287話:七徳の謙譲
他視点
七徳の忍耐が戻った。
王国の英雄と呼ばれるヴァン・クールを確保し、道中に小王国で英雄の子孫と目されていた探索者も確保している。
どちらも危うい状況だった上での成果だと思えば、パワーレベリングを中断しての作戦行動も無駄ではなかったということだろう。
だが、七徳の謙譲と呼ばれる私も含め、この場に集まった者たちの表情は暗い。
「レジスタンスは確実に黒だった。顔を隠した人外が幅を利かせてる。だから共和国から逃げ延びた王室の姉弟は、人間を裏切ったと見ていい」
忍耐は戻ったばかりだが、休息よりも報告と言ってこの場にいる。
集めた英雄の子孫は逆に、治療の必要がある状態だったため休んでいてここにはいない。
戻って早々忍耐が情報の共有を優先した理由は、すでにわかった。
異界の英雄三人にも同席を願い、話を聞いてもらっている。
そして私も共有するべき情報があった。
「忍耐、君が出るのと入れ替わりに、亜人がやって来た」
「亜人? どれだ? その時期にこっちまで来られるとなると…………海路が使えるライカンスロープか、ドラゴニュートか?」
「ドラゴニュート、ドワーフ、ヴァンパイアの三種だ。もたらされた情報の確認と英雄の子孫確保のため、勤勉にはまた帝国へ向かってもらったため不在にしている」
帝国の情勢は今、かつてないほど不安だ。
行って帰ってくるだけの時間が短くて済むよう、単体での行動が最も早い勤勉に当たってもらわねばならないほど。
同時にまだ存在は確認できても、接触できていない英雄候補をできるだけ集めて帝国から連れ出す必要ができた。
もっと時間はあると思っていた。
そのために用意を始めていたというのに、帝国侵攻から王国の陥落は早く、さらには帝国内での政変、王国での第一王子即位、共和国滅亡からの王室凱旋までが矢継ぎ早で、事態は変化し続けている。
「正直、神聖連邦は帝国の王国侵攻から始まった事態に追いつけていない」
私は赤裸々に内情を語る。
「レジスタンスに裏があるとわかった今、共和国地域でのことも、何処まで人外が関わっているかを警戒せねばならないか」
神聖連邦に残って子孫たちを指導していた慈悲が重く応じた。
これだけでも気の重い状況だが、もっと難題が控えていることを知っている故の沈痛。
私はまだ、亜人が持ってきた情報の内容を言っていないが、慈悲は一緒に聞いたのだ。
「すでに、ドワーフ賢王国は未確認勢力に王都を侵攻され、実質敗北したらしい」
私の告げる言葉に、忍耐は口を開くも声は出ず、異界の英雄たちも目を瞠る。
「実質っていうのはどういうことかしら?」
厳しい表情でフルートリスさまが問い質す。
私も聞いただけであるので、聞き及んだことを、語ったドワーフの感情らしき部分は切って告げた。
人為的にもたらされた七日の災いを聞いて、忍耐はこめかみを押さえて呻く。
すでに知っていた慈悲は、少しでも情報を得ようと話を振った。
「ダークドワーフという種族について、英雄方はご存じないだろうか?」
「聞いたことないわ。名前からしてドワーフの亜種?」
「特定クエストにだけ出て来るエネミーよ」
「あぁ、あの黒いのか。ドワーフの上位種みたいな」
アンナさまは知らないが、フルートリスさまとストックさまは知っているようだ。
プレイヤーのいうクエストとは、特定の事件や事柄だという。
つまり、異界でも特定の条件が揃わなければ現われない珍しいエネミーなのだろう。
「ドワーフ曰く、邪悪な存在であると語っていました」
「闇属性のエネミーだからか?」
さらに言葉を重ねる慈悲に、ストックさまが思い当たることを口にする。
どうやらプレイヤーでも亜人たちがもたらした情報は知らないらしい。
予想はしていた。
存在は知っていても実在は確認されていないと、そう、かつてのプレイヤーたちも明言している存在なのだから。
「…………ダークドワーフを筆頭に、大地神の信徒が、太陽神の信徒であるドワーフを攻撃したとのことです。通じる人間、そして人型の信徒もおり、その者の名はトマと言うそうですが、心当たりは?」
「大地神…………」
知識面では他二人よりも劣るアンナさまも戦く存在。
異界の主要な神の一柱であり、異界においては世界の理を担う神だとか。
「ドワーフとヴァンパイアは太陽神の信徒であるとか。ドワーフは歴史的にダークドワーフと対立。ノーライフキャッスルのクリムゾンヴァンパイアは大地神から太陽神に鞍替え。こうしたことはご存じでしたか?」
私の問いに応じたのはフルートリスさまだけだった。
「ノーライフキャッスルには図書館があって、そこで取得できる情報よ。ドワーフのほうは、確か特定のクエストをクリアすると、太陽神の教会で聞ける話のはず」
「良く覚えてるな。ノーライフキャッスルは長ったらしいテキスト情報多くてもう覚えてないぞ。石碑とか壁画とかもテキスト出るし。トマなんてエネミーにもNPCにも覚えはないな」
「図書館って本棚の場所によって出てくるテキスト違うあそこでしょ? まさか全部見たの? やり込み過ぎじゃない?」
ストックさまは言われて思い出す程度で、アンナさまに至っては呆れるようだ。
そんなアンナさまに、フルートリスさまは不機嫌に声を潜めた。
「だから、プレイスタイル違うんだって。最初はそうやってテキスト読み漁る奴多かったんだよ」
乱暴な言葉遣いは女性であるなら違和感を覚えるのだが、本来の性別が男で、こちらに来たことで変わってしまったという話は聞いている。
過去に異界からやって来た英雄たちにはよくあることだとか。
とは言え実際目にすると、やはり慣れない。
「ドラゴニュートのほうはどうなの?」
フルートリスさまは言葉を戻して詳細を求めた。
「聖蛇が予言をしたそうです。それによって直接被害に遭った二種族と合流。英雄を追って共に神聖連邦へ至りました。予言では、聖蛇でも敵わない何者かが現われるそうです。それこそ大地神であると亜人たちは言っております」
私の言葉に英雄たちは顔を見合わせる。
「大地神が出て来るってことか? じゃあ、封印どうなった?」
「つまり、大地神の大陸って本当にあったの? こっちにあるの?」
「未解放のエリアってことか。しかもダークドワーフなんてなじみの薄いエネミーもいる」
どうやら異界の英雄たちにとっても、大地神は未知数であるようだ。
その間に慈悲が忍耐のほうに詳細を求めていた。
「レジスタンスが人外を抱え込んでいるとなれば、王国に関わるレジスタンスのほうにも混じっていると見ていいだろう。そして元はレジスタンスが活動していた帝国にも手を伸ばしていると思うが?」
「そうなるか。いや、だがありえないほど手広くやってることになるぞ。いったいどれだけの時間をかけてこんなことをし果せた?」
確かに手広いと言えるほど広範囲に影響を与え情勢を動かしている。
そして世界情勢を注視していた私たちの目をすり抜けた状況から、慎重で、精緻で、それでいながら大胆な発想の敵であることは窺えた。
とんでもない相手としか言いようがないが、それこそが大地神の信徒なのか、大地神そのものなのか、私には判別がつかない。
「相手は相当上手だ。帝国を割って、できる限り今の帝室とは救世教の切り離しを行う。ただそれも後手に回っている現状は覆しようがない」
私の言葉に、慈悲も忍耐も頷くが不安がぬぐえない。
よくわかってない敵だからこそ、情報を集めるだけで終始している状況だ。
帝国も押さえていたはずが気づけば手を回されていた。
王国も侵攻して終わりのはずが今も健在であり、共和国やそれ以前の王室など論外だったはずが復活している。
気づけば全てに手を及ぼされ、私たち救世教のほうが追い出しを食らっている状態だ。
「国三つか。そうなると、組織が来て手広くやってるんじゃないか?」
こちらの話を聞いていたストックさまが漏らす。
英雄が残した資料には、異界にも悪を成す組織の話があったが詳細はわからない。
できる限り目を通しているものの、知識が追いついていないのは、私の若さと、熱心だった救恤に任せてしまっていたつけだろう。
「あぁ、赤髪とかいそうだよね」
「あれは悪政やってるところ限定だし、一国の範囲よ。今回は違うでしょう」
アンナさまに返したフルートリスさまは、思いついたように呟く。
「これ、何かのイベント?」
フルートリスさまの言葉に他二人も考える様子を見せた。
「組織ってさ、エマージェンシー? 邪教徒が神の復活ってありそうじゃない?」
「あの通知か。となると復活するのはイブリーン、はおかしいか。すでに復活したって通知だったし」
英雄が揃った理由である、あり得ない告知というものが関わるのか?
預言者である七徳の純潔は何も未来を見ていないと、枢機卿は言っていた。
正体の知れない仲間だが、それでも純潔の預言には助けられて来た過去があるため信用はしているが。
「そっち、預言は何かないの?」
私の考えを読んだようなタイミングでアンナさまが問いかけた。
驚いて答えられない私に代わり、慈悲が応じる。
「それが、夜空を見たといった後、何も見えないそうで。枢機卿も純潔の不調にかかりきりらしく、我々の指示も人伝いの状態です」
私は密かに息を整え、落ち着いて続けた。
「枢機卿は白き方と話すことが多くなり、何やら先を見据えてまた動きがあるようです」
七徳は指揮を執る者であり戦力でもあるので、戦争があればいかなければならない。
今パワーレベリングは私のみが受け、慈悲は集まる英雄の子孫のレベリングや調整を。
現場で動ける忍耐と勤勉は現地へと、手が足りないが言ってられない。
そんな中外から報せがあると声をかけられた。
人払いをしていたが、急報であるとのこと。
「竜人多頭国から続報の人員が参りました。聖蛇の言でただ一言を伝えろと強行に申し立てるため、失礼ながら…………」
困惑ぎみの報せに、私たちは目を見交わす。
ドラゴニュートがそれだけ急かしてここに予言を伝えるとなると、ただ事ではない。
だが、意味がわからないと言いたげな報せの様子も気にかかる。
「ともかく内容を教えてくれ」
「は、それが…………大地神はすでにいるとのみ」
本当に一言だ。
けれど、同時に無視できない重大な事実を伝えている。
大地神はすでにいる。
つまり信徒ではない、神使という巨人さえ凌駕する存在でもない。
そのさらに上。
そんな脅威が人知れず、世界に存在していることが明らかとなった。
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