せください」
俺には代案なんてないし、本人も承諾してるし、だったらいいか。
とは言え、相手の手口がわからないなら、まんまと同じ手で今度こそ成功される恐れもある。
それは間抜けすぎるから、少しくらい何か手はないか?
「…………運要素を補強しておくか。潜めておく兵力も必要だろう」
ここに来るまでに思い出していたことを参考に、俺は決める。
何よりこの共和国はイテルが担当しているから、対応のための兵力として魔女たちを呼ぶのも問題ないはずだ。
ついでに以前回収したブルーバードの羽根を持ってきてもらうことにした。
「これがあれば運悪く死ぬことはないだろう。場合によっては、運よく犯人を見ることもできるかも知れない」
呼び出した魔女から受け取った羽根を、王女と王子に一枚ずつ渡す。
ついでにインベントリから大回復のアイテムも渡しておく。
これで呪いでも回復する猶予くらいはあるだろう。
ま、駄目ならそれこそ運がなかったってことで。
魔女には他のエリアボスへの伝達も任せ、俺はその場から王国へ転移した。
「さて、強者について心当たりがあってくれればいいが。誰に聞くか?」
ここは人の出入りがそれなりにあるので、俺はすぐさまマップ化を使う。
国王になった元第一王子も動いてて、特に問題はないようだ。
「ふむ、ちょうどファナといるな。それと、お前たちか」
「あれ、トーマ…………じゃなかった。賢人さんどうしたんですか?」
「考えなきゃいけないことがあるって言ってたのに」
半日前に会ったアンとベステアが、俺を見つけて寄ってくる。
考えなきゃいけないことは、NPC自慢のためだったんが、ハードルあがっただけだった。
「実は、…………うん?」
暗殺のことを話そうとしたら、元第一王子周辺のマップ化におかしなものを見つけた。
(なんでベランダに誰かいるんだ?)
しかも一人ぽつんと。
ベランダのある室内には、国王とファナがいる。
部下とか他の人間も色々室内にいるし、たぶん大事な話し合いの最中だ。
警備かもしれないが、ベランダに出ている者は一人だけというのが気になる。
「なに、賢人? 大事な話?」
「あぁ、そうだ。共和国のほうで王女、いや、国王か。暗殺未遂に遭った。犯人を取り逃がしたためチャンスをと言われて任せて来たが、犯人の目星がつかなくてな」
「なるほど、それでこちらにも注意喚起をしに来たんですね」
「まぁ、そんなところだ。一つ聞いていいか?」
アンには適当に頷いておく。
特に考えはないし、大地神の大陸に戻るまでに考える時間が欲しくて来ただけだ。
あとこいつら、俺の考える普通に近い考えを持っている。
だから疑問を解消のため、聞いてみることにした。
「ファナと国王がいる部屋のベランダで一人蹲っている者がいるのだが、何をしていると思う?」
「お腹が痛いんでしょうか?」
アンになるほどと言おうとした途端、ベステアがぽかりとアンを叩いた。
「能天気は黙ってな! あんたもその慎重さすごいと思うけど! 今悠長に確認してる場合じゃないでしょ!? 確認しなくても、それ、確実に暗殺者じゃん!」
ベステアにすごまれて、声を出しそうになるのをなんとか堪える。
「や、はりそうか。うむ、念のために聞いてよかった。念のためにな」
「大変です! すぐに報せに行かないと!」
暗殺者の可能性にアンも慌てるので、俺たちはそのまま移動を始めた。
「あ! 共和国、王国でってことは帝国も危ないかもしれません!」
「え、同盟結ぼうってとこ狙い撃ち? 神の加護って力がなかったら、こんな同時に狙われて生き残れないでしょ」
思いついたように言うアンの言葉に、ベステアも驚く。
俺も内心仰天しつつ、急いで帝国にいるはずのティダとアルブムルナに、コマンド入力を利用したチャットで注意喚起を行った。
同時にマップ化で見えるベランダの不審者に、今度は抜けがないようマーカーをつける。
「おかしいな。ただ屈んでいるだけにしか見えないが、何故気づかない? これは私には見えているが、他は見えていないと思うべきか?」
「そうだと思います。ベランダなんて隠れるところないでしょうし、見つからない対策をしているんじゃないでしょうか?」
「完璧すぎるってのもその辺、逆に盲点になるんだね。自分がわかってても他人も同じじゃないって、ちょっと厄介かも」
俺たちは言い合いながら、ファナたちがいる部屋へ押し通った。
見張りなどを無視して来たせいで、全員の意識が俺たちに向いた瞬間、ベランダから動く不審者がマップ化に頼らずとも見える。
姿は何やら暗い色のフード、襟巻、マント、布製の服、靴も布製で、目らしき光が二つあるだけ。
しかもその姿が見えているのは俺…………とアンも大声を出した。
「だ、誰ですか!? 幽霊!?」
物音一つ立てない相手に、アンが間の抜けた言葉を放つ。
だがそのお蔭で、ベランダからの不審者が距離を詰め切る前に、全員の注目が敵を捕らえた。
途端に、肌全てを隠していた布製品は風でも受けたかのように後ろへと吹き飛ばされる。
その演出には見た覚えがあった。
ゲームにあったアイテム、盗賊の七つ道具の効果切れだ。
忍び込み、急襲、変装、逃亡と盗賊がしそうなことができるというテキストのアイテムで、ゲームとしての性能は、探知系技能の回避。
これは一人のプレイヤーにつき一回。
つまりここにいる者すべての探知を一度回避できるというもの。
だが探索技能を使い直されれば二度目は効かず、さっきのようにアイテム効果がなくなるエフェクトが生じる。
これは探索系技能持ちの狩人などに有効なアイテムだ。
ただし、商人ジョブが持つ鑑定の技能では見抜かれるという特性がある。
(そこは確か、プレイヤーに作用するか、アイテムのほうに作用するかでって話だったな)
思い出しながら、俺は不審者の行く手を阻んだ。
正体が露見しても真っ直ぐ元第一王子を狙っていた。
そうして突き出すのは槍。
盗賊の七つ道具は装備すら隠すため、接近されているとどんな攻撃が来るかわからない。
それを上手く使われた形だった。
(しかもこいつ!? ゲイ・ボルグじゃないか!)
必中クリティカル確定の固有アーツを持つゲームの武器だ。
試練と銘打った幾つものクエストをクリアして手に入れられる報酬武器で、クリアには時間がかかるものの、手に入れれば難しい使用制限もなく扱いやすい。
必中とクリティカル確定はお得で、中級者でも使い続けるプレイヤーはいた。
クリティカルを食らう覚悟を決めた俺の腹に槍が刺さる。
そう思った瞬間、軽く小突かれる程度の衝撃が来た。
「ん?」
「は?」
俺も驚いたが相手のほうも予想外の軽い手応えに声を漏らす。
「は、え? 毒は?」
「ないな。そこは効かないようになっているからいいが、必中であるにもかかわらず攻撃にならないということは、使用者自身が相当弱いな?」
見れば子供らしさの残る顔立ちの少年だ。
そんな歳で殺意が高い。
必中の上クリティカル確定という面倒な性能がある上に、毒を付与する効果までつけていたらしい。
そして俺にはレイドボスとして一定レベル以上でないと攻撃無効の能力がある。
一定レベル以上でも自動反撃が起きるので、相当たちが悪い。
何よりグランドレイスという種族は一切の状態異常が無効という、プレイヤーを困らせるためだけにいるような存在だった。
(クリティカル出てもレベル低くて攻撃自体が無効化されてたら、ダメージゼロなんだな)
思いながら、まずは突き出された槍を掴む。
瞬間、不審者の少年は震え上がった。
掴んだだけでびくともしない力の差に気づいたようだ。
「すぐにその不審者を捕らえよ!」
遅れて国王が命令するが、敵のほうが判断は早かった。
槍を放して距離を取り、俺が追う前に新たなアイテムを取り出す。
いや盗賊の七つ道具を新たに使い、そして煙幕を床にたたきつけた。
これもゲームアイテムで逃走を五十パーセントで補助する効果がある。
だが俺はマップ化で見失わない…………そう思ったのに、気づけばマップ化で見る室内に姿はなくなっていた。
(あ! あいつが盗賊の七つ道具の下にはいてたの、忍びの具足だ! それに被ってたのは隠れ兜、腕に巻いてたのはアリアドネの糸!)
具足も逃走補助の装備でプラス三十パーセント、兜は十五パーセントと糸は五パーセント。
合わせて百パーセント逃走可能な組み合わせとなる。
「むぅ、逃げられたか。手がかりもこの槍だけだが」
「何故、あの装束は…………闇の彷徨?」
悔しがりそうになった俺だったが、どうやら元第一王子には心当たりがあるようだった。
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