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29話:テオロ・メソフィア

他視点

 神はいた! 神はいた! 神はいた! 神はいた!


 きっとかつて神を目の当たりにした先祖も同じ思いだっただろう。


(なんて心浮きたつ! そして体も軽いように感じる! これが神のご加護か!?)


 山の中を走っているのにこれほど軽快に足が進むのは、神の御姿を間近に捉えた興奮のせいだろうか?

 いや、確実に僕は普段よりも身体能力が向上している。

 思い違いなんかじゃなく、周囲の景色が流れて行く。


 魔法を使える者は時折いる。

 村にもいたから僕だって見たことがある。

 けれど神の御業を受けた今、あの人間が魔法と称していた力が児戯に等しいと思えた。


 そう思えばこそ、僕のこのギフトも神のお目こぼしでしかない微々たる力。


「見えるわけがない! 見えなくて当たり前なんだ! 人間が神の御業を知るなんて傲慢だった!」


 僕のギフトは人間のジョブが見えるだけだった。

 神のジョブなんて見えるわけがないんだ。


 ジョブの見えないあの白銀の髪のお姫さま、あの方こそ本物の神、いや、女神!

 美しさも、たおやかさも、雄々しさも、猛々しさも全てが神たる力にあふれていた!


「そう、なんて高貴なお姿! 髭面の山の神の拭えない野趣に比べて洗練されたお姿だったじゃないか! 正しく神! 僕は今日、神を見た!」


 流麗なドレス姿も美しかったけれど、巨人となってもあの白い肌と白銀の髪の輝きは変わらなかった。

 女性らしさとたくましさの両立した隆々たる肢体は白亜の石から彫り出された芸術品にも似ている。


 見間違いでなければ巨大な目が一つだったけれど、その瞳の麗しさはまるで夜空を見下ろす月のようだ!


「あは! あはははははは!」


 何か僕の中で箍が外れたように気分が高揚する。

 思いのままに言葉を吐いたら今まで出したことのない大声が出た。


 けれどこんな声、今も聞こえる山の叫びにも似た崩壊の音に比べればなんてことはない。

 僕は思うだけ声を吐き出して走った。


「いた! いたぞぉ!」

「何処まで走ってんだお前! テオロ!」


 聞き慣れた声が横合いから聞こえた。

 けれど僕の足に追いつけず後ろへと流されていく。


(おかしい。今のは僕より身体能力に秀でた幼馴染の声のはずだ。いや、これこそ神の力なんだ。そう、元の人間がどんなに矮小でも、きっと神が選ばれたなら英雄にでもなれるんだ!)


 僕は自ら得たかんがえの素晴らしさにまた笑う。

 けれど幼馴染が何度も名前を呼ぶものだから、意識がまたそちらへと引き戻された。


 止まって振り返ると、やはり幼馴染と従兄が息を乱して僕に追いついて来る。


「お前どうしたんだ、その速さ!?」

「今はそれどころじゃない! テオロ! いったい何があった!?」


 驚く幼馴染を押しのけて、従兄が今までにない険しい表情で僕に迫る。


 あぁ、そうだ。

 僕には役目があった!


「神が! 神がご降臨なされた! あれは神々の戦いだ!」

「何言ってんだ?」


 すぐに口を挟む幼馴染を、従兄が止めた。


「神とは山の神か? つまりは巨人がこの揺れを起こしているんだな?」


 言われてみれば確かに山は今も揺れている。

 走るまでに幾つもの土砂崩れも見た。


(だいぶ離れて、もう山の向こうにお姿も見えないのに、ここまで揺れが及んでいるなんて…………素晴らしい!)


 あの白い拳が今も野蛮な巨人を打ち据えているだろう。

 この世のものとは思えない打音が山を包むように響くのは、きっと女神の福音にも等しいんだ。


「あぁ、神だ! 神はおられた!」

「落ち着け! 質問に答えろ! いつもの物静かなテオロになってくれ!」


 従兄が苛立ちも露わに僕を叱りつけた。


 けれどそんなのどうでもいい。


(物静か? そんなのふりだ。 身を守るための偽りだ!)


 ギフトを持つことを隠すためにそう思われるよう振る舞っていたに過ぎない。

 見えなければ、知らずにいれば、そう思ったことは何度もあった。

 けれど苛立って僕に当たる幼馴染を見れば、贅沢な悩みだと自戒して耐えていたんだ。


 同時にいつも口を噤んで考えていた。

 何故こんな力があるんだろう、何故僕が得てしまったんだろうと。


(言えばきっと僕はこのギフトを使うよう言われる。それが嫌だった。怖かった。同時に、申し訳なかった)


 神からの贈り物を厭うなんて…………。


「そうだ! 神は僕に使命を与えるために現れたのだ!」

「使命って、また変なこと言いだした…………」


 幼馴染が引きぎみに呟く。

 神を知らないまま生き方を捻じ曲げられた幼馴染のなんと憐れなことだろう。


「僕は白き女神の降臨に立ち会ったんだ! あの出会いはこのことを知らしめるためだったんだ!」

「白? 山の神は赤毛のはずだろう?」

「白髪になったんじゃないか?」


 幼馴染の適当を従兄が叱って黙らせた。


「女神と言ってるじゃないか!? テオロ! 答えろ! 巨人は何体いた!?」

「神と呼ばれた者と女神がいらっしゃった!」


 僕の答えに従兄の顔色が悪くなる。


「新手の巨人だと?」

「え、つまりこの揺れは、巨人同士が戦ってるのか!?」


 ようやく事実に行き当たって幼馴染が今さら声に焦りを滲ませる。


「なんでそんなことになってんだよ!? おい! 巨人は何処から来たんだ!」

「知らない! 知るわけがない! 僕が聞きたいくらいだ!」


 幼馴染は僕の肩を乱暴に掴むけど、僕も同じ気持ちで前のめりになってお互い顔を突き合わせた。


「去れと言われたから走ったけれど、叶うなら伏してもう一度ご尊顔を仰ぎたいくらいだ!」

「な、なんだよ、テオロ? お前、どうしたんだ?」


 また従兄が幼馴染を押しのける。


「去れと言われたと言ったな!? つまり喋ったのか!」

「あぁ、お声かけいただいた! 女神は赤毛の巨人を僕が神と呼ぶと、ただの巨人だと言ってその輝くお姿を顕現せしめ!」

「何言ってんのか全くわからねぇ」


 僕が神に拝謁した喜びを語っているのに、幼馴染は従兄に縋るように話しかけて聞いていない。


「わからなくても、聞きださないといけない。しっかりしろ」

「聞いてくれ、聞いてくれ! 僕はあのお方のお姿を語り広め、新たな神の正しい姿を伝えなければ!」


 我が意を得たりと思ったのに、何故か従兄も退く。

 けれど聞いてほしくて僕が前に出た。

 すると幼馴染は二歩退いてしまう。


「というか君たちはあの白く美しいお姿を見ていないのかい? そうだ! 今からでも戻って見に行こう!」

「やめろ! この揺れで動けない奴のほうが多いんだ! お前が助かったのだって奇跡的だろう!」

「いや、テオロ。使命を与えられたと言っていなかったか?」


 止める幼馴染を制して、従兄が酷く静かな目をして聞いて来た。


「降臨を見た僕を、女神の従者が被害がないように守ってくださった! 生きるよう僕に示された! そして女神は山の神と呼ばれた巨人を殴り飛ばし!」

「巨人が巨人を殴り飛ばしたぁ!?」

「気持ちはわかるがテオロに話させろ」


 従兄は噛んで含めるように言うと、幼馴染の肩を押さえる。


「弱者は生き残る必要はないと仰せで! 巨人一人の出迎えにご立腹であるようだった! あとは…………! あと、は…………」


 あぁ、上手く言葉が出て来ない!

 思考がまとまらないし、もどかしい!


(しかもなんてことだ! あの雄々しくも美しい女神の姿ばかりが焼き付いて、女神が僕になんとお声かけくださったかが思い出せない! 確かに共に山を歩いて下問に答えたのに!)


 細かな部分が綺麗に白く吹き飛んでいるなんて。

 おや、去れと言ったのは従者の方のほうだったか?

 いや、今は神について話さなければ。


 そうだ、美しい白い女神なのだ。

 あの方のことを語らなければ。

 神とは本当に存在するんだと山の民を自称するみんなに教えないと。


「…………お前、今自分がどんな顔してるかわかってるか?」


 幼馴染がいつもの強気の影もない弱々しい声で聞いて来た。

 普段は不安と苛立ちを傲慢な態度で覆い隠している彼が。


 今は明らかに怯えた顔をして僕を見てる。


「顔? さぁ? きっと神の威光に触れた喜びに満ちていることだろう!」

「気が…………触れてる…………」

「何を言ってるんだい? 僕は今は神への信仰を新たにして生まれ変わったような気持ちなんだ! もしかしたらそれが以前と違いすぎてそう思うのかもしれないね! あぁ、やっぱり神をその目で見るといい! 言葉では伝えきれないんだ! さぁ、行こう! 神の御許へ!」

「や、やめろ!」


 腕を伸ばすと幼馴染は恐怖の滲む叫びを上げた。

 驚いて引っ込めたところで何かが手に降る。

 見ると水滴だけど、空を見上げても雲はない。


 葉影の朝露でも落ちて来たかな?

 けれどいつまでもぽたぽたと落ち続けてるこれはなんだろう。

 僕の顔から落ちてるような…………まぁ、いいか。


「…………音が、止んだ」


 従兄が僕の走って来た方向を鋭く振り返った。

 確かに今まで響いていた揺れも止んでる。


「女神が不埒者を成敗なさったんだ! 勝利を祝いにはせ参じないと!」

「おい!」

「止めるな。追うぞ。一から正確な場所を聞きだすよりも案内させたほうが早い」

「けど、あいつどう見てもおかしい! 早く村に連れ戻して気付け薬でも!」

「壊れたら、もう、戻らない」

「早く! 女神の下へ行こう!」


 僕の声に神妙な顔の従兄と、泣き出しそうな顔の幼馴染が足を動かし始める。

 登りのせいか先ほどまでの身の軽さがない。

 あの高揚はまた女神に会えればもどるのかな?


「あぁ! 早く、早く!」


 けれど再会は叶わなかった。


「これ、は…………」


 従兄が掠れた声を絞り出すけどその後が続かない。

 幼馴染は声もなく膝をついて硬直してる。


 辺りは山が連なっていたはずなのに、それがごっそりと消し飛んでいた。

 まるで畑の畝を人間が踏み散らしたように。


 同時に荒らされた地面は赤黒く汚れ、血腥い風が山間を通り抜けて行ったのだった。


毎日更新

次回:異世界の地図

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[一言] SAN値が…ヒェッ!
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