281話:ライアル・モンテスタス・ピエント
他視点
俺が生まれ育った帝国は、今まさに激動の時だった。
皇帝暗殺から新帝即位の間に、他の兄弟の妨害も抑え込んでの成り上がり。
生まれも確かじゃない孤児の俺は、今までにない躍進を果たしていた。
だが、この全てが誰かの思惑でしかない。
俺の意思なんて反映されない、他人の計画の上だ。
その恐ろしさが、わかるだろうか?
「陛下、どうか…………怪我をさせたくはないのです」
「ライアル…………」
俺は帝国へ戻った新帝を捕まえて、そう声をかけた。
「何を気弱な。血に狂ったこの男を皇帝とは呼ぶべきではありませんぞ」
俺を担ぎ上げる貴族の一人が、兵から引き離した新帝を前に声を上げた。
だが俺はそいつを睨んで強く否定する。
「黙れ。この方は正統に王位を継がれた。そこに疑義はない。もちろん行動には看過できない暴走があった。それでも、この方が確かに皇帝であったことを否定することは許さない」
「ライアル…………あぁ…………」
俺の前に引き出された形の新帝が諦めたように声を上げる。
「確かに、そこの者が言うように、私は狂っていただろうな」
「陛下、ですが、敵を討ち果たしたことには変わりありません。ただ、やり方がよろしくなかった」
「いや、私を庇う必要はないよ、ライアル」
微笑む新帝に、俺はぞっとする。
俺は周囲の願いを受け、担ぎ上げられて、新帝を捕らえた。
不在の帝都を任され、城を任され、与党を増やした結果だ。
新帝の不在と暴走をもって政権を乗っ取った形に他ならない。
火事場泥棒にも等しいというのに、この新帝は怒りさえないのだ。
「目的を達しても何も満たされない。私は過った。先帝の轍を踏んだ、その報いだろう」
「いえ、あなたは私欲ではなく、王国という敵を討ったことに間違いはありません」
「だが、その行動がこうして国の者に見限られることになっている」
静かに笑い、自らの行動を過ちだと受け入れる新帝に、俺は声を大にして言いたかった。
頼むから皇帝であることを諦めないでくれ!
そうでなければ俺が困るんだと。
神だろうが化け物だろうが、あんな得体のしれない者に後ろを取られた玉座なんていらない。
先帝やこの新帝のように、守りが意味を成さない暗殺も、国を巻き込む謀殺も嫌だ。
頼むから玉座に縋りついてくれ。
俺をそこに座らせないでくれ。
「報いを受けよう。皇帝として立ったからには、その覚悟は…………」
「陛下!」
俺は思わず声を上げて遮ると、新帝に近づいて肩を掴む。
周りは止めるが振り払い、制止も無視して新帝に訴えた。
「後悔の念はわかりました。ですが、どうか、これ以上の血を求めないでください」
それがたとえ自分であっても。
どうか生きて、俺の盾になってくれ。
俺はそんなに諦めてないんだ。
生きたいんだ。
親の顔も良く知らず、鼠と同じように日々を世界の隅で生きて来た。
そんな中で野垂れ死んだ第十三王子に成り代わったのは、今よりも良い生活で少しでも長く生きるために他ならない。
そんな俺を憐れむならば、少しでも糧となってくれるならば、そんな覚悟いらないんだ。
命を差し出すくらいなら、そのまま生きていてくれ。
あんたが死ななければ俺の番はまだ回ってこないのだから。
「私は、あなたを殺したくないんです」
本心であると同時に保身から漏れる、切実な言葉。
「…………そうか。そうだな、私も、弟がこの命を負って苦しむさまは見たくない」
この新帝は甘い。
何処までも甘い。
だから妾一人の命で利用され、踊らされるんだ。
ただその御しやすさが今回明確になった。
だからあの神と呼ばれる者たちも使いやすいと考えたんだろう。
いらないが、いても困らない。
そんな理由でこの新帝は生き延びて、操られたことさえ自覚しないまま王国を荒らし、今帝国の土を踏むことを許された。
「ライアル殿下、あまりに気弱な言動は控えていただきたい」
「そうですぞ、狂った皇帝など二代も続くとあっては帝国の沽券に係わる」
「帝国は自ら汚名をすすぐためにも、ここで禍根を絶たねばなりませんぞ」
群臣たちが、口々に俺へと翻意を迫る。
うるさいと言えればいいが、こいつらを御さなければ今度は俺が用なしになる。
そして現状王子は大半が死んだ、いや死ぬように仕向けられた。
新帝と共に出て、戻らない者たちは確実に始末されたんだろう。
王国で勝ち続けた者もいたが、帝国の土をもう一度踏むことはなかった。
俺が計って新帝を帝国に帰還させたその道中で、王国の散発的な報復が行われている。
運悪く流れ矢で、落馬して、兵の怨みを買って…………。
そうして人間の作為は疑える状況ながら、その裏に人ならざる者の奸智が潜んでいると知る者はごくわずかだ。
「ここでやらねば、あなたさまのためにならぬのです」
味方面しやがって。
帝国は勝ったが凄惨な結果をもたらし、しかも完全勝利をぎりぎりで逃した。
王国はまだ健在で、どころかレジスタンスが活躍をしたため、苦労と酷い状況の割に成果と言えるものがない。
名を落としただけとなったせいで、帝国国内の国々に不穏な動きが現われている。
自分たちが的にされる前に、新帝を人身御供にしてことを治めようという身勝手な保身だ。
そして今度は俺が人身御供にされる。
そんなことは嫌だし、俺だって保身に走ってやるさ。
「奪うことこそ禍根であり、悪名高い先帝の轍を踏むことだ。私は陛下より帝位を賜るためにいくらでも言葉を尽し、足を運ぶ。だから陛下には生きて話してもらわねばならない」
「理想だけでは結果はついては来ませんぞ」
新帝は涙して黙っているが、群臣がうるさい。
どうしようかと思っていると、新帝に向けて跳び出す小さな影があった。
「おやめください!」
「ウィスタリア」
名目上は腹違いの妹が、新帝に抱きついて涙を流している。
「懺悔する者の血を求め、何になるというのでしょう! あなた方こそ先帝の非道に慣れ過ぎているのではありませんか!?」
細い声で訴えるその子供らしい様子に、勢いを失くす者も現れた。
本当にこいつは、よくやるものだ。
神の時も、いち早く新帝の延命を申し出ていた。
それだけの能力を認められている上に、俺よりもいい部下を配置されているのも納得できる、できるが…………妬ましい。
ただ正直、役には立つ。
「国のために戦った兵も戻っている中、この方を殺しその行いを否定してどうなると思う? 兵たちは無為に働かされたのだと突きつけるようなものだ」
ほぼ全戦力投入した状態で、中央は押さえたが俺たちには兵が足りない。
新帝は確かに勝ちを得たので、そのことを評価する者もいる。
そこで反乱などされたら?
勝てるわけがないと思わないのか。
裏に神がいると知っている俺たちからすれば、そんな隙を見せるだけでも恐ろしい。
「陛下は一度、おやすみいただく。そして兵の解散をまずは指示すべきだろう」
自分たちで掌握もできてない兵力を散らす、そこからだ。
保身に逸っていた群臣は、目の前の危機に一度退く。
俺はまだ、いち早く新帝を守れる場所へ幽閉しなければいけない状況だ。
それでも猶予をえたことに、息を吐き出した。
「私は、いつでも首を差し出していい…………」
「おやめください」
「どうか自棄にならないでくださいませ」
俺とウィスタリアが揃って止めると、新帝は力なく笑う。
「また、私を助けてくれるのだな。だが、すまない。私はもう」
「生きていさえすれば、まだ先はございます」
「そうです、どうか諦めないで」
なんでこんなこと、皇太子だった奴に俺が言わなきゃいけないんだ。
そう思いながらも俺はウィスタリアと声をかけ続けた。
「ありがとう」
そんな間抜けな言葉に苛立つ。
こいつは知らない幸せを手に入れてしまっている。
裏で糸を引く存在に握られた命だと、知らずにいるんだ。
「…………幸せ者め」
俺は連行される新帝の背中にそう吐き捨てる。
近くのウィスタリアにしか聞こえていないほどの声だが、自分でも驚くほど妬みが籠っていた。
「何が幸せであるかは、たとえ神でも決められはしないはずです」
静かに応じるウィスタリアにも苛立ちを覚える。
少なくとも神は俺に不幸をもたらせるんだ。
その反対が幸せなのだから、神が握っている以外にないじゃないか。
まぁ、頭が良くて役立つと言っても、厳しい現実を知らない子供の戯言だ。
俺はともかく今回退かせた群臣たちを、再度説得しなければいけない。
「あぁ、そうだ。何か指示は?」
この際だからと思って、周囲と距離があるうちに聞いてみる。
「同盟の話が」
「そうか」
神の配下であるはずのヴィリーは、なんで俺にそんな話伝えてないんだよ。
帝国が何処と同盟を結ぶかなんてわからないが、それでも神が決めたことだ。
ウィスタリアのほうにつけられた優秀な配下が知らせたならば現実になるんだろう。
そうなるとまた決定させるために、俺は群臣たちの意見を纏めなければいけない。
十三番目の王子である俺にそんな伝手はないし、孤児の生まれを隠して優しいふりで誤魔化してたんだから、誰かを従わせる才能だってない。
だが群がる者たちを上手く使わなければ、操らなければ、俺が操り人形として役立たず扱いをされる。
そうなれば未来は暗い。
わかっているからこそ努力を、しなければ。
命をかけてしなければいけないのはわかっているが、それでもげんなりする。
「…………私は一度部屋へ退く。キリク、キリクは何処だ」
ウィスタリアから離れて、この場の解散を告げた。
同時に、表向きは乳兄弟であり、唯一俺の出生を知る側近を捜す。
ともかく今は、この愚痴を吐き出したい。
それができる相手を俺は心から望んでいた。
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