284話:ファナ・シルヴァ
他視点
転移という神のご加護を得ることで使える奇跡の力は本当に便利だ。
まだ私は加護を受けることを許されていないけれど、今までも何度も神の配下によって距離を超越する経験をしていた。
レジスタンスを率いる立場の今も、王国に気づかれず共和国へ移動できている。
そして私は素晴らしい歌を聞いて惜しみない拍手を送っていた。
「自分が歌われるなんて、ちょっと恥ずかしかったけど、聞けば別物のように素晴らしい! 曲の盛り上がりも、歌の余韻も全てが耳に焼き付くよう!」
エルフがルピアやルーク、そして私の物語を弾き語りしてくれたのだ。
相手はどうやら神のお住まいにいた者ではなく、この世界で国を営んでいたエルフ。
楽器が弾けるということで、ネフさまから直接お声がけをいただいた者だとか。
そして私やルピアの半生を弾き語ることで神の布教をするという大事なお役目をいただいたそうだ。
「忙しいところを呼び出してごめんなさい、ファナ。けれどどうしても、王国に伝わるまで待てなかったのです。あなたの物語を借用しているのですし、やはり一番に聞いてもらうべきはファナだと思って」
ルピアが謝るけれど、その気持ちわかるし聞けて本当に嬉しい。
帝国で活動する中で吟遊詩人に会ったことはあるし、王国でも周遊する吟遊詩人が一度だけ住んでいた村に来たこともある。
そうして知ったのは、同じ物語でもアレンジや曲調に違いがあること。
最初のこの素晴らしいできの楽曲を聞かせてもらえたことは幸運だった。
「呼んでくれてありがとう。それに私の話が元って言っても、あれもネフさまが…………」
レジスタンス集結を果たす場での演説の時、いつもなら上手く添削してくれるルピアがいなかった。
角獣の乙女の元での修行で不在だったのだ。
「アルブムルナさまやティダさまにも相談したけれど、どちらも勢いと乗りというお答えだったの」
正直、貴族階級もいる中では不安しかないお答えだ。
やはりルピアの意見が欲しかった。
「私がいてもこれほどの物語はできないわ、ファナ」
ルピアも演説の時に初めて聞いたのに、その時から気に入っている様子だ。
アルブムルナさまから話を聞いたネフさまが、神の道を説き教え広めるのは自らの役目と、指南をしてくださった。
私との出会いにも立ち会った方で、ルークのほうからも話を聞いて素晴らしい仕立てにしてくださったのだ。
「そしてそれを歌にするというお考えの妙、神より生み出された方はやはり違うんだね」
「そのとおりね。神の領地でも私たちの元へいらして教えを説いてくださった素晴らしい方ですもの」
ルピアにエルフも頷く姿を、私は不思議に思った。
「エルフも大地神を信仰されているの?」
「信仰はエルフの祖たる小神と呼ばれる方々でしてよ」
エルフは気位が高いと聞く。
そのために他種族を無視することもあるそうだけれど、このエルフは私たち相手でも対応してくれる。
「チェルヴァさまですわね。あのような麗しい女神が祖とは、エルフは噂にたがわぬ神秘の一族であるのでしょう」
ルピアにエルフも満足げに頷く。
どうやら両者は上手く関係を築いているようだ。
王国はまだまだ今から立て直し。
こうして抜け出しているのも転移のお蔭で、あまり長くは無理だ。
それ程傾いたままだけれど、ここから今度は帝国内部でレジスタンスに協力してくれた人たちの領地を、帝国から切り離すこともしなきゃいけない。
今はひと時の休息のような時だけれど、私はルピアに今までのようにレジスタンスについて相談したい思いに駆られた。
「一族には伝承があるのですわ。正しき祖神には、黒き守護者が添っていると。どれほど我らの中で尊貴な血筋の者がいても、強き者がいても、我らの女王さえ黒き守護者が現われることなかったのです」
エルフ曰く、黒き守護者というのがエルフとして正統の証らしい。
確かにたまにエルフによく似ているけれど、色味の黒い方がチェルヴァさまの側にいる。
きっとあの方が黒き守護者なのだろう。
「黒き守護者を連れた女神の訪れは、まるで神話の一節を再現したよう。あぁ、今思い出しても荘厳なお姿…………」
言いながらエルフは抱えた弦楽器をかき鳴らす。
「その黒き守護者を遣わす小神の守り手たる大神のお導き。そのような神話に等しき歌の語り手に選ばれる栄誉を語り尽くせるわけもなく…………」
どうやら黒き守護者は神がお作りになったようだ。
確かに黒髪、黒い肌、整った顔立ちなど、神が生み出したというネフさまと似たところがある。
そんな話をしているとノックがあり、やって来たのはルピアの弟のルークだった。
「遅れました」
「それではわたくしはこれにて。引き続き、大神の偉業を広める任に当たりましょう」
エルフが入れ替わりで退出する姿に、ルークは苦笑する。
「神の信徒は誰も勤勉ですね」
そういう本人もまだ十代で王位に就いたばかり。
宣言はすでにしてあるけれど、即位式典のための準備にかかりきりらしい。
「あなたも働きすぎです。こうして呼ぶ以外でもきちんと休息を取りなさい」
「姉上に言われても、あまり説得力はありませんね」
姉弟で互いを案じつつ、神のために働くことをやめる気はないようだ。
共和国は倒れたけれど、かつての王室を完全に悪者にしていたため、王室に保管されていた式典の形式や格式に関する資料はことごとく破棄されていた。
知る人々も、死んでいなければ国外へ出てしまっており、王室を復活させる形式を整えるだけでも時間がかかるという。
「帝国の方々がこちらへ来るにはまだ、やるべきことも多いものね」
私は、帝国でレジスタンスに協力してくれた人々を思い浮かべる。
彼らはルピアたちを助ける志を持った人たちだけれど、同時に帝国内部に領地や恩があるため、それらを清算しなければこの国には戻れない。
「わかっています。そのために次は帝国の縮小だと、魔女どのが言っていました」
「私のほうもスタファさまから、今は敵となる者を見極める時期だと言われたよ」
ルークと同じく私のほうもそんな風に聞いている。
まだ安定しない王国を支えるレジスタンスに動きがあれば、這い出て来る虫のような者がいるはずだと。
「大粛清ですわね。聞いております」
ルピアも、虫どもの位置と数を把握して、同盟を前に大粛清する計画を知っていた。
そして三カ国で大同盟を結び、神を不快にさせた神聖連邦を相手にする。
「議長国のことは聞いてる? 入るって話だったはずだけど、まず三カ国なんでしょ?」
「何やら神が見初めた商人の方が調整役だそうです。神の騎士団長どのも動いているとは聞いてますね」
「確か神聖連邦から接触し、そちらの対応を主軸に同盟入りは後では?」
私たちはレジスタンスでもしていたようにお互いの意見をすり合わせる。
神の英知はすごい。
だからこそこうして話し合わないと私たちでは追いつけないし、追いついていないのが現状だ。
王国に乗り込む前も、別行動が多くなっていた。
なんだかこうして話し合うのは懐かしいけれど、そこまで時間は経ってないはずだ。
「…………神の土地で過ごした日々が懐かしい」
ルピアが不意に呟いた。
あの頃は私たち三人、もっと手探りで精いっぱいだった。
ルークはそんなルピアを見て笑う。
「今では羊獣人よりも姉上のほうが強いなんて、考えもしませんでしたね」
「確かに。最初の頃は稽古つけてもらっても全然で、あっちも遊び半分にしか相手してくれなかった」
思い出せば懐かしい。
素晴らしい暮らしの中、これ以上は望むべきじゃないとさえ思っていた。
けれど私が遊ばれている状況に神は怒られて、指導されたこともあるほど目をかけてくださった。
それからティダさまにしごかれるようになったのは大変だったけれど、今にして思えば強くなる前に死んでしまう恐れのあった私を思うからこそだ。
「あぁ、早く帰りたい」
たまに許されて神の領地へ赴けば、羊獣人の所へ行く。
あの頃使っていた家はそのまま残されているので、換気をしていた。
だからこそ、私の帰る場所はあそこだと思い定めている。
視線を感じれば、それはルピアの目だった。
「私も、神に認められるよう戦わなければ。ファナに負けてはいられませんわ」
「ルピア、今じゃ私より強いのに?」
レジスタンスに残った私より、レベルという基準で言えば上だ。
なのにルークも姉の言葉に頷く。
「姉上はまだ見込みがありますが、僕は時間がかかるでしょうね」
そういうルークは、確かにもう神の領地に帰ることはできないだろう。
だって国の王になったんだ。
離れて別の場所で国を治めるなんてできない。
死ぬまで王であり続ける。
ルピアもそんな弟に後ろめたそうな顔をした。
けれど当のルークが笑う。
「時間がかかると言ったのであって、帰れないつもりはありません。やり方はあります」
一番弱いけれど、ルークは私たちの中で一番頭はいい。
何よりアルブムルナさまの助言もあって、レジスタンスの時から知性を伸ばすという修行をしていた。
それで言えば私は技術で、ルピアは攻撃力だそうだ。
そんなルークがやり方はあるというならあるんだろう。
「神の元に国が統合されれば、王であった僕の住まいが神の御許であってもおかしくはないでしょう?」
「神に国を? まぁ、なんて…………なんて素晴らしい考えかしら!」
ルピアが賛同し、座っていた椅子から立ち上がる。
確かに人間如きが治めて間違い、国を傾けるよりも、神に永劫導いてもらうほうが人々にとってはきっと素晴らしい国になる。
人間の国を治めるのは人間だと思い込んでいた。
そんな私の狭い考えを越える、ルークはさすがだ。
「まずは国の代表として、神の領地への出入りを許されるように目指します。帝国と王国のほうではすでに一度顔合わせで代表者が招かれたとか。この国もいち早く、とは思ったのですが、魔女どのを通して急ぎ過ぎるなと言われましたし」
どうやら焦る気持ちを神に見透かされて、釘を刺された後だったらしい。
「そう、先日はネフさまが神に報せず催した王室の凱旋を報せる演出にも駆けつけられて。あのネフさまをして、自らもまた掌の上でしかないと言わしめるのですもの」
ルピアも神が慧眼すぎて笑うしかない様子だ。
そんなお方の庇護のもとに、私たちは行動している。
それは誇らしく、とても全てを委ねる安心感があった。
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