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288話:王国の新英雄

 王国で賢人のふりをする俺は、レジスタンスの宿舎として提供された屋敷の一室にいた。


「経歴に見合わない角獣の乙女呼びには慣れたよ? けどさ、あたしはただの地方の探索者なの。国とか戦争とか手に負えるわけないじゃんー」


 机に突っ伏して嘆くのは、角獣の乙女として人前に出るために着飾ったベステア。

 見世物よろしく民相手に愛想を振りまいた後に捕まり、こうして愚痴を聞いている。


 俺も情報欲しくてうろついてたからいいんだけど、ベステアの身にそぐわない重責を嘆く心情はよくわかった。


「国というと、帝国を割るための独立の動きを先導するように言われたのだったか?」

「そうなんです。ファナさんがこちらに残るから、私たちが旗頭にって」


 同じく着飾られたアンも、がっくりと肩を落としている。


 愚痴の合間に聞いた状況としては、王国を離れる前の賑やかし。

 スタファが言っていたとおり、帝国を小さい国になるようにする動きが始まるそうだ。

 そのためレジスタンスに協力した偉い人間たちの領土を、帝国とは別に国として独立させる。

 もちろんそちらの自治を確立させなければいけないので、適当ではいけない。

 きちんと順番を決めて、最終的には帝国が併合を諦めるように一息に独立してしまう必要があるそうだ。


「独立の後は、なんだったかな?」

「わかってる、覚えてるよ。そんな確認しなくてもいいて」


 体を起こしたベステアがうるさそうに手を振る。

 本気で聞いたんだが、もう一度確認すべきか?

 迷っているとアンが指折り数えた。


「帝国での反対勢力を粛清、そして王国、元共和国の三カ国で同盟。帝国から独立した小国は、まず安定優先。それで、今の新帝が取り成す形で同盟入り、ですよね」

「つまり帝国から独立するのにやりすぎちゃいけないなんて、どうすればいいのよ!」


 ベステアがまた突っ伏してしまったが、アンも溜め息を吐いて不安そうだ。


「そんな繊細な政治的問題、私たちの手に負える話じゃないですよぉ」


 わかるわかる、俺も神なんて柄じゃないのにさぁ。

 しかも国とか絡むと、なんでってこと多いし。


 俺が頷いてたらベステアは顔だけを上げて俺を睨む。


「ちょっと、発案者がなんでその反応なのよ。あたしたちに荷が重いってわかってるならやらせないでよ」

「いや、お前たちを帝国にやることにしたのは私ではないぞ?」

「じゃあ誰ですか?」


 妙な勘繰りを否定すると、アンが首を傾げた。


 誰だろう?

 帝国のことだし、独立の動きに関わる意欲はティダとアルブムルナか。

 けど今ここは王国での人事だ。

 王国における戦力の配分となると無視できない者がいる。


「…………スタファか?」

「お呼びでございますか!?」


 突然いた部屋の内側、扉の前にスタファが派手にスカートをなびかせて現われた。

 なんでだよ?


「え、え? この白い美人さんが?」


 ベステアも突然のことに戸惑い、俺とスタファを見比べる。

 アンは頬を染めて、見とれてるだけで俺の発言なんて忘れているようだ。


「神よ、ご用命でしょうか?」

「いや、大したことではないのだが。まずはなぜこんなに早く現れた?」

「スライムハウンドに私をお呼びの際には何を置いても報せるようにと。イテルに先を越されたような失態は二度も犯しません」


 やる気がすごい…………。


「心意気は買うが、お前にも務めがあるだろう。スライムハウンドもつき合わなくていいぞ。ご苦労だった」

「以後気をつけます」


 俺の言動を報せただろうスライムハウンドが、項垂れるような格好で座り込んでいる。

 あまり言っても可愛そうなので、俺は話を戻すことにした。


「アン、ベステア。聞きたいことがあるならば聞くといい」

「え、こんなきれいな方、じゃなくて、トーマスさんの側近ですよね? 私たちが軽々しく口を聞いていい訳ないですよ」


 俺はベステアと共におかしなことを言ってるアンを見る。

 だがベステアは考えた末に頷いた。


「まず間違いはトーマス相手に直接聞いたことかも。ほら、王さまも直接声かけちゃ駄目って言われたし」

「確かに。ということは、トーマスさんに直接聞いたのが間違いだったから、間に挟む方を呼ばれたと?」

「呼んでないぞ。だが、来たからには聞けばいいとは思っただけだ」

「ふぅ、恐れを知らぬ蒙昧な人間ではありますが、神が自ら目をかけ期待にたがわぬ働きは聞き及んでおります。神がお許しになるのならば、良いでしょう。質問を許します」


 そしてスタファが随分上から許可を出した。

 俺を相手にする時と違って、真っ白な姿は侵しがたい高貴さと圧を感じる。

 思えば巨人たちの代表の立場なんだから、風格があって当然なんだ、そのせいで一般人的なアンとベステアは委縮してしまった。


(うん、これ、アンとベステアが正しいな。身分違いってやつだ)


 ただ問題なのが、俺も一般人なのにスタファの上に置かれてることだろう。

 違うんだよなぁ、と言えればいいんだが、それは神として駄目な言動だ。


 そう思っていると、アンが意を決して声を上げた。


「あの、どうして私たちを帝国に? 今までのこともあって、ファナさんのほうが上手くトーマスさんの意図を達成できると思うんです」

「全然国とか戦争の機微なんてわからないですよ、あたしら? トーマスの考えたことやらせるなら他の人のほうが間違いないと思います」

「神に従おうという意思はわかりました。その上で失敗を忌避する敬虔さも評価しましょう」


 スタファ曰く、少しくらい失敗しても構わないからアンとベステアを選んだという。

 逆にファナは、立場的にここから負けや敗走はどんなに小さいものでも避けるべきだと。


「すでにこの西に移った王国において、新たな英雄と呼ばれる人間です。今までの小集団の頭ではなく、国の顔として、新たな英雄として立ち振る舞いに気をつけなければいけません。直接動くことに大きな意味が付随してしまう中、どんなに小さな負けでも国の問題になります。であれば、人を派遣して指揮に専念させる。そのための指導もすでに行っています」


 スタファもレジスタンス相手に何かしていたらしい。

 思えば今のファナは王国の新英雄と持ち上げられても微動だにしない。


「そう言えば、ファナは随分演説がさまになるようになっていたな。王国侵攻前ではアンとベステアのほうが不慣れな様子だった」

「はい、まさにそれです。やはり神は全てわかっていらっしゃる」


 いや、全然わかってないぞ。

 スタファがまた何か勘違いするうちにアンが手を打ち合わせた。


「あ、もしかして。私たちは現地で命令に従うだけで、ファナさんが戦場に出ないまま人を使うための練習をするんですか?」

「あぁ、今のあたしたちなら不測の事態があっても、力技でうやむやにできるし。ファナと仲良かった共和国のお姫さまも国に戻っちゃったしね」


 何やら納得しているが、結局はファナが重要ってことか?


「そう、神のご意向であることを忘れなければ、訓練くらいの軽い気持ちでいいのです。帝国の中枢はアルブムルナとティダがきっちり目を光らせていますから」

「な、なぁんだ。それなら気も楽です」

「私たちも人に命令しないといけないかと思いました」


 そんな柄じゃないのは、当人たちがよくわかっているらしい。

 だがそれを言えばファナも、そんなことしていない人間だったはずだ。


「すでにお前たちの指示に従う者はいるんだ。やればできるとは思うがな」

「「無理!」」


 全力で否定された途端、スタファが冷たい目で睨んで一歩前に出る。


「神のお言葉を…………」

「「ひぃ!?」」


 俺はアンとベステア側にいるので、手を向けてスタファを止めた。


「待て待て、いくら才覚があってもその気のない者に強要しては成果が下がる。その、だから神がどうこうではなく、本人のやる気を大事にする方向で人を使えないか?」


 スライムハウンドのこともあるし、そう思ってスタファに注意したら、また盛大にドレスのスカートが宙を舞った。


「ほほほ、神の司祭を務める者が、神のご意思を心得違いとはなんて無様。神でもない身で神のお側をうろうろしておいて恥ずかしいことですわね」

「何故お前が来るんだ、チェルヴァ」


 そして後ろにはいつもの黒いエルフと、今日はスライムハウンド二匹目。


「申し訳ありません、スタファさま。四足の生命に対する優越のある神であるため、致し方なく」


 どうやら神としての権能で従わされて、スタファが俺に会いにここにいると、二匹目のスライムハウンドが教えたらしい。


 権能…………? 確か獣の母神とかいう設定だな。

 グランディオンが狼男になって暴走しても止められる力だったはずだが、まさかスライムハウンドにも有効だったのか?

 つまり、獣=四足?


「チェルヴァ。今スタファにも言ったが、その気のない者に無理じいをするな。上に立つ者としてそれはいけない」

「う…………申し訳、ございません」


 俺の注意にチェルヴァがしおれる。

 スライムハウンドたちは尻尾を振って俺を見上げていた。


「すご、明らかに常人じゃない圧のある美人二人を…………」

「普段気さくなのに、こういうところはやっぱり…………」


 いや、お前たち相手がほぼ素だからな。

 アンとベステアの一般人的な毒のない対応楽なんだよ。


「くぅ、人間に寵を奪われるなんて」

「私たちのほうがお仕えして長いというのに」


 何故か悔しがるから訂正しておこう。


「お前たちが私を待ち望んでいたことはわかっている。その思いが真実となった結果が私なのだとしたら、私は決してお前たちを愛することをやめない。そこは安心するといい」


 日の目を見られなかったNPCたちは、俺が望んで生み出した存在であり、切り捨てられた俺の設定を踏襲して待ち続けていた者たちだ。

 見捨てるなんてしないし、できるわけがない。


「「ふぁぁあん…………愛…………!」」

「すご、美女二人が完オチした」

「かん? えっと、トーマスさんが部下をとても愛していらっしゃるのはわかりました」


 ベステアに続いてアンが頷いた途端、スタファもチェルヴァも赤くなる。

 それでようやく、俺はNPCを他人に自慢するようなわかりやすいことをしてなかったことに気づいたのだった。


隔日更新

次回:オルヴィア・フェミニエール・ラヴィニエ

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