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278話:王都陥落の報

 王国西、大公の街。

 レジスタンスの活躍で帝国軍の侵攻は落ち着いていた。


 王子を捕まえたことが随分効いたらしい。

 お蔭で近隣の街の奪還もでき、次の街奪還に向けて話し合いが開かれていた。


「急報! 急報です!」


 賢人と呼ばれるせいで何故か大公と王子がいる会議に参加させられていた俺は、大声での報せと荒い足音を聞く。


 第一王子は何か思い当たることあるのか、すぐに近くの者に命じて室内へ報せの者を招いた。


「結果だけをまず申せ」

「…………王都が、落ちました」


 第一王子の命令に、部屋に報せを持って来た者が重苦しい様子で伝える。

 王国勢は沈痛な空気となり、ファナもさすがに故郷なので思うところあるらしく視線を落とした。


 反応しづらい帝国生まれのアンとベステアは困って顔を見合わせ、俺は反応しようもなく無反応になってしまう。

 だってもうそれはスライムハウンドから聞いてたし。


「…………ふぅ。まずは、そう、帝国軍の動きだ。わかっているか?」


 第一王子は気持ちを落ち着けるように息を吐いて先を促す。

 報告では数日前に帝国軍は王都を占領。

 そのままそこで勝利宣言を行おうとしているそうだ。


 だが、一つ問題があるという。


「アジュール陛下のご遺体はいまだ不明でして」

「生きている可能性は?」


 報告者曰く、あまりないらしい。

 何せ王都を放棄しての決死の突撃を行った中での不明だ。


 ただ帝国軍も王国国王の遺体も首も手に入れていないため、王都を占領しての勝利宣言をより確かにすべく、戦場で首実検を行っているという。


「良くそんな中、オルヴィアは逃げ切ったものだな」


 第一王子が呟いた。


 実は報告者より前に報告があり、近くの街に第一王子の妹にあたる王女を名乗る者が逃げ込んで来たという。

 第一王子に王都からついて来ていた者がすでに顔を確認し、本人だと報告している。

 ただ衰弱が酷く寝付いていて話もできないとか。


「捜しても見つからないとしても、帝国は近く勝利宣言を出すだろう」

「では、その前に王位を宣言なさってください」


 部屋の入り口から女の声が投げかけられた。

 見れば、乱れた金髪の少女が、扉に縋るように立っている。


「オルヴィア、目が覚めたのか。いや、ここまでどうやって?」


 ふらふらの少女はやつれており、今にも倒れそうだ。

 第一王子の言葉からどうやら王国の王女であるらしい。


「王位を宣言?」


 俺は気になった言葉を繰り返す。

 すると第一王子も突然の登場に驚いて聞き流していたことに、息を飲んだ。


「まさか、アジュールは?」


 王国の王女は頷く。


「鎮都将軍、ヴァン・クールが、遺体を守って私の元へ。遺体は…………一部には生存していると偽って、近くまで運んでおります」

「偽った? 何故そのようなことを?」


 大公が疑問を口にすると、第一王子は気づいた様子で眉を寄せながらも笑う。


「それで、私が看取って王位を継承したとでも芝居をさせる気か?」


 王女はもう一度頷いてみせた。

 確かにそれなら表面上は正式に王位を継承した体裁を保った上で、王国はまだ負けていないと言える。


「その上で、こちらへ遷都を宣言してください。それと同時に新帝に停戦協議を持ちかけるのです」


 息を切らしながらも言うことだけ言おうとするように、オルヴィアという王女は続けた。


「そして私を和議の証に新帝の妾に差し出してください」

「ずいぶん気が早い」


 正直やんごとない生まれの女性が何を言い出すんだって感じだ。

 だから思わず俺は特に考えもなく声に出してしまった。

 俺の感覚からすると十代半ばくらいの王女だ。

 結婚には早くないか?

 いや、婚期逃した俺が言うことでもない気がするけど。


 しかも、こんな中身のない言葉に、一も二もなく同席していたアルブムルナとティダが頷いた。


「新帝にそんな札切っても意味のなくなるタイミングだ」

「切れ者だって聞いてたのに、その程度かぁ」


 さらには完全に無礼な物言いをする。

 だが、この大公の街の者は王都で勝手に即位した第三王子に思うところがある。

 そちらについていた王女にも隔たりがあったようで、誰も咎めないし、咎めるそぶりもない。


 そして王女もこちらを味方とは見ておらず、疲れの窺える様子ながら、鋭く視線を向けて来た。


「こちらまで届いていなくとも、王都にはフラウス兄上が、レジスタンスに殺されたことは届いていますよ」

「なに!?」


 第一王子と大公が驚愕の声を上げる。

 応じて名目上代表のファナが声を上げた。


「まず帝国内部は今好戦派が全て王国へ侵攻するため、中央を離れています。それによって帝国に残った内政重視の穏健派がまとまる動きを見せているのです。新帝は足場固めの前に侵攻を行った。まだ危うい立場の新帝との和議は早計でしょう」


 王女とあまり変わらない年齢のファナは、平民出身でもしっかりと意見を告げる。

 さらに年下で王の子供であった、共和国の王子が続けた。


「はやる気持ちは理解しましょう、それもまた国のためとわかります。ただ、そこで我々レジスタンスを誹謗して不和をもたらす理由は、あなた自身の敗北における劣等感以外に意味がありますか?」

「ましてや東でのレジスタンスの別動隊を、先に襲ったのは王国だったと聞こえています」


 ファナの言葉にまた第一王子のほうは困惑を露わにする。


「こちらでもまだ未確定の情報が多く、まずはこの地の安定なくば詳細を調べることもできない。そうして情報の共有が遅れたことは謝罪しましょう」

「いや、その判断は理解できる。だが、どうかわかる範囲で教えてはくれないか」

「はい。別動隊が帝国傘下の小王国と争う中、突然国境防衛の王国軍が襲ってきています」

「攻撃能力を有した勢力が無闇に近づいたからではありませんか」

「では我々帝国で活動する者は、王国に近づいただけで攻撃され、無為に殺されるべきであったと? 反撃さえも許さず、そのくせ自らは王子であるから殺されてはいけないとでも?」


 言い返す王女に、ファナは蔑みを交えて叩き返した。


 まぁ、実情は神聖連邦からの刺客が王国に逃げたせいなんだが。

 それを追ったところ砦から出兵され応戦。

 スタファが仕込んでいた手の者が第二王子を始末したお蔭で、帝国はこうして王都を落とした今、王子は一人になっている。


「敵ではないと、まず剣を置くべきでしたでしょう。応戦よりも話し合いをするべきです」

「ではあなたこそ、帝国にそう言うべきでは? できもしないことを他者に求めるなど恥知らずなことは言わないでいただきたい。ましてや戦場から生き残ったというのに甘さが抜けない。あなたは戦場にいては戦う者の判断を狂わせることしか言えないのですか?」


 辛辣なファナの言葉に第一王子が頭を下げた。


「すまない、これは城で生まれ育った見識の狭い娘だ。怒りはもっともだが、どうか経験不足の戯言となかったことにしてほしい。…………オルヴィア、慎め。恥をかかせるな」


 兄である第一王子に言われて、王女は口元に力を入れる。

 だが何も言わず裾を摘まんで頭を下げた。


 第一王子は改めてこちらに向き直る。


「聞かせてほしい。何故東から別動隊を?」

「率いていたのは僕の姉です。これで、行く先は想像つきませんか? 王国側に寄っていったのは攻防の末のできごとなのです」


 共和国の王子が、裏がある様子も見せず表向きの言い訳を告げた。

 実際は第二王子を釘づけるため、打ち合わせてあった行動だ。


「なるほど、帝国の命令で小王国の動きが鈍いならば共和国へ行けると睨んだが、王国に攻撃された、か。不幸な遭遇だったとしか言えないな」


 第一王子は納得したように言うが、眉間には深いしわが寄っている。


 ここで、この大公の街で功績を上げたレジスタンスに不快を抱かせる意味はない。

 ましてやその発端が、第一王子をこの不遇に追いやった者に加担した妹となればなおさらだ。


「できれば帝国の情勢についても共有をしてもらいたい」

「ではこの際ですから一つ、こちらも伝えそびれたことをお伝えしましょう」


 ファナが第一王子の求めの前に、別の話を持ち出した。


「別動隊を襲った刺客は、王国ではなく神聖連邦から発された者のようです」

「まさか。する必要がないはずです。帝国は魔物を使役するという卑劣な手を使いました。神聖連邦であるならば、不信心な帝国の侵攻に加担するようなことはしません」


 刺客が王国に逃げることで、王国とレジスタンスが争った。

 その目的は王国侵攻の助けと思ったらしい王女が反論する。

 だが、第一王子が納得の様子を見せる。


「そうか、レジスタンスだから刺客を放ったということか」

「えぇ、私は救世教とは違う神を崇めます。どころかあそこはすでに私の神に敵対している。あちらもその自覚があり、そのためにこちらの戦力を削ろうと卑劣にも刺客を放ったのでしょう」


 王女の戸惑いを無視して、第一王子は一度目を閉じた。


「帝国軍が動きを止め、帝国本国にも別の動きがある。今は情勢変化を見定めるべき時か」


 第一王子が目を向ければ、大公は確かに頷いて見せる。

 どうやら王女の案は却下されたようだ。


「軽軽と動くべきではない状況だが、変わらずこちらは頼るところが多い。いっそこの好機に、一度あなたが崇める神とやらにお目どおりを願いたい」

「そう、ですな。西の森の魔物が、王都にいた方を敵と見て人間を襲ったというならば、我々は違うと証立てすべきでしょう」


 大公の言葉にその場のレジスタンスではない者たちはそれぞれが頷く。

 ただ王女だけが訳が分からず、まるで知らない生物を見るような目をしていた。


 ファナは王女に向けていたものとは雲泥の差がある笑顔で応じる。


「もちろん、神はあなたを認めております。願えば叶うことでしょう」


 あれ、待てよ。

 お目どおり願いたい神って、俺か。


 なんだかおかしなことになってるようだ。


隔日更新

次回:ルージス・シュクセサール・ソヴァーリス

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