285話:二者択一
歌とか作ってた共和国での羞恥プレイから戻り、今俺は議長国にいた。
ヴェノスに呼ばれてきただけだったが、悪くない。
「初めて訪れたが、良い気候だ。海を望む階段状の街並み。まるで迷路だな」
議長国はいうなればエーゲ海風の気候と景観が広がっていた。
色美しい海とのコントラストも映える様子は、観光地に来た気分になれる。
しかも広いバルコニーで独り占めと来れば、まるで高級ホテルだ。
「お呼びたてしたというのに申し訳ない」
「ご、ごめんなさい。すぐどかしますか?」
俺は満足しているのに、ヴェノスにグランディオンが妙な気遣いを口にする。
(猫はこのグランディオンの種族である狼男より酷いって言ってたが、どれだけなんだ?)
イテルの台詞を思いながら、俺はバルコニーから室内を振り返った。
そこには放心したカトルと一緒に、見知らぬ男が二人、椅子に座り込んでいる。
一人はカイゼル髭というのか、目立つ口髭のがっしりした体格の男。
もう一人は側面だけ髪の残る裏寂しい髪型の男。
どちらも中年で、服装からそれなりの役職持ちだとは推測できる。
ただ誰も口を聞けないので、未だにこいつらが誰なのかわからない。
「気にするな。そろそろ人間たちの反応にも慣れた。元より、相容れぬ他種族と知っていて今まで顔を隠していたのだ。受け入れるまでは待とう。何より、この国の美しい景色は見ていて飽きない」
実際どこよりも観光地らしい景色だ。
前から世界遺産なんかが好きでゲームでも取り入れて作ったほど。
ただグラフィックやデザインがどれだけ良くても、ゲームでは作り物感のあるこぎれいさがぬぐえなかったんだ。
こうして本物を見ると、生活感が足りないことがわかる。
(だが王国にあったノーライフファクトリーには経年の重みというか、長く稼働し続ける工場の風格が感じられた)
元は俺が設定を作ってデザインしてもらったダンジョンだ。
ゲームではあれほどの不穏な風格はなかった。
もしかしたら大地神の大陸にある世界遺産モデルの建物も、これから時間をかけて本物になって行くのだろうか。
「は、はぁ…………! いや、なんとも、えろうすいません」
カトルが大きく息を吐きだしてようやく正気づく。
「トーマスさん、なんですよね?」
「そう名乗っていた者だ。私には人のような名はない。故に、ヴェノスやグランディオンは私を神と呼ぶ。司る範囲から大地神と呼ぶ者もいる」
「は、はぁ…………大地?」
カトルは隠さない俺の宇宙顔を見直して繰り返す。
「神は闇を司るお方でもあり、本来は天の神です。そのため現在のお姿は空をかたどっておられるのでしょう。しかし神のお姿は幾千も存在すると言われます。今回はこのお姿というだけですよ、カトルどの」
「えっと、姪の女神さまが地母神で、お嫁に行かれたからその後の大地の司を引き受けられたって。現われる側面によって怖いこともありますけど、今の神はとてもお優しいんです」
ヴェノスとグランディオンが大地神の設定を語ると、カトルは首を緩く横に振る。
「確かに実は人間じゃないとは聞きましたけど、神と言われてそうそう理解できませんわ。お姿見ても、正直追いつきません」
「おい、カトル!? この、このような方に気安く!」
カイゼル髭のほうも正気に戻ったらしいが、乱暴にカトルの肩を掴んで止める。
なので俺は手を振って意思表示をした。
「気にする必要はない。カトルどのとは良好な関係を築いた末の軽口。姿は偽ったが私は私のままカトルどのとは対話し、共に行動した。今さらだ」
「でしょうねぇ。喋ってたらトーマスさんですもん。いっそ神さまって話は理解できませんけど、トーマスさんの恐ろしいまでの冴えが人知を超えてるいうなら納得できますわ」
カトルは照れた様子で笑って頷く。
「そう言えば、トーマスさん。その名前他にも使ってる人いてます?」
「あぁ、レジスタンスのほうにいる。表向きはトーマス・クペスは帝国に残ってレジスタンスに合流し、今は角獣の乙女と王国にいることになっているからな」
「そのレジスタンスのトーマスさん、共和国以前の王子と王女を保護して逃がした立役者って聞いたんですけど?」
「そうだな。…………話で聞くよりも、大したことはしていないんだが」
念のため、吟遊詩人が歌う予定の壮大な物語がおおげさだと匂わせておく。
「いやぁ、ライカンスロープ帝国制圧したヴェノスさんとグランちゃんが敵わないと明言するお人、じゃなくて神さまなら、人間が苦難の果てに達成できるかどうかもわからないこと容易くなすと、なるほどなるほど」
「そう言うことじゃないんだが。それに私だけではなく、実際に行動し努力した者が他にいる。それらを蔑ろにして私だけの功績とは言えないだろう」
「わかってます。本当そういうところトーマスさんですね。いやぁ、度肝どころか魂抜かれるほどのご面相なのに、グランちゃんが言うとおりお優しいことで」
魂抜かれるって、そんなに怖いか?
あと、結局俺すごいになってない?
すごくないぞ、本当に。
俺の知らないところで色々進んでるんだよ、それが最終的に俺が計画したように言われるんだよ。
けど通じてない雰囲気だな、これ。
いや、カトルが言うとおり俺は俺で、カトルもカトルだ。
最初からこいつ、俺への評価高いし、今さらだったな。
「で、場もあったまったと思うんですがね?」
カトルが軽口を向ける相手はカイゼル髭だ。
「…………お前、よくこの状況で」
そしてカトルたちは一言も発さない頭頂の寂しいもう一人に目を向けたが、反応なし。
虚空を見て茫然としたままだ。
「って、息してないぞ!?」
「はい!? ほんまですか!?」
カイゼル髭にカトルも慌てて掴みかかるように揺らすが、不自然にぐったりしている。
話し合いと言われて来たんだが、不快はないくらい景色に満足してるしもう帰っていいかな?
いや、けどたぶん俺のせいだし、インベントリから状態異常全回復のアイテムを出すくらいはしておこう。
この瑠璃光薬鉢は恐怖状態なんかも回復できるから、多分効くだろう。
「ヴェノス、これを」
ヴェノスが瑠璃光薬鉢に盛られた丸薬を一つとり、それを側頭部のみ豊かな中年の口に押し込み飲み込ませた。
「…………ぶはぁぁああ!?」
あ、息吹き返した。
激しく呼吸して辺りを見回したそいつは、俺を見て床に倒れそうになる。
けれどカトルとカイゼル髭に支えられて、椅子に押し戻された。
「しっかりしろ! お前の能力が必要な場面だ!」
「こっちとしても、信用のために起きててほしいんですけど?」
カイゼル髭は頬を叩き、カトルは軽くゆすり、気絶することを許さない。
そうしてようやく自己紹介ができた。
カイゼル髭はドワーフと戦って議長国を守り抜いた将軍、頭頂の寂しいほうは二択を間違えないギフト持ちの市長らしい。
帰りたかったが、思ったより重要人物だった。
「興味があったのだ。一つ答えてはくれないか。お前にとって私は馬鹿に見えるか?」
「へ…………?」
「そんなわかり切った質問を?」
「神は素晴らしいお方です!」
ヴェノスとグランディオンが先に答えてしまい、何か言おうとした市長は震え上がって首を横に激しく振る。
「各国を掌の上で転がす、そんなお方を馬鹿などとは!」
「…………はぁ。ヴェノスとグランディオンは一度室外に待機」
怯えてしまうため命じて、俺はもう一度同じことを聞いた。
「本当に馬鹿には見えないか?」
カトルとカイゼル髭は黙って様子を窺う。
市長は答えようとして何か迷うように目が左右に泳いだ。
「本当に、馬鹿であるとは思えません。ですが、こちらが肯定したところであなたは、あなたさまはお怒りにはならない?」
「そうだ、あぁ、そうだな。ふぅむ、どう聞くのが正しいのか?」
俺は自分を馬鹿だと思っているし、いっそ持ち上げられすぎて勘違いしそうになる。
だから聞いたんだが、ギフト持ちで選択を間違わないにしても、間違い方の理解が違ったらしい。
ヴェノスたちがいる中で肯定すれば死、つまり間違いだ。
だが俺は今の質問どちらでも特に反応するつもりはない。
つまり市長からすればどちらを選んでも間違いにならない質問だった。
できる質問が二択なら、聞き方でなく理解のほうを整えるべきかもしれない。
「私の知る馬鹿という言葉に関する逸話にこんなものがある。鹿を指して馬と為す。鹿を馬と言って引き出し、賛同する者は味方、否定する者は敵として後に粛清した者がいた」
馬鹿の語源とされる俗説だ。
「いや、難しい。傍から見れば馬鹿は鹿を馬と言う者ですね。けどそこには姦計があった」
「正しいことを言っているのは鹿と述べた者だが、保身もできぬ馬鹿とも言えるか」
「ですが、三者の内で最も愚かな者は、阿諛追従して馬だと言った者でしょうな」
何故かカトルたちは考え込んでしまった。
どんな理由があれ、馬と鹿の違いもわからない奴くらいの意味だったんだが、出した話が悪かったか?
「なるほど、あなたさまは異種だからこそ違いを計ろうと。理解が及ばないこと、視点が違うことで知恵ある行動も馬鹿だと思われる。人間が神の意図をどれだけ汲んでいるかを計ろうとなさったのですね。ふぅむ、国々を翻弄する知啓がありながら、なおも人を思って慎重を期す。そうとわかったからこそ、ここは恥を忍んで事実をお答えしましょう」
市長はさっきまで怯えていたはずなのに、今は目が覚めたような表情で俺を真っ直ぐ見上げていた。
「含意に富んだ神の問答では、私のギフトなど役立たずだとわかりました。神を計ろうなどとおこがましい。神の問いに、私は答えるべきことはございません」
恭しく言われるんだが、つまりはどうやら期待外れだということらしい。
俺が迷った時に聞けば役立つかと思ったんだがな。
言葉からして、もしかして俺相手にはギフトが発動しないか、間違いがないから答えが出ないってところか?
けどこれで俺の考えとは違うことを言ったら殺すなんて、ヴェノスたちがいた時と変わらないだろうし。
「申し訳ない。お役に立てれば良かったのですが。重ね重ねご無礼を」
「いや、単純に好奇心だ。その力はよく国を守ることに使えるだろう。願わくば、この素晴らしい景色を長く保ってほしい」
お世辞と本気混じりの俺の言葉に、何故かすごく前のめりになる市長。
その姿にファナがちらつくのが、ちょっと不安になってしまった。
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