282話:猫語
王国の新しい王は、神に全面降伏だとスタファが言っていた。
よくわからんがいいことのように報告していたので良いことだと思っておこう。
そして何やら国を跨ぐという同盟の話。
もうこうなると俺は何をすべきかなんて想像もつかない。
エリアボスたちはそれぞれ担当する国に行っており、俺よりずっと勤勉に働いている。
スタファは王国、アルブムルナが帝国、共和国にはネフが向かい、議長国にはヴェノスが行っていた。
(他のエリアボスも守備だとか今後のための調整とかしてるのに…………)
俺はと言えば大地神の大陸で留守番だ。
わかってるふりを続けているため下手に動けない状況に陥っている。
一度神聖連邦のパワーレベリングを覗こうとしたんだが、その途端エリアボスがやること放り投げて集まって来たんだ。
どうも俺が次に動くときは相当大事と思っているらしい。
なんでそうなったのか、ともかくそういう共通認識ができているせいで動けないんだ。
「ひぎゃー!?」
「こーいこいこい」
そして暇を持て余した俺は、猫に威嚇されてる。
クリムゾンヴァンパイアに襲われた遺跡の猫は、特に変わった様子もない。
俺を遠巻きにして、寄って行ってもいか耳で毛を膨張させ、弓なりで横移動していく。
まぁ、それはそれで面白いと思うあたり、動物愛護団体に袋叩きにされそうだが、ここにはいないだろうからきっと大丈夫だ。
というか、こんなでもこいつら忖度しないからいっそわかりやすくて癒される。
言葉も通じないから、適当言っても気が楽なんだよな。
「神よ、その立場を弁えぬ毛皮をご所望でしょうか?」
声に振り返ると、箒を持ち直す魔女のイテルがいた。
どうやら飛んで来たらしく、俺の意味もない猫への呼びかけを聞かれたようだ。
変な声を出しそうになる恥ずかしさを押し込め、俺は精一杯余裕と威厳を演出しようと頭を回した。
その反面大慌ての心情を持て余して、勢いのまま立ち上がる。
俺の動きに様子を窺っていた猫たちが一斉に隠れた。
「その必要はない。これらはこうして反骨心を隠しもしない辺りが面白いのだ。こうあれと私が望んでいる。弁えなど不要だとも」
「は、なるほど。偉大なる神ともなれば傅かれることは当たり前故に、飽いた時の手慰みなのですね」
よくわからんが頷いておこう。
傅かれて戸惑ってばかりで未だに慣れないのに、飽きることなんてあるのか?
「それで、私の元へ来たということは、用事があるのだろう?」
当たり前のことを偉そうに聞いただけでも、イテルは一瞬パッと笑みを浮かべた。
次には何故か改まって、恭しく跪く。
そういうのやめてほしいんだけどな。
一緒に共和国に行った時はあらかじめ釘を刺していたが、今ではもう隙あらばこういう仰々しい所作をするのだ。
「共和国首都に王女ルピア並びに王子ルークが入城いたしましたのでご報告に」
「そうか、予想どおり早く済んだようだな」
「はい、さしたる抵抗もなく。どころか王室の正当な継承者の凱旋と情報を撒いたところ、大半は首都から逃げておりました」
「それはまた情けない」
「全くです。王女ルピアも肩透かしだと、王を僭称した者の首を切り落として掲げ挑発したのですが。結局一矢飛んでくることもありませんでした。…………議長国へ逃げ帰ったところで、すでに神の手は回っているというのに」
いや、何してるんだよ、王女が。
というかそれ、何処かで聞いたことあるな?
あ、オークプリンセスだ。
いや、オークプリンセスに会うきっかけになった、不良金級探索者が同じことをしてたんだ。
オークキングの首振り回して威嚇して…………。
うん、本当に何やってるんだかな。
「ネフは何か言っていたか?」
王国の降伏で、レジスタンスから共和国の王子が離れた。
王女の所まで連れていく役目として、共和国行き願っていたネフを同行させている。
イブが俺と同じく留守番させられることに不満を漏らしていたが、ネフから最初の守りだろうと説き伏せられていた。
(正直、あいつが共和国で何するかわからないまま許可したんだよな)
宣教師というジョブから、布教しそうということしか想像ができない。
思い返してみても、謎なNPCとして設定してある。
その上サンドバック的な性能で、どうも俺以上に思い入れのある製作者の影響があるようだ。
もっと教会で大人しくしてるイメージだったのになぁ。
「まだ動きはないだろうから、今の内に報告をせよとのことで私が戻りました」
「なるほど」
わからん。
なんだ動きがないって。
つまり後からになったら何かあるのか?
「…………あまり、急ぎ過ぎるな」
「それはどのような? ご指示があればそのようにいたします」
イテルは即座に聞き返して来た。
そう言えば前もこんなことあって色々言い訳に頭を悩ませたな。
俺は軽く現実逃避しながらも、身の安全だけは計ってくれるよう頼む言葉を考える。
「王国は新たに王が即位した。帝国も動いている最中だ。共和国もまた動くとなればどこが最初に動くかで、その後の情勢にも影響があるだろうな」
独り言を装って、俺はイテルの反応を見る。
「なるほど、早い内に同盟を進めるべきだというのは浅慮でしたか。そのほうがつけいられる隙はないと思っておりましたが、同盟よりも備え、つまり国としての体裁を整えるほうが先だというのですね」
うん? いや、そのとおりだ。
政変の後でがたついてるなら、さっさと同盟結んで防御面の保険をかけるべきじゃないか?
「それに同盟相手のあることですから、共和国だけが急いでも意味はない。神の啓示があるまで思い至らぬ己の至らなさに、恥じ入るばかりです」
逆になんかありそうなこと言った俺のほうが間違ってるんじゃ…………。
俺が内心焦っていると、猫が低く不快そうな声で鳴く。
まるでそこまで考えてないだろこいつとでも文句をつけるような雰囲気だ。
「神が考えていないわけないでしょ!?」
突然、イテルが猫に向かって怒った。
(そういえば魔女には動物会話のジョブスキルが。って、本当に俺、猫に見透かされてたのか!?)
まさかこんな所に賢者が潜んでいるとは。
これは癒しを求めて来るのも考えものだ。
俺はにゃーとしか聞こえないが、イテルのようなスキル持ちからすれば筒抜けになる。
「自分たちの言葉をわかってて構ってたなら気が知れない!? 一体何を言ったの!」
鳴き騒ぐ猫に、イテルは箒を握り締めて怒っている。
手の早い印象のあったイテルだが、ここで攻撃行動をする愚はわかっているようだ。
何せ俺の加護という名目で、猫を攻撃すれば第十魔法がカウンターで現れる。
それにしてもだいぶ威嚇されたし、もしかして相当罵詈雑言を吐かれていたのだろうか。
それってつまり罵られても、喜んで距離を詰めようとしていた不審者扱い?
いけない、これはイテルに知られては神のイメージが崩壊しかねないぞ。
「イ、イテルよ、言わせておけ」
「しかし、神よ!」
「良く見るといい。ささやかな牙、細い爪、どんなに騒いでも面白みしかない声。か弱き者がいささかの痛痒も与えられぬというのに、私に必死に歯向かうさまを。これを笑って許さずして何が神か。猫もまた私の慈悲の下にあるのだ」
俺が言った途端、抗議するように猫たちが一斉に鳴き騒ぐ。
するとイテルが百面相をし始めた。
怒ったかと思えば恥ずかしげに顔を覆い、恐れ戦くように身を引き、唇を震わせて耳を覆ってしまった。
(本当に何言ってんだ? いや、見逃したら神的に駄目な言葉とかあるか? けど何言ってるかわからないし)
俺はイテルと猫を見比べて、それとなく言い訳を差し挟む。
「その、獣ならばこの程度と思っていたが…………」
「違います! 森にいる狼男のほうがまだお上品です!」
イテルに全力否定された。
どうやら猫たちはよほどのことを言ってるらしい。
「ふむ、では今度グランディオンに躾けでも」
瞬間、猫なで声の大合唱が始まる。
これはわからなくてもわかる。
グランディオンを嫌がっているな?
イテルは胸の前で指を組んで俺を見上げる。
「さすが神! こうして一言だけで翻弄する。そうできるとわかっているからこそ、聞き苦しい猫の下品な罵倒も弱者の涙ぐましい抵抗とご笑覧されるのですね」
「うむ、そう、だな…………」
やっぱり罵倒だったんだ…………。
しかも下品って、何言われてたんだろう…………。
まだ猫たちが不満げに鳴く中、スタファが転移で現れた。
「まぁ、王国の側の報告をいち早くと思ったら。先を越されたわね」
イテルの姿にスタファは悔しそうだが、俺としてはちょうどいい。
「今イテルから共和国の報告を受けていた。ちょうどいい、スタファ。イテルから話を聞き調整せよ」
「神の御意のままに。イテル、何があったのかしら?」
「実は…………」
イテルは早くに同盟締結をと思っていたところを、俺に止められたと説明する。
それどうなんだ? いいのか?
知恵者のスタファだし、やっぱり俺が間違ってたことばれるかな?
「あぁ、そういうこと。反乱分子をある程度出さなければ、見極めもできないでしょう。特に政権が変わってしまった共和国では。だから神は見逃しこそが危ういのだと、ご助言をされたのよ」
「なるほど、つまり共和国のほうが現状一番体制を整えるには遅いと。だから急がなくていいとまで」
違うけど、うん、それ採用。
俺は最初からその気だった風に頷く。
するとスタファが嫣然と唇に笑みを浮かべた。
「そうして見極めてこそ、その後に行う大粛清が美しく整えられるというものよ!」
「おぉ! 大粛清、なるほど!」
白い腕を広げるスタファに、イテルも声を大きくして不穏な言葉を繰り返す。
俺はぐっとこらえるけれど視線が刺さった。
見れば、猫たちが俺を見てる。
これはもしかして、気づかれているのか? この顔なんてない宇宙な顔で?
イテルがいる今、猫が余計なことを言えば、俺が神でないことがばれてしまうかもしれない。
せっかくいい感じにスタファが、いや、大粛清とか恐ろしいこと言ってるけど。
ともかくここは猫を黙らせないと。
「…………グランディオンが嫌ならチェルヴァという手もあるぞ?」
脅しまがいに言った途端、猫は尻尾を膨らませて猛然と逃げて行った。
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