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289話:オルヴィア・フェミニエール・ラヴィニエ

他視点

「オルヴィア、お前の処遇が決まった」

「はい」


 私は淡々と寝台から返事をする。

 相手は兄ルージス。

 けれどお互いの間に流れる空気は冷えていた。


 ここは私を軟禁するための部屋。

 怪我の治療を理由に、安静を言いつけられていた。

 けれど共にここまで逃げ延びた者たちとは会えず、その動静も聞こえず、私の世話をする侍女たちは用意されているけれど最低限の受け答えのみ。


「しつこく私を呼んでいたのに、ずいぶん素っ気ないものだな」

「呼んでも忙しい以外の返答もなく、その上で自らの都合だけでいらっしゃるなら、もう決定した後。私が今さら申し上げることに耳を傾けてはいただけないでしょうから」

「可愛げのない」


 そんなものあっても、もう遅いことだ。

 王国は攻め込まれた、父である先王は亡くなった、王都は陥落した。

 国王として立ったアジュール兄上は、王であったことをなかったことにされている。

 軍は瓦解し、街は焼かれ、民は殺され、英雄ヴァン・クールは去った。


 私も手を尽した、考えられるだけの抵抗はしたのだ。

 けれど、すべては無駄に終わった。

 軟禁されて考える時間ばかり与えられた今となっては、後手に回らされていたことがわかる。

 つまり私が打った手はすでに敵が示した狙いどおり、何をやっても甲斐がない詰みであったことを今さら悟った。

 帝国の新帝が弱腰の皇太子だったという風聞に、目が曇っていたのだ。


「だからこそ、私も情などに動かされずに済むがな」

「まだあったのですね。父を見捨て、弟を助けず、私を幽閉してなお」


 つい、無駄な繰り言を向けてしまう。

 途端に兄は私を射殺さんばかりに睨んだ。


「先に見捨てたのは誰だ? 助けなかったのは誰だ? こちらに追い出したのは? 奪ったのは? 何もできず傍観しかできなかった者が賢しらぶるな」


 叩きつけられる非難に、私はやったと、手を打ったのだと言いたかった。

 母が操られる状況を改善しようとし、国王である父の暴走を止めようともした。

 何より私は兄たちに忠告もしていたのだ。

 少しでも傷が少なくなるように、少しでも現状よりましになるように、少しでも希望が遺せるように。

 私の行動を無為にしたのは私ではない。


 そう言いたいけれど、結果として私の手には今や何も残っていないのだ。

 頑張った末の結果などない。

 だからこそ私の頑張りなんて言ったところで意味はなかった。


「所詮アジュールなどに靡いた浅慮がお前だ、オルヴィア」


 浅慮で言えば、弟を、父を思いやらず、長子という生まれに胡坐をかいたあなただ。

 もっと周囲を人を思いやれば、見捨てられることもなければ、助けようという声も上がったはずで、追い出される前に忠告を受けられただろう。

 追い出される前に、奪われる前に、父王の独断は止められたのは誰よりもこの兄なのだ。


 これも、言ったところでもう遅い。

 そう感じてしまえば、子供のように怒る兄に言葉をかけることにさえ倦怠感を覚える。

 ただそれでは王国がこの先立ち行かず、人々が苦しみの中彷徨う。

 こんな方でも唯一生き残った兄だ。

 聞く耳があるか知らないけれど、忠告だけはしよう。


「本当に敵は神聖連邦ですか? それは真なる敵からの欺瞞では? 本当に熟考した末の棄教でしょうか? 今やあなたは唯一の王です。ですがそれを理由に民がついてくるとでも? 価値観が揺らいだからと安易に他の神など…………」

「黙れ!」


 無理な変更よりもまずは安定を説こうとした私に、兄は突然の怒声で遮った。

 耳に聞こえた声は確かに怒りのようだと思ったのに、見つめる先では兄の目に、確かな怯えが浮かんでいる。


「…………何があったというのです? 私たちが王都を守る間に、いったいこちらで何が?」


 私はベッドから降りることを許されていない。

 それでも兄のほうへ這うように距離を詰めた。


 私はリザードマンという今までにない生き物を見て、過去の記録にある異変の端緒ではないかと疑った。

 でもそこから動いて金級探索者『水魚』が壊滅するという、おおよそ想像の範囲を越える事態に陥っている。

 兄が救世教を国教から外し異教に改宗したと聞いた時、異教徒だろうリザードマンの姿がよぎったのだ。

 何か、歴史に残る事件が起きているのではないかと。


「聞くな」


 吐き捨てる言葉は、絞り出すような声音で漏らされる。


 思えば金級探索者を失ったというしくじりで、私は自らの行いに迷いを抱いた。

 その時にアジュール兄上は逃げ、この兄は慢心している。

 そこにホージョーが隙を見出したと思ったけれど、本当は逆であったらどうだろう?


「私たち三者が関わるからこそ、『水魚』が狙われた…………? ホージョーが付け入るために、事件は起こされた? まさか、全て、この王国の状態は、全てが誰かの思惑だとでも…………?」

「馬鹿な。そんなことは…………!」


 否定しようとしたその声に宿る必死さに、兄自身も気づいて黙る。


「心当たりが、あるのですね?」

「ない、そんなものは」


 今度は素っ気ないほど端的な否定。

 けれど私はいっそ確信を持ってしまった。


 何者かがいる。

 そして兄は操られた自覚があるのだ。

 金級探索者を瓦解させ、王位継承権者たちの心情を操り、帝国侵攻の布石にした上で、帝国さえも弱らせる。

 そんな人知を超えた策謀を、成せる者に心当たりがあった。

 かつて英雄ヴァン・クールが、職務放棄と追及されることも厭わず王都に戻って報告した、この西に近い場所での異変。


「まさか、それが…………西の山脈にいたという神なのですか?」


 兄は顔を背けた。


「話が逸れた。お前の処遇についてだ」

「答えてください」

「今さらすべて遅い」


 その言葉に息が詰まる。

 ここまでの全てを否定尽され、それでもまだ足掻こうと言う自分に気づかされた。


「王国、帝国、元共和国の三国で同盟を結ぶ。その証に姉妹の女性をそれぞれが婚姻に出す。お前は新たな帝国皇帝の妃になれ」


 どの国も弱っている上に、この一年で変化が激しい。

 争いの終結を決定づけるには最良の手だろう。


 だからこそおかしいと私は思う。

 この短期間でそれ程の解決策を、乱れに乱れた国で誰が主導したというのか。

 ましてやいつ、どうやって、そんな大掛かりな取り決めをしたというのだろう。

 王国と帝国は戦争をしていたし、元共和国に至ってはまだ国体も安定していない。

 なのにすでに決定事項として王族の婚姻が進んでいる。


「最初から、この流れを? 神聖連邦を敵視しているならば、人々を別つ壁として国を繋ぐため、国力を揃えるような…………?」

「黙れ」


 兄は背けていた顔を私に向けて、睨み下ろした。


「お前は何もするな、何も考えるな。どうせ無駄だ」

「そんな、神聖連邦も黙ってはいません。まして向こうにはヴァン・クールが…………!」


 すでにヴァン・クールの去就については伝えてある。

 裏にいる者を倒すためにとも訴えたが、兄は聞く耳もたず、ヴァン・クールに対しても聞こうともせずにいた。


「もはやこの王国の英雄は、肝心な時に役に立たず、戦乱の内に逃げ出した男ではない」

「それをあなたが言うのですか? 北の防衛に戻さなかったのは、貴族同士の勢力争いで、そこに担ぎ上げられていたのはあなたも同じです。今国王を名乗るのであれば、そのようなバランスゲームに巻き込んだ己の不徳を…………!」

「それを起こしたのはアジュールのくだらない野心だ」


 自分に非はないと言い切る独りよがりな言葉に、私は唖然とする。

 何より王都を守る苦難と奇跡のひと月を無視して、いっさいを評価しないとは、あまりにも防衛に回って死んだ民にさえ情がない。

 ましてやヴァン・クールの奮闘も、アジュール兄上の克己も全て、この兄は取り上げる気がないのだ。


「お前だけが人々を、国を案じているなどと思い上がるな」


 突きつける言葉は、あまりにも非道だった。


「お前は間違えたのだ。自らが賢しいと思い上がってな」

「そのようなことは…………」

「あるだろう。姫の分際で弁えもなく動いて、結果神に目をつけられた。私は言われたぞ。最初に動いたのはお前で、小賢しい考えと動きをさせないように封じたと」

「え?」

「お前があの時、金級探索者を使うことをしなければ、あの者たちも神の目に留まることもなかっただろうに」


 つまりそれは…………私の動きを見て意図を読み、そして妨害した者がいる?

 『水魚』があんなことになったのは本当に私たちに関わったから?


 けれどあの時、私はまだ調べようとしただけだ。

 結果を見てからと構えていた、そんな段階で?

 私が知って何をするか、邪魔になるかを察した相手が、本当にいる?


「もう一度言う。無駄なことをするな」


 兄はもはや怯えを隠さず念を押した。


「お前は十三番目で帝位など届かなかったはずの男を飾るためだけの存在だ。無駄な言葉はいらない。浅はかな考えなど害悪だ」


 兄は心底そうと信じて私に忠告するらしい。

 そのたびに私の中には反論が湧きあがる。

 そんな心中に気づいた様子で、まるで聞き分けのない子供に聞かせるように兄は続けた。


「利用された自覚を持て。そして負けたことすら気づかず、周囲を巻き込んで自らの才を盲信した結果を見ろ。誰が生き残った? お前以外に誰がいる? 藪をつついて蛇を出したのは誰だ?」


 知らなかったとは言えないし、何かあると、自分なら対処できると思ったのも確かだ。

 それは思い上がりであると、兄は現状を突きつける。


「他全てを犠牲にして生き残った、道理を曲げ、他人の命を踏んで、賢しらぶって国の行く末を曲げた。それが今のお前の評価だ。生き残った民は、お前を悪の王女と呼んでいる」


 かつてアジュール兄上に、私は悪になれと言った。

 生き残った先で悪の極みとして強権を振るい国を立て直せと。

 結果、私は王権などない姫で、生き残った故に全ての結果の集約として悪名だけを得た。

 批判が弱った民の鬱屈とはわかっているし、予想してアジュール兄上にもそう言ったのに。


 けれど実際、そうとなれば、辛い…………。


「お前を国外に出すのは最後に生き残った妹へのせめてもの配慮だ」


 そう言って兄は背を向ける。

 私はぼんやりと見送りながら、何が悪かったのか間違ったのかを無駄に考えていた。


隔日更新

次回:届かない凶刃

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