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290話:届かない凶刃

 NPCを誰かに自慢する。

 これが実は難しいことがわかった。


(アンとベステアにも聞いても、やっぱり上役から褒められるのはやる気や向上心になるって言ってたし、やろうとしたんだよ)


 大地神の大陸にある湖上の城、設えられた書斎で、俺は机の上で指を組んで考え込む。


「まぁ、大神はいったいどうなされたのです?」

「しぃ、大変な熟慮の途中のようですから、邪魔してはいけないわ」

「スタファさまとチェルヴァさまが慌てて帰って来られてからあのままなの」


 書斎に出入りする魔女やブレインイーターたちがそんな話をしているのが聞こえた。

 よし、あいつらでも試してみるか。


「良い、報告があるならば聞こう。お前たちの気配りにはいつも助けられている。勤勉なる者たちは私の自慢だ。その言葉を無視することはない。臆せず語るといい」


 神らしく上から言うのは、もうそうしないと神じゃない化けの皮はがれそうで怖いからだ。

 その上で気軽にお喋りしようぜって誘いに、褒め言葉を混ぜる。

 ここからスタファ辺りを自慢してみようかと思ったんだが、異変があった。


「あばばば、神にお声を、わ、私などに…………!?」

「お、おぉ、およよ、お役に立てているでしたら」

「光栄でずぅぅうううう!」


 一人は錯乱して盛大な独り言を叫び、一人は喋ろうとして上手くいかない自分に張り手を噛ます。

 最後の一人に至っては、笑顔で泣きだした。


 待ってほしい、想定外過ぎる…………。

 これは、何が悪かったんだ?


「あぁ、その、落ち着け。聞くからまずはゆっくり…………」


 俺が言いかけたら、エルフが一人カツカツと近づいて来た。

 見ていると、正体をなくした三人を後ろから一撃で仕留めて気絶状態にする。

 鮮やかな手並みと強さからして、大地神の大陸のエルフだ。


「失礼いたしました、神よ。慈悲深きお方、どうぞこの者たちの無礼をお許しください。身に余る喜びに取り乱しておりますので、一度御前より退かせていただきたく」


 気絶させたエルフが言う間に、他の書斎勤めの者たちがすでに三人を運び出していた。


「あ、あぁ、うむ。こちらも驚かせてしまったようだ。すまないな」

「神の行いに過誤はございません。神の思考を妨げたことがそもそもの間違い、あの者たちには相応の教育のし直しを行います」

「そう、か、ほ、ほどほどにな」


 エルフの見せる決意の顔に、俺はそうとしか返せなかった。


(…………うん、難易度あがったぞ!?)


 実は自慢のためにアンとベステア相手にスタファとチェルヴァを褒めたのだ。

 けれど少し褒めただけで二人して真っ赤になって帰ってしまった。

 だからアンとベステアに確認したが、褒める、自慢するはいいことだと言う。


 なのにそういう風に話を持ってく前段階で躓いているのが、今だ。


(これはもっとよく考えて実行に移すべきか?)


 正直、落ち込む。

 どう考えても失敗だし、これで周りは神だからって持ち上げるのは続くんだ。


 俺も自己肯定感が欲しい。

 何かこれをやったって達成感でもあればなぁ。


「…………ふむ、これは?」


 俺はなんとなく手に取った紙にある言葉に目を止めた。

 するとさっきのエルフが笑顔で応じる。


「ダンジョン、ルービクに関する報告書でございますね」

「中へ入ったのか?」

「いいえ、大神より厳に戒められましたので、外からに限りますが中を窺った際の様子を」

「うむ、それでいい。あそこはどれだけのルートがあるかまだ確定じゃないからな」


 ルービクはダンジョンとしてルートや罠がランダム生成される。

 ただしゲーム上では容量の問題があり、ルートのようなマップ全体に関わる辺りは六通りほどをランダムだったはずだ。


 だがここで問題になるのが、俺の作った設定。

 名前の通りルービックキューブを想定していた当時の俺は、馬鹿な走り書きをした覚えがある。

 ゲームではそのアイデアも採用されて、道がガチャガチャと動かし正しい道を探るというパズル要素も入った。


(設定考えた時に、六の九乗とか書いた記憶があるんだよなぁ。えぇと、六かける六かける…………一千万越えるな)


 妙に現実に置き換わっている今の状態は、設定だけのはずだったところも採用される。

 もしかしたら本当にあのダンジョンには一千万とおりの道があるかもしれず、そうなると一度入ったら抜け出せないのは確定だ。


 そして敵のレベル帯もランダム。

 さすがに高レベルはレア扱いでほとんど出ないが、それでもレベル八十が運悪く出てくることがある。

 エリアボスであっても分断の罠にはまった先で単騎遭遇しては惜敗もあり得た。


(行くなら飲まず食わず、しかも状態異常にもならない俺が行くしかないな)


 対策がないことはない。

 脱出アイテムを持てばいいんだが、どうせなら自分でクリアしたい。


 そう考えると、こちらで一から攻略した帝国のフェアリーガーデンは楽しかったし達成感もすごかった覚えがある。

 はめ技ははまる、コンボは決まる、何よりレアモンスターが入れ食いと来た。


(脱出アイテム、いや、あの時倒したブルーバードの羽根を持たせると、どれだけレアが出るんだ? それとも運悪く罠にはまることがなくなるか?)


 どちらにしてもアンとベステアはルービク攻略には連れて行こう。

 そのためには帝国で独立支援に行く前の今が狙い目かもしれない。


(俺のマップ化があれば位置を把握することはできるし、たぶん合流もできる。そうなると、罠にはまっても合流までに耐久できる者も必要か)


 思い浮かぶのは殴られ前提のエリアボス、ネフ。

 共和国でテロを使って王室の凱旋を演出し、血なまぐさい街頭演説をしていた。

 さらにファナと王女たちの物語を歌わせて、効果があるのかわからない宣伝活動も計画している。


 あいつ、共和国から離していいかもな。


「少し、共和国へ行く。スタファにはアンとベステアをいつ頃帝国へ向かわせるか聞いておいてくれ」

「仰せのままに」


 エルフは恭しく膝を突いてまで請け負う。

 ただ予定確認にそこまでしなくてもいいんだが。

 俺は落ち着かない見送りを受けて、さっさと転移をした。


 また歌ってたら一回転移し直そう。

 その時にはアルブムルナかティダに帝国分割の予定を聞くことにする。

 そう思ってまずは首都の外へ。

 なんだかんだ人が多いから、決めていた部屋以外に転移するとみられる可能性があった。


(そう言う部屋、伯爵の所にしてたんだが。もう死んだし、この前は歌に居心地悪くて逃げたから場所決めずにいたんだった)


 仕方なく徒歩で首都へ入る。

 まだ以前訪れてから数日しか経っていない。

 なのに首都を歩く人間の数は増えている気がした。

 中には崩れた家の修繕をする者もおり、その様子はまるで災害復興だ。


 俺は働く人間たちを見ながら、まずイテルに案内された道筋を辿る。

 テロリストがはりつけにされた場所へ辿り着くと、張りつけられた遺体はまだあった。

 汚物が掲げられているような不快さに、見ないようにしながら今度はネフに案内された道を辿る。

 そうして行きついたのは仮住まいにしているという屋敷だった。


「さて、ネフたちは…………揃っているな」


 マップ化すると建物はある程度透過される。

 反応はあるが、どうも動きがおかしい。

 蹲る王子と王女、そしてそれを守るように立ちはだかるネフが見えた。


 俺は急いで中へと向かう。

 止められそうになったが以前ネフに案内された俺を知る者がいて通された。


「ネフ、何があった?」


 部屋へ直進すると、ここに来るまでに異変は一目瞭然だ。

 扉は開け放たれて、屋敷内の人間たちは大慌てで動き回っているのだから。


「これは…………申し訳ございません」


 俺の姿に声を詰まらせたネフは、謝罪をする。

 それじゃわからないが、室内を見る限り争った形跡があった。

 そしてネフはたった一つの入り口に正対している。


「失態の上で厚かましいこととは思いますが、どうか、お力をお貸しいただけないでしょうか」


 ネフが手を向けるのは蹲ったままの王女と王子。

 よく見れば、王女の腹には黒い刃の短剣が刺し込まれていた。


「呪い効果か。ふむ、しかもこれは呪い増幅効果も持つアイテムだ」


 言いながら、俺はインベントリから呪い回復の効果がある魔女の薬を出す。

 そのまま剣を抜こうとして思いとどまり、一度王女を麻痺させた。

 そして剣を抜き、回復の後に呪いと麻痺をどちらも解除する。


「は…………、あぁ、神よ。感謝いたします」

「お前だからこそ耐えられたようだが、何があった?」


 王女に聞くと、王子が答えた。


「刺客が現われたのです。ネフさまにさえ気づかれずに」

「その相手は?」


 荒れた室内に死体はない。

 ネフを見れば深く頭を下げていた。


「取り逃がしました」

「お前がか?」


 ネフは大地神の大陸の中でも奥にいるエリアボスだ。

 攻撃能力は著しく低いがレベルは高く、半端にレベルのあるだけのこの王女にも後れを取ることはない。


 つまり、敵はネフを掻い潜るだけのレベル帯。

 その上速度特化か何か、レベル押しでは通じない能力があると思われる。


「狙われたのは僕でした。けれど、姉上が庇って…………」


 王子の元に突如現れた暗殺者。

 王女が庇っていなければ王子のほうは呪いで命を落としていたかもしれない。


「だがその凶刃は届かなかった。まずはそれでいい。あとはどう対処するかだ」


 俺の言葉に、ネフはすぐに顔を上げた。


隔日更新

次回:盗賊の七つ道具

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